第6話 「ギルドと、厄介ごとの気配」


カヴァリナ皇国王都「ルナ」女王の座すイルミナス城の練兵場にて自身へと向かって振るわれる剣を避け、逸らしながら颯天はある事に頭を悩ませていた。


(どうしてこうなったんだろうな?)


颯天は今の状況、即ち。刃を潰してある模擬剣を使った決闘の最中だった。もちろんその様子を見ている中に伏見とニアもいる。


「ちぃえええああっ!」


「っと」


互いに剣で切り結んでいるこの状態にどうしてなったのかと二十代程の男性騎士の男の剣を回避しながら、颯天はその様子を見ている主従へと横目で見ると、アルレーシャ女王は何処か期待のかかった表情で、部下である蒼い騎士鎧を纏う男、ロイは颯天の視線に気が付いているはずなのに何処か他人事のようにその様子を見守っていた。その様子から案を出したのはロイではないかと颯天は予想していた。


(ったく、後で覚えていろよ。それにしても)


内心でそう言いながらも剣を捌き、今の事態に発展した、事の発端である出来事を思い返した。




「う~ん‥…はあ」


もはや習慣と化し、朝日が昇る同時に眼を覚ました颯天はベットの上で大きく伸びをし、部屋の中を見まわす。部屋には水差しやタオル、テーブルの上には果物と小さなベルが置いてあった。説明を聞いた時は驚いたが、どうやらちょっとした用事があった際にこのベルを鳴らすと宿の使用人が来るというモノだった。颯天からしたら必要かと思ったが、どうやら貴族も泊る宿なのでこのレベルの宿屋となれば当たり前にある機能らしかった。更に夜にベルを鳴らし、部屋へと来た使用人にお金を払えば夜伽の相手とする事が出来るという事も部屋へと案内してきた男に密かに颯天は教わったが、結果として一度もベルを使う必要は無かった。

何せ、ある程度は自炊も出来るので颯天にとってあってもなくてもあまり関係ないものだったからだ。そもそもからして三人部屋で女性が二人いる状態で夜伽目的で呼ぶのは完全にアウトだろう。さてそんな事はさておき。


この宿には颯天達を最も喜ばせたものがあった。それは、風呂だった。


風呂と言っても大量に湯を沸かし浸かるタイプではなく、熱した石に水を掛けて汗を流す事によって肌の表面の汚れを浮かべ、湯や水を掛けることでサッパリする事が出来る蒸し風呂、一種のサウナだった。確かにこの世界では魔法はあるのだがあまり風呂などが復旧しておらず、天然の温泉が湧く場所以外は濡らした布で体を拭くのが一般的だ。

まあ王族、貴族などに関しては大多数が個人で風呂を持っているらしく、それでもそれは金や権威があるから出来る事で、一般家庭また大抵の宿屋でも濡れた布で体を拭くのが常識だった。


別に悪口ではないが、確かにニアの家が経営している宿「安らぎの風」では濡らしたタオルで体を拭いていた。のだがそれに比べるとサウナとはいえ幾分かさっぱり感があるのは否めなかった。そしてそれに関しては女性陣の反応が特に蒸し風呂を知らなかったニアは特に顕著で、風呂から上がるとすぐに颯天の部屋を訪れたのだった。


「颯天さん! 蒸し風呂っていいですね! いずれに家の宿にも作りたいです!」


「ああ、そうだな。その場合水に強い材質の木を使わないといけないがな、伏見も(蒸し風呂に)入ってみてどうだったか?」


どうやらかなりのカルチャーショックを受けたニアは、風呂上がりの影響もあるのだろうが、全身が赤くなっていた。そんなニアを落ち着かせながら颯天はニアと一緒に、いや少し遅れて戻って来たもう一人のこの部屋の人間、伏見に話しを振る。


