第12話「実戦」
ケルヴァス帝国の北東部にある獣人達を捕えていた牢獄の近くにて古代科学文明の遺産から「娘」を託されようとしていたその頃。
颯天の親友である中矢徹理と荻瀬神流は他のクラスメイト十数名、そしてアスカロ王国騎士団と長であるデュオスと共にアスカロ王国国内の森にて、魔物と戦っていた。
(くそ、やっぱり昼間と勝手が違うな…!)
夜という、夜行動物でなければ辺りが見えない人間にとってもかなり不利な条件の中で、辛くも頭に風を切って飛んできた矢を回避しながらも、死を間近に感じ背中に冷たい汗を感じる。
実際、ずっと灯りもなしで動いていたわけでもなく、先ほどまでは徹理も灯りとして松明を持っていた。
が片手がふさがった状態、かつ灯りを持っていると的になると松明を消し、あとは自身の感覚を研ぎ澄ませ、風切り音と暗順応した目で既に幾度か放たれた矢を回避していた。そして、次にどうするかを既に徹理は決めていた。
(今っ!)
再び矢が徹理へと迫るが、それを避け徹理は矢が飛んできた場所へと一息に距離を詰める。そして、暗闇になれた目で先ほどの矢を放ってきた軌道の根元にいる存在を見つける。
(いたっ!ゴブリン!)
徹理が見つけたそれは、地球では精霊の一種と言われていたりするが、この世界では女を攫い、子を産ませて増えるといった人を害する代表的な魔物で、その肌は人とは違い緑色で、身長は成人男性の腰ほどで、醜い顔が特徴的もつ、それがこの世界のゴブリンだった。
「ぎゃぎゃっ!?」
しゃがれた声を出し、ゴブリンは驚きながらも咄嗟に徹理へと矢を放つが、十分に弓が引かれていなかった事に加え、狙いが甘く徹理の横を矢が通過し、入れ替わるように徹理は手に握っていた剣を横薙ぎに振るい、剣越しに感じる感触を気持ち悪く感じながらも一息に首を切断し、胴より切り離された首は宙を舞い、体は力を失い地面へと崩れる。
「っ!」
しかし、それを確認する間もなく、徹理はその足を未だに剣戟の音が聞こえる場所へ向けて駆け出し、やがて火が辺りを照らす開けた場所に出ると、そこでは騎士と徹理の同級生たちがゴブリンと戦闘を繰り広げていた。
「大丈夫ですかっ!」
近くに居たゴブリンを斬り倒し、徹理は合流する。
「トウリ殿! 良く戻ってくれた!」
戦闘は混戦状態で、辺りは命の削り合いに相応しく血の匂いが立ち込めており、騎士達の中には重傷者も居たが。
「「「ほ、星の息吹、あまねく生命の、癒しの光を、我が手に宿れ
治癒魔法を使えるクラスメイト達による詠唱が終わり、柔らかな光が両手に灯ると温かい光が騎士の傷口へと注がれ、怪我を負っていた騎士たちの傷が徐々に塞がっていく。
そんな中、一際重傷を負った騎士に涙を流しながら必死に治癒魔法を掛けるのは、最も治癒魔法に特化した
「あんまりっ、良くないようです、ねっ!」
「ああっ! だが、ここで、押し返せそうだ!」
デュオスと徹理は会話をしながら突撃してくるゴブリン達を互いに斬り倒していき、やがて後方からの弓矢による妨害が無くなったことが大きく、ゴブリン達との戦いは徹理達の優位へと変わりつつあった。
だがそもそも、このような状態に陥った事の発端は徹理達が立ち寄った村での事だ。
異世界【シュトル】に召喚されて幾分かの時間が過ぎ、二つのグループへと別れた。一つは待機組。この世界は日本と違い命の危険が間近に存在するので、死にたくない、怖いと感じた生徒たちで構成されたグループ。そしてもう一つのグループが勇者である古賀を中心とした魔王を倒して地球に帰ろうとする討伐派の二つのグループに別れた。
そして、その日は古賀を中心とした討伐派が実戦を経験するために城の外へと出発したのだが、途中馬車の故障などもあり予定では、寄る予定のなかった村に寄ることにし、デュオスの交渉でその村で使っていない家を二軒借りることが出来た後、村の中央で明日の実戦ではどのように魔物と戦うか。それを話し合っている時に村長が話の場に現れて懇願したのだ。
「ゴブリン、ですか? ゴブリンって人型で、最弱とも呼ばれている魔物ですよね?」
