第14話「地下遺跡にて」

「『娘』を託したい、だと? 一体何の冗談だ?」


≪冗談ではない、本当だ≫


 フェンは話が理解できずに首を傾げているのを尻目に、何かの間違い。と颯天は視線をファザーに向けるもファザーは言葉によって否定。それに対して颯天は問いかける。


「何故、俺なんだ?」


≪どのような経緯かは知らないが、君が『災厄』を宿し、少なくとも制御していると言える。そんな人間である君にだから託したいのだ。何せ、『娘』の存在は後に火種になるかもしれない。ならば、より強い火の元にいる方が安全だと判断したからだ≫


「…なるほど、木を隠すなら森の中、という訳か。だが、そんな厄介事を俺がわざわざ引き受けると思っているのか?」


 ファザーは、自分颯天という大きな火の近くに置くことで、後に火種となるかもしれない『娘』を隠すという、その選択は間違ってはない。往々にして人の目は小さな火よりも大きな火に向いてしまう。それを利用するために、颯天を選んだという事だった。如何に人を模したAIとはいえまさに機械が導き出した合理的解答と言えた。だが、その解答に対して、益が無い颯天としては引き受けるつもりはない。


≪もちろん、君は引き受けてくれるさ。何せ『娘』には女神のが含まれているからな≫


 それを読んでのファザーの言葉が、颯天の頭に引っ掛かった。


「…女神だと? この世界では神は一つだけじゃないのか?」


 颯天が軽く調べた限りでは、この世界に存在する神は一柱のみで、女神は存在しない。故にファザーの言葉が嘘である可能性が浮かび上がる中。


≪‥‥まさか、本当に知らないというのか。女神が作った迷宮の存在すらも?」


「だから何なんだ、その女神とその女神が作ったという迷宮というのは?」


 人のように驚きが入り混じった言葉にそう返しながら颯天は違和感を感じていた。

 それは「認識が嚙み合わない」だった。いやそもそも前提条件すら違っている。そんな確信に似た考えが嘘であるという頭の中の情報を押しのけ颯天の頭の中に浮かび上がる。


≪…なるほど。奴は徹底的に女神の情報を消したようだ。であるならばという言葉が通じないことに納得がいく。が、流石に地下まで、人ではないAIまでには通じなかったという事か≫


 明らかに互いの間にあるズレが何なのかを理解したのか、ファザーの納得に対し、それが何かわかっていない颯天は若干の苛立ちを込めて聞き返す。


「おい、何一人で納得している?」


≪何、兼ねてより感じていた違和感。その正体にも気付けた。そしてだからこそ君は『娘』の力を必要とするだろう。何せ、女神の迷宮の扉を開くには‥‥」


 〘M17FO9 Threeautomaton 通称マザーが凍結命令フリーズ・オーダーを無視。行動を開始しています。非常隔壁閉鎖。防衛機構を起動、攻撃に移ります。近くのものは直ちに退避してください。繰り返します‥‥〙


≪なんだと!?≫


 突然のアナウンスと同時に、突如として消魂しく鳴り響き始めたサイレン。更にその報告を聞いたファザーの声音に驚きが含まれている事から、それが通常の事態でなるものではないと誰であろうと理解は容易だった。


「おい、一体どうした?」


≪‥‥あり得ない事だが、凍結命令によって動くはずのないマザーが動き始め、『娘』の所へと向かっている≫


 その言葉が終わると同時に颯天たちの前に映像が映し出され、そこに映ったのは無数に機銃から撃ち出される弾丸をその手で弾き、更にペン程の大きさのミサイルを撃ち落とし爆炎を背にする、映画のような光景の中を突き進む女性の影。


「アレが、マザーか?」


 《ああ。見た目は人間と同じだが、その皮膚は樹脂を硬質化させ、ナノサイズで編み上げた。硬さと柔軟性を併せ持つ。更に全身を人の血管と同じように巡らせることで、心臓に当たる部分から戦闘時は表面にナノサイズの金属を纏う事で硬質化させる事で、鉄を容易に切断できる硬度を誇る。もちろん、それを一点に集め、武器とすることも可能だ≫


