第15話 「VS マザー」

「それは御免被りたいな」


「あら、つれないことを言うのはモテないわよ?」


僅かに動けばこの均衡が崩れる。その中で先を取るために会話をしながらも互いの動きを伺う。


「勿体ないことに、俺には守りたいものが既にあるんだ」


「あら、そうなの?」


「そうなのか?」


「あ、ああ…」


マザーだけでなく、フェンまでもその話題に興味を示したことで均衡が崩れる。


「「!」」


頭は既に戦闘用に切り替わっていた事もあり、颯天の意識がフェンへと向いたタイミングで放たれた矢を、颯天とフェン互いに剣と爪によって弾く。


「あら、良い感じだったのに」


まるで、お遊びといった感じの口調だが、マザーが放った矢は颯天とフェンの心臓、ではなくより致命的にして最も脆弱な場所である眼を狙い放たれていた。

そして、厄介なのは音がしない矢ということだ。音がなければ人間は反応が困難になる。


そして、何よりも視界が逸れたタイミング。それは小さなものを眼が捉えるのもまた困難な一撃。

だが、それは颯天からすれば別に予想外でも何でもなかった。


「全く、初手から躍りの相手を仕留めに来るか?」


「あら、あの程度も防げなければ私と踊るなど不可能ということよ?」


「そうか。ならこいつでお返しとしよう【霧海むかい】」


互いに油断ないなか、水遁【霧海】により生み出された霧によって互いの視界が閉ざされ、互いの姿が隠れる。


「フェン、少しいいか?」


「…何?」


フェンに近づき、颯天は小さく耳打ちをし。


「分かった」


フェンが頷き、颯天とフェンはそれぞれ霧の中を動く。


「あら、今度は水の魔法。それもかなりの広範囲に、ね。面白いわね。でも舐められたものね、この程度で」


濃霧の中から背後と足への一撃を、マザーは何とでもないように防ぐ。


「私は殺せないわよ?」


「いや、これはちょっとした準備運動お礼だ。それと」


硬質させ編み込んだ樹脂の肌の表面を、颯天は刃先を流水の様に逆らうことなく刃を流しながら、切っ先がある場所に当たった瞬間。

刃は硬い筈の肌を、まるで豆腐を切るようにマザーの足を切断した。


「あら?」


「舐めているのは、お前の方だ」


突然片足を切り飛ばされた事に対し、マザーは何が起こったのかは分からないが、驚いた。と言わんばかりの表情を浮かべていた。

マザーの足を切断したそれは【流刃】。字のごとく流れに任せるように刃を滑らせることで、擬似的に抜刀と同じ状態を作り出し、加えて更にその状態で刃先に感じる僅かな窪み、今回は【風鼬】によって傷付けた箇所に刃が振れた瞬間、そこへ全ての力を込め斬る変則的な抜刀術だった。

そして、切断されたのを確認したフェンは再び距離を取り、マザーを颯天と挟む形になる。


「あら、驚いた。まさかこうも簡単に斬られちゃうなんてねぇ。舐めているのは、私だったみたいね」


挟まれた状態で片足を失ったマザーだが、未だにその余裕が失われることはない。寧ろ、楽しそうだった。


「ふふっ。ここまで私を興じさせる事が出来たのは、貴方が初めてよ」


そう言いつつ、マザーは切断された足を取りそのまま切断面に当てると、切断面を金属の膜が覆ったかと思うと足は何事も無かったかの様に動き、軽く動作を確かめるよう動かした後。


「さて、それじゃあ互いに準備運動はここまでにしましょうか?」


カツン。まるでヒールで踏んだかのような高い音が響き、マザーの空気の質が変わる。


「じゃあ、始めましょうか。本当のダンス殺し合いを!」


「望むところだ」


「…(ぐっ)」


両者、互いに構え。カッと音が聞こえマザーは颯天へと距離を詰め、その際にも腕を振ることで金属の鏃を放ち、それに対し颯天は当たりそうなものだけを弾き、それ以外は無視をする。

そして、両者は互いの武器が衝突し音と共に火花が散る。


「へぇ。その剣、思っていた以上に頑丈なのね?」


「まあな。こいつ黒鴉は俺が知る限りで最も硬いからな」


早さと重さが加わった攻撃を大樹の様に泰然と正面から受け止めた颯天と、それを受け止められたマザーは互いに会話を交わしながらも、両者は相手がどう動くかを考えながら競り合う。


「はああぁぁっ!」


気合いが籠った声と同時に振るわれる爪に対し、マザーは剣を握っていた片手を離し受け止め、そのタイミングで颯天は受けていたマザーの剣を流す。


「あら」


その流れを利用し返す刀で袈裟斬りに刀を振るおうとし、フェンも空いている反対の手でマザーを切り裂こうとするなか。


「ふふふっ!」


マザーは笑うと共に僅かに体を沈め、颯天の顔へと膝蹴りが颯天へと放たれるが、颯天は冷静に袈裟斬りに振ろうとしていた剣を止め、自身に引き付けると柄を握る手と手の間でマザーの蹴りを受け止める。


