第17話 「追跡」
颯天と伏見は徐々に陽が落ちて来ている中、デュオスが撃ち込んだという針から発せられる波動は街の西の森から発せられており、それを元に魔族を追跡していた。その道中、颯天は別の、自分の体に関する事を考えていた。
(体は完全回復している。それに呪術を使用して直に気絶する事に関しては、まあ多少は成長したかな。まぁ姉ちゃんが見てたらまだまだだ、って言うだろうけど)
颯天に脳裏に浮かんだのは緋色の袴と純白の装束を身に纏った、何処か泰然としていて絵になるが、ひとたび微笑めばそれはまさに大和撫子のようだった
(俺は、もう二度と、あんな思いはしたくない)
大切な人を失った。世界が崩れ去るような崩壊と喪失感。あの時の事を思い出すと、今でも颯天の胸に焼けた鉄の棒を押し当てられているような痛みと空虚に襲われる。だが、今はそのような痛みも感覚も無かった。
(伏見のお陰かもな)
それは颯天の隣に居る、そして共に魔族の元へと向かっている猫の妖怪と人間のハーフである伏見のおかげでもあると颯天は感じていた。人は、例えどれだけの力を持っていようとも、
(もう二度と、同じ悲劇は起こさない。敵対する者は滅ぼす)
そんな決意を胸に颯天は走る脚に力を籠め、より一層早く駆けだし、伏見も隠していた耳と尻尾を出し、颯天に寄り添うかのように追随していくとやがて街を西に出て、少し走ると、そこにはさほど大きくはないが鬱蒼とした身を隠すのに最適な森が姿を現した。
「ここからか」
「この中に、魔族と連れ去られた子が?」
伏見からの問いに頷きを返しながら颯天は追っていた反応を見つける為に意識を集中した。颯天の霊眼は閉じていても意識を集中すれば格段に精度が増す。もちろんそれは眼を閉じていなくとも可能だが、目を閉じるという事は視覚からの情報が遮断されることによって脳の処理能力を上げる事が可能で、結果精密な索敵が可能となるのだった。
「‥‥入り口付近に反応はない。森の中心部に小さな反応が三つ、恐らく使い魔だろう。そしてその奥に特に大きな魔力反応がある」
「攫われた子の魔力の反応は無いの?」
伏見の声音には、攫われた
「いや、反応はある。だが気絶しているのか反応が少し弱いな」
それに気づき大丈夫だと目を開けた颯天は伝えると、この後をどうするかと悩んでいた。そんな颯天に伏見が声を掛けてきた。
「なら、雑魚は私に任せて、颯天は先に行って」
「大丈夫なのか?」
颯天は伏見を信頼していないわけではない。だがもしもと言う可能性も否定しきれないが故の颯天の問いだったが、伏見は大丈夫と頷いた。
「私、これでもかなり強い。大抵の敵くらいは問題ない」
そう言いながらまるでシャドウボクシングをするかのように拳を振る。ボクシングは関係ないが確かにその動きは素人ではない、無駄な動きも少ない事を示していた。
「分かった。雑魚の相手に関しては伏見に任せよう。だが念の為だ、白夜?」
「聞いておるよ。念の為にこの猫娘と一緒に居ろう」
「頼む」
颯天が白夜を呼び出したのは、伏見にもしもの場合があった場合、それに対応できる人物、この場合付き合いが長い颯天の考えを察せられる白夜が適任であった。
「しかし、お主の方は大丈夫か?」
「ああ、まあこの世界で初めての本格的な戦いだ。油断して死ぬなんて馬鹿なことはしない。それに何かあれば呼ぶさ」
「それならよいのじゃ。お主の命、誰が守ってくれたのか、忘れる出ないぞ?」
「ああ。分かってる」
姿を消しつつ颯天に向けての白夜から暗に死ぬなよと言う言葉に颯天は短く返し、恐らく待ち構えているだろう魔族の居る方へと目を向けた。
「くそっ、何故俺が人間風情にこのような!」
森の一段と奥まった、開けた場所にて豪奢な服を身に纏っていた男が立っていた。だが身に着けている服の端々は切り裂かれ、中には鋭利なもので貫かれた痕があり元の豪奢な服は無残の物となっていた。
「だが、まさか人間どもに見破られてしまうとは。俺の油断もあっただろうが、如何にしても勇者の力をここで削がねば、王の鉄槌が我が身に下されてしまう」
冷静さを少しは取り戻した男が恐れたような表情で口にする王とは、男の種族である魔族を統べる王【魔王】であった。男は新たに魔王となった少女の事を特に評価もせず、いずれ我らが傀儡となり果てると思っていたが、魔王の内からあふれ出す力と圧倒的な強者を前に、思わず自ら膝を折った。
もちろん、男と同じ他の上級、人間でいうところの貴族に当たる魔族達の中には膝を折らぬ者も幾人かいたが、その者達は全て消し滅ぼされた。後の者は皆、その力の前に屈するほかなかった。
そして、己に膝を付いた上級魔族達に、【魔王】はいずれ我が身を滅ぼそうとする【勇者】が現れる事を告げ、勇者を殺す為、各国へとそれぞれ派遣、潜り込ませていた。そしてアスカロ王国内部の貴族、アルバート侯爵の精神を喰らい体を乗っ取る事によって潜り込んだのが、ガイスト・フーリッシュだった。そしてこの世界に召喚される【勇者】は一人と聞いていたのですぐに特定は可能だった。
