第7話 「決着と問答」
「オアアッ!」
「‥‥‥」
若い騎士のは裂帛の声で振るう剣を振るい続け、それを颯天はごく自然に避け続けていると、徐々に若い騎士、レイヤルの剣にブレが生じ始めていた。例えるなら、先程までは綺麗な直線だったのが、今はギザギザ気味になっているような感じだった。そして、その原因は単純でそれは肉体、腕に乳酸が溜まった事によって起こる疲労だった。そして、腕に疲労が溜まれば起こる現象だった。
(やっぱり、剣の速度は落ちるよな)
疲労が溜まった状態で、模擬剣とはいえ鉄を使った剣だ。そして鉄で作られた剣を長時間振れば、腕に疲れが溜まり剣を振る速度は遅くなる。そしてもし、万全の状態でも剣を回避する人間が相手でその状態を知るとどうなるか。その答えもまた明白だった。
(そりゃ、咄嗟に後ろに下がろうとそうするが)
颯天は横薙ぎに剣が振られる前に相手の懐に入り込み、懐に入られたレイヤルは驚きの表情を浮かべ咄嗟に後ろへと下がろうした。恐らく無意識の内に相手から距離を取る事を選択したのだろう。もし相手が短剣等の相手の懐でも振るう事の出来る短剣等を持っていた場合は確かにそれは正解だろう。だが颯天に対しては違った。
(その判断は、悪手だ)
颯天はそのままレイヤルの首元を掴み、それによって後ろへと傾いていた騎士の体は颯天に引っ張られるようにして前に来るそのタイミングで、地に足をしっかり踏ん張り。
「ドッセイ!」
自分に近づいて来る相手の力をも利用して颯天は背負い投げの要領で一息に地面へと叩きつける。
「グゥッ!?」
颯天の投げた時の掛け声は置いておくことにして、そうして地面へと叩きつけられたレイヤルは、咄嗟の事に上手く受け身を取れず、背中を襲った衝撃と痛みののあまりうめき声と共に力が緩み剣が手から零れ落ちた瞬間、颯天はその剣を掴み、顔の目の前で剣を止める。
「剣の腕はそこそこ、だが接近された際の対処はまだまだだな?」
「クッ!」
目の前の剣をと颯天の顔を見て騎士は悔しさと苛立ちの混じったに顔を逸らした。
颯天と騎士の、その様子を見れば、颯天は相手の顔の前で剣を止めており、一方の騎士はもはや防御も、逃げる術もなくそれは誰から見ても勝者が明白だった。
「勝者、ハヤテ殿!」
ロイによる颯天の勝利を宣言する事が聞こえ、颯天はやれやれ、と手に持っていた剣を闘技場の地面へと突き立てると、騎士の方を振り返る事無くそのままニアと伏見、そしてアルレーシャの待つ方へと歩き始めつつ内心で溜め息を吐いていた。
(やれやれ、これは何か奢って貰わないと割りに合わないな)
その時の騎士がどのような表情を浮かべているか等、興味が無いというかのように。それ故に気が付かなかった、颯天が倒した騎士、レイヤルの眼に何処か仄暗い色が宿っていたという事に。
勝利し、伏見とニア、そしてアルレーシャの待つところに向かっていると駆け寄る様にして最初に颯天に話しかけてきたのは、アルレーシャだった。
「助かったぞ、颯天! これでしばらくの間、少なくとも颯天がルナに滞在している間は大臣たちから見合いの話が来ることは無いだろうからな」
本当に感謝しているのか、それとも先ほどの模擬戦に関して興奮しているのかは颯天は咄嗟に判断できなかったが、それでも目の前で喜んでいるなら良いこと思いながら予想が当たったか、と内心で思いつつ後ろを見るとまたやられた! と言った表情を浮かべていたことに苦笑いを浮かべながら自分の確信を得たので口を開いた。
「あ~、やっぱしそう言う事なのか?」
「やっぱりという事は、感付いていたのか?」
「まあ、
そう、颯天は模擬剣を使った戦いの最中、騎士の視線がちょくちょく自分ではなく見ているアルレーシャに向いているという事に気が付いていた。そして、ロイから頼まれた、先程の模擬戦、そして模擬戦とはいえ戦いの最中騎士の視線がアルレーシャへと向いていたという事と、最後にアルレーシャが女王であるという情報を統合すると、答えは至って簡単だった。
「要するに、あいつは大臣たちがお前の事を思って縁談を進めてきた貴族の子息の騎士ってところだろ?」
