第3話 「ようこそ、異世界へ」


(散々にやられたのぅ、主殿?)


 颯天の頭の中に聞こえている声の主は颯天と契約を結んでいる狐の【霊獣】白夜だった。


(うるさい、それならお前が出てきて助けてくれればよかったと思うが?)


 颯天の反論に白夜は微かに笑った。


(わしが出れば主殿の為にならないじゃろ?若い内は怪我をしてなんぼじゃ)


(そうかい。じゃあいつものようにいるんだろ?)


 溜息交じりに颯天はそう返すしかなかった。


(ああ、そうじゃの、まあ学校が終わるまでわしは寝ておるよ)


 そう言うと白夜との念話は切れた。恐らく本当に眠りに入ったのだろう。

 颯天は学校への向かう道中で契約している『白夜』と話をしていたが『白夜』が寝てしまうと、颯天は家を出る直前に父が母へ、そして母から自分へと渡され今は自身の鞄の中にある二振りの刀【雷切】【黒鴉】を渡された事と渡された二振りの刀のその意味を考えていた。


(母さんから渡されたこの二本の刀。本来ならこの二本の刀は家から仕事以外で持ち出す事は今までなかった。特に俺専用と親父が渡してくれた黒い刀身の刀。あの刀はの一度しか使ったことがなかった。

 だがさっき触ったのがあれ以来の二度目だったが、母さんから受け取って、鞄に入れるまでの極めて短い時間だけだったがそれでも手に馴染むかのように、まるで無くなっていた体の一部ががあるかのような感覚がした。


(まあ、それだけかな…)


 颯天は学校へ向かいながらさっき少しの間持っていた、愛刀の感触が忘れられないでいた。

 颯天は刀に触れていた手をみた。なにせ、その刀は親父である宗龍が颯天専用に鍛冶師に頼んで三年かけて作られた逸品、優れた刀であり、それ故に颯天がその時の感触を思い出していると去年も通っていた高校に到着していた。


「はぁ…まあいいや、二本の刀…今日の夜にでも試しに振ってみるかな。」


 颯天は通っている校門の前でそう独り言ちながらそう決めると、まずは玄関へと向かった。。他の生徒たちも周りを気にせずに上級生を含む仲の良い生徒たちと同じ様に颯天も、各々の教室をへと向かう為に下駄箱へと向かう。そしてそれは他の生徒達もだった。

 颯天はその流れに逆らわず玄関から入り靴箱から上靴を出して履き替え、靴を靴箱に入れるようにして自分の鞄の中に靴をしまい、そのまま二階にある自身の教室を目指す。


 今更だが颯天が通っているこの学校は良くも悪くも普通の学校だった。あえて特徴を上げるのであれば、学校の後ろに誰の手も入っていない山の自然の大きな木の下に小さな神社があるという事ぐらいだった。

 なぜ颯天はこの学校に、いや高校に裏の仕事で早退などしつつ通っているのか、それは颯天の中学三年になる直前から再開した朝の鍛錬と裏の仕事が関連と何より宗龍が高校までは学校に行けと言われていたことが影響していた。そして仕事なんかの事はこっちが何とかすると言ってくれたので颯天は現在裏の仕事と高校を両立して出来ているのだった。


 颯天はそれほど多くはないがひと月に2~3回ほど授業中にだが急に裏の仕事が入る場合がある。それがあるが故に颯天は部活動はせず、また宗龍の仕事仲間の知り合いがこの学校の校長を務めているので宗龍の仲間伝手にその人に伝わり「無理に部活をやらなくてもいい」と言われ、それで颯天はこの学校に入学して以来、どの部活にも入らず、所属もしていなかった。

