第18話 「行く者と追う者」
颯天がトラストの要請に答え、王都へと戻って来ているその頃。
カヴァリナ皇国を納め、騎士達を統べる【騎士王】であるアルレーシャ・ペンドラゴンは城の奥深くに存在する、ペンドラゴン家の王族が存命している事によって長きにわたり封印を維持してきた王城地下の最深部にある【封印の間】へと続く階段を魔族と共に下りていた。
「へえ、なるほどな。こんだけ深くに封印されているからこそ、俺達でも簡単に見つける事が出来なかった訳だ」
「‥…」
アルレーシャの背に短剣を突きつけながら気の抜けたような事を呟く魔族に構わずアルレーシャは更に下へと足を進める。
「ねぇねぇ、もう直ぐ短剣(これ)で死んじゃうだし、それまで思い残しが無いように話しかけてる俺の好意を無駄にするの?」
「敵と話すような事などない」
「はあ~、つれないな…せっかく俺の好意で皆殺しはしてあげなかったのにな~」
それは、紛れもない事実だった。突如として【王の間】に姿を現した魔族の男に対してアルレーシャは自身の全力を持って戦った。
そもそも、白昼堂々と【王の間】へと辿り着いて来たという事は、その道すがら城の兵士や近衛たちを無傷で容易に気絶させて辿り着いたと言えた。
故にアルレーシャが手を抜くという事は、例え魔族でなくてもあり得ない事だった。
そして、アルレーシャは古くからカヴァリナ皇国の王族の間で継承されてきた王の証と言える聖剣【エクスカリバー】を抜き放ち相対し、どちらともなく動いた。
アルレーシャは長剣であったが魔族の武器は小回りの利く短剣であり、アルレーシャが剣を振り下ろしたことによって生じた隙を突く様にして突きと斬撃を繰り出し、互いに剣戟と火花を散らす。
「シッ!」
「くっ!」
首元を狙ってきた魔族の攻撃を咄嗟に剣を握っていた左手を放し、体を僅かに横に動かす事によって回避しそのまま体を回転させる要領で右手一本で剣を横に振る抜くが、剣の軌道を読まれていたのか魔族は屈みこむ事によって剣の下へと潜り込む様にして回避される。
屈みこむ様にして回避された瞬間に、アルレーシャはまずい、と自分の犯したミスに気が付いた。それは剣を握っているのが右手(片手)だけだという事に僅かに遅れて気が付いたがそれは既に遅く、次の瞬間には聖剣は下から上へと蹴り上げられ、
「くっ‥‥」
アルレーシャの手元から離れ天井へと突き刺さり、魔族の短剣がアルレーシャへと突き出された事によって勝負は決し、武器を失ったアルレーシャの負けが決まったのだった。
だが、敢えて言い訳を言うなれば、周囲への影響を考慮して【エクスカリバー】の力を解放しなかったからこそアルレーシャが負けたともいえるが、それでも負けは負けだった。
「お前は、何故私をあの場で殺さなかった?」
下へと降りながらアルレーシャは、【王の間】からここに至るまでに抱いた疑問を魔族へとぶつけた。そもそも、封印の人柱であり、封印の要であるアルレーシャをあの場で殺さずにわざわざこのような場所に連れて来る意味もないとアルレーシャは感じていたからこその問いだった。
そして、アルレーシャに問われた魔族の男は愉悦に浸っているかのような悪魔の笑みを浮かべる。
「え? そりゃ君の絶望した顔が見たいからさ。そして封印が解かれればこの城はもとより王都全体に悲鳴が上がるからね」
「下種がッ!」
アルレーシャは刹那に魔力を纏い、無駄のない動きで右足を軸に体を回転させると同時に背に突き付けられていた短剣の側面に手を当てる事で横へと逸らす。
「おっと」
しかし魔族は少し驚いたといった感じで声を上げ、その間にアルレーシャは左足を一歩前へと踏み込み魔族の懐へと入り左拳を撃ち込もうとしたが魔族は意図も容易く二歩ほど後ろへと下がり、それによってアルレーシャの左手による一撃は空しく空を切り、がら空きになったアルレーシャの胴に魔族が拳を撃ち込んだ。
「ガハッ!」
魔族の一撃はアルレーシャの背中へと抜けていき、意識をあわや刈り取る程の威力でアルレーシャは階段のうつ伏せ気味に前へと倒れ込む。
「あはは、残念。いい感じの踏み込みと一撃だったけどね~? 反撃される事を考えないと、ね!」
「ぐううっ!」
重い一撃を腹部に受けたせいでまともに体を動かさせず、避ける事も出来ない。武器も鎧も身に着けていない今のアルレーシャは魔族が踏みつけるだけでも確かなダメージとなる。そしてそれは心に少なからず傷を付ける事に繋がるがアルレーシャは自分の心は決して折れる事はない、そう確信があった。