「ロイからは最低限の情報だけしか伝えられていないはずなのに、よく答えに辿り着いたな?」
「なに、至極簡単だったよ」
アルレーシャは本当に驚いた表情を浮かべていたが、一方の颯天は簡単だったと豪語した。もしこれが颯天以外の者であったらアルレーシャも疑惑の眼を向けたが、完璧に今回の騒動の原因を看破している颯天に驚くほかなかった。だがそこは王であるアルレーシャ、どうにか落ち着きを取り戻す事に成功し、区切りの為に咳払いをした。
「さて、せっかく城に来てくれたのだ。いつまでもここ(練兵場)と言うのも申し訳ないからな、私のお気に入りの場所に連れて行こう」
「ああ。出来れば軽い軽食なんかも頼めるか? 流石に体を動かしたせいか、腹が減ってな」
そう、一応朝食を食べた後のタイミングでロイが来て城へ来てもらえないか、と言われそのまま今いる練兵場に連れてこられての先ほどの模擬戦だったのだが、流石に体と頭を使った事で小腹が空いてしまったのだ。そんな颯天のその言葉を聞いてアルレーシャは思わず呆気にとられた表情を浮かべた後クスっと笑みを浮かべた。
「ああ、それなら城の者に頼んでおこう」
「いえ、それならば私が伝えましょう。陛下は彼らと共に先に行かれてください。」
「ロイ?」
そこでアルレーシャに声を掛けてきたのは、先程の模擬戦で審判をしていたロイだった。だがアルレーシャはロイにそのような事を任せるのに難色を示した。
「しかし、騎士であるあなたにそのような事を頼むのは」
「いえ、今回の事は元は私が陛下に提案したものです。巻き込んだ事に対して、彼には誠意を見せなければいけませんからね」
失礼します、そう言い頭を下げるとロイはアルレーシャが止める暇もなくそのまま練兵場から出て行ってしまった。恐らく厨房に軽食などの依頼をしに行ったのだろう。
「…では、我々は先に行っておくことにしましょうか」
「ああ」
颯天達にそう言うと颯天達を先導するようにアルレーシャは歩き始め、颯天はニアと伏見に向けて頷き、そしてその時僅かに視線をその後ろに向けていたという事に誰も気づくこと無く颯天達はアルレーシャの後を追い練兵場を後にしたのだった。
場所が変わり、王宮内の会議室では颯天達がアルレーシャ秘密の場所に向かっている頃、颯天と騎士との戦いを見ていた話しあっている者達がいた。
「では、これより、アリアの婿にあの男が相応しいか会議を始める」
会議の議題はともかくとしてその者達、大臣達は真面目な表情で頷くと先ほどの模擬戦を踏まえての会議を始めた。そのなか最初に口を開いたのは自身も剣を振っていた過去を持つエスペラトだった。因みにアリアとはアルレーシャの愛称である。
「ふむ、剣の腕では若手の騎士達の、貴族の子息の中でも有望なレイヤルの剣を初見で完全に見切る男か」
颯天と騎士レイヤルと決闘を魔道具により投影されたリアルタイム映像をみたエスペラトは颯天のその実力に驚いていた。そんな中ジルドも口を開いた。
「やれやれ、あれで本気では無さそうであること、誠に恐るべし、じゃな」
そんな中、エスペラトの言葉を遮るようにロジェアも自身の意見を述べる。
「じゃが、あの者を姫は好いているように見える。もしあの者が姫の婿となるのであれば、この国も安泰とは言えるのではないか?」
それは颯天と接し方から見て言える意見だった。普段のアルレーシャであれば信頼していない人間であればあのような接し方をしないと分かるからこそ言える意見だった。そしてロジェアに同意するかのように頷いた。
「左様。じゃが強い力を持つ者は時として不幸を招く場合もあるからのぅ。更にあの者達の素性も掴めていないのであろう?」
そう、大臣達は間違った判断をして国に、そして孫のように思っておるアルレーシャに傷を着けないために颯天達の情報を集めていた。だがどれ程情報を集めようとも、アスカロ王国より以前の情報が全くと言って良いほどに途切れていたのだ。それはまるで、突然この世界に現れたかのように。
