第3話 「カヴァリナ皇国への道中3」
はむはむ、それは颯天が購入し、手渡した串焼きを食べているローブの女を表現した言葉だった。
「で結局、単に金を持っていなかったんだな?」
颯天が尋ねると食べる手は止まらないながらもローブに包まれた頭が上下し、その様子を見て思わずため息を颯天は吐いた。
何せ、串焼き屋の店員とあわやトラブルになりかけているのを見て仲介に入った時、ローブの女の腹から可愛らしい音が聞こえ、思わず颯天は音のした女を見ると、恥ずかしかったのか、ローブの女は視線を横に逸らしていた。
そして先に述べた様に、確認するとローブの女は金を持っていなかったので仕方がないと颯天は銀貨を取り出すと、伏見とニア、そして自分の分を除いた、残り七本の串焼きをローブの女に手渡すと、女は食べていいのかと尋ねるかのように頭を傾げてきた。
「ああ、気にしないでいいからさっさと食え」
ローブの女にそう言うと伏見とニアも食べ始めていた串焼きに颯天も齧り付き、それを見たローブの女も少し迷った後、串焼きの一つへと小動物のように小さく齧り付き、そして現在、最後の串肉を頬張り、飲み込むのを確認し、颯天は目深に、そして体を隠す様にローブを纏う女へと尋ねる。
「それでお前は、金も持たないで一体何をしていたんだ?」
「‥‥‥‥この橋の上で暮らす市井の様子を見たかったのです」
「へえ、そりゃ大層なことだ。【
そう言葉を返しながら颯天は手に持っていた火遁【
「貴方は魔法を使えるのか?」
「まあ、魔法とは少し違うがそのような
「そうですか‥‥‥」
視線から、驚いている事が分かっていた颯天は事前に用意していた言葉を返すと、ローブの女は何かを考えているのか、石畳へと視線を落とした。
「さて、それじゃあ俺達は行くが、また同じように店の前に立つなよ?」
何となく、面倒な空気を感じた颯天はそう言うと視線で行こうとニアと伏見に伝え、その場から立ち去ろうと最初の一歩を踏み出そうとしたのだが。
「すみません、少し待っていただけませんか?」
一歩を踏み出す前にローブの女に声を掛けられてしまい、逃げ出そうとする事が出来なくなった。
「まだ何かあるのか?」
その結果、颯天の視線と声音に若干の不機嫌な感じが混じったとしても、伏見とニアが思わず不審な目でローブの女を見る事になったとしても、仕方がない事だった。
「はい、見た感じ冒険者と思われる貴方、いえあなた方に尋ねたい事があります。」
「「「尋ねたい事だと(ですか!)?」
「それ程驚かれる事ですか?」
何かしらの厄介ごとのような予想が出来ていた颯天はそこまでではないが、一方颯天だけかと思っていたら自分達も含まれていた事に伏見とニアの驚きは颯天以上で、その反応を見てローブの女は不思議そうに頭を傾げていた。まるで驚くような事を言ったでしょうかと。
「いや、単純に関係ないと思っていた所にいきなり、意見を言ってくださいと言われると焦るだろ?」
「まあ、それはそうですね。申し訳ない」
颯天の説明でどうして二人が驚いたのかを理解したローブ女は素直に頭を下げて、それに驚いたのはニアと伏見だった。
「い、いえいえ。そんな事で頭を下げないでください。別に私達が驚いただけですから」
「うん。だから頭を上げて」
「ですが」
ニアと伏見に頭を上げるように促されるが、ローブの女はなかなか頭を上げようとせず、ニアと伏見はどうしようかと感じで見ている横でローブの女の様子を見て颯天はある事を感じていた。
(なるほど、見た感じ、このローブの女は一つの剣だな‥…)
自らが悪いのであれば素直に頭を下げ非礼を詫びる。言葉だけではなく態度でも示す。それはまるで一本の気高き剣のような在り方で、それはなかなかにプライドを持つ常人には出来ない事だ。まあ言い方を悪く言えば頑固とも言えなくもないが。そこまで思った時そこでふと颯天の頭の中でかすめたものがあった。
