第20話 「戦いと総統の回想」
コカビエル、エッランスではなくそう言ったアザゼルの全身から濃密な鴉のように黒い魔力が噴き上がった。しかし、それはアルレーシャに向けてではなく、アルレーシャをここまで連れてきて封印を解かせた張本人であるエッランスと名乗った魔族は慌てて取り繕おうとする。
「そ、そんな事はっ!」
そして、その名前を呼ばれた瞬間、エッランスは僅か体をピクリと動かした後、顔を上げて言葉の続きを言おうとしたが、アザゼルの雰囲気からもはや無駄だと悟り、ため息を吐いた。
「はぁ…やはり、長きの封印で貴方は衰える、なんて事はありませんでしたね、アザゼル」
「当たり前だ。こちとら封印されている間、無駄に過ごしていた訳じゃないんでな。というか俺がアイツの子孫を恨んで殺そうとしないという事、そんな事は分かり切っていた筈だろ?」
「…ええ、そうですね。そうでなければ簡単だったのですが」
苦笑気味にそう言いつつ立ち上がったエッランスの体が光に包み込まれ、が納まるとそこへ立っていたのは白き翼を背に持つ神に仕える使徒にして堕天使と敵対する【天使】がそこにいた。
「それでは、改めて名乗りましょう。私は天上の神に仕える星の名を与えられし【天使】コカビエル」
折り畳まれていた白い翼を広げつつ、【天使】コカビエルは自らの名を名乗った。
「ふん。俺達を裏切った【背約の天使】がよくそんな口を聞けるな? コカビエルッ!」
その名前を聞いたアザゼルの手には二メートル程の光の槍が形成され、その槍を掴むと同時に裂帛の声と共に黒い翼を広げるとコカビエルへと一直線に向かって行き、一方のコカビエルはその場で待ち構える様にしてアザゼルと同じように手の中には光を槍の形にした武器が握られており、そして互いの距離はゼロとなり、互いに光の槍をぶつけ合い、それが封印から解放された【堕天使の総統】アザゼルと【背約の天使】コカビエルの戦いの幕が上がったのだった。
最初は互いに槍による鍔迫り合いだった。アザゼルはコカビエルの体勢を崩そうとするが、コカビエルの体勢を崩す事無く持ちこたえていた。
「どうやら、腕は落ちていないようですね」
「はっ! それは俺のセリフだ! 臆病者がよくここまで強くなったものだな! 俺達を裏切って神に尻尾を振ったお陰か!?」
「さあ、どうでしょうね!」
コカビエルが強引に振り払った事で両者の槍を構成している光の槍から光が散り、アザゼルは弾かれるようにして後ろへと下がったが、翼で姿勢を制御したのだろう体勢を崩すという事は無く、次の動きへと変わっていた。
「おいおい、随分とつれない、なっ!」
そう言いつつ、アザゼルは手に持っていた光の槍を解くと今度は自分の周囲に作り出したのは先ほどの光の槍の凡そ半分程の長さの槍で、その数凡そ三十程だろうか。それらを一斉に射出し光の槍の雨がコカビエルへと突き進む。しかしコカビエルに焦りの表情はなく、寧ろ何処となく余裕が漂っていた。
「いえ、そうでもないですよ?」
そう言いつつ、アザゼルと同じように手元の槍を消し、同じ大きさ、同じ数の光の槍を作り撃ちだす。そして全く同じ大きさ、同じサイズの光の槍がアザゼルの光の槍と互いに衝突したが、アザゼルの槍は砕ける事無くコカビエルの槍を全て打ち砕き、勢い衰えぬままにコカビエルへと迫った。
「ちっ!」
自分の槍だけが砕けたという事に先ほどの余裕は消え、その表情には苛立ちを隠せなかったコカビエルは舌打ちをした後、再び手元に光の槍を作り出すと迫っていた全ての槍を打ち払った。
「へえ、お見事。良く防いだな」
「いつまでも、俺の上のつもりでいるなっ!」
「…はっ、お前こそ俺に勝つつもりだっったのなら甘いな。…まさか俺が怒っていないとでも思っているのか?」
「ッ!?」
そしてその様子をアザゼルは良く防げたとばかりに僅かに口元には笑みを浮かべており、その様子を見たコカビエルは激昂した。その瞬間アザゼルから笑みが消え代わりに万物を凍らせるほどの冷たい眼へと変わり、強烈なプレッシャーをコカビエルへと叩きつけられた。
(な、なんなんだ…!あいつは長い間封印されていて、その間に俺は神の加護を得て強くなったというのに‥‥何故、俺が圧される!?)