「うん。やっぱり体を拭くだけと比べると、良い。でも出来れば湯船に浸かりたいかな」


伏見もニアと同じく既に入ったらしく、肌を仄かに赤く染めた伏見も体を拭くよりは蒸し風呂が良いと言いつつもやはり一足先に入っていた部屋で寛いでいた颯天と同じことを感じたようだった。


「まあ、そうだろうな。風呂はやっぱり湯船だよな」


そんな事を伏見と話しているとニアが隣に来て頭を差し出してきたので頭を撫でながら颯天はこの宿にして正解だったと、この宿を紹介してくれたアルレーシャに内心で感謝した。

しかしそれと同時に、湯船いっぱいに湯を張った中に体を沈める感覚を知る日本人としては、少々物足りなさも否めなかった。いずれ湯を張るタイプの風呂、または天然の温泉に入る、という密かな目標を颯天はこの時立てたのだった。因みにこの時仄かに肌を赤く染め、使ったであろう微かに香る石鹸の匂いと湯上り独特の艶っぽさのあったニアと伏見に対して颯天は内心でドキドキしていたが、それを表に出すことは無かった。そのような事を容易く表に出す程甘い訓練を受けていた訳でも無かったおかげでもあったが。

そしてその後二階から一階の食事場で夕食を取り、その後颯天の部屋で少しばかり話をした後、颯天達は眠りに就いたのだった。


(ふう、やっぱりこっちの方が疲れは取れやすいな)


そう思いつつ、未だに寝ている少女二人を起こさない様にベットから降りると、颯天は手早く外していた装備を身に着けていきながら今日の予定を組み立てていく。

取り敢えず、今日一日は特に予定などはないのでギルドに顔を出してクエストを受けようかと大雑把に予定を組み立てていく。そうしている間に薄着の動きやすい服に着替え終えた。


「よし、それじゃあ、一走りしてくるか」


起こさない様に廊下へと出て一階におりて宿を出ると、颯天は街門へと向かったのだった。



さて、今更だがカヴァリナ皇国の最大の都市にして国の心臓部であるイルミナス城がある王都「ルナ」について説明しておこう。王都「ルナ」は城壁内部に街がある一種の城塞都市だ。王都の背後には高さ二十メートル以上ある山が存在しているが、斜面は絶壁に近いもので登るにも下るにも困難、ほぼほぼ不可能と言えるものだった。

また街中も街の中心に十字路に整理されており、十字路の北側にイルミナス城があり、西側が貴族や城に勤める重臣達の居住区画があり、反対の東側は一般市民の居住区画があった。そして南と城の一キロ手前までが商業区画で城に近いほどに高級な宿や酒場などが軒を連ねていた。そしてアルレーシャの紹介を受け、颯天達が泊った「月光亭」はルナでも屈指の高級宿屋だった。

そして颯天はそんな北側の商業区画から南、即ち武器や防具、薬草や治癒・魔力回復薬などの回復アイテムなどのまさに商いの区画に足を踏み入れていた。


「なるほど、確かに商売の街って感じだな」


そう言いながら歩く颯天の周りでは既に店の周りの掃除や準備を始めている商人と届いた荷物を荷台から降ろし店の中へ運び入れる作業を手伝っている少年達、そして武器・防具の店では既に炉に赤々とした火が灯っており、弟子と思しき少年が必要な鉱石を移動させ、砥石が消耗していれば交換するなど忙し気に動いていた。


「やっぱり活気が凄いな」


大雑把だが一通り準備に奔走する人の表情を見て颯天はそう判断した。そう判断したのには確かな理由があった。それは仕事に励む人の眼の輝きようだった。

人間は表情だけになく目の輝きによっても判断できる。颯天が一通り見た中で暗い眼をしている者は居なかった。それでも何処か疲れた様子の者も幾人かいたが、眼は寧ろやる気に溢れていた。


(どうやら、王としての才覚があいつ(アルレーシャ)にはあるようだな)