(そう言えば、このローブの女の名前を聞いていなかったな‥‥‥)
そうこうと颯天が考えている間もローブの女はニアと伏見が頭を上げさせる為に説得していたが頭を上げる様子はなく、結果少しづつだが周りから注目を集めつつもあり、ニアと伏見はより一層困った表情を浮かべ、視線で颯天に助けを求めて来ていて、それに颯天は頷いた。頑固であるならば、謝罪の代わりをこちらから提案すればいいのだ。それに今更のように颯天は出会ってから名前を聞けていなかったのでこの機械に尋ねるのにいい機会だと颯天は未だに頭を上げていないローブの女に二人の代わりに尋ねる。
「なら、謝罪代わりに名前を教えてくれないか?」
「名前、ですか?」
「ああ、いつまでも名前を知らないままじゃあ不便だからな。謝罪の代わりに名前を教えてくれ。訳アリなら別に本名じゃなく愛称でも構わないからな?」
「‥‥‥分かりました。そのような事で謝罪となるのであれば」
このローブの女が何者かは分からないが、白夜の見立て通りならば剣の腕もかなり立つようだが、わざわざローブを目深く被っている事から何かしらの要因がある可能性も否定しきれなかったので、そう言うと、女ローブも颯天が自分に対して配慮してくれている事が分かり、更にこれ以上注目を集めるのは自分にとってもあまり良い事ではないと判断したのかようやく頭を上げると、颯天の腕を掴みいきなり裏路地へと走り出した。そしてその速さに思わず颯天も反応できず、伏見とニアは思わずといった感じで呆けていたが、すぐに追跡を始めた。
「ちょ、おま、何処に行く気だ!?」
「申し訳ないですが、人目の多い所では愛称であれ名と、私の姿を晒すのは少々まずいので」
そう小さく言うと、まるで付いて来てくださいと言わんばかりに、それでも伏見とニアが着いて行ける程度の速さを維持して裏路地に入って何度目かの角を曲がり、街道から離れた裏路地に入った所で女ローブは足を止め、同時に颯天の腕から手を離した。
それから少し遅れてニアはようやくといった感じで、伏見は疲れはなく追いついたという感じで到着した。
「はぁ、はぁ、はぁ、ハヤテさんを、何処に連れて行くつもりなんですか!?」
「追いついた」
ニアはどういうつもりなんですかと怒りを隠そうともせずに女ローブをジト目で睨んでおり、一方の伏見もニア程露骨ではないが、それでもいきなり颯天を連れて裏路地へと走って行った事に対しての怒りの炎が静か全身を包み込んでいた。がそれでもニア程露骨でないのは一重に颯天の実力を、幼い頃とは言え近くで見て、体感した事があり、何故颯天が抵抗をしなかったのかという疑問もあるお蔭でもあるのだろう。それでも、ちゃんとした説明が無いと伏見は到底納得しないだろう。例え強くても心配したという事実は変わりはないのだから。そしてどうにか呼吸を整えたニアは口火を切った。
「それで、一体どうしてこんな裏路地に来たんですか?」
「それは、あのような場所でこのローブを脱ぐと、私を探しに城から差し向けられた兵士達に見つかってしまう可能性がありましたので。それに‥‥‥…」
後半は限っては声が小さすぎてニアと伏見は聞き取れなかったが、颯天は唇の動きで何を言ったのかを把握していた。
(中立であるこの街に一国の王が来るのは外交的に拙いですから、か。)
その言葉で、あれほどまでにローブを脱ごうとしなかった訳に対して内心で納得していると、ローブの女は自ら被っていたローブを取り払うとした時だった。
(‥‥居るな。数は‥…五人か)
