第13話「一夜明けて」

「【閃脚せんきゃく】!」


「グギャアアアァァァァッ!?」


 ゴブリンが持っていた錆びた剣を上へと弾き飛ばし、がら空きとなった胴体に最近習得した、閃光のような速さで足を振り抜き空気を圧縮し斬撃として放つ技【閃脚】によってゴブリンの体は上下が半分に分かたれ、それによって臓物と血が吹き出し、命を奪ったという実感によって胃に不快な感覚が広がるのを、徹理は無理やり抑え込む。


「くっ‥‥おおおおっっ!」


 こみ上げる不快感を抑え込みながら、それを逆に力に変えるように徹理は吠え、今だ向かってくるゴブリンの群れへと突っ込む。


「俺たちも行くぞっ!」


 そんな徹理に続くように最前線で同じく戦っていた古賀も突っ込んでいき、それに引っ張られるように戦闘職たちが、傷が治り前線に復帰した騎士たちが続いてき、次々と姿を現すゴブリン達を剣または斧などの武器で切り裂き、魔法に焼かれ、切り裂かれ潰されていく。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ!」


 戦っていく中で、過呼吸に似た状態に陥りながらも徹理は剣を、または脚を振るいゴブリン達を倒していく。そして古賀達もゴブリン達を倒していくが、それによって全身の至る所にゴブリンの返り血が付着し、それの様子を表現するとするならば「修羅」または「幽鬼」が相応しい様子だった。

 そんな中。


「徹理!しっかりして!」


「っ! 神流、どうして!?」


 命を奪うという不快感からも目を離そうとした結果、もはや目の前の敵をただ倒す。そんな殺人機械となりかけていた徹理の思考が、幼馴染である荻瀬神流の声によって引き戻される。


「なんでって、もう、しっかりしてよ、ね!」


 いつの間にか突っ込み気味になっていたようで、がら空きの背後を左右の手に片刃の剣で飛び掛かってきたゴブリンを斬り倒す。


「私の職業(クラス)は徹理と同じ「剣士」だよ? もしかして、自分の職業(クラス)も疲れて忘れちゃった?」


「…いや、「剣士」だろ?流石に覚えてるよ」


 何処と無く、そんな会話をしながら幼馴染みと言うこともあり、互いの動きを自然とカバーし、その様子はまるで、二つの嵐が一つになり巨大な天災となるかのようで。徹理と神流。

 二人の前にゴブリンはもはや嵐によって吹き飛ばされる草と変わりがない烏合の集まりと言わざると終えなかった。 

 そして、右翼が徹理と神流、正面を大雅、左翼を古川達によってゴブリン達は地に倒れ、大地に己の血を吸わせていく。


「ギャア、グギャアアア!!」


(…この空気は)


 後方からの援護が無くなり、僅かにゴブリン達の勢いが弱くなり、及び腰になったことをデュオスは戦場の空気から感じ取った。


「よし!我々を残し、他は全て正面、右翼、左翼にそれぞれ増援に行け!ゴブリン達を押し返せ!ここが正念場だ!」


「「「「「「「「おおおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!!!!!」」」」」」」」


 デュオスの指示に呼応するように戦っているその場で戦っている全ての人間の声が重なり、それはまるで一つの獣の咆哮のように響き。


「ぎゃがあっ!?」


 まるで気圧されたかのようにゴブリン達の足の動きが僅かに弱まり。


「今だっ!押し返せぇぇ!」


 生まれたその隙を逃さず、ゴブリン達を押し返し、しかしそれだけに留まらず、ゴブリン達を倒していく。


「神流!」


「うん!」


 そして、徹理と神流は互いに息の合った動きでゴブリン達を倒していき、ゴブリン達との戦いの天秤は勇者側の勝利へと傾いた。


「よし!このまま追撃に入る!動けるものはこのままゴブリン達を追い、拠点(コロニー)を完全に破壊するぞ!」


「「「「「「おおおおぉぉぉぉっっ!!!!」」」」」」


 デュオスの指示に前線で戦っていた古賀、徹理、神流達を含むその場の全員が声を上げ、ゴブリン達の追撃が始まる。

 そして、その後。徹理達は逃げるゴブリン達を追い、拠点(コロニー)を無事に見つけ、その全てを倒したのは深夜近くになった辺りで。その後、徹理達は村へと帰還し、夜が明けた翌日。木々の間から朝日が昇り始めて少し経った頃。