古賀の質問に、村長は頷いた。
「はい。そのゴブリンです。実はここ最近、村人からゴブリンをかなり見かけるという話がありまして、聞くと家畜への被害もありまして…」
村長の話によれば、ここ三週間ほどの間に村の周囲にゴブリンが多く出没しており、更にそれを比例するように家畜の被害も出始めた。
そこから村の近くにゴブリンが
が、そこまで裕福ではなく、村人全員が出し合ったお金で冒険者ギルドに依頼しても、冒険者にも生活があるので、到底受けてくれる冒険者が居るとは思えず、受けてくれても最弱とも言われているゴブリンならといった冒険者に成り立ての
そんな中でも被害は少しずつ増えている中で、一か八かで依頼をするかを悩んでいた時に一泊させてもらうためにと古賀達とその見守りである騎士団のデュオス達が現れたという訳だった。
「騎士様たちに頼むというのも、頼むのがお門違いで無礼なのも承知です。ですが私たちにはそれ以外の方法が無いのです! 私たちが出来ることであれば何でもします。ですので、どうか、ゴブリンの討伐を受けて頂けないでしょうか、どうか、お願い致します!!」
そう言い、古賀達に村長は地面に頭を擦り付ける、いわゆる土下座だ。そんな必死な村長の様子にデュオスはどうするかを決めあぐねていた。
正直に言えば、デュオス達騎士団の最優先の任務は勇者とその同郷の者達を守る事にある。が、今回は王宮の実戦形式の戦闘訓練ではなく、本当の命のやり取りである実戦と空気を体験させる為だった。
だが、同時に村長の懇願に揺れても居た。
(だが、決定するのは我々ではない)
デュオスは自らにそう結論を下す。
勿論、個人でいえば助けてあげたい。だが下手にゴブリンの数が多い場合対処できない可能性もある。何より今回の主役は騎士団ではなく、勇者とその仲間たちであり、デュオス達騎士団はあくまでおまけだ。なので。もしここで古賀が断れば幾分かの反論は出来るが、最終決定権は古賀達にある。
故に、デュオスは沈黙を貫き、彼らのリーダーにして勇者である古賀大雅の言葉を待った。
「…分かりました。その依頼を受けます」
「…ほっ「よろしいのですか?」」
んとうですか…!?と言おうとした村長に申し訳ないと思いながらも、デュオスは尋ねる。もし軽い気持ちで、また正義感に従って依頼を受けたのであれば諫めるというのもデュオスの務めで、何よりゴブリンと言えど死ぬ可能性がない訳ではないのだ。故に、デュオスは尋ねた。
「はい、デュオスさん貴方が言いたいことは分かっています、弱い魔物と言えど死ぬ可能性があることも。でも俺たちに空き家とはいえ二軒の家を貸してくれた村の人たちに恩を返したいんです!」
「‥‥分かりました。であるならば私は何も言いません」
何処か、危うさを感じさせる正義感を感じながらも、同時に真っ直ぐに人を助けたいという古賀に押されゴブリン討伐を受ける事にし、その後古賀は皆の所に戻り、ゴブリン討伐を受けるに至った経緯と。恩返しも兼ねて討伐という事で反対の意見が出ることもなく、更に言えばデュオスとしては夜間の戦闘を実際に体験させる為に、幾分かの危険があれどいい経験になると。
夜間であればこちらも戦いにくいが、相手も戦いにくいというデュオスのアドバイスに古賀は今すぐに討伐に行くことを決め、古賀達とデュオス達騎士団は夜の帳がおり始めた、ゴブリンが多く目撃された森へと入っていった。
そして、森に入って十分と立たずにゴブリンとの戦闘があったが。
ゴブリンと言えばこの世界でも弱い魔物の代表格で。この世界に召喚された際、全員に与えられた
そして、実戦という事も関係してかレベルも上がった。それが分かるとクラスメイト達は積極的にゴブリン討伐をする空気が生まれ、見つけて即座に反撃の隙を与えずに倒す。それによって更に容易に倒せるという認識による隙が生まれ、それが仇となった。
「ふぅ。だいぶ倒したかな?」
森に入って凡そ一時間。夜という暗闇のなかでのゴブリン数匹との戦闘が終わり、古賀は少し表情が固いながらも、周りの確認を兼ねて声をかける。