いち早く気配を察知した颯天に少し遅れて、伏見とローブの女は同時に周囲に現れた気配に対して、即座に戦う事ができるようにローブの女は腰の剣に、一方の伏見は全身に【気】纏っており、それは白い陽炎のように揺らしながら、ニアを守る様に立っていた。それは颯天に戦いに集中してほしいという気遣いでもあり、それに気が付いた颯天は頼もし気に頷き、ようやく事態を把握し、足手まといになっている事に歯噛みしているニアに対して颯天は焦るなと言葉ではなく視線でニアに伝えると、ニアも頷いて念の為、最低限に身を守れるように颯天が錬金術で生成し、渡した短剣を鞘から抜いて構えた。
ニアの持つ、見た目、作りこそ片刃で、その表面を並みがうねっているかのような模様があるも。それ以外はごく普通の短剣だが、この短剣には物を断つという理念のもとに作り出された日本刀と同じ技術が使われており、その切れ味は並みの剣より鋭く、並大抵の石や鉄であれば両断できるほどの切れ味を持っていた。しかし刃とは逆の反対側には逆に刃は一切無く、その代わりその面は幾つかの凹凸があった。それは相手の武器を受け止め、またはひねりを加える事で剣を破壊、または奪い取る機能を秘めた短剣、即ち、日本刀の技術と西洋の短剣の技術の集合体がニアの持っている短剣【アムレット】の正体だった。
そして二人は大丈夫そうだと判断した颯天は警戒しながら、いつでも剣を抜けるように柄に手を添えているローブの女に尋ねる。
「敵はあんたがさっき言っていた城からの刺客か?」
「はい、恐らくは」
「なるほど、なら殺さない方がいいな」
ローブの女の確信の籠った言葉に、それを確認して、颯天は腰に差していた剣を除いた旅装束が一瞬ブレると、それは黒い装束へと変わる。その様子にローブの女からの視線に驚きが含まれていたが颯天は気にすることなく腰に佩いていた【黒鴉】を抜き放つと、その音で気を取り直したのかローブの女も剣を抜いて構えた。そしてその構えは、確かに白夜が言ったように剣の扱いに慣れている事を示すかのように自然な動作だった。その動作だけでこのローブの女が相当な剣の腕を持っている事を分かったが、颯天はそれ以上にローブの女が手にしている剣に視線が吸い寄せられた。
(なるほど、ありゃ普通の剣じゃないな。)
その剣の作り自体は地球でも見る事のある十字架のような感じの西洋剣だったが、ただの業物であるならば颯天もすぐに目を離すことが出来ただろう。だがその剣はただの業物だっただけではなく、言葉に出来ない、長い年月を過ごした剣にのみ宿る特有の
(上から二、路地の奥から一、街道からは二か)
颯天達の上にある屋根から飛び降りて来る二つの影を視認、更に路地の奥の方から駆けて来る一の影、そして街道側方から二つの影を把握。その数は颯天が感じ取った気配の数と一致していたが、それでも警戒網を抜けている可能性も考慮して油断なく、警戒をしながら颯天はポーチから二つほどある物を取り出した。それは三センチほどの長さで、しかしその表面をよく見れば何やら液体が付着している針を頭上の二つの影へと呼ぶ動作なく投擲し、何かが飛んできたことを察知し二つの影は回避の姿勢を取るが浮いている状態で、二つほど適当に投げた様に見えて、その実、僅かな時差で更に二本の針を投擲し、最初を回避しても次弾は当たる様にして投擲した颯天からの攻撃に対して二つの影の回避は不可能だった。
「くっ!」
針の切っ先は鋭くとがっており、男(体格的に男と判断)が身に着けていたであろう鎖帷子の隙間を縫って刺さり込むが、二人の男は微かに苦悶の声を上げるも、すぐにその針を引き抜ぬくと二つの影は暗殺者からそれらに類する技術を持っていると確信通りで、そのまま地面へと音もなく着地し、伏見と颯天へと飛び掛かって来た。
「やっぱり、そう来るか」
そう言いながら颯天は一足に距離を詰めると、その腹部へと掌底を叩きこんだが、後ろに飛んでいたのか余すことなく衝撃を伝える事は出来きず距離を取られる。
「ハアっ!」
