第4話 「王都までの道のり」
アスカロ王国とカヴァリナ皇国に跨る全長十キロに及ぶパーシェス(と名付けられた)橋の上に作られた街、ミールを渡り切り、現在颯天達はカヴァリナ皇国側の整地された道を女王を迎えに来ていた騎士は、女王と一緒に歩いていた。そして御者台の上では蒼い騎士鎧を身に纏い、優し気な雰囲気が似合おうであろう青年騎士は同じく歩いている女王を仕方がないとばかりに苦笑を浮かべており、その原因はやはりと言うべきか、颯天達と一緒に歩く、麻の服にスカート、その下にズボンを履いている事、そしてまるで人形のような儚さと美しさを併せ持っている事を除けば町娘と見えなくもない少女が歩いていた。そしてそれを見て颯天は改めて感じた事があった。
(確かに、ローブを脱いだら目立っただろうな)
そう思いながら見ていると臣下としての務めなのか、青年騎士は隣を歩く女王へと問いかけた。
「陛下、本当にこのまま城へと戻るおつもりですか? 言えば民草も馬を貸してくださりますが」
「いえ、わざわざ馬を借りるまでもありません。それに今はこの者達が歩いているこの状態が私は好きですので。」
自らの身を案じた臣下からの忠言に対し、青年騎士が忠誠を誓う、カヴァリナ皇国の騎士王にして女王であるアルレーシャ・D・ペンドラゴンはにべもなくその忠言を却下し、それに対して青年騎士は引き下がる。しかしこのやり取りはミールを出発して今日に至るまの五日の間に五回ほど(一日一回)繰り返されていた光景だった。
(まあ、部下にそれだけ忠誠を誓われるほどに慕われているのだろうな)
その様子を見ながら颯天は隣を歩く少女騎士王を見て、お前も苦労しているな、と青年騎士へと眼を向けるとやはりと言うべきか苦笑を返してきたが、颯天にはその中に僅かに微笑ましく、そして眩しそうに隣を歩く自らが使える王の背を見ている事に気が付いていた。そんな中、颯天の後ろで時折服風に気持ちよさげに耳と尻尾を揺らしながら伏見が口を開いた。
「ねえ、あとどの位したら王都に着く?」
ミールを出発し、歩き始めて今日で五日目で、そろそろ人の手が余りついていない自然の景色に飽きが来たのか、そんな事を尋ねた。伏見にとっては確かに颯天と一緒に旅が出来る事は楽しいのだが、風景があまり変わらないのは、流石に退屈だった。
「そうですね‥‥‥このまま行けば、夕暮れまでには王都の一つ前にあるそこそこの規模の町に着くと思います」
「だって、ニア、大丈夫?」
「は、はい、大丈夫です!」
青年騎士の言葉を聞き、伏見の顔に少しだが、活気が戻り、隣を歩くニアへと尋ねると、眼に見えて疲れが出始めているニアが気丈に返事を返したが、その返事の声音には隠し切れない疲労が混じっていた。
(まあ、無理もないか)
幾ら宿で働いていて体力があるとはいえ、慣れない旅だ。今のニアは常に気を張り巡らせている状態で、今のニアは確かに休憩はしているが本当に体を適度に休めておらず、相当の疲れが溜まっており、適度に休息を挟み、その都度伏見の仙術で体の治癒、回復能力を回復させていたが、それでも限度がある。度が過ぎれば体に悪影響を与えかねなく、結果気休め程度の回復しか行えていなかった。そしてニア自身が気丈に振舞っているので下手な気遣いは出来ず、結果現状は、歩調を落とす程度の事しか出来ていなかった。
(材料を集めて移動用の乗り物でも作るか?)