 もちろん颯天は毎日宗龍に鍛えられた身体能力は抜群で、その身体能力を見た様々な部活からの勧誘もあったが校長からの命令と家の事情という事で颯天は誤魔化している。


 中には無理やり勧誘する輩もいたがその場合は背後に回って首トンで気絶させ、その場で思い込ませる催眠術擬きを施して解決・またはごまかしている。


 颯天は学校でのそんなこんなの去年の一年生の出来事を思い出しながら歩いていると、颯天は教室へとたどり着いていた。教室の中ではすでに何人もの同級生たちがおり、各々友人たちと話をしたり、一緒に携帯ゲームをしたりと各々の時間の過ごしていた。その中には去年同じ教室で見た事のあるやつもいた。

 因みに教室は先ほどの下駄箱で張り出されていたクラス割を見ていたから颯天は迷う事なく教室に来ることが出来たのだった。そしてそんな中黒板に書かれた自分の名前と席を確認し、颯天は自分の席へと向かう。


 黒板に書かれていた窓側の一番後ろの自分の席にたどり着き、椅子に腰を落ち付け鞄からお気に入りのライトノベルを取りだして読み始める。すると直ぐに颯天に声を掛けてくる人物がいた。


「おはよう、颯天君?」


 そう颯天に声を掛けて来た女子生徒がいた。その女子生徒は黒髪、黒目で身長は150㎝後半で髪は肩の辺りのショートヘア、体は無駄がなくまるで猫の様にしなやかでありながら女性として柔らかさと胸元の膨らみを持っていた。目元は猫のような眼で少し不愛想な印象を与えるがそんな事は全くない寧ろ人懐っこい印象を与える美少女だった。


「ああ、おはよう。伏見。なんだ今年も同じクラスなんだな?」


「うん、そうだよ。ついでに言えば去年は遠かったけど今年は颯天の隣の席だよ?」


「なに?」


 颯天は急いでラノベに戻そうとした視線を黒板に向ける。すると確かに颯天の名前がかいてある席のすぐ隣には確かに伏見稲波ふしみいなはという名前が書いてあったのだった。そしてその間もう一つの出来事があった。それは伏見が颯天の膝の上に座った事だった。


「なんで俺の膝の上に座ってるんだ…?」


「え、そこに颯天の膝があったからだけど?」


 伏見はまるでそこに山があるから登ると言うかのように自然に言ってのけた。それと同時に颯天は眩暈と頭痛を感じて目元を何度か揉み解すがその間伏見が颯天の膝の上から立つ事は無かった。そして颯天の膝に座っている伏見は学校内で有名な美少女なので伏見に好意を抱いている男子は多く教室の男子からの嫉妬の籠った目線が颯天に集中してくる。


 別に実力行使をされたら反撃するが、出来れば荒事にしたくはない颯天は視線で降りろと伏見に言うが伏見はそれを無視して座り続ける。最悪力業で解決するかと颯天が考えていると颯天に救いの手が差し伸べられた。


「よう颯天!今日も速いな。」


 声だけでもイケメンとわかる、颯天に声を掛けてきた人物、それは颯天が小さい頃から遊ぶ親友の内の一人だ。部活はサッカー部で、身体能力が高く、全国大会にも参加したという経歴を持つ、颯天から見てもイケメンと言える幼馴染であり親友である中矢徹理なかやとおり


「やっほー!おはよう颯天!徹理!朝から威勢がいいね!あれ、伏見さん、なんで颯天の膝に座ってるの?」


 そして間を置かず颯天と徹理に声を掛けたこの元気な女生徒は萩瀬神流—おぎせかんな—。

 颯天の徹理と同じ幼馴染でありもう一人の親友でもある人物だ。部活は陸上、足は陸上部なので無駄な筋肉がなく、また外に出ている影響で焼けた健康的な肌。そして見てわかる胸の膨らみ。まさしく元気なスポーツ美少女であった。


