第19話 「地に封じられし堕天使」
(
魔族の男に短剣を突きつけられながら歩くアルレーシャには疑問しかなかった。何せ、アルレーシャが知る限り、封印されている堕天使とは天使が欲望などによって墜ちた存在で、その堕天使たちは傲慢だったのかは分からないが、天使、神に戦いを挑み敗れた。
そして天上世界より追放、地下深くに封印され、そしてその封印の守護を任されたのがアルレーシャの先祖であり、当時の巫女だった。
と、そんな疑問を抱きながらアルレーシャと魔族の男は階段を降り切ると更に奥へと歩いて行く。辺りを照らす明りに関しては壁に埋め込まれた鉱物が光っているおかげで躓くという事等はなかった。
(まさか、こんな風になっていたとは‥‥あれは?)
そして階段を下りて歩き始めて、どれぐらい経った時だろうか、ふと、アルレーシャは壁の一部分に絵が描かれているという事に気が付いた。そしてその絵を見た瞬間、アルレーシャに衝撃で足が止まってしまったが、今はそれが些事に感じられるほどで自分の眼がおかしくなったと思わず思ってしまった。
何故なら、壁に書かれていた絵は人だけでなく、魔族を含めたあらゆる種族が堕天使と共に天使たちと戦っている様子が描かれていたからだった。そして、それはアルレーシャが知っている事とは全くの逆の事が起きているという事に他ならなかった。
(これは‥‥…どういう、事なんだ!?‥‥ッ)
混乱する思考をどうにか纏めようとしたが、おもうように考えが纏まらずにいたその時、背に衝撃があり、その衝撃から後ろの魔族の男が蹴られたのだと直ぐにアルレーシャは理解した。
「おい、足を止めるな。さっさと行け」
「‥‥‥‥」
背に短剣を突きつけられているのが分かりながらもアルレーシャは咄嗟に、後ろの魔族にこの絵のことを知っているのか、と混乱していた事もあり尋ねたい衝動に駆られたが、それでも少しでも不機嫌になられるのは拙いと理性が押し留め、止めていた足を再び動かし歩き始めた。
だが、アルレーシャの頭の中は混乱していた。何せ、生まれてからずっと教えられていた事とはまるで違う事がかなり古いと感じさせる壁に描かれていた絵によって分かったのだ。
それは生まれた時から信じていた神がいないといわれた敬虔なる信徒と同じかそれ以上の衝撃だろう。
故に、アルレーシャはこの事を一端、胸の内に秘める事にし、更に先へと歩を進める。長い間この地下にて封印されている、堕天使の元へと。
そして、あの壁画を通り過ぎてどれだけ歩いたか、アルレーシャ達の前に金属製の扉が姿を現し、その扉は、魔法の才能が無い者であったとしても本能的に理解できる、緻密な封印術式が施されていると分からせる、何かがあった。
(これが‥‥‥【封魔の門】)
悪しき存在を、先程の壁画にも描かれていた【堕天使】を封じる為に作られた封印の扉にして門。そんな扉の前へとアルレーシャは移動する。その後ろに魔族の男が付いてくるという事は無く、事の推移を見守る様にその視線はアルレーシャへと向けられていた。
そして、魔族の男の視線を感じながらもアルレーシャは扉の前に来ると床に刻印された魔法陣の中心で膝を付いて手を組み、眼を閉じる。それはまるで神へ祈りを捧げているかのようで、静寂に包まれるなか、アルレーシャは幼い頃、先代の王である父から教えられた、扉の封印を解く言葉を口にする。
「閉ざされた封印の門…」
アルレーシャの詠唱が始まると同時に魔法陣も輝き始め、それに呼応するように扉も光り輝く。その時何が起こっているのかはアルレーシャも知らない事だが、封印されている堕天使だが、本来はこの空間にはおらず、その空間からズレた位相、位相空間に封印されている。
そして現在の封印の担い手が床に刻まれた魔法陣内で封印を解く詠唱をする事で位相が元の空間へと戻るという仕組みになっていたのだった。そしてアルレーシャの詠唱も続く。
