第12話 「準備」

不朽宮から帰還し、依頼であった宝玉を届けて二日が経ち、城からの使いが宿に訪れた事により颯天達は再び王城へと赴いていた。そして城の者に颯天達が案内されたのは、依頼を受ける事を了承した場所である花の庭園だった。そして庭園には既に待ち人が居た。その待ち人は颯天達の姿が見えると颯天達に手を上げてきた。


「いきなり呼んでしまって悪かったね。どう、疲れは取れたかな?」


 アルレーシャの服装は王都に帰還した、二日前に見た時のドレスより幾分か簡素なスカートが一体化した服で、それでも目立たない程度に装飾は施されていたがそれは今はオフである事を颯天に教えてきていた。更にオフであると同時に堅苦しいのは無しという意味も籠っていた事に颯天は気が付いた。


 もしアルレーシャが正装姿であればそれ相応の言葉遣いをしなければいけないと思ったが、そうであればと颯天は出会った当初と同じように答えを返す。


「ああ、疲れ自体は大丈夫だ。アレさえなければもっと取れたがな? それよりあの日から二日経って呼ばれたって事は、あの時の用事は片付いたのか?」


「ああ、どうにか目途が立って、今は一休みさ。それと、悪かったね。私も知らされてない勝ったとはいえ、大臣たちがあんなことをするとはね」


「もう、本当にそうですよ! 女の子の夢を一体どういうつもりなんでしょうね!」


ニアは分かり易く怒っており、伏見も表情にこそ出していなかったが、それでも傍から見ても明らかに雰囲気が不機嫌で


「ま、まぁ、落ち着いてくれ。彼らも悪気があったわけではないのだから」


アルレーシャも知らなかったとはいえトップであるので申し訳なさげニアを抑えていた。

伏見たちが不機嫌に、そしてアルレーシャが申し訳なさげにしているその原因の根源はアルレーシャの事を孫娘のように大切に思っている大臣たちの暴走のせいであった。


「でもやっぱり納得できません! 私達だけならいざ知らず、二人にも内緒でハヤテさんと婚約させるだなんて!」


そう、その暴走とはニアが言ったように、颯天とアルレーシャが婚約した、と外部に喧伝した事で、颯天達が知ったのは王宮に戻ってきた二日前で、どうやら颯天達が出発したその日の内に大臣たちが秘密裏に進め、颯天達が帰還した宿に戻ったタイミングで公表したという流れだったらしい。


そして颯天達と同じく知らされていなかったアルレーシャも同様に驚き、すぐに大臣たちを集め、颯天達に迷惑を掛けない様に嘘であるという情報をながすように指示したが。そこは大臣たちが頑として譲らず、その理由は他国に颯天が渡らないようにしたいという思惑があったからだった。


確かに、三人で、更に颯天は戦闘に向かない生産職の錬金術師ありながら僅かな期間で迷宮と化した「不朽宮」を攻略し、さらに宝玉を持ち帰るだけでなく、迷宮化していた原因さえも取り除いたその技量と踏破できる実力が合わさり、更にもう一つ付け加えるのであればアルレーシャが気を許しているという事も関係して、その結果がアルレーシャと颯天へ伝える事無く婚約したと情報を流した事の真相なのだろう、と颯天は考えていた。


(俺は冒険者だから婚約は無いだろうと思っていたが、予想が外れたな)


そもそも颯天としては王になるつもりはさらさらなく、寧ろ元の世界に帰るための足かせになりかねないのでごめん被りたいというのが本音だった。

ならば、それをアルレーシャに伝え、アルレーシャを通じて結婚をしない事を伝えるという事も可能だが、それを言えばほぼ間違いなく今度は伏見とニアが颯天に白い眼を向けて来る可能性があり、実行に移せない作戦として颯天は思考のゴミ箱に捨て去ったのだった。

