第14話 「王都防衛戦 開」
王都ルナを出立して、凡そ十分がたった頃、颯天の視界には複数の天幕が見え始め、それはカヴァリナ皇国の騎士・兵士たちが作り上げた陣だった。
もちろんそのまま陣を築いているのではなく、恐らく土関係の魔法で作り出した堀や一メートル五十程の壁で囲まれ、その壁も崩れない様に間に砂利を挟むなどの知恵も使われているという事を颯天は一瞥するだけで見抜いていた。
(なるほど、壁は見通せる高さでありながら、相手の足を止める事も考慮しているのか。それに見張りは常に二人一組でつかせているのか)
数メートル間隔で見張りの兵士常に
(士気も気力も高くいい感じだ。流石はカヴァリナ皇国の騎士と兵士だ)
颯天が外から陣を見た感じでは弱点となる穴は見当たらず、そこから分かる事、それは彼らが常日頃から鍛錬を怠っていない、高い練度と技術、そして王家、現女王であるアルレーシャへの忠誠を颯天は垣間見た気がした。
そんな風に陣の様子を見つつ颯天は陣の中央の天幕へと到着すると二つの影が出迎える様に近づいてきた。伏見とニアだった。
「あ、お帰り。颯天」
「お帰りなさい。ハヤテさん!」
「ああ、今戻った」
出迎えてくれた伏見とニアに大丈夫である事を伝えながら頭を軽く撫で、颯天はそのまま陣の中央に建てられた天幕へと向かいながらいない間の状況を尋ねた。
「それで、騎士や隊長クラスはもう集まっているんだな?」
「うん。颯天が戻って来るって伝えたら、【槍】の人が集まる様に指示を出してた」
(あいつか)
伏見が言った【槍】の人とは、ロイと同じ、実力・知力・人望ある騎士が任命される最高位、【四騎士】の内の一人にして【槍】を授けらた、炎の様に赤い髪と瞳。更に赤い鎧を纏った見た目二十代後半ほどの騎士、その名トラストをといった。そんなことを話していると天幕に到着した。
「おお、ハヤテ、戻ったか」
天幕の中に入った颯天を出迎えたのは、テーブルに置かれていた地図を囲む様にしてトラストとそれぞれの部隊の隊長が勢ぞろいしていた。
「…どうやら、待たせてしまったようか?」
待たせた様子だったので、颯天はやや申し訳なさげに尋ねたが、トラストは問題はないと首を横に振った。
「いや。深い事情は知らないが、姫様が直々に実力を認めた冒険者であるお前を下に見る愚か者ははこの場に居ないぞ」
トラストのその言葉は、颯天の実力を信用していると、【四騎士】の一人であるトラストが宣言したも同然の発言で、これによって部隊の隊長たちが明確に颯天に対して文句を言えないという状況を作り出した。
恐らく、幾ら王の信頼を得ているとはいえ荒くれ者の印象のある冒険者だ。颯天の事を信用していない隊長たちに大丈夫だと保証するという意味もあったのかもしれなかった。
「そもそも、お前が事前に仕掛けてもらったアレのお陰で戦いが楽になるかも知れないんだ。それに俺はお前が遅れた理由に関しては聞いるからな。問題は無いぜ?」
と、トラストが言ってくれたので、颯天は軽く頭を下げた後、三人分ほど空いていた、テーブルを挟んでトラストの向かいへと移動し、その隣には伏見とニアが何も言わずに陣取ったが、周りが何かを言うという事は無く、その視線はテーブルの上に用意されていた地図へと向いていた。
そして颯天達が来たことで全員が揃った事を確認したトラストは隣の四十代ほど魔術師風のローブを身に着けた男に眼で確認した後、トラストは口火を切った。
「では、これより作戦の最終確認をする。皆、よろしいか」
部隊の隊長たちは無言で頷き、颯天達も同じく頷き、それを確認したトラストは地図を使いつつ説明を始める。地図には円形の線の中に幾つの駒があり、その向かいにも動物を模したモノであろう駒が複数置かれていた。
「では、一度説明したと思うが、念の為説明しておく」
トラストが仕切る様にして天幕の中心にある地図に置かれた駒を円より離れた場所に幾つか置く。その駒の前方には動物の駒が複数、少なくとも十以上は置かれていた。そして、その位置に駒を置いた理由を颯天は直ぐに気が付いた。
(なるほど。円の内部が今の陣で後衛、そしていま移動させた駒が俺達、つまり前衛という事か)
颯天と同じく周りの部隊の隊長たちもそれがどういうものなのかを理解しており、伏見も何となく理解している様子だったが、この場で、一人だけ、良く分かっていない人物がいた。ニアだった。
『ハヤテさん、どう言う事なんでしょう?』
恐らく、ニアは一度作戦を聞いていたはずなのだが、完全に理解し入れていないようだった。なので、颯天はこの機会を利用することにした。
『つまり、今動かした、動物の前に居る駒が前衛。そして円に囲まれた中にある駒が後衛、つまり指揮を執る者とそして魔法師団が居る場所だ』
颯天から教えられた情報に、ニアはう~ん? と頭を捻り始めた。颯天から見た感じでは、ニアは決して頭は悪くない。寧ろ勉強をしていないのにあれこれ考えられるのでいい方だと言えるだろう。