「そうこなくちゃ!」


だが、それを予想していたかの様にマザーは強引に颯天を蹴り飛ばし、その反動を利用して背後にいたフェンへと刃を振るい、フェンは爪で受け止める。


「流石は神殺しの狼フェンリルの爪ね。欲しくなってしまうわ」


「…あげない」


「あら、つれないわ、ね!」


そこから始まる互いに命を奪わんと火花を散らす連撃が数十以上続くなか、変化が生まれる。


「っ!」


「あら、もう息が上がってきたかしら?」


生物と機械の違い。それは呼吸だった。生物と呼吸は決して切り離せないものだ。故に激しい動作の際、人は意図的に呼吸を止めることで瞬間的に力を爆発させることが出来るのだが、酸素を取り入れない状態で激しい動きをすれば、鍛えるなど生来のものもあるだろうが、酸欠によってフェンの動きが鈍り。


「がっ!?」


その瞬間にマザーは剣を振るように見せかけての回し蹴りがフェンの脇腹に当たると、フェンはその勢いのまま壁に向かって吹き飛ぶ最中、先回りした颯天が受け止める。


「残念ね。神殺しの狼フェンリルであろうと、万全じゃなければこの程度なのね」


「大丈夫か?」


「…ごめん」


「いや。元より無理を言っているようなものだ、気にするな」


「…助けられたお礼、返せてない‥」


元より、そこまで回復してないないフェンを戦わせていたこと自体がおかしく。だが、颯天に抱き抱えたられたフェンの頭に生える犬耳はペタンとなっておりそれが、自分を戦わせて颯天が悪いのではなく、寧ろ約束を守れなかった自分に対しての悔しさや無力感といったフェンの心情を表していた。

そんなフェンに、颯天はそっと頭を撫でる。


「無理をさせていたのは俺だ。気にするな、まだ次があるんだ。それにこれも一つの縁だ。また何時か力を借りれればそれでいいさ」


「でも…」


戦わせてた颯天が悪いと思っていない。戦えていない自分が不甲斐ないと思っているそんなフェンに、颯天は提案する。


「なら、次に会った時。何でもいい、何かお前から貰おう。そして、その見返りにお前は俺に何か要求する。それで今回のはチャラだ。どうだ?」


「…分かった」


少しの間、迷いながらもフェンは頷き。それを確認した颯天はフェンを床に下ろす。


「じゃあ、そこで待ってろ。それと謝罪として見せてやるよ。本気を」


そう言うと颯天は静かにマザーへと歩き始めると、浅くされど深く息を吸い込むとその意識は鋭い刃ように研ぎ澄まされる。


「面白そうね」


笑みを浮かべながらマザーはそう言うと、一息に颯天へと距離を詰め刃を振るうがそれに対して、颯天は全身を強化する【金剛体】と体内の電気信号を増幅し、意識を加速させる【雷光】。二つの無系統忍術を発動させ、親指と人差し指でマザーの剣を掴む。


「へえ、それが貴方の本気?」


「さて、どうかな?」


「ふふっ、いいわ! とても楽しめそうね!」


はぐらかすような颯天の物言いに対し、マザーは嬉しそうに答えながら足先に刃を形成し蹴り上げるが、僅かに体勢を後ろに倒した颯天に回避される。

そして、体が宙に浮いたマザーを颯天は容赦なく蹴り飛ばすと、マザーは吹き飛ぶも即座に体勢を整え、地面に着地する。しかし、よく見ると颯天に蹴り飛ばされた胴体の一部は一目で分かるほどにだがへこんでいた。


「壊すつもりで蹴ったんだが、案外と頑丈だな?」


「ふふふ、私も分かったわ。薄々思っていたけど貴方、想像以上の怪物みたいね?」


「そうでもないさ。世の中には怪物は結構いるもんだぞ?」


颯天の知る限り、まず両親である宗龍と雪音。そして颯天が姉のように慕っていたあの人など。案外と強者とはいるのだと颯天は知っていた。


「ふふっ。それはそれでとても楽しそうね」


へこんだ箇所を撫でながらも、マザーの顔には笑みが浮かんでいた。


「けど、化け物を相手にするなら、こっちも出し惜しみが無しで行かせてもらうわっ! 制限解除リミッター・カット 帯電励起アウェイクニング!」


そう言うと、マザーの全身を小さな稲妻が走る。それは体内に常に発生している微弱な電流を活性化させ、全身に纏う事で攻防を一体とするマザーの奥の手、攻防一体型戦闘形態 雷電装甲化ファランクス

だが、無敵という訳では無く、マザーにとってが諸刃の剣でもあった。その証拠として全身の回路に掛かる負荷により、各所から煙が発生していた。


「…長くは持たない切り札か」


「ええ。だからこそ、本気で、行かせてもらうわっ!」


一歩。マザーが踏み出すと直後には颯天の前に見えない何かが迫っており。


「っ!?」


油断していなかった颯天だったが、咄嗟にそれが何かを理解する前に、体を反らすが顔に僅かに触れた箇所に裂傷が生まれ、血が流れ出るが、目標から逸れたマザーの一撃はそれで止まらずに壁にぶつかるインパクトの瞬間、放電された電によって壁が焼け、焦げたオゾンの匂いが鼻につく。


「確かに、これは強力だ」


振り返ると、そこには既に雷光と化し距離を詰めていたマザーがおり。


「はあぁぁっ!」


マザーの一撃を喰らい、颯天は壁へと吹き飛ばされた。

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