第13話 「王都防衛戦 前」

アルレーシャからの依頼を受け、準備を整えたその翌日、魔物の群れは王城ルナを擁する王都イルミナスまで十キロほどの距離まで迫って来ていた。


(時間にして、後一時間ほどか)


その様子を確認するため、颯天がどのような魔物がいるか等の情報を得る為、王都から凡そ六キロほどにある森の中の気の上から様子を探っていた。


(あれは確か、オーク、それにオークと比べて体形が大きい事からオーガか?)


まず最初に見つけたのは豚の頭にずんぐりの体を持つオーク、そしてもう一体はオークを越える肉体に、額に一本の角を持っていた。それは地球での鬼人によく似ていた。その数、凡そ二百ずつ。他に昆虫型のまものや、尾が二つに分かれている狼、三つの頭を持つ犬型の魔物。他には蛇と獅子の魔物が百五十と二百ほどで‥‥ザっと千を超える数の魔物が争うことなく王都ルナへと土煙を上げながら進軍していた。


(聞いていた話の通りだな。争う様子が、全くない)


迫ってくるその数、およそ千体と、それは正に魔物の大群とでもいうべき数だったが、種族が違う魔物が群れを成すことはまず無く、そもそも魔物同士は互いに敵対しており、決して同じ群れと成す事は無いのだと、その事を颯天は事前にアルレーシャに伝えられていた。そこから考えられる可能性が一つ。


(これは、何らかの魔法か何かに操られている可能性が、高そうだな)


颯天は内心でそう判断しながら、おおよその魔物の数を把握した颯天はイルミナスへと足を向けつつ、首元の通信魔道具へと魔力を流す。


『ニア、聞こえているか?』


『はい、颯天さんの方も、大丈夫ですか?』


すると、颯天の頭の中に心配そうなニアの声が聞こえてきた。しかし近くにニアはいない。ニアが居るのは王都ルナだ。何故離れたニアとの話が出来ているのか、それは颯天が作った魔道具のお陰だった。


『ああ、大丈夫だ。木の上から見ているからな』


『そうですか…なら良かったです』


『ところで、今は天幕の中か?』


『はい。そうです。アルレーシャさんも近くにいます。』


どうやら、ニアは天幕に居るとの事で、そうであるならそれは颯天にとって好都合であった。


『なら、今から伝える情報をアルレーシャに伝えてくれ。戦略がより建てやすくなるはずだ』


『わかりました……いいですよ』


この遠距離通信用の魔道具を作成した目的は、距離が離れた時、互いに連絡を取る手段が必要だと颯天は判断したからだった。そして今はその試験運用の最中でもあった。そして、僅かな間があったのは、何かしらメモを取るための準備だったのだろう。


(感度は良好、それに魔力の消費も然程無いな)


今も魔力を消費している中。颯天は内心で魔道具に好感触を感じながら、今見た情報をニアへと伝える。


『ニア、視認した限りの魔物だが、オーク、オーガなどの人型が凡そ六白、虫型が八百。それに二尾の狼が六百、三頭の犬型が四百。他に蛇と獅子の魔物が四百と五百だ』


颯天が見つけたその魔物の数、凡そ三千を超えた。それがカヴァリナ皇国の王都ルナへと迫る魔物の軍勢の数だった。


『分かりました。今の情報をアルレーシャさん達に伝えます』


ニアには、アルレーシャの居る天幕への直通の通信用魔道具を持たせおり、それはもしもの時の連絡手段としての物だった。


『ああ、頼む。それじゃあ俺は王都に戻った後、そっちに戻る』


『分かりました。大丈夫とは思いますけど、気を付けて戻って来て下さいね』


ニアはそう言うと念話を切ったのだろう、声は聞こえなくなり、颯天も魔道具に流していた魔力を止めると、五メートル程の高さから飛び降り、音を立てる事無く着地すると、素早くその場から離脱し、王都へと帰還し始めた。それは王都防衛の開戦まで、凡そ一時間前の事だった。