何となく、時折城を抜け出すのは市井の様子に意識を傾け、触れようとした結果だろうと颯天は思いながら商業区画を歩き続け、街門へたどり着くと門番に外に出る旨を伝え、街門の外へと出た。


「さて、始めるか」


そう呟くと颯天は早速走り込みから始めたのだった。


「何となく分かっていたが、凄いもんだな…」


いつものトレーニングを二時間ほどし終え、歩いて宿へ帰る頃には街全体起きており、出る前と比べると格段に喧騒が増していた。そして喧噪の間を縫うようにして宿に着いた颯天は部屋の扉を開けるとそこには既に準備を終えているニアと伏見が待っていた。


「お帰り」


「お帰りなさい、ハヤテさん!」


「ああ、ただいま。すまないが、少し待ってもらっていいか?」


「うん(はい)、大丈夫 (です)」


そしてニアと伏見に待ってもらい、体を拭いて綺麗にした後、その間待ってくれていた伏見とニアと一緒に食事場へと降り食事を取ることにしたのだった。


「さて、今日は昨日の夜に話した通り、一応ギルドに行って、クエストを受けようと思うんだが、問題ないか?」


「私は問題ない」


「私も問題は無いです。けど‥…邪魔になりませんかね?」


何処か不安げな表情でニアはそう言って来た。確かに最低限の護身が出来るように武器や体術に関して教えてはいたが、まだ不安なのは仕方がない事だった。


「ああ、大丈夫だろう。馬鹿が近寄ってきても払えばいいだけだからな」


「それは、私に対してもしてくれる?」


「当たり前だろ?」


伏見の言葉に笑みを浮かべながら颯天はニアが気に病まない様にそうなんでも無いように言うと伏見は嬉しそうに猫耳を動かした。実際ニアや伏見に手を出すような輩がいれば、少々痛い目に合ってもらうという事は確定しているので、出来ればそのような輩(バカ)が出ない事を颯天は祈るばかりだった。

今日の予定などを離している間に朝食もほぼ食べ終えていたので颯天達は食後にお茶を飲み終わった後、荷物の最終確認をして宿を出た。向かうのは南の商業区画のにある冒険者ギルドだ。


「やっぱり、朝でも凄い活気」


「そうですね。それに人もこんなにいるなんて、驚きです」


「確かにな」


ニアと伏見の言葉に返事を返しながら颯天も改めて周りを見る。戻る時に見た時と比べると格段に人が通っており、頻繁に荷馬車も通っていた。そして道すがらに露店や店を見ながら歩いていると目の前に冒険者ギルドが見え始めた。


「あ、あれじゃないですか?」


ニアが指差す先には壁などは石で、それ以外は木で作られた二階建ての建物があり、今も建物から三人の男が出てきた。男達の編成剣や鎧、盾を持っている厳つい感じの奴が前衛、皮鎧を身に付け、弓と腰に短剣を帯びている中衛、そして最後に杖にローブと、如何にも魔法使いの装備をした男と、むさ苦しい組み合わせのパーティーだった。しかしそんな事はどうでもよく、彼らが建物から出て来た様子から見て彼処がギルドであるのは間違いないだろう。


「よし、それじゃあ、手早く済ませてから、軽くクエストを受けるか」


この世界に召喚され、金が必要になると判断して幾つかクエストを達成し、金を手に入れたがそれほど使う機会事態が然程無かった為にかなりの額の金が貯まっていたが、それでも、いづれ必要になるかもしれないと今は取り敢えず貯める事にしているのだった。金と云うものは、貯めるのは難しいが、無くなるときは湯水の如くなくなっていくものだから貯めれるときは貯めておく方がいいと颯天は知っていた。