「おはよう、威勢がいいのはお前の方だろ、神流。おい、伏見降りろ」


「むう‥‥」


「むくれてもダメ。ほら」


 徹理たちが来たお陰で伏見は颯天の膝の上から渋々降りるとそのまま自分の席へと戻って行った。といってもすぐ隣だが。さて気持ちを切り替えるか。


「徹理、この元気馬鹿はお前の彼女なんだから、お前が手綱をしっかり掴んでないと俺に当たってくるんだから、ちゃんとしろよ?」


 取りあえず挨拶は返し、颯天に言われた事に徹理は痛いところを突かれたと、ははと軽く笑い、神流は何処か不満そうな顔をする。がそこに徹理が頭をなでるとその表情はすぐににやにやとと変化し、先ほどまでは元気いっぱいの美少女が残念美少女になったのだった。


 この二人の関係は、中一の時に神流が徹理に告白し、恋人関係になっていたのだ。その事に颯天自身は少しも嫉妬を抱いていなかった。あったのは単純な祝福だった。

 二人が恋人関係になって以降も俺たちの関係は変わっていなかった。

 だが颯天は幸せいっぱいの親友二人に自分の裏の顔のことを教えていない。いや教えることが出来なかった。

 それはひとえに二人を危険にさらさないためだ。忍の影の仕事は危険が伴う。失敗した場合は身元がばれないように自爆することもある。そして自爆した忍の中には颯天の顔見知りもいた。

 それを知っているが故に颯天は、もし敵に友人がいてその場所を特定されるとその身に危険が迫ることになってしまう事になる可能性を出来る限り下げるために颯天は自分が忍者であるということを徹理と神流に告げていなかった。


「ま、それは今は良いか」


 平和な時間を過ごせるという事は、危険と隣り合わせの仕事をしている颯天にとっても大切な時間だった。

 そんなことを内心で思いながら颯天は親友二人と他愛のない会話をしていた。

 それから少しして、ホームルームの予鈴が鳴り二人は「またな(ね)」と颯天に言って自分の席に戻った。全員が席に座るとそのすぐ後に担任である山瀬真奈美やませまなみが教室に入ってきた。

 年齢は二十三歳。容姿は…若い、いや幼い。それが颯天の毎朝思う思いだった。

 容姿は二十歳を超えているのに見た目が中学生ほどで少し幼いが、ちゃんと教師をしている。性格は穏やかでとても生徒思いだ。そしてこの先生を颯天が一年の時の担任の先生でもあった。


「さぁ、ではホームルームを始めます。じゃあまずは出席者の確認と朝の連絡をしていきます」


「やった。今年の担任は山ちゃんだっ!」


「静かにしてください。ホームルーム中ですよ?」


 クラス達が喜びの声を上げるのを聞いて笑顔を浮かべながらどこか幼さの残る声が注意してホームルームの始まりを告げる。(因みに山瀬先生を生徒たちは山ちゃんと呼んでいて本人も了承して定着した呼び名だ)

 そして颯天は意識の半分で山瀬先生の話を聞きながしながら、いつものように穏やかな時間が流れていく。

 だがそんな当たり前に思っていた生活は、いきなり崩れ去った。

 それはホームルーム中の教室の床全体が突如光を発したのだから。いや、正確に言えばファンタジーに出て来るような魔法陣が床全体に展開したせいだった。


「な、なんだこれ!?」


 そして一番最初にそれに気が付いたのは全学年の中で恐らく一番煩い生徒亀野響也だった。そしてついでに言えばそいつの席は一番前だった。この高校で席が一番前なのはこのクラスで問題を起こすか授業を真面目に受けない輩に対する処置のだった。


「え…ええっ!な、なんだ、急に床が‥‥!?」


 しかしその内容が到底信じられない内容だったが事実だった。他の生徒達も驚きのあまりに光る床を見るだけだったが、が次の瞬間教室全体が真っ白な光に飲み込まれた。それはまるで雲の中にいるかのような光だった。それは瞬く間に教室全体を飲み込んだ。

 しかしその状況でも颯天は光に飲み込まれながら冷静に状況を分析していた。


(こんな大きな魔法陣で俺達をいったい何処に…いやそれよりこの学校に張られていた結界に緩みなんかはなかった。それに何かあれば発動するように刻印されている対魔防御術が発動しなかった…ということはこの世界からの干渉では無い?)