そして、ニアは今、自力で作戦の内容を理解しようとしていた。そして悩む事、凡そ十秒と少し。
『つまり、動物の前にある駒が私達、騎士や兵士の人を含めた前衛で、後ろの、円に囲まれた所に居るのが魔法で援護をする魔法師団の人と指揮を執るトラストさん、という事ですか?』
『正解』
流石に、真面目に作戦を話している最中に頭を撫でるという事は出来ないので、魔道具越しの声と、僅かに頷く事で伝え、合っていた事にニアも微かに笑みを浮かべた。そうしているとトラストが動かした人の駒と動物の駒の間にバツ印を記す。
『それじゃあ、あのバツ印はなんだ?』
『…あれは―――――――」
僅かに考え、すぐに思い当たった事があったのだろう。ニアは直ぐに答えを返してきて、颯天はまたしても正解だと頷く。こうして作戦の確認が進むのと並行してのニアの勉強も進んでいき、時折トラストの説明に軍師であろう男が少し付け加えをしながら作戦を伝え終えるタイミングで、魔物達の姿が見えたという斥候からの報告が伝えられた。
「よし。では我らが王の為、民の為。我が国を蹂躙せんとする魔物を殲滅せん!」
「「「「「オウッ!!!」」」」」
「それでは、我らに勝利を!」
「「「「「オオオオオオオッ!!!!!」」」」」
トラストの鼓舞に、部隊の隊長たちは覇気の籠った声がビリビリと肌を、空気を通して颯天達にも伝わってきた。
その覇気、覚悟を感じ、ニアは驚きの表情を浮かべた。彼らの根幹にあるのは自分の生まれた国を、愛するものを守ろうとする、決意の現れだった。
世界が変われど、人というのは存外に弱い。だが、大切なものを守ろうとする際にはとても強いことを颯天はよく知っていた。
「凄かったですね…」
ニアは先程のを思い出したのだろう、微かに身震いをしていた。もちろんその身震いは怖さを感じての者ではなく、凄さを感じてのものだったが。
「あれが、大切なものを守ろうとする者の迫力、強さという事さ」
そうして、作戦の最終確認も終わり、部隊の隊長達も己の持ち場に戻り、天幕の中に残ったのは颯天達とトラスト。そして、地図に新たな情報を書き加える者だけとなったなか、トラストは椅子に腰掛けて、体に余分な力が入らないように力を抜いていた。端から見れば力を抜いているだけに見える。だが、颯天は分かっていた。責任があるものがそれを出来るのは並大抵の胆力がないと出来ないことだと、そして、緊張を解して疲れてしまわないよいにするためだと。
(流石は【四騎士】と言ったところか?)
内心でそう思いながら颯天はやや脱力ぎみのトラストへと話し掛ける。
「それじゃあ、俺達も移動する。あと、アレを使った後の動きだが」
「ああ。そこはお前たちの判断で動いてくれ。こっちの指揮は気にするな。それと確認なんだが、体調は万全なんだよな?」
「ああ。大丈夫だか?」
トラストの質問に対して、颯天は不思議そうに見返してきた。
「ああ、気にしないでくれ。なんとなくそう思っただけだからな」
「そうか。それじゃあ、伏見、ニア。行くぞ」
「うん」
「はい!」
要するに、好きに暴れろと言っているのだと分かり、颯天は思わず苦笑を浮かべた後、伏見とニアに声を掛け、天幕を出ていった。
(あいつ、魔力を消耗していたな)
少しばかり颯天の魔力を消耗していた事が気にかかりつつも、その背中を見送った後、トラストも立ち上がり、テーブルの上にある地図を睨み付けるようにして向かい合う。あたかも、今の自分の戦場はここだと言わんばかりに。
「さて、俺たちの戦いを、始めるか」
颯天達が定位置について、凡そ数分後、魔物の姿が見えたとの報告を皮切りに幾重もの地を踏む足音、木が揺れるなど、さまざまな音が聞こえ、森から次々と魔物達が姿を表した。そして、その数は颯天が確認したときよりも増えていた。
(思わぬ増援ってやつか。ますます魔族が絡んでそうだな)
そして。魔物達の姿を確認してなお、カヴァリナ軍はまだ動かず、一方の魔物達は森からでると一斉にカヴァリナ軍へと一目散に突っ込んでいく。
それはまさに数に物を言わせた物量戦術で、魔物に精鋭とはいえ数が少ない、二千の軍勢を相手には有効と言えた。だが、数が多いと勝てるとは決まっておらず、数の差を覆すものも、存在していた。
そうして、魔物の群れと前線の騎士・兵士達の距離が五百メートルを切ろうとした瞬間、
「ポチッとな」
某テレビの悪役がスイッチを押す際に言うような台詞を言いつつ颯天は手に持っていた魔石内蔵型のスイッチを押した。
その瞬間、凡そ千程の魔物の群れが一瞬にして爆発の光に飲み込まれ、辺りに耳をつんざくかのような轟音と地響き、そして舞い上がられた土煙と黒煙が地面よりあがり、それがこの王都防衛戦の開戦の火蓋を切る事になったのだった。
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