第18話 「猫又の力」

颯天とガイストの前哨戦の少し前、伏見はガイストが颯天に言った使い魔、三体の下級魔族と戦っていた。


「そこっ!」


「グハッ!」


伏見の気を纏わせた掌底が角と黒い肌が特徴の下級魔族の腹部へと撃ち込み、同時にその体内へと気を送り込み、撃ち込まれた下級魔族は近くの木へと体を打ち付け倒れ込む。伏見が送り込んだのは【気】だった。そして伏見が魔族の体内に撃ち込んだ【気】は相手の魔力操作を妨害する為に撃ち込んだモノだった。伏見の母親は妖怪であり、人にも化けれる猫の妖怪の一種で、その中で特に数が少ないと云われている希少な妖怪【猫又】だった。【猫又】は肉体に流れる生命力、すなわち気を操作できる仙術、そして妖術を扱えると云われているが、伏見はハーフであるが故か、妖術は使えなかった。

だがその代わりに生命力、気を操る仙術には確かな才能があった。そして仙術が扱えるという事は戦闘に際して圧倒的な優位アドバンテージを得る事に繋がる。


「小娘が!」


仲間の一人が倒された事に逆上したのか、それともただの小娘だと自分が上だと侮っていた事に対しての怒りなのか、背後から伏見へと迫り、拳に炎を纏わせる魔法【炎拳フレイムナックル】で伏見を殴ろうとしたが、伏見は振り返る事無く、ごく自然な動きで、あらかじめ分かっていたかのように頭を少し動かすことで対処した。


「馬鹿な!」


自分の攻撃が回避されると思っていなかったのか、驚きの表情を浮かべ、しかし拳が空を切ったことで魔族の男の体のバランスが崩れ、隙が生まれたのを伏見は見逃す事無く、伏見はそのまま体を回転させ、勢いを乗せた【仙術】で気を纏わせた拳を魔族の脇腹へと容赦なく撃ち込み、下級魔族は先程の魔族とは違い、近くにあったそこそこの大きさの石へと勢いそのまま突っ込み、石は砕け散り二人目の魔族の男は石埃の中へと姿を消した。


「あと、一人」


そう口にしたその時、伏見は気が乱れるのを感じ取り、一歩後ろに下がり、目の前を何かが右から左へと伏見の髪を数本持って通り過ぎ、やがて木の幹を穿った。


「水よ集い、矢の散群となりて、穿て【水矢散穿ゲヴェーア・ヴァッサー!】


伏見は水の弾丸とも言うべきものが飛んできた方を見ると、そこには水の散弾とも言うべき大量のビー玉程の水球を魔法で作り出していた。


「くそ、くそ、くそくそくそっ、なんなんだよお前は!?」


悪態を突きながらも残った下級魔族は手を休めず、更に三つ同時に、次は五つと徐々に撃ちだす数を増やしながらも、伏見はまるで見えているかのようにその全てを回避していく。いや、伏見には実際に見えているのだ。【猫又】状態の伏見は自らの肉体を【仙術】によって強化されていた。伏見自身、猫の妖怪の血を半分程引いているので身体能力は遥かに高い。更にそこに【仙術】を持って自身の肉体を【気】で強化すれば容易くコンクリートの壁を撃ち砕く程の腕力と脚力を持つことが出来るのだ。


「なッ」


故に突然目の前に猫耳と尻尾を持った白髪の少女がそこに居てもおかしくはなかった。しかし先ほど二人の仲間がやられたのを見て下級魔族の男も学習していた。この少女の攻撃は全て近接、拳によるものだという事に。故に魔族の男は防御を選択した。先程水の矢を生み出したように、しかし今度は先ほど仲間がやられた胴体を中心に水による守りを固め、更に死角となる左へと飛ぶ。

それに要したのは、僅か数秒にも満たない僅かな時間。魔族の男も油断なく意識を張り巡らせていた。しかし、その直後、魔族の男の腹部にこれまで感じた事の無い、水の防壁を通り越し、直に殴られたかのような衝撃が襲った。それは突然目の前に現れた少女による攻撃という事は一目瞭然で、その一撃の重さは男の想像を上回っていた。


(意識が飛びそうだ‥しかし…これで‥‥!)


