第16話 「頼もしい人」

幾ら最初に四割ほど倒し、更に前衛で魔物をかなりのペースで倒しているとはいえ、包囲しているわけではないので、必ずそこにはうち漏らしが出てくる。その討ち洩らした魔物を倒すのがニアの役目だった。

 だが、颯天に鍛えられているとはいえ、元はただの宿の娘だったニアはかなり手に余る状態だった。


(あと、一体!)


 だが颯天が応援に来てくれる事になり、ニアは颯天の負担を少しでも減らす事が出来るように、数を減らすために強化された短剣と颯天から貰った『干将』を振るう。そして今、イノシシの魔物の額に二つの短剣を突き立てる事で絶命させる。


「プギイィィ…」


 最後の声を上げ、イノシシの魔物は絶命し、その場に体を横たえる。確実に死んだことを確認した後、ニアは張り詰めていた緊張の糸を、僅かにだが緩め、額に浮かんだ汗を拭う。


「ふう~、かなり疲れました…」


 慣れない連戦でありながらも、颯天に鍛えられていたお陰だろうニアも既に二桁程のの魔物を倒していた。更に戦闘中にレベルアップをしたのか、何度か体の調子が良くなる感覚させしていた。


「…かなり倒したかな?」


 一息ついた後、改めてニアは周りを見ると、そこにはニアによって倒された魔物の死体が幾つも存在していた。もちろんその全ての魔物が絶命しているという事は確認していた。それ故にニアは緊張の糸を少しばかり緩めたのだが、それがいけなかった。


「ハヤテさん、まだかな…きゃあ!」


 足元までは意識を向けていなかったニアは伸びてきていた蔓に脚を捉えられ、そのまま持ちあげられてしまった。それだけならまだ良かったのだが、逆さまに吊られた事により、スカートが重力に逆らう事なく下、即ちニアの頭の方へと下がろうとしたのをニアは片手で咄嗟に押さえる事に成功した。ニアも人の視線が向く可能性は低いとしても女の子として我慢できなかったからだ。だがそれによって片手が使えなくなった。それは蔦を切る事が出来ないと言わないまでも困難になったという事だった。


(もう、この蔦、一体何処からっ!)


 蔓の根元を確認しようとニアが下を見て確認しようとした時、黒い影が視界の隅をよぎったと思うと、ニアの体を吊り上げていた蔓が力を失ったかのように、幾ら颯天に鍛えられているとはいえ、空を飛ぶ術をニアは身に着けてはおらず、


「え…」


 ニアの体も地面へと向かって落下し始めた。


「きゃあああ!」


 しかしニアがそのまま地面に激突するという未来は訪れるという事は無く、空中にてニア自身もよく知る、ニアが大好きな人によって抱きかかえられていた。


「は、ハヤテさん…?」


「まったく、幾ら敵を倒して気を緩めるとはいえ、少しばかり周囲への索敵が疎かだぞ、ニア」


「ごめんなさい…」


「うん。ならこの反省を次回に活かそうな?」


「はい」


 と落ち込んだニアに颯天は声を掛け。そんな話をしつつ僅かな空の旅は終わりを告げる様に地面が近づきしかし颯天は焦る事無くごく自然に二人分の体重を膝を曲げる事で見事に衝撃の全てを吸収して着地した。その時、ニアは気が付いた。颯天の背後に複数の足を持つ虫の魔物が迫っている事に。