「…そうだね。ここまでで五十は倒したんじゃないかな?」
「ああ。だいたいそのくらいだな。まあそのお陰でレベルも5以上も上がったな」
古賀に答えたのは同じ様に青い顔をしていたクラスメイトの内、古賀と同じ近接戦闘職で槍を得意武器として戦う『槍術師』古川智久(ふるかわともひさ)と、弓矢を得意とし、矢に魔法を付与し放つ中遠距離戦闘職である『弓術師』北野武史(きたのたけふみ)が答えた。
辺りは戦闘後という事もあり、ゴブリンの死体から流れ出た血の池が所々に広がっており、命を奪ったという事に対して恐慌状態に陥ってもおかしくはない中で、全員が戦闘による興奮で舞い上がっており、それ以外に古賀の問いに答えることは無かったが、クラスメイト達からはレベルが上がった事でそれどころではなかった。だがその状況を悪い言い方をすればそれは明確な〝隙〟と言えた。
「やっぱ、ゴブリンて大したことないよな゛‥‥…え?」
「…え?」
そして、その隙を突くように一本の矢がクラスメイトの一人。毒に関係する魔法を得意とする「毒魔導士」
「な、なんだ、よ。これ‥‥」
との言葉を最後に菊島は状況を理解できないままにその体は崩れ落ち、喉から苦し気な空気が漏れ出る音が沈黙中に響く。
「い、いやっ!「全方位、防撃陣を展開! 異常があった場合個人の判断にて迎撃せよ!」」
「了解!」
女子の悲鳴が響く直前、デュオスによる力強い号令によってかき消され、古賀達を囲むように騎士たちが即座に全方位に展開する。
「お、おい、菊島っ!」
「待てッ!」
「っ!?」
事態を飲み込めた小三家が急いで矢を抜くために矢へと手を伸ばそうとしたのでデュオスは声だけで止め、急いで矢を確認すると、穂先には血の他に鈍い光を放つ液体が付着しているのを確認するとデュオスは動いた。
「毒矢の可能性もあります。治癒魔法を使える方と解毒魔法を使える方、来てください! それ以外の方は出来る範囲で構いません、周囲の警戒を! 勇者様は一時的に全体の指揮をお願いします!」
「「「「は、はい!」」」」
デュオスの指示に古賀を含めた全員が動き始め。デュオスは動き始めたのを視界の端で確認すると弓の袖摺節に当たる部分を切り落とすと走って近寄って来る足音が聞こえた。
「す、すみませんっ!」
振り向くとそこには気が小さげな一人の少女が居り、その子をデュオスは知っていた。眼鏡におさげ髪で大人しそうなで小動物のような印象を感じさせ少女は
「私が矢を抜く。抜いた直後に解毒、その後に治癒をお願いできるだろうか?」
「は、はいっ!
「では、行くぞ」
デュオスの指示に浅美は嚙んでしまい顔を赤くするがデュオスの次の声にはその表情は真剣なモノへと切り替わる。
「ふっ!」
「蝕みし不浄、光の力を以て浄化されよ『
喉を突き抜けた矢の先端部分を掴み、デュオスが一息に抜くと同時にまず浅美は先に解毒を掛け、流れるように治癒を掛けると顔が蒼くなりつつあった顔も元に戻り、喉に開いていた穴も塞がった。
「よし! よくやった」
「い、いえ! わ、私は出来る事をしただけ、ですので!」
デュオスは感謝を込めて浅美にお礼を言うと、浅美は恥ずかしそうに俯く。その様子に庇護欲を刺激されるが、状況はそれを許さなかった。
「デュオスさん! 俺達囲まれてます! それに右手から矢が飛んできてます!」
「分かった! すみません、ここは危ないので彼を連れて安全な後方へ行ってください!」
「は、はいっ! わかりました!」
本来であれば、女子である浅美一人が連れて行くのは難しいも、この世界では肉体以上に力を持っているので、引き摺る事に変わりはないながらも浅美が問題なく菊島を中心へと引っ張っていくのを確認し、デュオスは前線の古賀の元へと戻り指揮を変わる。
「状況はっ!」
「はっ! 正面では数十のゴブリンを確認! また
「こちら左翼!同様に数十のゴブリンと
「こちら右翼!正面、左翼と同様に加えその後方より断続的に放たれる複数の矢を確認!