今も、自分から疲れたと一言も口にしないニアが少しでも楽になる様に颯天は車やバイクなどによる何らかの移動手段が必要かもしれないと考え始めていた、その時だった。ニアの体がふらついたのは。
「あ」
「っと、大丈夫かニア?」
「あ、ありがとうございます‥‥颯天さん」
しかしニアが倒れ込むという事態は颯天が咄嗟にニアを支える事で避けられ、しかしこのまま歩いてはニアの体に更に負担をかけてしまうと颯天は判断した。
「少し疲れたな…悪いが、いったん休憩を取りたいんだが、良いか?」
「うん」
「そうですね、焦っても仕方がないですから。いいですね、ロイ?」
「はい、適度な休憩も大切ですから」
少しばかり大げさに颯天が言うと周りも同じ意見だったのだろう特に反対もなく、それから颯天達は道から少し離れた場所で一旦小休憩を取る事にした。そして各々自分なりの休憩に入る中、ただ一人ニアだけは何処か暗い表情を浮かべている事に全員が気が付いていたが、その事に言及する者はおらず、五分ほどの休憩の後、再びカヴァリナ皇国の皇都目指して再び歩き始めた。
そしてやがて時間が過ぎ、辺りが暗くなり、颯天達は幾分か表情が明るくなったニア手製の(材料は颯天のポーチの中から出した)、旅をしているにしては豪勢な夕食を食べた後、食後の休憩と何気ない話をした後、それぞれが草の上に横になり眠りに就いた。その中には騎士王にして女王であるアルレーシャの姿もあったが彼女も草の上に寝る事を特に気にした様子もなく眠っていたが、その寝姿ははっきりしており育ちの良さが伺えた。そして火の番は凡そ五時間で、先に寝ていたロイが起きて颯天と交代するという事になった。当初、というより旅初日の野宿の時に伏見とニア、そしてアルレーシャも番をすると言っていたのだが、そこは女性である事と、健康に良くない事、そしてもしもの時に戦えないと困るという事を説明し、女性陣は渋々(アルレーシャは特に)納得してもらった。
そして颯天の後の火の番をする騎士のロイは彼女、アルレーシャの護衛がいつでも動く事が出来るように剣を抱くようにして眠りに就いていた。
そして火が絶えない様にあらかじめ集めておいた枯れ木を火にくべながら、一つの影が近づいて来ている事に颯天は気が付いていた。その影が誰なのかも。そして隣へと近づいてきた影に、その人物に尋ねた。
「‥‥‥眠れないのか、ニア?」
「‥…はい」
颯天に声を掛けられ、返事を返したのは、伏見と一緒に寝ているはずのニアが立っていた。伏見が寝ている方へと視線を向けるとそこには毛布を掛けて眠っている伏見の姿があった。どうやら伏見を起こさない様に抜け出して来たようだったが、颯天はある事に気が付いていた。
(伏見、絶対起きてるな)
何故なら、【霊眼】を持つ颯天からすれば昼も夜も然したる違いはなく、そして見える限り、伏見の頭に生えている猫耳が先ほどからピクピクと動いていた。この数日の旅で伏見が本当に眠っている時は耳がほとんど動かない事を颯天は知っていた。だからこそ伏見が狸寝入りしている(猫なのに狸とはこれ如何に)という事に気が付けたのだった。だがそれでも何故ニアにそれを気取らせずに眠ったふりをしたのか、それは日中での小休憩の際に誰もニアに声を掛けなかった事も関係していた。何故なら今のニアに対して最も適任の人間がいる事に全員が気が付いており、休憩がてら周囲の警戒をしている方が良いと判断したからだった。
そして良く見ると、その表情は日中のがぶり返したのか暗く、俯いているニアに対して颯天が声を掛ける。
「まあ、眠れないのは仕方がないな」
「ハヤテさん‥‥」
「でもまあ、立ったままってのはあれだからな」
取り敢えず座れと颯天は言いながらニアに座る様に促すとニアも特に何かを言う事もなく静かに颯天の隣に腰を下ろし、静かに時折乾いた音を立てる火を見つめていた。そんな中、颯天は口を開いた。
「やっぱり、着いて行くだけでも大変か?」
「ハヤテさん‥‥ごめんなさい。ご迷惑を掛けて。」
「いいさ」
