第8話 「休息と動く影」
颯天達は花が咲き誇る庭園でアルレーシャとお茶をしていた。もちろんアルレーシャの後ろにはロイが控えていた。それはとても画になるものだったが、それ以上に颯天は目の前にあるお菓子に圧倒されていた。
(それにしても、軽食は頼んだが……多くないか?)
そう、香ばしく、甘い香りが鼻腔を擽り、疲れた体は焼き菓子を求めるように唾が湧いてくるが、如何せん量が多かった。軽く六、七人分はあるほどの量だった。だが、そんなお菓子に挑むかのように無心に伏見とニアは食べていた。
(よく食べるな…)
そう、山を築いていたお菓子は見る見るうちに伏見とニアへと飲み込まれて行くかのように消えていき、もちろん颯天も幾つか食べたのだが、その大半はニアと伏見によって食べられたのだった。
「…美味」
「はい、美味しいですね!」
「そ、それは良かったよ…うん」
二人の食べっぷりにアルレーシャも圧倒されており、颯天も流石に悪いと感じ出ていたので助け舟を出すことにした。
「よく、そんなに入るな?」
太るぞ? と颯天が言わなかったのは、後が怖かったからだ。普段の二人の食事量は決して多くない。まあ伏見は割と食べるがニアはごく普通の量程しか食べないのだが、現在二人は普段の食事量を越える量のお菓子を既に平らげつつあり、そんな二人を止める為に颯天はそんな言葉を二人に投げかけたのだ。
「大丈夫、仙術を使うと消費するから」
「そ、そうか」
「(もぐもぐ)」
颯天の質問に答えると伏見は止まっていた手で再び菓子を食べ始めた。その間ニアは一心不乱に食べ進めていた。恐らく一般庶民であったニアにとって今回のこのお菓子はまさに前代未聞の甘露なお菓子なのだろう。
ニアと伏見の喰いっぷりに颯天と同じように、いやそれ以上に圧倒されたであろうアルレーシャは乾いた笑みを浮かべる事しかできなかった。世に女性はスイーツとなると別腹と言うのもが存在するらしく、伏見とニアも同じようだった。そして二人の食べる音のみが場を支配した時間は目の前にあるお菓子が全て完食された後だった。
「は~~~、美味しかったですぅ~~~~」
「うん、美味しかった」
まさに、桃源郷はここに在ったと言わんばかりにニアと伏見は共に感嘆の吐息を吐き出す。そしてテーブルの上にはお菓子が乗っていた名残である幾つかの空皿が残っているだけだった。だがそれは見ている側からすれば驚愕するしかなかった。
「あ、あれだけあった菓子を、たった二人で‥‥」
一応俺も食べたぞ? と申し訳程度に颯天も主張したが、結果的に9割方はニアと伏見が食べたので、大して意味もなかったが。そんな空気を換えるために颯天は周りの風景に関して話をする事にした。
「それにしても、静かでいい場所だな」
颯天達の周りでは色とりどりの花が咲き誇っており、時折吹く風に乗って揺れる花とその香りが颯天達の五感を楽しませ、和ませるもので、颯天のその言葉を聞いて待ってましたとアルレーシャも満面の笑みを浮かべた。
「そうだろ? ここは私の中でも特に気に入っている場所だからな!」
「ああ、ここに居ると気分が落ち着く。少しのお菓子とお茶があれば言う事なしだな‥‥ふぅ」
そう言いながら颯天は前もって自分の皿に取っていた菓子を手に取って口に入れ、ソーサラーからカップに口を付けゆっくりと飲み込むとお菓子とお茶の香りが口いっぱいに広がり、同時に緑豊かな花の香りが鼻に香り、ゆっくりと息を吐いて一息ついたそんな時だった。
(ご主人様、ちょっといいかの?)
それは颯天は大臣たちの話を盗み聞く為に送り出した白夜だった。白夜の帰還に驚く事無く颯天はごく普通に話しかける。
(白夜か。どうだあの戦いを盗み見ていた奴らの話は聞けたか?)