ガイストは当初の予定では連れ去り、洗脳した騎士団の仲間を使って勇者と殺し合わせる事だったのだが、【勇者】の他にもその友人と思しき人間が複数人召喚されており、またそれぞれに持っていたのでそれを利用しない手はないとガイストはその中の一人を攫い洗脳した。そして国王の指示で騎士団がギルドにクエストを出し、受けた冒険者と勇者、そして騎士団を一挙に壊滅する為に、まだ幼かったが最強と名高い【ドラゴン】と契約を結ばせ、更に魔犬と名高い三つの頭を持つ【ケルベロス】とも契約を結ばせた。
準備も整い、後は幕が上がるのを待つのみと言う舞台の上に現れたのは、ガイストが見た事もない黒装束を纏った、たった一人の人間だった。
「まさか、あのような人間が居るとは!」
ガイストは思わずと奥歯を噛みしめた。黒装束の人間は、洗脳した勇者の力を以て使役した最強の生物と名高い【ドラゴン】をあしらうかの如く、容易く相手をし、更にケルベロスをモノともしない力量を誇っていた。だが何よりガイストに屈辱を与えたのは、自分の施した洗脳がなんとでも無いようにして破られたことだった。それもちゃんと追撃も加えてだ。そしてそれによって計画は完全に破綻し、何より黒装束の人間が放った破魔の斬撃は、洗脳を施したガイストの元へとも届いており、斬撃に乗った破魔の力によりガイストは自分を捕縛、または討滅しようとした騎士団達から逃亡を余儀なくされたのだ。それは上級魔族であるガイストにとって屈辱以外の何者でもなかった。だが幾らダメージを負うともガイストもタダで逃げるつもりはなかった。その結果が、木に背を預ける様にして気を失っている少女だった。
「だが、如何に勇者やその周りの者の守りを固めようとも、力だけではなく肉体だけではなく精神までの守りがないのであれば俺の前では無駄であったな」
ガイストの家、フーリッシュ家に伝わる固有魔法は相手の肉体を乗っ取る、また直接精神を攻撃する【憑依】や【洗脳】と言った精神への直接攻撃、また傀儡とするのを得意とする固有魔法【
そして如何に過程が上手くいっていたとしても、結果が悪ければ【魔王】からの処罰が下るのは必定。故にそれを回避するためだけの材料、この場合は【勇者】への人質ともなり得る。そしてもし処罰が下らず、【魔王】が気に召さなければ、ガイストの傀儡としてその身を貪ろうともガイストは考えていた。
「やれやれ、随分と浅ましい考えをしているな、お前」
「貴様ッ、どうやって、そもそも俺の部下はどうした!」
「ああ、俺は素通りさせてもらったよ。今は俺の仲間に足止めをされている頃だろうな」
そう魔族の男へと言葉を返しながら颯天は極めて自然に木々によって光が遮られる中で魔族の背後、気にもたれかかるようにして気を失っている少女の姿を確認した。
「さて、それじゃあその子を返してもらおう」
「たかが人間が、この俺に向かって上から目線とは、とんだ命知らずが。【
嘲笑を浮かべながら二十センチほどの火の玉を魔族の男が詠唱なしに撃ち出してきた。それだけでかなりの使い手だという事は察せられ、それに応える様に颯天は右手を火の玉へと向ける。
「火遁
詠唱を省略した鍵句だけによる忍術の高速発動により颯天の手に出現した炎はまるで全てを飲み込み終わりへと誘う夜の様に昏い炎が疾り、ガイストの火の玉と衝突し、掻き消された。
「ならば「
驚きながらもガイストの次の動きは速かった。炎が飲み込まれたのであればと次は見えざる鎌鼬を撃ちだしてきたが、颯天に焦りはない。
「風遁
ごく自然に颯天が生み出したのは命吹き込まれし風が形を成す鼬が、鎌鼬をかみ砕き、そのまま止まらずガイストへと距離を詰める。
「土よ、我が護りと為せ「
ガイストが地面に手を着き、詠唱を終えると地面が隆起し、ガイストを護る壁となり、その壁へと風鼬がぶつかり、表面を幾分か削るがやがて風鼬は風に溶けるように消え去る。
「抜刀【一文字】」
そのタイミングで颯天は【黒鴉】を抜刀し、土の壁を横に両断する。現れたガイストは驚きの表情を浮かべながらも手早く後ろへと飛び退った。その動きに颯天は幾分か感心していた。
「へえ、思った以上に身軽なんだな。それに三種の魔法を扱えるか。そんな奴、そうそういないんじゃないのか?」
ごく普通にガイストに話しかける颯天に対して、ガイストは生半可な相手ではないと気を引き締めていた。その頬に浮かんだ赤い線からは血が浮かび出ていた。
「貴様、いったい何者だ!?たかが人間如きが、このような力を持つなど―――――な、き、貴様は―――ッ!」
目の前に立つ、赤髪の皮の鎧と鉄剣だけだった男の姿が滲み、霞の如く消え去って行き、現れたのは黒い髪、黒い額当てに黒い装束を身に纏う一人の、そしてガイウスの計画を破綻させた男。
「悪かったな。お前の力を図る為にちっとばかり幻術を使わせてもらっててな。まあそれはお前を逃がさない様にするためだったんだが」
そう、先ほどまでの颯天は相手から姿形を偽り、相手に誤認させる幻術【
「お前の力は、大体把握が出来た」
故に颯天は終わりだと告げる。
「本気で来い、そうでなけりゃ、早々に死ぬぞ?」
黒い颯天の瞳は酷薄気にガイストに宣告した。
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