それを防具の修繕や薬品の購入によって幾度と無く実体験しているからこそであった。


「うん。お金は必要」


「そうですね。お金は幾らあって困る物じゃないですからね」


そして、その颯天の考えを理解している伏見とニアからの同意を得て、颯天達は、ギルドの中へと入り、手続きなども颯天が銀ランクであることと、何よりアスカロ王国のギルドマスターであるレオン・ギルディシュ直筆の紹介状のお蔭で予想した時間よりもごく短時間で済んだのだった。そして、現在ギルドマスターが不在だった為、レオンから紹介状と一緒に渡された手紙も受付嬢に渡すことを依頼し終え、そのまま依頼が張り出されている場所へと向かい、颯天達は依頼を吟味し始めた。


「さて、ニアにとっては初のクエストで初の実践だからな」


「うん、今回は取り敢えず洞窟関係は除外して、平地か森が良いと思う。森なら注意力や索敵が、平地なら広い視野で回りをみて、判断力を鍛えられると思うから」


「そうだな。それじゃあ、これにするか」


伏見と相談した結果、手早く済み、手頃な、ニアに実戦の経験や雰囲気を感じさせるために選んだのは最近繁殖し、人を襲い始めた狼の討伐で、颯天達は三人のパーティーで登録しそのまま出発したのだった。



一方、颯天たちが狼のに討伐に向かった頃、イルミナス城では女王であるアルレーシャが頭を悩ませていた。


「う~ん、一体どうしよう‥‥」


アルレーシャが頭を悩ませている理由、それはアルレーシャが巨大な橋の「パーシェス」の上に作られた都市ミールに居た原因でもあった。それは早く婿を取れと周囲が急かし、貴族たちが我が息子をとばかりに婚約者へと進めてくる事だった。それは王女の時もあったが、女王となって以降それはより顕著になり、今頭を悩ませているのもまた婚約者を貴族たちが今日も婚約者をと進めて来る事に対してどのように断るかという事だった。


「陛下、お時間宜しいでしょうか?」


そんな時、ドアがノックされ、聞き覚えのある騎士の声が聞こえた。


「ロイか。入っていいぞ」


アルレーシャはまだ仕事には早い気がしたが、それでも信頼しているロイだからこそ、自身の私室に入る事を許可した。


「失礼します」


ドアを開け、一礼して部屋に入り、再びドアを閉める。その仕草一つ一つが洗礼されており、正に絵本にあるような騎士のようだった。


「頭を悩まされているのは、やはり例の婚約者、婿を早く取れという貴族や大臣たちの事ですか?」


「ああ、まあお前には分かるか」


部屋に入って来たロイにアルレーシャが何の用事なのかと尋ねる前に単刀直入に尋ねてきてアルレーシャは思わず苦笑を浮かべ、素直に認めた。


「確かに、私は王であり、騎士であるが女だ。それに大臣たちも悪気があって私に結婚や婚約者を進めて来ているのは無いのだろう。孫や娘のように感じている私にちゃんと女としての幸せを得てほしいという願いからやっている事は分かっているからな」


「下手に断ると波風が立ちますし、尚の事、断れないという訳ですね」


「そう言う事だ」


ロイの言葉にアルレーシャは困ったものさ、と頷きを返す。そう、だからこそ波風を立てない方法がないかと今日も貴族の子息の紹介があるアルレーシャは朝から頭を悩ませていたのだった。


「では、陛下このような案はどうでしょうか?」


そんな中、ロイはある腹案を掲示し最初こそアルレーシャは首を傾げたが、ロイは昨日あった女王自身も信頼できるある少年を巻き込んだ、現状を打破・解決する腹案を話を話し始めた。


「むう、確かにそれならば解決しそうだが‥‥しかしあの男をこの事を彼女らは了承するだろうか?」


「大丈夫です。そちらに関しては私が説明しますので」


「分かった、その案で行こう」


アルレーシャの了承を得たロイは部屋を辞した後、すぐさま動き始めた。その結果冒頭のように颯天が巻き込まれ、実戦形式の決闘をするという事態になったのだった。

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