それはアルレーシャの心が折れない、そう確信させるものは何か? 民を守るための一人の騎士としてか、または国を守るという王として矜持か。確かにそれらは存在し、かなりの割合を占めていた。だが折れないと確信させたのはここへと来る前、城の地下へと降りる直前、唐突に声が聞こえたからだった。
『諦めるな、決して折れるな。今ここで折れなければ、主の信じる者が必ず姿を現す。故に決して折れるでない。良いな、決して諦めるでないぞ』
そして、聞こえてきた時は近くに誰かが居るのかと辺りを見たが辺りに人の気配はなく、気のせいかとも思ったが聞こえてきたその声は何処となく信用できると感じさせる声音だった。
「ほら、さっさと起きて? 時間取らせないでくれよ?」
「う、くっ…」
アルレーシャは未だに痛みが走る腹部と、背中を動かし壁に手を当てどうにか立ち上がり、壁に手を着きながら地下の最奥を目指し歩き始める。そのアルレーシャの様子を魔族は楽し気に見ていた。
「そうそう、そうでないとね。今ここで君が動かなければ殺していたからね」
「‥‥‥」
しかしアルレーシャは無力であり、倒すことは出来ない。なら下手に魔族の機嫌を損ねるのは得策ではないと自分に言い聞かせ魔族を相手にする事は無く、その胸に静かに、しかし確かな希望を抱いて歩き始め、そして傷ついて尚歩くアルレーシャを、この先でどんな絶望の顔を見せてくれるのかと魔族は楽し気に見つつ、魔王より与えられた仕事、この深奥に封印されている存在を解放する為に、そしてその後に待ち受ける景色を見る為に沸き立つ衝動を抑えつつ、進み始めた。
――――――――――――――――――――――――――
アルレーシャが地下へと降り始めてから、凡そ十五分が経った頃。王都へと帰還した颯天達はその足で城へと入り込み【王の間】へとたどり着いていた。そもそも【王の間】には、念の為にという確認の意味も含めて見に来たのだが、そこにはこの部屋の主にして女王であるアルレーシャの姿はなかった。
「やっぱり、居ないか」
そもそもその道すがら倒れていた兵士や近衛たちが倒されている事から見てもいないという事は颯天も容易く予想できていた事から倒れている兵士や近衛たちの手当てと共に簡易的な結界を張ったりしてきたため少々時間がかかったという事はしかし止む得なかったと言えるだろう。ちなみにそこまでやったのは助けたのにその後死なれては寝覚めが悪いという理由だった。
「つまりは敵は正面からここに辿り着いたという訳か」
「…強いの?」
「ああ。少なくともっ」
そう言って颯天はその場で一息に天井まで飛びあがると体を反対にし天井に足を付けると同時に【錬製】と【精密操作】で靴の裏にスパイクを形成する事で天井に張り付き、かなりの強さで蹴り上げられたせいだろう、かなり深く刺さっていた剣を引き抜くと同時に再度【錬製】と【精密操作】によってスパイクが刺さっていた事によって出来た穴をふさぐと颯天は重力に従い下へ、即ち床へと墜ちていくなか、宮中で猫もかくやというほどにくるっと体を回転させ、足から地面へと着地する。
「アルレーシャが負けたというのは、事実のようだからな。そうだろ、白夜?」
「うむ。じゃがそこに一つ付け加えが必要じゃろ?」
「ああ、そうだな?」
空へと颯天が話しかけて姿を現した白夜は含みを持った笑みを浮かべ、それに応える様に颯天も含みのある笑みを浮かべる。そして、そんな二人だけが通じ合えているという事で仲間外れされていた二人が抗議の声を上げた。
「もう、お二人だけ分かり合える雰囲気を出すだけじゃなくて、私達にも教えてください!」
「うん、不公平」
「分かった。まあ。簡単に言えばアルレーシャが負けたのは兵士や近衛たちを気にして全力を出せていなかったからだろう。恐らく聖剣って言うのは邪悪を払い、国を守る護国の剣っていう性質を持っているんだろうからな。そして国を襲った魔族にその力を振るえるはずだが」
「アルレーシャは負けた。という事は、本気を出せなくて負けた?」
「ああ。それが一番可能性が高いだろう。それともう一つ、今回の魔族に関して分かった事がある」
「分かった事?」
「ああ。俺が治療した兵士や近衛なんだが。全員あと五分もしない間に麻痺毒で死んでいた可能性が高かった」
「「えっ!?」」
「まあ、気が付かないのは無理はない」
伏見とニアは驚いた表情を浮かべて颯天を見てきた。しかし二人が驚くのは無理はないだろう。普通に見た感じでは普通に気絶している様に見えるが、【霊眼】を持つ颯天には分かった。