(ああ、話は聞いたが大方ご主人様が予想していた通りの内容じゃったよ)
白夜から語られるその内容は確か颯天が予想していた通りの内容だった。そもそも大臣たちがアルレーシャを傷つけたいとは思っていないことはもはやわかり切っていたのだが、念の為という保険の意味合いも含まれていた。
(それとじゃな。恐らくそろそろ‥‥来たようじゃな)
(きた?)
何が? と白夜が意味深な言葉をに対して聞き返そうとした時、聞き覚えの無い声が庭園に響いた。
「休まれている所申し訳ありません。ハヤテ殿はこちらにいらっしゃいますでしょうか?」
声のした方、庭園の入り口に白髪交じりの髪、顔には苦労を感じさせるシワがあるも姿勢は伸びている老人が立っていた。
「ロジェア、どうしてここに?」
「誰なんだ?」
「大臣の一人だ」
アルレーシャは驚きながらも颯天の質問に答えてくれ、颯天は先程の白夜の来たというのは大臣であるロジェアなのだろうと推測した。そしてアルレーシャが質問に答えて事で、ロジェアという名の大臣は迷うことなく颯天達の居る場所へと向かって来て、アルレーシャの前で膝を付き、最初に謝罪の言葉を口にした。
「お休みの所、申し訳ございません」
「いや、良い。しかし貴方が、それも彼(ハヤテ)に何用か?」
アルレーシャのその声音には何故ロジェアがこの場に来たのかという不信感がごく僅かだが漏れ籠っていた事に颯天は気が付いたが、それは極めてごく僅かな量だったので周りで気が付いたのは颯天と、ロイだけで、颯天は視線を向けると視線に気づいたロイは微かに笑みを浮かべるだけだった。そして颯天直ぐにアルレーシャの前で跪いているロジェアへと向けるとちょうど立ち上がっている途中だった。
「はい、実はそちらの男性、ハヤテ殿に少々依頼したいことをありまして」
「依頼したい事?」
「はい、実は【不朽の宮】へと行き、ある物を取りに行かれてほしいのです」
「【不朽の宮】ですか(だと)!?」
「「「【不朽の宮】?」」」」
聞いたことの無い名称に颯天、伏見、ニア共に首を横に傾げたが、アルレーシャとロイはその名前を聞いて驚きの表情を浮かべが、良く分からなかった颯天はアルレーシャに尋ねることにした。と同時に白夜に尋ねた。
(お前が言ってたのは、この事か?)
(うむ、この事じゃな。まあ詳しくは王女か大臣たちにも聞いてくれ)
(分かった)
白夜が聞いていた事はここまでだったので、宣言通りアルレーシャ達に尋ねて見る事にした。
「なあ、【不朽の宮】って何なんだ?」
「それは、先代、先々代等、過去の王たちが使われた武具などが納められている宝物庫です」
颯天の質問に答えたのはこの話を持ってきたロジェアだった。
「歴代の王が使った武具を収めた場所、か。なんでそんな場所に俺を行かせたいんだ?」
そう、気になるのは颯天自身気になるのは自分をそこに行かせたいのかだ。それは伏見を含め、ロジェアを除いたこの場の全員がうんうんと頷いた。
「それはですね、実はまだ日はあるのですが、一年に一度行う女王陛下の式典に使う宝玉を持ってきてほしいのです」
「何故一年に一度の式典に使う宝玉を俺に取りに行かせるんだ
?」
「実は、宝玉を含めた武具が納められている宝物庫なのですが、最近魔物が現れるようになったのです。」
「それは本当かッ!?」
「はい。事実でございます」
「バカな、あの場所の魔方陣は祓術師によってはあそこは常に浄化され、発生しないはずでは!?」
ロジェアの言葉にアルレーシャは椅子から思わず立ち上がり、ロイの顔にも驚きに染まっていた。
だが、それ以上に二人がこれほど驚いていることに颯天は驚くと同時に何故これほど驚いているのかが不思議に感じた。
「魔物が居るはおかしいことなのか?」
「当たり前だ。宝物庫貴重な物等を多くあるから稀に盗もうとする輩の対策として幾多の罠を、更に魔物が発生しないように浄化の魔法陣が随所にあり、魔物が生まれる事は無いはずなんだ。」
「…なるほど。そういうことか」
浄化の魔方陣という、恐らく結界内に呪いを閉じ込め浄化するようなものか、と颯天は内心で納得しアルレーシャ達が驚いた理由も分かった。つまり、発生しないはずの場所に魔物が出現している。確かにそれはおかしい。そして何らかの異常があることが考えられる。
(だが、それだけか?)