「はっ!…せやっ!」


 村の外れにて、徹理は鉄剣を振り、時に脚による蹴りを織り混ぜながらひたすら続けていく。そして、朝日が森から顔を出すまで続けていると。


「…ふぅ……っと」


 ふと、視界に何かが飛んで来るのが見え咄嗟にそれを手で取るとそれは木製の水筒で、飛んで来た方を見るとそこには。


「おはよ、徹理?」


「…おはよう、神流」


 何時からそこに居たのか木の柵に腰掛けた神流の姿があった。そして、挨拶をすると徹理は神流が腰掛けていた隣へと移動し、剣を柵に立て掛けると。水筒の栓を抜き中に入っていた水を飲んでいく。

 剣を振り、蹴りなどで体を動かした事によって熱を持っていた体に、冷えた水が程よく熱を冷ましていくのを感じながら徹理は水筒の水を飲み干す。


「…はぁ…、美味しかった。ありがとう、神流」


「いえいえ、どういたしまして!」


 水筒を神流へと返しながらお礼を言うと、神流も嬉しそうに空になった水筒を受け取る。


「徹理は、何時から剣を振ってたの?」


「えっと…確か、森から日が上がり始めた頃から、かな?」


 集中していたため、徹理の体感としては一時間ほどだったが。


「えっ! それじゃあ私が起きる二時間も前からしてたの!?」


「…俺、そんなにしてたのか」


 どうやら、神流の言葉通りならば徹理はその倍。二時間も休むこと無く剣を振っており。そうであるならば全身に汗をかいているのは当たり前と言えた。


「もう、それならもう少し早く起きればよかったな~」


 心底残念と言わんばかりに、言葉だけでなく雰囲気も残念という空気を纏うなか、徹理はそっと神流の頭に手を置く。


「そう言うお前も、あんまり寝れなかったんだろ?目元、少しだけど隈があるぞ?」


「あ、あははは…」


 バレた?とばかりに神流は恥ずかしそうに笑う一方、徹理は神流が眠れなかった理由を知っていた。


「神流、やっぱり昨日の事か?」


「…うん、でもそれは徹理も、うんん、全員がでしょ?」


「そうだな…」


 二人が。いや二人だけではない。あの場に居た騎士たちを除く、異世界召喚組全員がまともに眠れていなかった。その原因は、昨日追撃戦。ゴブリンの拠点コロニーでの事が影響していた。


 あの時。あの場で起きた出来事は、この世界の人からすれば当たり前の事であっても、多少の争いはあれど、平和な世界で生まれ育った徹理達からすれば、それはまさに虐殺ともいえる事だった。

 あの後、逃げるゴブリンを追跡し、拠点コロニーを発見してそれは起きた。


「では、我々はあの拠点と、あの場に居る全てのゴブリンを討伐する!だが油断はするな!オークがいる可能性もある事を忘れるな!もしいれば単独で戦わず協力して倒せ!いいか、絶対に逃がすなよ!」


「「「「「おう!!!!」」」」」


 ゴブリンは、最弱だが最も厄介なのが繁殖力。攫った人間を含む異種族の女の体を強制的に母体とし、更に産まれるまでに3日とかなり早く、あっと言う間に繁殖しその支配権を広げる。故にゴブリンの拠点を発見した場合、捕まっている女性がいる可能性も考慮する必要があり。


 更にゴブリン達の拠点は、いわば周囲に木の柵を作るなどきわめて簡易的な物で、住居に関しても掘っ立て小屋であった。故に今回は拠点を包囲した後、奇襲を以て一気に叩き、それによって危険を感じさせることで捕まっているかもしれない人を人質にされないようにする事、ゴブリン達を逃がさずに殲滅するためにデュオスはワザと一方だけ穴を設け、そこに追い立て殲滅する。


 それがデュオスが建てた作戦だった。そしてその作戦に当然、徹理達も参加していた。戦闘時における興奮。一種のテンションがハイになった状態であった事もあり、前衛で戦っていた戦闘職全員が参加し、それに押され後衛職も参加することになった。


「突撃!!」


「「「「「「おおおおおおおぉぉぉぉっっ!!!」」」」」」


 徹理達、そして騎士達は雄叫びを敢えて上げながら一ヶ所を除いた全方位から拠点(コロニー)へと突撃していき。


「「「グギャア!?」」」


 それによってやっと一息つけた。と言わんばかりのゴブリン達は驚き、右往左往と動き周り互いに激突する姿もある。

 この中で、ゴブリン達は我先へと空けられていた罠へと飛び込んでいく。


「行けぇ! ゴブリンを逃がすな!幼体であろうと、容赦をするな!」


「グガ、ガガッ!」


「邪魔だ!」


 だが、中には逃げる時間を稼ごうと戦おうとするゴブリンも居たが、多勢に無勢。勢いに乗る騎士と徹理たちによってゴブリン達は呆気なく地面に横たわり、その血を大地へと染み込ませる。

