第9話 「勇者達の旅立ち」

アスカロ王国の王城内部、その修練場では二人による、激しい戦いが繰り広げられていた。一方は的確に攻相手の隙を突くようにして、そして一方はそれを読んでいるかのように防いでいく。

 それは実戦的で、街で披露すれば金が取れるほどに凄かった。


「シッ!」


「くっ、予想はしていましたが、グッ! やはり、早い!」


 デュオスは徹理に向かって剣を振るったがそれが当たる事は無く、徹理は最早そこに居らず一メートル程離れた所に立っていた。それは近くで見ればあたかも瞬間移動したかのように感じるが別に徹理は瞬間移動をしたわけではない。単純に移動しただけだ。しかしそこに付け加えるのであれば高速でだが。だがあまりに早く動くのを人間の眼は追うように出来ておらず、しかしデュオスはそのハンデを負いながらもどうにか徹理の攻撃を防ぐことが出来ていた。


 それは一重にまだ徹理の動きには無駄と気配が漏れ漏れなので対応できているが、その部分を克服できればもはやデュオスは手も足も出なくなるだろう。そしてそれは眼の前の手合わせをしている徹理だけではなく、他の勇者の仲間達も同様だ。


(まさか、勇者様を含め、これ程まで急激に成長するとは)


 だがデュオスの胸に去来するの悔しさはなく、寧ろ感心とも違う、子が成長したのを見て喜ぶ親の気持ちというべき何とも言えない思いが湧き上がり、それを素直に喜んび、徹理へと称賛の声を掛ける。


「素晴らしいですね。これほどまで成長されるとは」


「いえ、まだまだです。その証拠に俺の攻撃を防いでるじゃないですか」


 デュオスを見ながらそう言う徹理は何処か怨めしそうに見てきたが、苦笑を浮かべる。


「はははっ、それほど余裕はありませんよ。今だって必死なんですから」


 そう、言葉の通りデュオスは徹理の気配を掴む事に全神経を傾けているといっても過言ではない。そしてそんな張り詰めた状態を長時間維持することは出来ない。今だって、かなり限界が近いのだ。第三者が見ればデュオスが勝っているように見えるが、それは薄紙一枚の差ほどしか変わりがないのだ。

 そして、デュオスは自分の限界がどのくらいで訪れるかを感覚的に知っていた。


(以て、あと、四,五分ほどか)


 ならば、とタイムリミットは刻一刻と近づく中、この模擬を戦い勝つにはと、デュオスはある賭けをすることにした。


(…勝負だな)


 デュオスはそう考え、少しずつ途切れつつある集中力をそっと息を吸い、吐く事で散漫化し始めていた意識を纏め上げ、更に深く、辺りの時間が遅れてしまうまでに集中力を引き上げていく。


(明日は一日中、頭痛に悩まされそうだな)


 そんな事に内心で苦笑に考えていながらもデュオスは対戦者、中矢徹理を見た。


 一方、先程の攻撃を防がれた徹理も余裕があるわけではなかった。


(くっ、あれも防がれるなんて、一体どうすれば…)


 徹理も次の一手を考えていた。元々デュオス相手に全力で、模擬戦の開始からここに至るまで三度仕掛けたがその事如くをまるで予知しているかのように防がれ、決定打には程遠かった。むしろ徐々にタイミングが合い始めているとすら徹理は感じ、更に体力の消耗と何より武器である足が重いと感じ始めていた。恐らく最高速で動ける時間は五分あるかないかだ。

 そんな中でも思考を止めず、考え続ける。


(恐らくこの後は動きが読まれる。なら)


 言葉にせずとも、互いに自身の体の状況を理解し、今もっとも自身の全力を次に注ぎこむ事を選んだ。奇しくもそれはデュオスと同じ結論だった。


((次で、決める!!))


 そして、決めたならば徹理の動きは速かく、グッと脚に力を溜め込む仕草を取る


(残像で撹乱して、一撃で決める!)


