第17話 「目的地、王都」

「…よし、さっきので魔物の大群は終わりみたいだな」


「よ、良かった…」


【魔力拡感知】を使い、辺りを索敵して敵影がない事を確認し終えた颯天がニアにそう伝えると、緊張の糸が今度こそ切れたのか、力が抜けたように腰を下ろした。そんなニアの様子を微笑まし気に見ていた颯天だったがのだが、どうやら物事はそう簡単に終わる事は無いようだった。


(…誰か分からないが、ここに近づいて来ているな)


 馬にでも乗っているのか、その早さはかなりのものだった。後2~3分ほどでここに到着する早さだった。だが不思議な事にその馬は陣が設置された場所からのようだった。

 そして気になる事がもう一つあった。それはそろそろ一時間になるのだが、実は一時間ごとにアルレーシャを見ている白夜からの来るはずの定時連絡が途切れている事だった。


(どうやら、これからが本番みたいだな。だがまあ)


 内心でそんな事を考えつつ、隣で颯天が居る事で安心して休んでいるニアの様子を見て少しばかり笑みを浮かべた。


(見習って、俺も少しばかり休憩をするか)


 少しの休憩でもするとしないとでの疲労の度合いが違う事を知っていたのでニアの隣に腰を下ろし、馬が来るまでの短い間だが、颯天は一休憩をする事にしたのだった。


「はっ!」


 時間は少し戻り、颯天がニアの所に到着する前、陣の中央にある天幕では二つの影が対峙していた。

 一人は騎士鎧に槍を構えたトラスト、そして両者の間ではトラストの持つ、火の精霊の加護を受けた聖火槍ガラティンをによって切り裂かれ燃えながらローブが地面に落ちると同時に姿を現したのは軍師の男に扮していた、魔族の女だった。


「貴様、やはり魔族だったか」


「ありゃりゃ、バレちゃってたか。う~ん、おかしいな」


 バレていないと思ったんだけどな。と魔族の女は本当に驚いた様子で切り裂かれ、地面で僅かに燃えるローブを見ていた。このローブは、潜入用に作ったのは六魔将の一人にして【全求究者】の二つ名を持つルイヒルト・ストラスが気まぐれに作成した魔道具だった。ルイヒルトは魔法を生み、作る研究はするが、魔道具の開発にはさほど興味が無かった。


 だが魔法のみならず、気まぐれで作った魔道具でバアルを発展させるルイヒルトが気まぐれに作ったとしてもその性能は侮れず、容姿だけでなく、魔族の持つ魔力を押さえるだけにとどまらず、更に変装したい相手の血をローブにわずかばかり付着させればそっくりに魔力の波長なども偽装する事が出来る優れた魔道具だった。だがその性能を知っているが故に、魔族の女は如何にして見破られたのかが、不思議だった。


「確かに魔力を、姿を偽装したのはあの魔道具は見事と言える。だが動きまでを偽装する事は出来ないだろ。俺が気づいたのは、ある一点だけだ」


「へえ、それっていったい何なのかしら?」


 トラストが軍師の男が魔族であると気が付いたのは、軍師の男がするはずのない癖。


「あいつは決して人の眼を見ない。だがお前は俺の眼を正面から見た。それだけで判断するのには十分だ」


「へえ、良い目を持っているんだね。ああ、それは単なる私の技量不足だね」


 はあ、参ったねといった感じで女魔族は頭を掻くが、その間も槍の騎士は槍を構えた状態から微動だにせず、魔族の女の一挙手一投足を見ていた。相手は魔族。更にどのような武器や攻撃をしてくるか等一切が不明。であるならば僅かに隙を見せればどのような攻撃をされるか読めないからだった。


そして、何故わざわざ四騎士の一人である自分のいる場所に来たのかが、トラストには不思議に感じていた。

確かに、近くに行けば殺す機械はあるかもしれないが、トラストは目の前の女魔族から戦闘の意志が無いことに何かしらの意図があるのではと勘繰っていた。そうして対峙していると魔族の女がある耳に手を当てある方角を向いた。


「…了解。それじゃあ後は任せるよ」


(遠距離の魔力通信か?)


様子から見て、恐らく何らかの方法で思念を飛ばしての会話が行われた事は分かったが、それ以外は何一つ分からなかった。


「さて、それじゃあ私の仕事は終わったからね。これで失礼するよ」


そう言うと女の体は黒い霧に包まれ始めた。


「待てっ!」


逃げられると直感したトラストは一息に距離を詰め、火聖槍ガラティンで女魔族の胴体を薙ぎ払ったが、女魔族は既に顔を除く全身が霧に包まれておりなんの感触もなく、まるで霞を薙いだかのような感触だった。


「残念。それじゃあまたね、火の騎士さん?」


そう言ったのを最後に女魔族の気配は遠ざかって行くのを感じとり、少しの間警戒を続けたが、襲ってくる気配もないのを確認したトラストは槍を背へと背負い直すと、素早く天幕を出ると、丁度報告に来た文官を呼び止めた。