「なんとまあ、厄介な事だ‥‥」


 まだ全部の情報を聞いていない状況でその鍵となる存在を持っていかれるのは困るので、必然これから、それを相手にしないといけない颯天は自然と自分の気持ちが重くなるのを感じる中。


「‥‥?」


 今現在の状況、更に後ろの方で、明らかに状況を理解していないフェンに対してもため息を吐きたくなる気持ちを堪え、颯天は口を開く。


「それで、マザーをどうすればいい?」


《破壊してくれ》


 ファザーは一切の迷いなく颯天へと告げた。


「いいのか? お前の半身だろ」


 《構わない。『娘』に危害を加えようとするのであれば、それはもはや敵だ》


 颯天の問いに対してファザーはそう言い、それに対して颯天は頷いた。


「分かった。ならマザーの相手は俺たちに任せてもらおうか。まだ聞きたい情報こともあるからな」


 いいな。そう釘を刺すように言うとファザーもそれを承知しているように頷き、


≪分かった。なら案内はこれはこれでするとしよう≫


 そう言って姿を現したのは、先ほどのマザーとは違い。こちらはまず何よりも大きさが両手で抱え上げることが出来るほどの小ささで、その表面は綺麗に磨き上げられており光を受ける金属特有の輝きを放つ二足歩行ロボットで、そのモノアイから投影されたのは、先ほどより小さいファザーの姿だった。


「遠隔操作型のロボットか?」


≪ああ。施設の修理など、私手足となって動いてくれる施設内設備メンテナンス用のアンドロイドだ。小回りや細かな作業も出来るが、戦闘には向かないがね≫


 そう言っている間も、ロボットにもAIが搭載されているようで好きに動いていたりするが、ファザーの姿がブレるという事は無かった。


「(無駄な高機能性って思ってしまうな…)案内を頼む」


 《ああ、着いてきてくれ≫


 内心でそんな事を考えている事をおくびにも出さずに颯天はそう言い、ファザーの分身であるアンドロイドに誘導され、幾つかの閉じられていた隔壁を通り抜ける。

 そして、進んで行く毎に空気に混じる硝煙、壁や天井、床に刻まれた弾丸や爆発によって刻まれた傷と破壊された銃火器が目立ち始めた。


「これはまた、徹底的に壊されているな」


 《そうだな‥‥これほどの修理をしなければならないとは‥‥≫


 今はメンテナンス用アンドロイドの為に顔は分からないが、それでも声音からして破壊されたこれらを修理しないといけないという現実を、優れたAIであろうと逃避したくものなんだなぁ、と他人事のように思いながらも進み続け、やがて、一際厳重な隔壁、しかし今は無残にも人が通れるほどの穴が開いてしまっていた。


 《‥‥‥‥修理》


「大丈夫か?」


「…‥‥頑張って」


 《…すまない。この先が『娘』の居る場所だ。気を付けろ」


 そして、その様子を見て完全にファザーはそう呟くと黙ってしまい、颯天とフェイはただその様子にそういうのが精いっぱいだったが、直ぐに立て直したファザーの言葉に颯天とフェイは気持ちを戦闘へと切り替え、穴の開いた場所を通り中へと入るとそこに広がるのは、ただ広い空間とその空間の中央には高さ3メートル、横幅一メートル弱、上からは無数の管が繋がった透明な容器、そしてその中に居たのは肩の辺りまでの灰色の髪、そしてデータを取るためのパッチを各部に貼られている以外は生まれたまま、歳は颯天より少し下、ニアと同い年か、上かという女の子の姿だった