 その一方でも戦いが始まる。


「前方より、ゴブリンを確認! 数、凡そ五十!」


「よし、魔法詠唱、始め!」


「「「原初の火。その火を以て、焼き尽くせ」」」


「「「大地よ、自然の牙を以て、貫け」」」


 そして。詠唱が進みゴブリンの姿を確認し、最後に魔法を発動させる為の鍵句を唱える。


「「「火球(ファイヤーボール)!!!」」」


「「「地槍(アースランス)!!!」」」


 その瞬間、放たれた火球によってゴブリン達は焼かれ、あるゴブリンは囲うように地面から生えた土の槍によって串刺しにされて絶命し、逃げ場の無い中で必死に逃げようとするゴブリン達へと再び放たれる火球(ファイヤーボール)によって焼かれ死んでいくその様子はまさに地獄絵図で。


「うぷっ、おええぇぇっ!!」


 その様子を見ていた騎士を除いた異世界召喚組全員が吐くか、吐かずとも青い顔でそれを観ているなかで、やがて幼体を含めた全てのゴブリン達は討伐され、村に平和が戻ったがその場に居た徹理や神流。古賀達全員が理解した。いや、させられた。この世界は地球とは違い平和ではなく、そして安全ではないと。


「デュオスさんの言うことは正しいし、その意味も分かるけど…やっぱり、あれは辛かったな…」


「…うん」


 徹理の言うアレ。それはゴブリンの幼体を殺した事だった。

 ゴブリンの繁殖力、そして成長は凄く。産まれて一週間と経たずに幼体から成体となるため、芽を摘む意味もあって幼体を発見した際は必ず全滅させるようにギルドからも厳命されている。


 そうしなければ、最悪は国が動くほどの大きな被害が起きるが故の判断で。それはゴブリンの繁殖力などからして間違いとは言えず。この世界からすればゴブリンを、その幼体を殺すのは害ある存在故に、芽を摘むというのをこの世界では当たり前だが、平和な世界からこの世界に召喚された徹理達からすれば、自分たちがゴブリンをそして幼体を殺した、という事が明確なショックを与えた。


「俺、まだあの時の光景で目が覚めて、起きたら手が血塗れっていう幻を見たんだ」


「うん…私も…」


 そう言うと、神流は徹理の肩に頭を預け、徹理は空いた手でその頭を優しく撫でる。

 疲れた状態で村へと戻り、服や体に着いた土汚れや血を洗い流し、新しい服に着替えて、どうにか眠りに就けたが、結果的に眠れた時間は二時間あるか、無いかというほどで。

 結果、徹理はもう眠れないと判断して、気分を晴らすために剣を振っていたのだが、どうやら神流もちゃんと眠ることが出来なかったようだった。


「俺達、本当に日本じゃない世界に居るんだよな…」


「うん。本当に、そうなんだよね‥‥」


 互いに夢ならと思うが。決して晴れる夢ではなく、改めて、ここが平和な日本ではない事を昨日の戦いで実感した。


「でも、この程度じゃ、俺たちは折れる訳にはいかないよな?」


「‥‥うん。そうだね」


 二人は、支え合える。だがもう一人のこの場にいない親友は一人でこの世界の外へと出でいったのだ。

 そんなもう一人の親友。颯天と再会するために、二人も強くなろうと思って外に出たのだ。であるならば、今後この世界で生きていくためにも今回のような事を慣れるのではなく乗り越えていこうと改めて、二人は覚悟を固めていると。徹理は自分の肩に少し重みが加わるのを感じた。


「眠くなったか?」


「‥‥うん」


 徹理の隣にいる事で安心したのか、徹理は神流が体を預けて来ているのが分かり、そっと倒れないように背中に手を回し、体を寄せる。


「ごめん、ちょっと‥‥寝る‥‥ね…」


「ああ、少し寝てろ」


「…‥‥うん」


 そう言うと神流は穏やかな寝息を立て始め、徹理はそんな神流の体を支えながら、空を見上げる。


「颯天、お前は今、どこで何をしてるんだろうな…」


 心地よい風が吹く中で、徹理の何気ない言葉は風によって掻き消えた。

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