「あの者は、つい最近召喚された勇者様と関係があるのではないか? 勇者様と共に召喚された者達もそれぞれ強大な力を持っているとの情報持っているあるのですから」
ジルドが言ったように颯天、そして仲間である猫人族、白髪と耳と尻尾を持つ少女の足跡が確認されたのは颯天が受けたクエストで助けた少女で、その賞与と出会ったのは勇者召喚以降で、妙に符号が一致していたのだ。だがそれでも気になる部分は出てくる。
「じゃが、あの者の職業は錬金術師と聞いておる。生産職であれほどの力を持つ者は過去におるか? 更にあの者は冒険者じゃ。並大抵の事では周りが騒ぐであろう」
「「「‥‥‥」」」
エスペラトが、いやこの場に居る全員が感じた、その最大の疑問点こそ、颯天の職業とその実力の差がチグハグだった事だ。確かに生産職の者でも高い実力を持つ者は居るが、そのなかでも颯天は特に異質だった。召喚された勇者達でさえ、未だに自身の力に振り回されているという情報もある。だが、颯天にはそれが無い。
そして、更に颯天が冒険者であるという事は、かなり厄介な点だった。貴族たちから見れば冒険者は荒くれ者という印象が先行しており、そのような男を女王の婿にすると反対が出るのは必然的だった。
「もし勇者様と共に召喚された者だとして、あれほどの戦いに慣れているとなるとなると向こうで何かしらの戦いや実戦に類するものを経験しているのかもしれないな。にして頭が痛いな」
エスペラトはあくまでも予想として颯天の事をそう評したが、あの者があれほどの力を持っている事は、あちらの世界で何かをしていたという可能性は否定できなかった。更に冒険者であるという事がエスペラトの頭痛の原因だった。そんな空気を少しでも払拭する為にロジェアは明かるげに口を開いた。
「だが、聞いた話によると勇者さまの居た世界は平和で、そのような経験をする事はないはずだがな? それと貴族を黙らせる言い手があるとも思いますが?」
「「‥‥‥‥」」
ロジェアのお陰で何処か重苦しかった空気は幾分か払拭されたが、まだ重苦しい空気は残っていた。そんな時だった。
「ふむ、それならばあの者に、かの迷宮に安置されている秘宝を取りに行かせるというのはどうだろうか?」
エスペラトの提案によって、先程とは違った意味での沈黙が辺りに降りたが、それは決して悪い物ではなかった。彼らとしてもあれほどの力を持っている男で、更にアルレーシャから信頼を得ているのであれば信じないわけにはいかない。だがエスペラトが提案したのは、確かに試すにしてはいい落としどころではあり、その場に居た全員が頷いた。
「‥‥‥そうだな。気にし過ぎていれば先に進めぬからな。よしそれで行くとするか」
「では、あの者への言伝の依頼は私の方より出しましょう」
颯天への言伝をしようと申し出たロジェアにエスペラトと他二人の大臣にも確認を取り了承してきたのでお願いすることにした。
「ああ、頼む。では、我らも仕事に戻るとしよう」
ロジェアが最初に退出したのを皮切りに四人はそれぞれ自分の仕事へ戻って行き、部屋には誰も居なくなったが、そんな誰も居なくなった部屋の中、気配を消して潜り込んでいた存在が姿を現した。白夜だった。
(ふむ、どうやら颯天の予想はあったったようじゃな。)
何故この場に白夜が居るのか、それは先ほどの練兵場に居る際に見られている事に気が付いていた颯天が何かよからぬことを企んでいる可能性も加味して白夜に情報収集を頼み白夜はこの場に居たのだった。
(じゃが、確かのあの者達に悪意はないようじゃから大丈夫じゃな。それにしても。)
白夜が先ほどから気になっているのは練兵場で颯天に負かされた若い騎士の事だった。あの時あの場に居た白夜以外誰も気が付かなかったが、白夜は直感的に察する事があった。
(あの騎士、まだよう分からんが、恐らく何かをするかもしれないのぅ)
まあ、その時はその時じゃな、とそんな事を考えながら白夜は実体化を解き、再び霊体となって颯天達の居る、アルレーシャのお気に入りの場所へと向かったのだった。
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