 そして、前に立つ一つの人影があった。


《…マザー》


「あら。臆病者の貴方にしては、案外早く来たのね、ファザー?」


 嘲笑混じりにそう言ったマザーという存在は、事前に教えられていなければ人と勘違いしてしまうほどに人間にそっくりだった。


 《『娘』の為だ。この程度の危険は危険ではない》


「そう‥‥まあ、流石は“父親„というべきかしらね? けど、貴方じゃ私には勝てないし、『娘』も守れないわよ?」


 《知っているさ。私はあくまで守る事しかできない。だからこそ、『娘』を外に連れ出していくのに足る者を連れてきたのだからな》


「へえ、という事は。そこの人間と亜人が、ねぇ」


 訝しげに見て来るマザーに対し、颯天は自然体に、フェンは油断なく相手の様子を伺いいつでも動けるように構える。


「ファザー。アンタは下がってろ」


《すまない…》


「気にするな。それに俺の実力を見せるのにちょうどいいデモンストレーションだろ? だからお前は下がって居ろ。壊れられて情報を聞けなくなる方が困るしな?」


《よろしく頼む》


そう言い、ファザーが後ろに下がるのを視界の端で確認しつつ、颯天は尋ねる。


「なあ。一応の提案だが、大人しく投降するつもりはないか?」


「あら、もう勝った気でいるのかしら?」


「いや、その方が俺としては楽だからて理由の提案なんだが?」


「あらあら。人間、貴方に教えてあげましょうか。それは」


マザーが何気なしに手を横薙ぎに振るうと、何か細い弾丸のような物が颯天とフェンのすぐ横を通過し、硬い物がより硬い物に刺さった音が静かな空間に響く。


「傲慢って言うのよ?」


「知っているさ。けど、まあ交渉は決裂ってことでいいんだな?」


ごく自然な動きで剣を抜き、構え。フェンも姿勢を低くし爪を構える。


「ええ。私を止めたければ、私を壊してみなさい。人間っ!」


そして、マザーは颯天とフェンを見下すかのように立ったまま僅かな時間が過ぎ。


「シッ!」


まず最初にフェンが飛び出す。低い姿勢のままスピードを上げながらジグザグに距離を詰め、それに対しマザーは先ほどと同じように手を横薙ぎに振り、極小の金属の金属を撃ち出すがフェンはそれを爪で弾き、または回避することでロスなく距離を詰め。


「あら?」


まさに神速と言えるほどの速さで距離を詰め、その胴体へと爪が当たった。がにもかかわらずフェンの爪はその体を切り裂くこと叶わずに止められていた。いや、火花を散らしながらマザーの表面に表出した金属の守りを削ってはいたが、それは遅々としたものだった。


「へぇ、まさか最初から能動的アクティブ金属微粒子防御ナノアーマーが動くなんて、貴女、随分と早いのね…って、あら。この爪‥‥貴女…もしかして」


「ッ!」


マザーの言葉を遮るように攻撃を止め、一息でフェンは颯天の隣に戻る。

一方、初撃で能動的アクティブ金属微粒子防御ナノアーマーを使わされた事に驚きの表情を浮かべたマザーは改めてフェイを見る。


「‥‥やっぱり。貴女は神殺しの狼フェンリルの血を引いているのね」


「‥‥‥‥‥」


確信を持ったマザーに対し、フェンは無言を貫くがそれは暗に肯定していると同意義のものだった。だがそうしている間も戦いは続いている。


「【風鼬かざいたち】」


風遁【風鼬】によって作り出された風で作られた五体の鼬がマザーの体を切り裂かんと突撃する。


「へえ、見たことのない魔法ね」


そう言いつつ、マザーは手にナノ金属を集め剣の形にすると前方、後方、頭上から迫ってきていた【風鼬】の全てを打ち壊すが。


「あら?」


【風鼬】はやられると同時にその体を爆散させ、圧縮されていた空気の刃がマザーへと襲い掛かるも、樹脂を硬質化させ、ナノサイズで編み上げた皮膚の表面に傷をつけるだけに留まった。だが、颯天が【風鼬】を放ったのに、別の意味もあった。


「あら、もしかして今のが全力だったのかしら?」


「なに、お前だけが知るって言うのが不公平だからな単なる小手調べだ」


「へえ、だったら次は私から行かせてもらおうかしらね」


そう言い、マザーは手にした剣を構えと作り変え、笑う。


「さあ、一緒に踊りましょう?」


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