 徹理が選択したのは、足に負担が掛かりすぎるので使っていなかった【閃脚】、最初に少し溜めが必要だがその後の加速を要さず、一気に閃光の様に、残像を作り出せる程のトップスピードにまでギアを上げる【技能】だ。だが徐々にではなく急激な加速、そんな事をすれば足に多大な負荷が掛かる。だが利点として初見であろうと無かろうと相手は眼で一切追う事が不可能なる。


  正に徹理の切り札といえる技能だ。だがこの技能には一つ弱点があった。それは徹理の認識機能が追いつかないという事だ。それは分かり易く言えばワン〇ースの最初に出て来る、いかしたスーツを着た、ある海賊の技と似ているという訳だ。だがこの近場には徹理とデュオスしかいないために問題は無く、今の疲労が蓄積した徹理の足でこの速さを維持できるのは精々十秒が限界だろう。だからこその【閃脚】での超短期決戦なのだ。そして、徹理の正に閃光、光のように動く徹理に驚きを隠せなかった。


(先までの動きより、遥かに速い!)


 徹理のその速さは、デュオスが極限まで集中力を高め、体感的に一秒がその凡そ六十倍の一分に感じる程のもはや驚異的といえる集中の極致といえる【集極】を以てしても、徹理の動きは微かにしか捉える事が出来ていなかった。だがそれと同時に徹理が自分にも見せた事の無い、まさに奥の手の切り札を出してきたことを、理解していた。勝負を決める、次で終わりだと。そう言ってきているのだと。理解しならば、デュオスがする事が一つのみだ。勝つことだ。そして、それにも明確な理由があった。


(ここで勝たせて、驕りを持たせるわけにはいかない。)


 もし、徹理は可能性は無いかもしれないが徹理以外の勇者の仲間達は自分は強いのだと思いこむかもしれない。確かに勇者達や徹理、そして彼女である荻瀬神流も、ここしばらくで確かに見違えるように強くなった。だがそれでも自身より強い存在が居るという事を示しておかなければ、もし強者と戦い、負けた時に心が折れてしまうかもしれない。心が折れてしまえばそれは絶対的な敗北と同意義であり、最悪、死を招く危険がある。


 ならばそれを少しでもその危険を回避する為にデュオスが出来るのは勝利をもぎ取り、それ以上に常に自分より強い相手が居るのだと、徹理に、そして離れた場所から見ているであろう勇者達に示し、意識させることだ。


(故に、全力で勝利を奪う!)


 そう決めると、デュオスは、静かに目を閉じ、耳を澄ませる。眼で追えないの、であれば今の【集極】の状態ではかなりの分析が可能となり、そしてデュオスが追うのは徹理の気配、そして移動した際に僅かに聞こえる音を解析して、出現するであろう場所を特定する。


(右斜め前方に足音があるが、これは違う。左と右も違う‥‥)


 徹理は次の一撃で決めるといっている、ならばそれを含めて考えていくと、自ずと答えは見え始める。


(徹理殿が狙ってくる場所は、背後!)


 デュオスがそう思った瞬間、背後に気配が、徹理が現れた。徹理はデュオスが反応できずにいて、そうしている間も距離をつめ、あと一歩で剣の間合いだった。


(勝った!)


 もはや避ける事の出来ないと、勝利を確信していた徹理だったが、しかし徹理の模擬剣がデュオスの鎧に当たる事は、無かった。


(馬鹿な、さっきまでは見ていなかったのに!)


剣が当たると思われた直前、デュオスが僅かに左へと体を逸らした事によって剣は一瞬前までデュオスの鎧があった場所を空しく斬るだけだった。そしてその時徹理の体は勝利を確信していたのを躱されただけに確かに硬直してしまい、そこを突くようにして、デュオスの手が伸びてきて。


「がはっ!」


 デュオスに腕を掴まれたまでは徹理も分かったのだが、それより後の事は地面に打ち付けられた痛みが占めて良く分からなかったが、デュオスに顔が見え、自身が地面に背中を付けている事から勝敗は明らかで、デュオスはそれを宣言するかのように告げる。


「‥‥私の、勝ち‥ですね」


「はい‥‥俺の負けです」


 互いに息が上がり、もはや疲労困憊の状態の中、徹理は敗れたが、そこに恨みなどは一つも無かった。寧ろ全力で戦った後特有の爽快感を感じていたほどだった。


「ただいまの模擬戦の勝者、デュオス騎士団長とする!」


 その宣言が審判をしていた騎士から告げられた瞬間、まるで爆弾のような歓喜の声が辺り一体から、いつの間にやら観戦していた騎士達から、勇者達が二人を褒めたたえるかのように湧き上がりったり、こうしてデュオスと徹理の模擬戦は歓声に包まれながら幕を閉じたのだった。