 光に飲み込まれながら情報を集め考える中で、颯天の頭の中に、一つの事象が頭をよぎった。それは先ほどまで読んでいた本に通じ似たものだった。


【異世界召喚】


 それを否定する為に颯天は頭を振って考えを否定したが、その考えがどうしてもぬぐえず、それが事実なのではないかと颯天は思い始めた。なぜなら小説の中でしかないと思われがちなその事象は、決して空想ではないということを颯天は知っていた。

 仕事柄このような不思議な出来事や力に関しては散々接しながら今まで過ごしてきた颯天は今起きていることが、頭に浮かん事象であるという事無意識に理解できてしまっていた。


 そして颯天が頭の中で無意識に予想した事象は、颯天も光に呑まれていった。


 そして教室を飲み込んだ光が晴れたその教室には、誰もいない無人の教室だった。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――


 颯天達は石の床の上で倒れていた。颯天達の周りには机に掛けていた鞄をだけがすぐ近くに落ちており、それ以外は何もなかった。

 そして意識が覚醒していき颯天は気づく、今自分たちを照らす辺りから明かりは蛍光灯のような人口的な光ではなく、颯天自身も持っている魔力を宿した石が魔力を消費して光を発してるという事に気が付いた。


 そこは先ほどまでいた高校の教室と違い、人口の明かりではない魔力による明かり、魔晶灯(後から名前を知った)に照らされていた。

 そして先ほどまで教室に居て光に呑まれたと思ったら不思議な光で照らされた石の床の上に寝ていたという不思議で異常な出来事にクラスメイト達ただ茫然としているだけだった。

 そしてその場では混乱は起こる事は無かった。この場で唯一同じく光に飲み込まれた大人で生徒思いの教師がいるという事を知っていたからだった。


「皆さん、大丈夫ですか!?」


 そして今現在も自分の心配ではなく生徒の事を思っているはまさに教師の鑑と言えるだろう。

 だがそれ以上に颯天が口を出さなかったのは自分達の周囲に複数人の気配を感じて警戒をしていたからだった。


(何者だ?)


 颯天が周りを探っていると山ちゃん先生が混乱していたクラスメイト達に声を掛けて、それを聞いたクラスメイト達は安心をしたのか混乱はすぐに収縮したが、クラスメイト達の表情は不安でいっぱいだった。その状態の中、複数の足音が聞こえてきた。そして現れたのは鎧を身にまとった男たちの前に立っている真っ赤な赤い髪、そして瞳はエメラルドのような色の瞳、そして頭に黄金ティアラを乗せ、真っ白なドレスを身にまとう颯天より少し年上に見える少女がいた。


「ようこそ【シュトル】へいらっしゃいました。勇者様」


 ティアラを載せ白いドレスを身に纏った赤髪の少女はそう言うと「あなた方を召喚したのは、この世界の魔王を倒してほしいのです」と颯天達を召喚した事への説明されるも、突然召喚された、魔王を倒してくれと言われてクラスメイト達は騒ぎ立てた。しかし幸運に担任の山ちゃん先生(学校内での愛称)が教師として、大人としてその場をどうにか納め、鎧をまとった男に守られるような少女を見てクラスメイト達は何処かで否定していたことが現実だと感じ認識したようだった。

 そう、ここは地球ではなく、小説にあるような異世界で自分たちは召喚されたのだ、と。


「まず自己紹介をさせていただきます。私は皆様を召喚した、アスカロ王国第一王女、ナタリーア・A・クロウサです。よろしくお願いします、勇者さま」


 そう言うと王女様は颯天達に自己紹介の声が静まり返った地下の空間に響いたのだった。


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