その急激な変化にコカビエルは次の言葉を吐こうとした口を閉ざした。いやアザゼルのプレッシャーによって閉ざされたのだった。混乱するコカビエル、しかしそんな事は些事と言わんばかりにアザゼルは口を開く。
「てめぇは、ルーチェが残した国の民を傷付けた。であるなら俺は昔は仲間であろうともそれを赦さねぇ。それが敵である神に下った奴なら尚更にな」
そう言いつつアザゼルが思い出したのは失敗に終わった神への反逆を始める数日前の話にまで遡る。
* * *
『ねぇ、アザゼル。もし私が操られて貴方の事を憎んだとしたら、どうする?』
カヴァリナ神殿に作られた祭壇にて、一人の天使の男、アザゼルに対してこの神殿の主にして巫女であるルーチェ・ペンドラゴンはそんな問を投げ掛けた。
『あ? 何でそんなことを聞くんだ?』
『だって、幾ら仲間がいるからって神への反逆が失敗して、もし私が操られて貴方と戦わされて、または憎まされてどんな言葉を浴びせてしまうかもしれないから。だから聞いておきたいの。貴方はその時どうするのかを』
『…………』
今思えば、ルーチェは不安だったのだろう。だがそんなことを当時のアザゼルは気がつくことが出来なかった。
ルーチェからの問いにアザゼルは腕を組んで考えた。現在、二人がいるこの祭壇がある場所はアザゼルが結界を張っているので決して誰にも、もちろん神にも聞こえる事はない。故に言葉を伏せること無く話すことが出来るのだ。少し考えた後アザゼルは口を開いた。
『まあ、お前恨むことはないさ。それ、もし負けても次の機会を待つ。それだけさ。だからそこまで気に病むな』
『そっか。分かった。アザゼルを信じるよ』
『おう、任せろ!』
アザゼルは笑ってルーチェにそう言うと、ルーチェは何処と無く嬉しそうな、そして悲しそうな笑顔を浮かべた。
そしてその数日後、アザゼルは仲間と共に神へと挑んだが人間を操る神と天使に破れ、神への刃を向けた悪しき天使、すなわち堕天使としアザゼル達は人間達に怒りや憎しみの感情を向けられつつ封印された。
そして、アザゼルに怒りと憎しみの眼を向けた人間の中には神の意図によるものか、数日前までは仲の良かったアザゼルを封印する為の人柱であるルーチェの姿もあった。
そして、封印されどれだけの時が経った頃だったか、アザゼルは唐突にルーチェのあの時の問いを思い出した。
『もし私が操られて貴方と戦わされて、または憎まされてどんな言葉を浴びせてしまうかもしれないから。だから聞いておきたいの。貴方はその時どうするのかを』
ルーチェのあの問いの意味をアザゼルは理解した。あれは次ではなく戦いに勝って一緒にいたいと、好きと正直に言えなかったからこその、回りくどいながらもルーチェは自分にそう問いかけたのだと。
その後のアザゼルは泣いた。そして、どの位の間泣いていたのかは分からなかったが、それでも涙が止まるとアザゼルは一つの覚悟を決めた。そしてアザゼルはもし封印が解けた時の足掛かりとして現在も自身を封印している封印に関して考えることにした。
そうして幸いにも人柱という最上級のヒントと時間があり考えた結果、詳細は流石に分からなかったが、その中でもいくつかの仮説をたてその中で最も確率が高い封印方法を導きだした。それは特定の例えば特定人物の血を引いている人物が人柱となる事で封印を維持する条件起動型の封印だ。
そして、考察を終えたアザゼルは封印が解ける事を信じて今度こそ神を倒す為に、封印されているとはいえ体を縛られたりはしてないかったので技と体を鍛えた。そして、封印が解け、現在へと至る。
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