そうして戦いの幕が下りたその日の夜、徹理と神流を含めたクラスメイト達は制服姿で王宮にある中でも最も大きな会場に居た。


「徹理君、惜しかったね。あと少しで勝てたのに」


「いや、まだまだ力不足を痛感させられたよ」


「徹理がそう思うなら、私はそれでいいよ。‥‥いよいよだね」


「ああ、颯天よりだいぶ遅れたけど。俺達も世界を歩くんだ。」


そう、今日のデュオスとした模擬戦は、徹理が自身の実力を把握するという目的があり行われたものだった。そしてなぜ自身の実力を把握しようとしたのか、それは颯天よりかなり遅れたが世界に出る為に、日本の様に平和でないと改めて知り、覚悟を引き締めるためでもあったのだ。そして徹理が言いたいことが伝わったのだろう、神流も確かに頷いた。


「うん。そうだね。気を引き締めないとね」


「ああ」


 と、徹理と神流がそうして和やかに過ごしている場所はアスカロ王国王城の宴会場で、そこで開かれているのは勇者とその仲間たちの出立を祝うパーティーだった。そして珍しい事にその中には貴族の姿はなく、逆に大勢の街の住人で賑わっていた。

これは貴族だけではなく、国民との繋がりを狙い、更にホントに存在するのだと国民、そして他国に示すという意図も含まれていた。

そして、その中で徹理と神流はリラックスした様子で話をしていた。


 そうして、各々が賑わっているなか、国王が立ち上がると辺りは波が退くように静かになり、アヴリス王は白ワインが入ったグラスを手にもつと宴に参加している国民に告げるようにして口を開く。


「では、皆。いよいよこの世界を救われる勇者様達の出立だ。我らは栄光を祈願とし、今宵は楽しんでくれ。乾杯!」


「「「「「「乾杯!!!!!」」」」」


 乾杯の音頭が取られると、途端に勇者である古賀大雅のみならず、一緒に召喚された徹理や神流、果ては警備をしているデュオスへと一斉に向かい始め、その様子をアヴリス王は狙い通りだと内心でほくそ笑んでいたが、しかし表ではその様子を穏やかに眺めているように見えたのだった。


(嫌な笑みね)


 もちろん今夜の宴は勇者達のやる気を引き出す事も考えられた策の一つだったが、勇者達の中でその策と裏でほくそ笑んでいる事に気が付いたのは両親が中国から日本に移住し、日本で生まれ育った凛雪華リン・シェンファだけだった。


(もう、古賀君は、もう少し人を疑うべきかな?)


 凛雪華の両親は中国人なのだが、雪華が生まれる前に日本に移住し、雪華が生まれたので、雪華の生まれも育ちも日本である。そんな凛雪華リン・シェンファはかなりの美少女だ。プロポーション、目鼻立ちは整っており、更にその肌は仄かに褐色で、それが何処か未成熟を思わせながら現在もだが、将来はとんでもない美人になると思わせる美少女だった。

本人神流・雪華たちは知らないが学校では陸上部の神流と並び立って二大美少女と呼ばれていたりもする。


そしてそんな凛雪華は女の忍びであるくノ一でもある。そして颯天もその事を知っていた。何せ雪華の師匠は颯天の父親である宗龍が、学校を早退した颯天に届け物をしてくれた雪華を一目見て、その才能を見抜き、忍びにならないかと勧誘し、雪華は最初こそ断っていたが、ある条件を宗龍と交わす事で以てくノ一となったのだった。


 それ以降宗龍から体術や忍術を学んだのだが、雪華が使えたのは気配を操作する技術と身体強化術、そして使い手自体ががごく僅かである空間に作用する【空間術】だけだとかなり少なかったが、雪華の真の才能はそれでは無かった。が今はまだこれは伏せておこう。因みに颯天の学校の鞄とポーチを四〇元ポ〇ットの様にしたのは、雪華の【空間術】による空間拡張を施したお陰だったりする。

 そして追記しておくと雪華の両親は雪華がくノ一となったのは知らない。


(これじゃあ、古賀君はいよいよ突き進むかな…)


 古賀の元に人が集まるのを見ながら、これは近々私も颯天の所に行こうかな、と雪華が気配を消して、宴の様子を見つつ考えている中、アスカロ王国の宴は夜遅くまで続いたのだった。

そしてその翌日、デュオス団長と数名の騎士達と一緒に勇者である古賀大雅を含む異世界に召喚されたクラスメイト達は世界へと旅立つのだった。

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