だが、魔族の男は自らを奮い立たせ必死に途切れかけた意識を紡ぎ、更に攻撃の直後故に背後へと意識が向いていないだろう少女に向けて先ほど全てを撃ち尽くす事無く辺りに隠し残していた水の鏃を少女の背後へと撃ちだした。その時、魔族の男は勝利を確信した。目の前の少女は気が付いていないのか振り返る事は無い。気が付いていないのだと魔族の男は勝ったと笑みを浮かべた。だがすぐにそれは掻き消された。


「な‥‥にぃ‥‥」


魔族の男は思わず目を見開いた。確かに水の矢は目の前の少女へと命中した。そのはずなのに、少女が苦悶の表情を、声を上げるという事は無く、どういうことだ、と魔族の男が考えるまでの刹那のタイミングで、今度は先ほどとは違った、水の守りは未だに健在だというのに肉体へと衝撃が襲い掛かり、魔族の男は今度こそ意識を刈り取られたのだった。そしてついぞ気づくことは無かった。伏見の背中が分厚い気の防壁に守られていたという事に。

そして、ガイストに使い魔と呼ばれた三人の下級魔族は伏見によって倒され、全員意識を失っている事を気で確かめ、気絶している事を確認すると溜めていた息を吐きだし、それと同時に伏見が纏っていた見えざる防壁が消え去り、伏見の体から溢れ出ていたオーラも落ち着いた。


「ふう、危なかった‥‥」


伏見は先ほどの、直前まで気が付かなかった攻撃を防ぐことが出来てよかったと安堵の息を吐いていた。あの時、伏見は背後に敵の攻撃が迫ってきている事に気が付かなかった。あのままであれば最悪は重傷を負っていた可能性もあったが。だが動物の勘とでも言うべきものに突き動かされ、咄嗟に背後へと気による防壁を展開し、攻撃を防ぐことに伏見は成功したのだった。


「私が怪我をすると、颯天が心配するかもしれないし。それで、どうかな?」


「うむ、そうじゃな。まあ取り敢えずは合格じゃな」


「良かった」


伏見からの問いに答えるように姿を現した白夜の言葉を聞いて伏見はホッと小さく表情を和らげた。さてここで白夜の合格とはなんなのか、それは颯天と別れた後、白夜が伏見に出した課題に対してのものだった。その内容は、白夜からの援護なしに、伏見一人で三人の魔族を相手にどれだけ戦えるか、等を白夜が採点していたのだった。そして、もし失格であれば白夜は伏見を颯天の旅へと同行はさせない。最低限の自衛手段が無いと連れてはいけないと白夜は颯天に言って、颯天も一瞬怪訝そうな表情を浮かべたがその事自体は、了承していた。

そして見事、合格を勝ち取り、これによって伏見は颯天と、長い間思い焦がれてきた少年との旅が出来る事が決まったのだ、その嬉しさは人一倍だった。しかし、それを見ながら白夜は言っておかなければならないことがあった。


「お主、最後の背後への攻撃、気が付いておらなかったじゃろ?」


「‥‥…」


伏見は何も言わなかった。しかしそれは否定ではなく、肯定であると白夜は理解していた。


「攻めておるわけでも、それで合格を取り消すような事はせぬから安心せい。じゃが、今回はお主の【気】の方が強かったお陰と、直感に助けられて魔法によるで傷を負うことなく倒せたが、それは運よく厚い氷の道を歩けたのに他ならない」


白夜は言う、今回は運が良かったのだ、頼りにしているといずれ薄氷を踏み抜いてしまうと。その言葉を受けて伏見は俯いたが、白夜はじゃが、と言葉を続ける。


「確かに、運を味方に付けるのも実力の内じゃ。だがの己の力を過信してはいかん。それは颯天とて、そしてわしですらそうじゃ」


「貴女ですら?」


「そうじゃ」


白夜の言葉の内容が伏見にとって意外な内容で、思わずと言った感じで伏見は白夜を見たが白夜が否定をする事は無く、むしろ肯定するかのように頷いた。


「幾ら力があるとて、己の力を過信をすれば、その隙を突かれてしまえばそれで終わりじゃ。それは誰であろうと、過去の歴史きろくが記しておる。また逆に過小評価するのもいかん。故に自分の実力をちゃんと把握することが大切なのじゃ」


「なるほど」


「それにの、わしの眼からしてお主はこれからまだまだ伸びる。じゃから焦る必要もない」


白夜の言葉に伏見は納得と頷いた。確かに自分の力が優れていると自らの力を驕り、また焦りは時と場合によれば取り返しのつかない事態になりかねない。だから焦らずともしっかり地に足を付けて強くなれ、と白夜からの応援に伏見は素直にお礼を口にした。


「・・・・そう言えば、気になっていたことが一つある」


「なんじゃ?」


「あなたは、陰陽師の歴史に名を残す程の霊孤のはず。それがどういう経緯で颯天と契約を交わしたの?」


伏見からの問いに思わず白夜は眼を細めたが、伏見が決して悪戯本位で聞いているのではないという事は眼に宿る真剣さからも伺えた。白夜は迷った。果たして伏見に颯天の過去にあった悲しい出来事を伝えて良いものなのかと。


「わしとご主人さまと契約を結んだのは、五年前の事じゃ」


だが、今説明しなくともいずれ颯天から明かされるだろうとも思ったが、隠すようなことでもないので掻い摘んで説明する事にした。


「当時、わしと契約を結んでおった女子がおってな。その者はわしと縁深い血筋の末裔であり、陰陽師としての才覚を備えておって、当代最強と云われるほどの陰陽師じゃった」


「じゃった、って事は」


「うむ、ある仕事で弟子であり、弟の様に可愛がっていた少年を庇い、命を落とした」


伏見の言葉を引き継いで言った言葉の内容に、今まさにその情景を思い浮かべているのか何処か悲し気な雰囲気の白夜に伏見はどのように声を掛けるべきか迷ったが、しかしそれを察したのか白夜の雰囲気はすぐ元に戻っていた。


「死にゆく中、その者は自分の代わりにその少年を守護まもって欲しいと告げ、わしは了承した。する笑みを浮かべながら眠る様に息を引き取った。そしてそれ以降、わしは今までご主人様と共に居るのじゃ」


白夜から語られた話に伏見は何も言えなかった。大切な人を亡くしているという事さえ、伏見には分からなかった。そんな伏見がショックを受けている事を見抜いたのか、白夜は優しく伏見の頭を撫でた。


「お主が気に病む事では無い。それにの、この数日、お主と、それとあの宿のニアと言う娘といるご主人様は楽しそうじゃった。確かにご主人様は辛い過去を持っておる。じゃがだからこそ、お主たちに支えてほしいのじゃ」


「私が、颯天を、支える?」


その言葉に伏見は顔を上げ、白夜は伏見へとほほ笑んだ。


「うむ、わしだけではなく、お主とニアと言う少女での。それに、お主たちが急がないのであれば、わしが頂くぞ?」


今の白夜は幼いが、しかしそれを置いておいても妖艶な、年上の女性独特の雰囲気が溢れ出す。


「ダメ。一番は私」


そして張り合うかのように伏見は白夜から眼を離さずにじっと見つめ、両者ともに妖艶だが、何処か寒々しい笑み、そして背後に白い猫と金色の狐の姿が浮かんだように見えた後、どちらともなく手を出し握手をした。


「まあ、それは脇に置いておくとして、よろしく頼むのじゃ。伏見」


「うん、よろしく白夜」


女同士だからこそ、同じ男を好いているからこそ分かる事もあるとばかりに硬い握手を交わす二人を颯天が見ていたら思わず首を傾げることは間違いが無かったが、こうして、伏見の初めての戦いは終わったと気を抜いた瞬間だった。膨大な魔力が辺りに嵐の様に駆け巡った。


「なに!?」


「‥…抑えていた魔力を解放したか」


伏見は驚いていたが、白夜はそれが颯天によるものだと魔力に含まれているのが怒りである事も理解しており、颯天のいる森の奥へと視線を向けた。


(恐らく、何かご主人様の勘に触る事でも言ったんじゃろうな)


そしてご愁傷さまと見えない敵へと心の中で手を合わせ、未だに驚いていた伏見に声を掛け、颯天の居る森の奥へと向かったのだった。

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