「恐らく、フォロシナ草が使われたんだろうな」
「フォロシナ草?」
「ああ。フォロシナ草は時間が経過していくごとに全身の筋肉を弛緩させる。だから見た目ではただ気絶しているように見えるから判別が難しいんだ。地球で言うところの筋弛緩剤だな」
筋弛緩剤とは、神経・細胞膜などに作用して、筋肉の動きを弱める薬であり、筋肉による不随意運動や緊張がなんらかの症状を生み出している場合などに用いられるが量を間違えるなどした場合、呼吸不全などの重篤な症状を来たし、死に至る場合がある猛毒ともとれる。
そしてその中でも代表的なのはフグ毒のテトロドトキシンだろう。そして今回の兵士や近衛の体内にあったフォロシナ草は葉から毒の成分を抽出した後、更に濃度を濃くした物だった。が幸いにも濃度を濃くしても体内に入り込んだ量が少量である事が幸いし効果を発揮して死ぬまでは凡そニ十分程の時間を要するなっており遅効性の麻痺毒と言えるだろう。
「まあ、流石に分解するのには苦労したが、目覚めて以降の後遺症の心配はないはずだ」
フォロシナ草は安楽死にも使える薬草で、その効能の現れ方としては、まず眠る様にして意識を失い、その次に体内でのエネルギー変換と魔力生成を阻害し肉体は仮死状態になり、そのまま時間が経過すれば死ぬという仕組みだ。
そして颯天が発見した時に触診を行いあまり時間が無いと分かり次第、兵士や近衛たちの体内の毒素を【錬金術】で【分解】すると同時に【麒麟轟雷】による電気ショックで全身の筋肉、細胞を刺激することで極微弱だった心臓の動きも再び強くなったという事も確認した。
「颯天の
「ああ、どうやら『錬金術』の分解で毒素なんかも分解する事が出来るみたいだ。まあそもそも【霊眼】を併用して毒素の核を見つけないと出来ないみたいだがな」
伏見たちは凄いと颯天を見てきたが、颯天は別段凄いとは思わず、凄いのは【霊眼】の方だと思っていた。
幾ら『錬金術』の【分解】で体内の毒素を【分解】する事が出来るとはいえ、何処が毒に侵食されているという場所自体を把握できなければ分解する事が出来ないという欠点があった。
それでも兵士、近衛達を助けることが出来たのは確かに行幸であり、毒などは【分解】を用いて解毒(?)が出来るという新しい発見が出来たことは嬉しいことだった。
「それより、白夜。アルレーシャは魔族に連れ去られたのか?」
「うむ、連れ去られたというよりはもっと絶望を与える為に連れて行かれたというのが正しいかもしれんのぅ」
「どういうことだ?」
「恐らく、今回の魔族はまず近衛たちを人質に取りアルレーシャの動きを封じる。その後武装を解除させその状態で地下に封印されておる【
「「‥…屑ですねっ!!」」
「うむ。わしもそう思うのじゃ」
伏見とニアはまるでゴミを見るかのような目でそう言い、白夜も同意とばかりに頷き、それは颯天も同様であった。そして奇しくも、ここに居る女性陣満場一致でその魔族は敵認定と同時に屑にも認定されたようだった。
「よし、それならアルレーシャと魔族が向かった地下へ急ごう。白夜、案内は任せる」
「任せるのじゃ!」
「伏見とニアは地上にて待機。もしもの為に住民を避難出来る様に準備しておいてくれ。そしてもし渋ったりするような奴が居ればトラストの名前を使え」
「大丈夫?」
伏見の大丈夫には、二つの意味があった。一つはトラストの名前を勝手に使っても良いのかという事だ。これに関しては国民を守る為に使うのだから何ら問題にならないだろう。(最悪アルレーシャに何とかしてもらう……丸投げともいう)
そしてもう一つ、地下での戦いになるという事は、閉鎖空間での戦闘が想定され、封印が解除されると最悪の場合は崩落などの可能性もあるけど大丈夫? という事で、それは確かに颯天へと伝わっていた。
「ああ、大丈夫だ。だから地上は二人に任せる」
「…分かった」
「はい。全力を尽くします!」
颯天の期待に応えようと二人はやる気に満ちており、何より信頼できる二人で、何かと息が合っている二人であるだけに大丈夫だろうと思わせ、故に。
「じゃあ、頼む。 白夜、行くぞ!」
「なのじゃ!」
颯天の後顧の憂いなく、颯天は白夜の案内でアルレーシャと魔族が向かった地下へ、一方の伏見とニアは万が一に備えての避難誘導の為に街へとそれぞれ動き始めた。
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