「戻ったぞ。そっちは…大変だな?」


「ああ、戻ったか、ハヤテ」


そして、凡そ十分後、王都に戻ってきた颯天は、その足で王都の中心に作られた天幕へと向かった。天幕内に入ると、そこは正に戦場の中のような慌ただしさだった。文官と思われる者たちは忙しなく部屋の一角にある魔道具と中央のテーブルの上にある地図とを忙しなく行き来していた。そしてそんな中、いち早く気づいたアルレーシャが颯天へと声を掛けて来た。


「ああ、そっちも、準備は良いみたいだな?」


今のアルレーシャは腰に剣を佩き、胸甲、手甲に脚甲だけと重要な箇所以外に装甲がない身軽な状態だった。恐らくアルレーシャは鎧を着こむより、身軽で素早さによって攻撃を回避する戦い方なのだろう。といっても今回アルレーシャは最前線で出る訳ではないのだが。それでもこれから国の為に戦う兵士の為にという思いで鎧を身に着けているのかもしれなかった。


「うん? ああ、私は重装備を好まないんだ。基本的に私は攻撃を防ぐのではなく、避ける戦いをするからな。それにこの防具には『風の加護』があるからな。下手な防具よりは硬いし、飛び道具なども弾くからな。問題ない」


「なるほど」


確かに、一国の女王の身を護る防具なのだ、例え身軽であってもその防御力とその性能も普通の防具とは一線を画すものだろう。とアルレーシャの話を聞きながら、颯天はアルレーシャとあった時「パーシェス」での事を思い出していた。あの時、白夜はアルレーシャが無意識の内に最も楽な姿勢を取っていたと言っていたが、それはつまりそれが自覚せずに分かる程に己を鍛えていたという事なのだろう。

そうして颯天がアルレーシャと話している間も、数人の文官達が天幕の中を忙しなく動いていた。


(後で、過労で倒れないだろうな…?)


その働きっぷりは確かに凄く、彼らは戦場に立てない代わりの戦場が今この場所なのだろう。だがその働き具合はすさまじく颯天は若干心配をしてしまうほどであった。そしてそんな颯天の心配気な考えを読んだかのようにアルレーシャも動いている文官達に視線を向けながら口を開いた。


「ふふ、心配しなくても大丈夫だ。彼らにも休憩を取らせている。もし倒れられたら大変だからな」


流石は王であるアルレーシャ。颯天の心配は杞憂だとばかりに笑みを浮かべていた。それより、颯天は自然と笑ったアルレーシャを見て驚いていたのだが、アルレーシャが気づいた様子はなかった。その間もアルレーシャは言葉を続ける。


「それに、彼らにとって、君のお陰で、寧ろ嬉しい悲鳴のはずさ。ハヤテが作ってしてくれた遠距離通信用の魔道具のお陰で情報が錯綜するという事態がある程度防げているんだから」


そう現在天幕では偵察に出ている斥候から、颯天が作った魔道具を介し、常に最新の情報が人や馬を用いての伝達ではなく、天幕に直接届いており、時間のラグなく、随時入る情報を地図へと書き加える事で無駄なく時間を使えているのだった。


そもそも、颯天が遠距離通信用の魔道具を開発しようと思い立った発端は、不便さからだった。

この世界では、離れてしまえば容易に連絡が取れず、その間に危機に陥っていたとしてもそれを伝える手段が無かった。もちろん魔法や煙などでの一応の連絡手段はあったが、情報伝達などの部分はまだまだ未発達だった。

そして、そんなこの世界に颯天が作り、アルレーシャに渡した固定型の遠距離通信魔道具は衝撃を与えた。

作り方としては簡単で、まず二つの魔石を用意し、颯天は二つ魔石に風遁『風伝』を改造した術『風魔伝』を魔石へと付与した。


魔石へと付与した風遁『風魔伝』は、『風伝』をより汎用性を持たせるようにして改造した術だ。元の『風伝』は読んで字の如く、風を媒介して離れた者と話す術なのだが、距離が離れれば離れる程に使用した者の魔力を消費する。

なので、その消費を肩代わりさせるものとして内部に魔力を保有する魔石を使用、更に風だけではなく、この世界には魔力があるので魔力を媒介に会話をする事が出来るように改造した術それが『風魔伝』だった。