とそんな事を考えているとある事、今回の婚約報道に関係するある事を颯天はどうにかニアを落ち着かせることに成功したアルレーシャへと尋ねた。


「という事は、大臣たちは俺が直した事も信じたようだな」


「うん? ああ。恐らく私が大臣たちに颯天が城壁の秘密を見ただけで理解したのを伝えていたのが、ある意味で今回の事に関しての決め手だったのかもしれないね」


 実は颯天達が王都ルナへと帰還し、ドレスに王冠を身に纏った正装姿のアルレーシャとハヤテに依頼をして来た大臣同席のもと不朽宮に取りに行った宝玉を渡した時の事だ。

大臣たちは颯天達の速すぎるの帰還、更に颯天が浄化の魔法陣を修復した事を伝えると流石に大臣たちも驚く者、疑う者と多数居たが、それでもそれは直ぐに偽物ではない事は証明され、更に颯天はある情報を、不朽宮の浄化の魔法陣が何者かによって改造され魔物を召喚する魔法陣に改造されていた事、ドラゴンの頭部を持つ合成キメラがいた事、それを討伐し、改造されていた魔法陣を修復した事を伝えた。

 

「そう言えば、あの時入ってきた奴だが、あいつは軍か?」


「ああ、彼はある重要な情報を届けてくれたんだ。そしてそれは君たちを再び城に呼んだ理由でもある」


幾分か表情は和らいでいた。しかし颯天は気が付いていたが、敢えて触れなかった。アルレーシャの瞳に、僅かな緊張の色が見えていたことを。そしてそんなアルレーシャを見て颯天はそんな事をおくびにも出す事無く本題を切り出すことにした。


「それで、俺達を呼んだ、その理由はなんだ?」


「それを話すのに立ち話もなんだし、お菓子も用意したから、取り敢えず座って話そう」


そう言って辿り着いたのは颯天が不朽宮から宝玉を取って来るという依頼を受けた場所、庭園へと辿り着いた。相変わらず庭園の豊かな緑と様々な花が咲き乱れる事で鼻と目を楽しませ、引いた水が流れる音は心に安らぎをもたらすものだった。歩みを進めると庭園の中央にあるテーブルへと辿り着いた。そしてそこには既に数人の従者たちが待っていた。


「ああ、すまない」


「皆様も」


まず従者に引かれた椅子にアルレーシャが座り、それを確認した後颯天達は各々椅子を引いて座ろうとしたのだが、事前に先回りした従者たちによって椅子は引かれており、颯天達は軽く頭を下げて椅子に腰を下ろした。


「どうぞ」


「すみません」


そして狙いすましたかのような絶妙なタイミングでお茶を注いだカップをテーブルに置くとまるで波が退く様に、音もなく従者たちは柱の下へと移動していき、その一つ一つの動作が洗礼されていた。そして何より気配を消す技術にも長けていた。しかしニアと伏見はそれはどうでもいいとばかりに早速ケーキやクッキーなどに手を付け始め、アルレーシャは微笑ましく、颯天は若干苦笑交じりの笑みを浮かべ、従者たちが注いでくれた茶を一口飲んだ後、アルレーシャが口火を切った。


「単刀直入に言おう。ハヤテ、君たちの力を貸してもらえないだろうか」


「どういうことだ?」


「実は、現在この国に、魔物の大群が押し寄せようとしているという情報が届いたんだ」


「…まさか、あの時か?」


「ああ。もともと予兆らしきものがあり、さらに最近になって魔物の被害による報告が明らかに増えていたからね。それで独自に騎士団内でも選りすぐりを調査団として国の各地に派遣していたんだけど、ちょうど二日前、ハヤテ達と話している時に大臣が入って来ただろ?」


「ああ‥‥あの時か」


不朽宮に関してアルレーシャの指示によりその日の内に不朽宮に調査の者が送る事が決められ、それを伝える為に文官の一人が出たのと入れ替わる様にしてその場に入って来た大臣の一人が何やら深刻な表情でアルレーシャに何かを伝えるとアルレーシャは軽く颯天達にお礼を言うとそのまま謁見の間を出て行ったのだった。