一方の伏見も、頭を蹴ることで頭を揺らそうと下目的にした蹴りを放ったが防がれてしまうが同じく距離を取らせる事に成功した。そして接近戦では分が悪いと判断したのか、今度は遠距離による攻撃を仕掛けようと腰に手を回したが、
「ッ!?」
しかし次に驚愕の表情を浮かべながら、そのまま前へ動くことが出来ずに倒れ伏した。
それでもすぐにまだ動く手を腰の小さなポーチに差し入れ、取り出した、何らかの液体が入った瓶を呷ろうとしたまでは流石なだったが、男たちが動けたのはそこまでで、瓶が地面を転がる音が微かに響く。
「安心しろ、ただの麻痺毒だ。死にはしない。それにしても相手が素直に分かりやすく投擲物を投げない事くらい簡単に予想、更に空中での回避も想定に入れて降りるだろ?」
そしてその様子に颯天は感心半分、呆れ半分の溜息を吐く。そんな颯天にローブの女が何処か苦笑気味に口を開いた。
「いえ、そもそも一切動きを感じさせずに投擲できる貴方の方が凄すぎます。」
「そうか?」
女ローブのからのツッコミに颯天はそう返したが、しかしすぐに自分が父親を基準に考えていたという事に気が付き考えを改めながら倒れ込んだ二人の男へと視線を向ける。
男達の服装はその恰好で歩けば恐らく怪しまれる事もなく街に溶け込めるであろう軽装だったが、よく見れば見えない場所に隠し、携帯が容易な短剣やら縄、ピックに何らかの薬品を染みこませたであろう布まである事に颯天は気が付いていた。
恐らく王族に連なるであろう女ローブを捕縛、また抵抗される事も想定し。連れ戻す事が出来るように送り込まれたであろう影の内の二人に対して颯天は思わずといった感じでため息を吐き、こちらを伺うようにして見ている影たちに声を掛けた。
「さて、それでどうする? お前らの仲間はこっちが拘束させてもらったが、まだやるか?」
「いえ、このままでは全滅させられかねませんので、剣を収めてもらえませんか?」
そう言いながら路地裏の奥から現れたのは腰に剣を帯び、蒼を基調とした騎士鎧を纏った金色の髪を刈り込み、鎧と同じ蒼瞳を持つ青年が立っていた。どうやら市民服を纏った男と女たちが下がっている事から彼らの上司のような人間だと颯天は判断し、伏見とニアに構えを解くように目配せ、伏見は【気】を、ニアは短剣を鞘へと納め、颯天も抜いていた【黒鴉】を鞘へと納める。
「なるほど。お前、カヴァリナ皇国の騎士だな?」
颯天は男が身に纏っている騎士鎧の左胸にある紋章がある事から、この男が騎士、それも上位の騎士であるのではないかと推測し、それを裏付けるように頷いた。
「ええ、私は女王陛下にお仕えする騎士の一人であるガ—ヴェルと言います。さて」
挨拶を終えるとガ—ヴェルと名乗った騎士の視線はやはりと言うべきか、ローブの女へと向いていた。
「さて、そろそろお仕事が溜まってきております。そろそろご帰還願えませんか、アルレーシャ・D・ペンドラゴン女王陛下?」
「「女王、陛下!?」」
「やはり、誤魔化すことは出来ませんか」
そう呟きながら抜いていた剣を鞘に納め、その様子をニアと伏見は驚きの視線で見ており、一方の颯天は先ほどローブの女が零した言葉を知っていたのでやっぱりか、と特に焦る事無く事の推移を見守る。
「もう少し、楽しめるかと思ったのですが‥‥‥」
その中で流石に白を切り通せないと諦めたのか、目深く被っていたローブのフードに手を掛け、脱ぎ去ると現れたのはまるで精巧な人形の整った顔立ちに、白磁の肌。そしてまるで金で編んだかのような光を浴びて光る黄金の髪、そして少し鋭い印象を与える眼に、湖のように澄んだ碧い瞳が路地裏に差し込んだ微かな光に反射した。その姿は例えローブを纏っていても隠し切れない存在感のある少女が、姿を現したのだった。
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