だが問題もあった。幾ら魔力を保有する魔石といえど、使えば魔石内の魔力は使えば消費され、やがては空になってしまう。その部分を解決する為、颯天は普段使用していない時、装備者、または周囲の空間にある魔力を微量ながら吸収、魔石内に貯蓄する機能も取り付けた。

これによって普段は魔石内に魔力を貯め、必要時には貯蓄した魔力を使用するようにし、回線を絞る事によって幾分か消費を抑える事も可能とした。


ここまでであれば、いいことずくめなのだが、風遁『風伝』には明確な弱点があり、それは風を媒介するため、風が荒れ狂う、入り乱れる場所での通信が困難という点だった。(近距離であれば可能)

だがそれだと扱いに困る。

そこで颯天はこの世界に満ちる魔力に眼を付け、風遁『風伝』の術の一部を改造し、風だけではなく魔力を媒介に会話をする事が出来る『風魔伝』を魔石へと付与した。

そうする事で風・魔力がある場所での通信を可能とさせ、それを例えるなら、普通の電波塔を通しての電話ではなく、衛星を介して電話しているとでも言うべきなのだろう。


そうして遠距離通信魔道具『リープ』を完成させた颯天は付与した魔石の色を伏見たちのそれぞれの魔力の色へと変えた。伏見は白、ニアは若草色だ。そして当初はその二つで完成の予定だったのだが。


「何故、二人だけなのじゃ!? わしも、わしも欲しいのじゃ!」


っと、『念話』がある為に、必要ないはずの白夜からの若干幼児かしつつの(見た目幼女…ロリババア?)猛抗議があったため、颯天は急遽先ほどの二つと同じように『風魔伝』を付与している魔石を作成し、色を付ける作業をしている、その最中。ふと、情報収集が容易になれば戦略も立てやすいのではと思い、固定型であるが、変わりに複数の回線を受信できる魔道具『リープⅡ』を開発し、アルレーシャに渡したものが現在情報収集に大活躍している遠距離通信魔道具の正体だった。


「それで、どうだ。作戦はまとまったのか?」


「ああ。今回の戦いは魔物の群れの侵攻に対しての王都の防衛戦だ。なのでこれより我々はここに陣を構築した。」


そう言って颯天とアルレーシャは地図の前に移動し、アルレーシャは王都から五キロの地点、颯天が偵察をした場所から一キロの地点にある草原だった。


「なるほど。森から出て来たところを叩くという訳か」


「ああ。そして最悪後退して言った場合、最終防衛線は、ここだな」


「まあ、それが妥当だろうな」


アルレーシャの指が移動した場所は、王都ルナから凡そ二キロの地点だった。確かに先ほどの草原からその辺りには特に起伏もない平らな地だ。恐らくあの場所を突破されると籠城へと移行するという事だった。

そして、その際に必要な物資、特に食料が大量に備蓄されている事は既に確認済みだった。


「よし、それじゃあ俺は前線に行く。アルレーシャはここで全軍の指揮を執ってくれ。それと、もしもの時は連絡を入れろ」


「分かった。気を付けておく」


本来なら、前線にそのまま居た方がいい颯天が天幕にまで来た理由。それは颯天達は今回の防衛線に置いて、国王から依頼を受けた凄腕冒険者として依頼を受けた体で動く事になる。

いわばパーティーメンバーだけの実質、単独行動に近い動きになるが、寧ろその方が颯天達としてはやり易かった。何せ命令を聞く事等の束縛なく行動が出来るのだ故に颯天はルナへと戻る前にある物を仕掛けていて、それに対する説明をし、アルレーシャから直々の許可は得ていた。


「よし、話すことは話した。俺は前線に戻る」


「ハヤテ‥‥大丈夫とは思うが、気を付けてくれ」


「ああ」


何処か、心配げに見て来るアルレーシャに言葉短く、しかし明確な自身を持って返事を返した颯天は、振り返る事無く城を出る。そして、体内の魔力を活性化させると、これから防衛戦の戦端が開かれる最前線へと全速力で向かい始めた。

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