その言葉には、ニアを何処か労わるかのような声音で、それを聞いて逆にニアは誤ったが、颯天は気にするなと優し気に言葉を返すと、今度は少しばかり踏み込んだ質問をした。
「それで、体の方はどうだ?」
「‥‥‥‥かなり疲れてます。正直に言えばもう歩くのが辛いというのが本音です‥‥」
周りが寝ている事で、実質颯天と二人っきりである事からこそ漏らせた本音ニアはを呟いた、情けないですね、と自嘲気味な笑みを浮かべ、そんなニアを颯天は横目で見ながら、誰に言うまでもなく口を開いた。
「なあニア。俺の国には諺って言う言葉があるんだ。」
「ことわざ、ですか?」
「ああ。所謂先人からの忠告みたいなもんだな」
「忠告‥‥‥例えば、この先に何かがあるから気を付けろみたいなお知らせって事ですか?」
興味惹かれ不思議そうに首を傾げたニアに颯天は頷きを返す。
「ああ、その考えで間違っていないな。それでその中にこんな諺があるんだ」
「それはどんなことわざなんですか?」
「ああ、「
「今の私は、焦っていると、ハヤテさんは言いたいんですか?」
「まあ、それもあるんだが、俺が言いたいのは別の事だ。」
焦るニアに対して颯天は諭すようにと目線をニアへと向け後、颯天は燃える焚火に眼を向けながら更に言葉続ける。
「確かに、今のニアは焦っているかもしれない。だがそれ自体は悪いとは言わない。でも焦って近道を選んじゃいけない、そう言いたいのさ」
「でも、それじゃあ、近道をしないと私はお二人に追いつけないじゃないですかっ」
それはまるで、例えるならば周りの友達は簡単に問題を解いてしまっているのに、自分は未だにその問題を解くことが出来ずに置いてきぼりにされていて、その状態を抜け出す為ならば盗み見てまで追いつきたい、一緒に居たいという思いがあった。そしてその
「あいたっ!?」
「少しは落ち着け」
のではなく、ニアの額に軽いデコピンを放ち、一方いきなりデコピンをされたニアは少し赤くなった額を抑えながら颯天を見た。
「別にな、俺と伏見に追いつきたいという事に関しては悪いとは言わないが、俺と伏見と同じように強くなりたいという事に関して、俺はニアには似合わないと思うんだ」
「それは、どういう意味ですか?」
唐突な颯天の言葉にニアが尋ねると颯天は何処か困ったような表情と視線を動かした後、悪戯を見つけた子供のような表情を浮かべた。
「その答えは、ニア自身が見つける事だな。」
「私自身が」
「ああ、そうすれば自ずと答えは見つかるだろうさ。ああ念の為にヒントを出しておこう」
颯天のその言葉にニアはオウム返しに尋ねた。
「ヒント、ですか?」
「ああ、取り敢えず助言とでも思えばいいさ」
そう言いながら焚火に枯れ木を放り込むとパチパチッと乾いた音が静かな空気を揺らす。
「何事も、その答えは割とすぐ傍にある、と言っておこうか」
「答えは、すぐ傍に‥‥‥」
そんな颯天からのアドバイスを内心で反芻していると視界の端に鎧を纏った影が映った。騎士であるロイだった。
「申し訳ない。先程から目が覚めていたのですが、何やらお話をさていていた用でしたので」
「ああ、話自体は終わったからな。」
何処か申し訳なさげにそう言ってきたロイに颯天は気にするなと言葉を返すと立ち上がった。
「さて、それじゃあ火の番を頼む。俺も寝る事にするよ。ニアも、もう寝た方が良いぞ?」
「はい、って速い!」
言うが早いか、颯天は自分の毛布に包まるとすぐに寝息をたて始めた。颯天と話した事と頭を使った事で程よい疲労感を感じたニアも火の番を始めたロイに頭を下げた後、伏見の元に戻り、毛布の中へと潜り込むと、颯天と話す前は、疲れていても全く寝付けなかったが、今度は颯天もかくやというほどの速さで瞬く間に眠りに就き、「ミール」を出発しての今日までの中で、最もぐっすり眠れた夜だった。
そして、よく眠れたこともありニアの調子も上がり、歩調が上がった颯天達一行は、翌日の昼頃に、颯天達はカヴァリナ皇国の皇都に到着したのだった。
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