颯天は、これは何者かによって起きた何らかの作為的なものを感じた。そのなかで最初に浮かぶのは目の前にいる大臣を含めた大臣達だがその線は薄く皆無に近いと感じた。
そうなると浮かんでくるのは魔族による何らかの干渉等が考えられるのだか、如何せん情報が少なすぎるが、可能性的にはこれが最もあり得るだろう。しかしそれでも気になった事があったので尋ねることにした。
「別に、俺じゃなく、この国にいる冒険者に依頼として出せばいいんじゃないのか?」
「それは難しいでしょう。王家の武具が置かれている場所にただの冒険者に依頼させることは出来ません。ですが、姫様が信頼されている貴方であるならば」
ロジェアの話を聞いて依頼を受けるかを颯天は少し迷っていた。
確かにロジェアの言っている事は筋は通っていた。確かに無法者の印象が強い冒険者が王族の宝物庫から特定の祭具を取って来てくれと依頼した場合、最悪宝剣などを盗まれる可能性がある。だが女王が信を置いている颯天であれば、それは女王の
「依頼が出来る、という事か‥‥伏見、ニア、どうする?」
だがこの場には同行するであろう伏見とニアもいたので二人の意見も聞いてみることにしたのだった。
「颯天が行くなら、私は構わない」
「もちろん、私も行きますよ!」
伏見とニアは迷うことなく行くのであれば付いて行くと二つ返事で答えた。ならば迷いなく颯天の答えは決まった。
「分かった。その依頼を受けよう」
「ありがとうございます! 「だが」…何か?」
喜びで頭を下げようとした時に颯天に声が割り込み、ロジェアは困惑した表情で颯天を見ていて、そんな中颯天は口を開く。
「行くのは明日だ。そこは譲れない」
「へ?」
「ぷっ、あはははは!」
「へ、陛下!」
「す、すまない。だがふふふっ!」
颯天のそんな言葉を聞き全くの意表を突かれたと言わんばかりに呆けた顔をしたロジェアを見てアルレーシャは思わずといった感じで声を上げて笑い、もう一度呆けた顔のロジェアを見て笑いを堪え、アルレーシャのその姿を見てロジェアの顔にはさらに驚きに染まり、一方のロイはアルレーシャを温かい眼で見ておりそれはアルレーシャの笑みが納まるまで続いた。
「あ~、すまないな。これだけ笑ったのは久々だ。本当にハヤテと会ってまだ数日だが、とても楽しいな」
「まあ、楽しんでもらえたなら俺としても良かったが。それで、出発は明日でいいだろ?」
そう、アルレーシャが笑ったせいではないが、結果的に出発は明日からという先ほどの了承をもらう事が出来ていなかったのだ。
「はい、私としてはそれで構いません。ですのでどうか」
「ああ、分かった。それなら明日出発しよう」
颯天の返事を聞いたロジェアは安心した表情を浮かべ、頭を下げ背を向けて庭園から出ていくロジェアを視界の片隅で見送りながら颯天はお茶に口を付けつつ頭の片隅で必要な物をピックアップしていたが、その後はごくごく平和な時間を過ごすことが出来たのだった。
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