「ハヤテさ」


 しかし、ニアが名前を呼ぶ前に颯天は後ろ手にポーチから取り出した苦無を無造作に投擲し、眉間を寸分たがわずに貫いた。

 後ろを見ずに投擲、目標に寸分たがわず当てる、その絶技とも言える技を前にニアは改めて自分が好きな人がどれだけ凄いのかを感じ、それが嬉かった。

 しかし、先程のムカデの魔物が皮きりだったのか、先程の第二波を越える数の、第三波の魔物の群れが姿を現しつつあった。


「ハ、ハヤテさん…」


 ニアは思わずといった感じで、無意識に颯天の服を握っていたが、そんなニアに気が付いた颯天は安心させる様に話しかけてきた。


「こいつらの相手は俺がやる。ニア、ここまで連戦だったんだろ少し休め」


「いいえ、私も戦います。ただ守ってもらうのは、嫌ですから」


 帰って来るのをただ待っているのは嫌だ、どんな時でも一緒に居たいそれが颯天から戦う術を教えてもらうようになったニアの動機だった。


「…そうか。なら一緒に戦うぞ、ニア」


「はい!」


 ニアの言葉を聞き、その眼には確かな意思の光を見て取った颯天はそっとニアを地面へと降ろし、立ち上がり、ニアも颯天の隣に立った。


「さて、それじゃあ、こいつを使うとするか」


「ハヤテさん、それって‥」


 多数の魔物が迫ってきているなか、颯天はポーチの中からある武器を取り出した。そしてその武器をニアは出会った翌日の朝、颯天が鍛錬で使っているのを見た事がある武器、連接剣だった。


「ああ、ニアは見た事あるんだったな…よし」


 そう言いつつ、颯天はニアに連接剣を見せると、剣の付け根にあるスイッチの様なモノに触れると、まるで何かの留め金を外したかのような音が聞こえ、颯天はそれを確認し、頷いた。


「俺は後方から支援をする。ニア、前衛を頼む」


「はい、分かりました!」


 ハヤテの前ゆえに、ニアは力強く頷いた。先ほどまでとは違い、不思議と体に力が溢れてくる気がしていた。


(ハヤテさんが後ろに居てくれるからかな?)


 そんな事を内心で考えつつ、ニアは意識を目の前の魔物の群れへと向ける。実は先ほどの、蔓を操る植物の魔物から助けられた際に颯天から超微弱に制御した雷遁『麒麟剛雷』による電気療法をされた事により全身の筋肉の緊張と疲労を解していたのだった。だが幾ら体の方は回復できても、精神の方までは回復できないのだが、その部分はハヤテも分からない、恋する少女の力乙女パワーによって解消されていたのだった。


「すぅ…はぁ~…行きます!」


「ああ、行ってこい!」


 ハヤテの声を背に受けたニアは正面から魔力で脚力を強化し、弾丸の早さで魔物の群れへと接近していく。もちろんそんな事をすれば攻撃を受けることは避けられない。だがニアはそんな事など一切心配していなかった。何故なら後ろには自らが思いを寄せ、心から信頼する颯天が居るのだから。そしてそれを証明するかのように、ニアの前に迫った、ニアの身長以上に大きな木が投げられたが、ニアに届く前に両断され、その間を速度を緩めないニアが駆け抜けていく。そしてそれを皮切りに幾つもの投擲物がニアへと襲い掛かるがその全てがニアに届く事無く断ち切られて道が斬り拓かれる。


(やっぱり、ハヤテさんは凄い!)


 ニアはそれがハヤテの援護だと、最初から気づいていた。だがそれは正に相手の動きと呼吸が分かっていなければ逆にニアを傷つける事になってしまい、ニアは自分には一生できないだろうな、と思いながら納めていた二本の短剣を抜き放ち、魔物の群れの中へと飛び込んだ。そして戦い始めて、三十分、魔物の数は最早片手で数えられるまでに減っていた。


「くっ、もう、しつこい!」


「シャアアア!」


 そんな中、しつこく自分を狙ってくるムカデの鰓による攻撃をかわし、生まれたムカデの僅かな動きの隙のうちにニアはその胴体の下に潜り込むと同時に、膝を曲げて足に力を溜めると同時に、魔力を流し強化。そして、溜めていた力を爆発させるようにして飛び上がり、目の前に迫った腹へと二つの短剣を突き立てる。


「やああっ!」


 痛みのあまりムカデの魔物は体を動かそうとしたが時既に遅く、次にはその胴体は腹部から両断され、


「キシャアア‥‥」


 ムカデは僅かに体を動かした後絶命し、その直後シャラララと言う音が聞こえたのを最後に周りに残っていた魔物は全て全滅した。


「ふう‥‥やっぱりハヤテさんは凄いな…」


 今回の戦闘で、軽く六十を超える魔物を倒したニアだが、ニアが把握しているだけでも颯天はその倍以上をニアの援護をしつつ倒していた。それも、魔法などは一切使わず、あの連装剣だけで攻撃と援護をこなしたのだった。そして何より凄いのは颯天の連装剣を手足の様に扱う技術だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る