「封印を司りし巫女が子孫、アルレーシャ・ペンドラゴンの名のもと、今閉ざされし扉を開け!」
アルレーシャの詠唱が進むと魔法陣、扉が眩いばかりの光を放ち始め、詠唱が終わるとまるでパキンッと鎖がはじけ飛ぶようなイメージがアルレーシャの中に浮かび、気が付けば眩いほどに輝いていた扉と魔法陣からの光は無くなっており、僅かにだが扉が開いていた。
(…もう、後戻りできない)
先ほどの、頭に流れたイメージが流れたという事は、引き返せないという事への暗示なのかもしれなかったが振り払うようにして立ち上がり後ろの魔族の男に視線を向けると先に行けというかのように顎をクイッと動かし、その指示に従い扉の前に立つ。
そして、一つ深呼吸をした後、押し開くようにして【封魔の扉】を開けることによって開かれた【封印の間】と呼ばれるその空間には黒い翼を含めた全身を鎖で縛られた黒い髪に茶色のメッシュが入り、僅かに顎髭のある三十代前半と思しき男が浮かんでいた。
「ん‥‥ふああぁぁぁ‥‥なんだ、もう朝か…?」
それが、封印より目覚めた【堕天使】アザゼルの第一声だった。
* * *
「お目覚めになられましたか、天上世界より神に反逆し剣を向けた堕天使たちの首領、アザゼル総統」
「ふ、ふああぁぁぁ~‥‥そうだが、お前は?」
欠伸をしつつ顎髭を撫でながら地面へと降り立ったアザゼルの前に膝を付いた魔族の男に誰何を尋ねる。
「申し遅れました。私はエッランス。我らが王、魔王ルシファーの命のもとあなたの忌まわしき封印を解きました」
「ほう…てことは、あそこにいるのが封印の担い手である巫女ってことか」
アザゼルからの視線を向けられたアルレーシャは剣は無いのだが、咄嗟に抜こうとしたその時、アルレーシャは体の異変に気が付いた。
(か‥‥体が…!?)
アザゼルという堕天使の視線を受けたなのに、アルレーシャの体はまるで金縛りにあったかのように指先一つ動かすことが出来なかった。あたかもそれは武器を持っていないこの状況では、戦えば即座に負けると本能的に悟った結果なのかもしれなかった。そしてそんなアルレーシャの様子に気づいているのかいないのか、アルレーシャの目の前に近づいてきたアザゼルはアルレーシャを見て呟いた。
「…ルーチェに似た、いい眼をしているな」
「!」
何を言うのかと警戒していたアルレーシャに向けてでは無いだろうが、アザゼルが口から聞こえた名前にアルレーシャは驚きの表情を浮かべた。何故ならその名前は遥か昔、カヴァリナ皇国が興る以前、現在のイルミナス城がある場所あったとされるカヴァリナ神殿の初代巫女。
その名をルーチェ・ペンドラゴン。アルレーシャにとっては自分の祖先の名前であったからだった。そして、アザゼルが先祖の名前を知っていても決しておかしくはない。封印された恨みなどから覚えていることはあり得るからだ。
だが、アルレーシャが驚いたのそんな事ではなかった。ルーチェの名を口にしたアザゼルの声音は昔を懐かしむような優しさが混じっていたからだった。
何故その名前を知っているのか、私達を恨んでいるのではないのか、背を向けたアザゼルに問おうとアルレーシャがどうにか口を開こうとした時、アザゼルは未だに膝をついているエッランスへと尋ねた。
「さて、それじゃあ改めて聞こうかエッランス。お前は何故、俺の封印を解いたんだ?」
「それはもちろん。先程お伝えしました通り魔王ルシファーの命で貴方様を忌々しい封印より解き放ったのです」
「そうか。ならおかしいな」
しかし、そんなエッランスを見つつ、アザゼルはエッランスへと鋭い視線を向けつつ口を開く。
「なぜ天上の神の使徒、天使である貴様が俺の封印を解く、コカビエル?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます