第14話 「ミュールの森」
「グラアアアァァ!」
「うるさいな・・、もう少し音量を落としてもらえないかな‥‥耳がおっと、少しは。、よっ!、っと話させてもほいっ、いいんじゃないかな」
伏見が命令に従い颯天を狙って鉤爪、ブレス、尻尾で攻撃してくるが、颯天は剣を使わず、鉤爪は手を刹那の僅かに添える様にして流し、ブレスは急加速する事でドラゴンの照準をずらし、尻尾は足捌きで作り出した残像によってドラゴンを撹乱しつつ周囲の状況を確認する。その中にはこの戦闘を見ているデュオス達も入っていた。
(ほう、流石は名高い騎士団の団長だな。俺の戦闘の邪魔にならない位置で更に、
それが一重にデュオスの力量と部下との信頼関係があるからこそ成せるの事だと颯天は理解していた。
デュオス・エルメド。元は地方の農民だったが、王国で一年に一度行われる、魔術ありの武術大会「リヴルト」で、農民の身でありながらも、並み居る強敵を倒し、優勝した男だ。その姿が前国王の目に留まり、宮廷騎士団に入団した。そして、その後の騎士団主導で行われる魔物狩りではダントツの討伐数を誇る【魔物狩り】
そして最も得意な槍では、間合いに入った瞬間に打ち倒される【閃銀】と色々な二つ名を持っている。それでいて、未だに己の力を過信せず、鍛えている。現在の年齢は三十代後半だが、今なお鍛えているのであれば四十代になるころには今以上に強くなっていると感じさせる男だった。
(楽しみな奴だな‥‥)
そんな事を考えながら颯天は時に爪を刀の刃ではなく手で逸らし、ブレスは急加速の回避、尻尾は残像をその場に残し撹乱しつつ様子を伺っていた。
その様子を離れた場所から颯天の危なげない戦闘を見ていたデュオスが感じていたのはやはり、とこれに尽きた。何せ、本来、ドラゴンと戦うとなれば一人では到底不可能で、時間稼ぎにも最低で五人は、倒すとなれば二十人は下らない人数が必要だった。だがドラゴンと戦っている颯天の動きはデュオスが周囲を警戒しながら見ている限りでも動きはまだ余力を残している事を感じさせるものだった。と、その時颯天の動きが止まった。
「グラアアァァァ!」
(ちょっと、面白い物を見せてやるよ!)
それを好機と見たのか、ドラゴンの尻尾が颯天に迫る、が尻尾は逸らされた。颯天の手には何も握られていなかった。その事にデュオスは疑問に抱き、すぐにその答えにたどり着いた。
(まさか、素手で、流したと言うのかッ!?)
それは切るよりも難しい、ドラゴンの尻尾を素手で流したという事だった。実際、武器で流すより素手の方が幾分かは難易度は下がるが、かなりの難しく、神経を使うが、不可能ではない。
(そんな事が可能なのかッ!)
それはデュオスにとって考えた事がない事だった。槍を使うデュオスも剣や矢を弾く事は熟練した者であれば、可能な技だ。だがそれは人を相手にした場合だ。もしそれが大質量のドラゴンの尻尾となれば勝手は変わる。質量が大きくなれば、少しのタイミングが致命傷となってしまうのだ。
(これほどの力を隠していたのか‥‥)
デュオスは改めてドラゴンとたった一人で戦っている、今自身が守っている
ハヤテの戦いを知らず知らずに手に汗握って見てしまっていた。
そして、もちろんそんな事等知らない颯天は、尻尾を逸らすと同時にそろそろギアを切り替えるかと意識を切り替える。
「そろそろ、攻めるか」
颯天が尻尾を逸らした影響か、ドラゴンは体勢を崩したが、背の翼を使い、体勢をすぐに立て直した。その時間は颯天にとっては十分反撃が可能な時間だったが、敢えて反撃はしなかった。そして、体勢を立て直したドラゴンは突進をして来た。攻撃の手を緩めるつもりはないようだ。
「さて、じゃあ、俺の手番だ」
颯天は先ほどのドラゴンにとっては一瞬だが、ドラゴンが態勢を崩していた間に準備は整っていた。そして左手で抜くは【雷切】右手では【黒鴉】を持ち体は余分な力が入らないように、その場に立つ。そして内に押しとどめていた魔力を解放した。その使い道はドラゴンを威圧のためだ。幾分か調整が面倒だったからか、
「GYUAA!」
「くっ!」
制御が甘かったせいか、魔力を解放し、威圧に成功したがどうやら強すぎたの、ドラゴンがわずかにであるが後ろに下がり、戦いを見ていた伏見には冷や汗が浮かんでいた。そして颯天は威圧を前方、伏見とドラゴンに向けて解放したが、制御をあまりしていなかった弊害か後ろの方にも魔力が行ってしまったのか、颯天の耳に何悲鳴やら何やらが聞こえたが颯天は戦闘に集中する為に全無視した。
一方、颯天の後方にて状況を見ていた騎士団の団員は耐えたが、勇者たちの半数ほどがその場に倒れこんでしまっていた。もちろんその原因は颯天が調整せずに解放した魔力による威圧の影響だった。
「落ち着けっ、ただ気絶しただけだ!倒れた勇者達を中心に集めろ!急げ例え、ドラゴンがいるといっても魔物はいつ襲ってくるかわからないぞ!」
デュオスの指示を受け、騎士団員と威圧を耐え抜いた勇者達が協力して倒れた仲間達を中心へと運び、そこを中心に囲むように円陣を組む。だが今そこには先ほどまでとは少し違っていた。それは勇者たちもその円陣に組み込まれていたことだった。だがその勇者達の表情は翳っていた。
「やはり、まだあの事を引きずっている者が多いようだな」
デュオスは組んだ円陣を見て仕方がないと思っていた。仲間が死んでそれほど時間が立っていないのだ。だが今ばかりは割り切るしかなかった。何せ、まさかハヤテが無差別にあの威圧を放つとは思っていなかったのだから。だが、デュオス達に漏れてきた威圧はドラゴンに向けて放たれたものに比べるとかなり弱かった。と言うことは。
「あれは、あのドラゴンに向けた威圧の余波と言うことなのか・・・」
呟いたデュオスの視線の先では初めて二振りの剣を抜いて立ち回るハヤテの姿があった。
ハヤテの姿は離れていてよく見えるはずのデュオスですら一瞬見失うほどのスピードであった。そしてもう一つハヤテが接近しドラゴンを切り裂いた時の音だ。
「だが、なぜだ?なぜ剣を振った時の音が一切せず、なぜ剣筋が一切見えないのだ…」
デュオスは知らない作りの剣も関係していた。颯天の持つ剣は日本刀。日本刀とは本来、物を断ち切るために生み出されたものだ。そしてその中で、颯天の二振りの日本刀は共に至高であり、国宝として国に保管されていてもおかしくはないものだった。この世界ふうに言うと
だが颯天はその二振りの刀【黒鴉】、【雷切】を使うことをも想定し日々父との特訓がない日は剣を振り、力を付けたのだ。
そして今の颯天に二振りの剣は肌になじみ、我が身であるかのように扱う事が出来るのだ。だが如何に剣の腕が良くても剣は光を反射してしまう。日中は然り、また新月の夜は月の光が剣に反射する。だが今颯天の剣は未だ一度も光を反射していない。
「いったい、どういうことなんだ?」
デュオスは未だに龍と戦っている颯天に向けて問いただしたかったが、それはできなかった。
一方、颯天はドラゴンを殺さない様に、そして後の治癒をしやすいように表面だけで、内側の血管や筋線維などを傷つけない様に二本の刀を振るっていた。
そして本来は筋線維などを傷つけない様に切る事は困難を極める。そもそも筋肉の付き方も生物によって変わる。だが颯天は今までの経験と培った技術でその技を可能にしていた。
「調子に・・・乗らないで!」
どうやら俺が手加減しているのが分かったのか、伏見が新たに魔法陣を展開、その中から姿を現したのは三つの頭を持つ魔犬、ケルベロスが現れた。
「いけ、ケルベロス!」
「グオオオオオオンン!」
伏見の命令を聞いたケルベロスが颯天の目掛けて走ってくる。
「やれやれ、【魔獣使い】なかなかのチート能力だな。地獄の番犬と呼ばれる魔物を使役するとは。一体何処から連れてきた奴なのやら」
ケルベロスは颯天がドラゴンをから距離を取った所に噛みついて来たが、それを紙一重で会えて避け一刀両断する。両断されたケルベロスの体は塵へと変わる。その時颯天に一瞬の隙が生まれ、その隙を縫うかのようにドラゴンがブレスを吐き、それを確認した颯天は素早く右手を地面に当て、魔力を地面へと流す。
「土遁、
忍術で作り出した土の壁が颯天とブレスの間に作り出され、だが土の壁をも飲むこむかのようなブレスがぶつかり、僅かに拮抗するも壁は脆くも崩れ去る。
だが今の颯天にとってはそのごくわずかな時間で十分だった。颯天はそのわずかな時間の間にある呪符と共にある呪術の詠唱に入っていた。
「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク・サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ・サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン!急急如律令!」
その呪を唱え終えると颯天の前に紅蓮の炎が現れ、ドラゴンが吐いた炎のブレスと拮抗し、喰らうかのようにブレス飲み込んでいき、その熱は辺りへ流れて行く。
炎同士が打ち消しあっている間に颯天は次の呪術を発動させるために颯天は九字を切りながら呪を唱える。
「ノウマクサンマンダ・バサラダンセン・ダマカラシャダソワタヤ・ウンタラタカンマン、急急如律令!」
呪を唱えると伏見とドラゴンの動きが止まった。いや動けなくなった、と言う方が合っているだろう。颯天が唱えた呪は不動明王の金縛りだ。だが本来この術は対人戦に使うものだ、その為か
「グルル!グラアァァ!」
ドラゴンに対しては五秒程の拘束時間しかなかった。そしてそのまま鎌首をもたげ、その口からチリチリと炎が漏れ出て、炎を吐きだした。颯天にではなく、後方の騎士団と勇者達に向かって。
「へえ、不動金縛りの呪術から無理やり抜け出したか‥‥‥それに、気が付いていたか」
ドラゴンはハヤテではなく後ろの騎士団と+勇者達に向けて炎のブレスを吐いた。しかし颯天の表情に焦りはない。だが、騎士団達はそうはいかない。
「っ!全員、すぐに障壁を展開!勇者様たちは我々の後ろに移動してください!早く!」
いち早くドラゴンの仕草に気づいたデュオスは即座に状況を打破するために最適な選択をし、指示を飛ばす。その動きを颯天は聞いていた。
「きゃ!」
騎士団の後へと移動していた勇者の一人が向かう途中に押され倒れこんでしまった。そしてそこはまだブレスの範囲内であった。そしてそこには魔法の障壁展開の範囲ではない。そして今からではとても間に合わあい、そして障壁を発動させる準備状態のデュオスと騎士達は動くことはできない。動けば障壁を強化する陣が崩れてしまうからだ。
「きゃああ!」
火球はデュオス達に向かって真っすぐに迫っていた。
(ッ、どうする!?)
デュオス達は苦渋の決断を迫られた、このまま障壁を展開すれば自分たちと後ろの勇者達は助かる。だがもし自分が動けば陣が崩れ、障壁も弱体化してしまい、全滅しかねない状況だった。故に決断を迫られた。個を救うために周りを危険に晒すか、個を殺し、多数を生かすか、どうかを。
(くっ‥…仕方がない!)
デュオスは全滅を避けるために、見捨てる事を選択し、指示を出そうとした時、黒い雷が疾った。、その場にいた騎士団、勇者たち、そして黒く染まった伏見もそう見えただろう。そして転んだ勇者の前には先ほどまでドラゴンと戦っていたはずのハヤテが立っていた。
「やれやれ、こんな感じで助けるのは二度目だぞ、香椎?」
「えっ‥…どうして、私の名前を知ってるの?」
ハヤテは意味深な笑みを香椎に向けて浮かべるとこちらに向かってくるブレスに向き直り、その場で腰を落とし、両手に持っていた剣の内、左手に持っていた【雷切】を背の鞘に戻し、右手に持っていた【黒鴉】を鞘へと納め、腰を落とし片足を引き、構える。その構えは抜刀術の構えだった。
「さて、この世界じゃあ初めてになるな、無影流抜刀術「断魔一閃」」
ハヤテが鞘から剣を手元を捻るかのように刀身を抜きながら迫るブレスへと剣を抜き放ち、
剣を振りぬいたと同時に見えない斬撃が火球を横一文字に切り裂き、
「ふっ!」
返し刃で縦に両断し、勢いを失った火球は爆散した。
そしてその光景を見たデュオス達と伏見が驚きのあまり固まっていた。ドラゴン渾身のブレスは、跡形もなくかき消され、デュオス達には傷一つ無かった。そんな中、チンと音を立てて剣を納刀した颯天は離れた所に居る伏見へと問いかける。
「さて、斬撃に乗せて取り付いていた【魔】を切り払った。【魔】に落ちると記憶が混濁、または‥‥数日分の記憶が無くなっていたりの症状があると思うが‥‥取り敢えず、大丈夫か?」
「あれ、私は‥‥‥それに、ここは?」
「お前は操られていたんだよ。それでここは、まあ落ち着いたら全部説明してやるよ」
「分かった。取り敢えず‥…ありがと」
颯天がそう声を掛けるとで安心したのか、伏見はそのまま倒れ込みそうになり、颯天が慌てて抱えた事によって事なきを得て、伏見の寝顔は安心した表情で、胸元は規則正しく上下していた。
死傷者はゼロ。ミュールの森での、戦いはこうして終わりを迎えた。
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