「実はあの時、報告を受けたんだ。魔物の群れがこの王都へと向かって来ているという情報を」


「‥なるほどな」


 確かにあの場に大臣が入って来た辺りからアルレーシャは何処かに行ってしまったのだが、まさかそのような事があったとは颯天も予想が出来なかった。だがそれでもあっちでは色々な事を経験していた颯天にとって動揺の時間はごく僅かだった。刹那のタイミングでも動揺してしまえば命を落とす可能性を孕んでいた故の慣れのお陰でもあった。


「それで俺達を城に呼んだのは、俺達をこの城を、いや国を守るための戦力となって貰えるように頼むためだった、という訳か?」


「ああ。国を守る為に、君の力を、いや君たちの力を貸してもらえないだろうか」


「それだけか?」


「もちろん、報酬は払う。限りはあるが叶えられるものであれば差し出そう。例えば大臣が暴走した結果だけど、本当に私と婚約して私の体を好きにしてくれても構わない。だから」


頼む、そう言うとアルレーシャは本来軽々しく、それも出会ってまだ数日である颯天達に頭を下げたのだった。そして一国の女王が、一介の冒険者である颯天と婚約のみならず自分の体すらも差し出すと、それは明らかに破格の条件だった。

そしてその様子を見ていた伏見とニアは何も言う事なく颯天へと視線を向けていた。決めるのは颯天で、自分たちはそれに従うという事を伝えるかのように。


「…報酬に関しては全てが終わった後にしよう」


「それじゃあっ!」


颯天の言葉を聞いてアルレーシャは顔を上げると、颯天は確かに頷いた。


「ああ、その依頼。受けよう」




王宮から宿に戻ったその翌日、王であるアルレーシャからの直接の依頼を受けた颯天達は王都の中を散策していた。もちろんたった一日で活気のあった街の雰囲気はガラリと変わっており、道を歩いているのは鎧と武器を持った兵士や冒険者、そして様々な道具を乗せて走る軍馬とまるで違った、物々しい雰囲気へと変わってしまい、住人たちの顔には不安の色があったが、それでも王を信じているのだろう、空元気でも冒険者達相手に商売をしている商人の声が街に響いていた。

そんな街をある目的の為に歩いていると伏見が颯天に声を掛けた。


「颯天、良かったの?」


伏見のその質問の中には目立つようになるけど良いのか、と尋ねているのだと颯天もすぐに理解した。


「ああ、あそこまで言われて断るのは悪いからな。それに、見ない振りをするってのも寝覚めが悪いしな」


颯天は自分の事を正義の味方や勇者であると思った事は一度もない。結果的にそれは他者からすれば正義を成しているように見えるかもしれないが、それはまやかしで、本質的には殺しであるというよく理解していた。それでも伏見は颯天に優し気に笑みを向けた。


「優しいね。颯天は。ね、ニア?」


「そうですね。それにハヤテさんは約束をしたら破らないですからね。それで、街に出たのは何か理由があるんですか?」


「ああ。大規模戦闘に備えてある鉱石を探したくてな」


鉱石? と伏見とニアは二人揃って不思議そうに頭を傾げながら、何か目的があっての事だろうし、それに颯天に付いて行けば答えが分かるだろうと二人は考え、その後は伏見とニアが颯天に密着する以外は特に何も起きなかった。

だが、離れた所から三人の、いや颯天の姿を見て怒りの表情を浮かべる人物の姿があった。


「見ていろ、あの方に相応しいのは何処の馬の骨とも知らないお前ではない事を、証明してやる…!」


そう呟くと男はローブを目深く被り、裏路地へと消えていった。

そして二日後、王都「ルナ」にて王都防衛の戦の戦端が開かれようとしていた。

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