「こちら後方! 現在魔物の姿はなく、周囲の警戒を厳としています!」
正面、左右と後方からの情報を元に、デュオスはまず潰すべき存在がなにかを決めた。
「よし、こちらも応戦をする。まずは弓と魔法にて数を減らす。その後に攻撃を仕掛ける!ただし、ゴブリンとはいえ数が不明だ! 油断すること無く確実に倒し、決して深追いはするな!怪我をした者は後方と交代せよ!そして後方!前線の者との交代の命令があるまで現状維持のまま待機、警戒を怠るな!」
「「「「了解しました!!!!」」」」
デュオスの指示に騎士達は迷い無く答えると前線、左翼と右翼の騎士達の中は盾を地面に突き立てると弓を取り出して構え、ごく少数だが魔法が使えるものは詠唱をする。
「放って!」
そして、デュオスの号令のもと、一斉に放たれた複数の魔法と矢の雨によってゴブリンの痛みに苦しむ声が聞こえる中、騎士達は弓を置くと剣を抜き、突き立てていた盾を構えると石斧や錆びた剣などで武装したゴブリン達が突撃してくる。
「迎え撃て!」
それに対して、騎士達は盾と剣を使いゴブリンの武器を盾で弾き、その体を切り裂き、辺りに血の匂いが鼻につく。
「大雅! 我々だけでは持たない!戦える君たちは後方の騎士達と同じ様に傷付いた前線の騎士と入れ替われ! 中遠距離の者は遠方のゴブリン、または
「「「「は、はいっ!!!???」」」」
デュオスの、指示によって混乱しながらも近接型は間近でみる戦いに顔を青くしながら、中遠距離型は後方のゴブリンが乗る魔獣へと攻撃を始め、場は一旦落ち着きを見せる。
だが、まだ一手足りないとデュオスは感じていた。それは見ない所から放たれる
(だが、今ゴブリン達の後方に割ける人員の余裕はない)
現状、想定以上にゴブリンの数が多く、戦闘が膠着状態となっているのがその証拠と言えた。だが戦闘を有利に持っていく手段はあった。
それは、単独で
そんな状況にデュオスはどうしたものかと考えていたときだった。
「デュオスさん」
デュオスに声を掛けてきたのは、勇者である古賀の次に頭角を既に表しつつあり、その実力はデュオスも認める中矢徹理だった。
「徹理か、なんだ?」
「俺が、後ろの弓矢を撃ってくるゴブリンを倒してくる」
「なに?」
「俺は他と比べて機動力もあるから時間が掛からない。それに何かあっても逃げ切れるだけの脚がある。だから行かせてくれ!」
「馬鹿を言うな! 確かにお前なら出来るかもしれない。だがゴブリンと言えと今の状況から分かるだろ?奴らは弱いが数に物を言わせた状態が今だ!」
「危ないことくらい俺にだって分かってる! けど今のままだと確かに勝てるかもしれないが最悪何人が死ぬかもしれないだろ!」
徹理の剣幕に、デュオスは黙るしかなかった。その事態はデュオスも想定していた。もちろん死なせるつもりはないが不慮が重なりあり得ないとは言えないのが現実だった。
「デュオスさん。徹理を行かせさせてください」
「神流!」
「ぬぅ、だが彼は君の恋人なのだろ? その恋人を死地へと送るというのか?」
「徹理は死なないですよ。それに、徹理は決めたら曲げませんから」
長い付き合いですし。そう言いながら徹理をみる神流の表情は確かな信頼があった。
そして、その間も徹理はデュオスから視線を逸らさず、それが神流の言うとおりだと証明していた。
「…わかった。だが一つだけ約束しろ、無理をするな。それと絶対に戻ってこい。でなければ許さん」
「はいっ!」
「なら、左翼と右翼、そして正面の
「ああ!無理はしない!死にたくないしな!」
「徹理、気をつけてね!」
「ああ!神流も気を付けろよ!」
そして、この後、徹理はその脚を生かして左翼と右翼を倒し終え、冒頭の
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