「すまない。馬を用意してもらっていいか?」


「ト、トラスト様? どうされたんですか?」


「説明をしている余裕がない。早く馬を頼む」


「わ、分かりましたっ」


トラストが急いでいる事が分かった文官は走って来た道を引き返し、そしてすぐに文官からの話を聞いた兵士が馬を連れてきて、その背には既に馬具が付けられていた。


「お待たせ致しました!」


「すまない。戦況の方はどうなっている?」


馬に乗りながらトラストは馬を連れてきてくれた兵士に尋ねると、兵士は敬礼をしつつ今の状況を話し始めた。


「はっ、戦闘はほぼ終息しており、陣の近くまで来た魔物も僅かに居ましたが問題なく殲滅したとの報告が届いています」


「なるほど。それで、先ほどまでの報告では彼は後方に居ると聞いていたが、間違いはないか?」


「はい、間違いではありません」


「そうか。では俺は少し出る。殲滅したといっても気を抜くな」


「はい! トラスト様もお気を付けて!」


その報告を聞いただけで、トラストはあれだけの魔物の大半を倒したのが颯天達だと得ていた確信を確かなものにしつつ、聞いていた颯天の仲間である少女の元に颯天が居る事を信じてトラストは馬を走らせ始めたのだった。そして陣から馬を走らせること数分、トラストは休憩している颯天達を見つける事が出来たのだった。


(…来たか。体の方は、良さげだな)


馬の足音が僅かに聞こえた事によって颯天の意識は瞬時に覚醒し、休むために閉じていた目を開き、体の調子を確かめる様に何度か手を開いては閉じるを繰り返し、帰ってきた良い感触を確認し、颯天は自分に寄り添うようにして体を休めていた二人に声を掛けた。


「ニア、伏見。起きろ。そろそろ来るぞ」


「ふぁい‥‥ふぁ、ああ~‥‥」


「…うん」


ニアは欠伸をしつつ伸びをし体の状態に気が付き、伏見は立ち上がり調子を確かめる様に何度か軽く体を動かす。何故伏見がここに居るのか、それはニアと休息を取ろうとする直前に伏見が合流して一緒に僅かな時間だが一緒に休息を取る事にしたのだった。


「よし。伏見、ニア。体の調子はどうだ?」


「大丈夫。颯天のお陰で疲れも取れてて体も軽い」


「…本当に凄いですよね。ほんのちょっとだけしか寝てないのに」


休息の時間は僅かニ、三分の休息であったにも関わらず、ニアと伏見、そして颯天の顔には疲労の色が見事に抜けていた。それは颯天がニアに施した威力を調整した【麒麟轟雷】による電気療法のお陰と、ごく短い時間だったとはいえ深い睡眠を取れた事も関係していた。

まあ、先ほどまで戦っていた場所で眠る事が出来たという時点で三人ともかなり神経が図太かったくなったお陰でもあると言えるのかもしれなかった。


「まさか、戦った場所で休息を取っていたとは。一体どういう神経をしているんだ?」


「まあ、そこら辺が図太いって事で納得しておいてくれ…それで、アンタが来たって事は何か起きたのか?」


「ああ、端的に言えば魔族が居た」


颯天達を見つけ馬に乗って現れたトラストは幾分かの呆れの色と、一体どういう体験をして来たのかを知りたそうにしていたが、颯天が尋ねるとトラストの表情は一気に引き締まり、ここに来るまでの経緯を手短に話し始めた。

軍師の男が実は魔道具によって変装していた女魔族であった事、幸いにも人的被害もなく魔族は逃げたが、逃走の際に気になる事を口にしていたという事を伝え、それを踏まえての話し合いが始まった。


「なるほどな。てことはこいつは陽動の線が濃いな」


「ああ、俺もそう思った。そして我々は軍を出撃させた。だが女魔族の言葉が真実でこちらが誘導であるとするならば」


「本命が王都に居る、そして足の速い俺達の元にアンタが来たって言う事か」


「そう言う事だ。悪いが急ぎ王都へと戻ってもらえないだろうか。俺も急ぎ陣を畳み戻るつもりだがどうしても時間がかかる。ならば足も速く強いお前たちに一足先に向かってほしいのだ」


こちら魔物の大群が誘導だとするならば、王都にはあまり戦力は残っていないといえ、城壁などもあるので即座に落ちるという事は無い。だがトラストが心配しているのは王都ではなく、個人への心配だと颯天は気づいていた。その人物が誰なのかも。


「魔族の狙いは、騎士王にして封印の要である人柱であるアルレーシャという訳か?」


「っ、知っていたのか?」


「いや、知っていた訳じゃないし、確信を得たのは今だ。だがアルレーシャが一度も自分の国から出ていない事に加えてアルレーシャの剣に複数の属性が宿っている事に疑問は感じていたからな」


「そうか」


一度だけ見たアルレーシャの持つ剣。あの剣には属性などは分からないが少なくとも四つの属性が宿っているという事に颯天は気づいており、そこに魔族に狙われると聞き人柱ではないかという考えが浮かんだのだった。


「分かった、じゃあ今から俺達は王都へと戻る。だからアンタは安心しろ」


「…詳しくは聞かないのか?」


「ああ。それにお前らのアルレーシャへの忠誠は事実だろ?」


「もちろんだ。我が槍はアルレーシャ女王陛下に捧げている。これは他の三人も同様だ」


「なら、それで十分だ。よし伏見、ニア。行くぞ!」


体を解す等の準備を終えた伏見とニアに声を掛け、颯天達はまるで一陣の風の様に王都へと走り始め、トラストはあっという間に小さくなっていく颯天達を見送った後、自らの仕事をする為に馬に乗り走らせ始めたのだった。

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