第2話 「日常」

朝日を僅かに町を照らし光を発するが目を覚ましていくまだ少し早い時間帯、影無颯天は自室にてゆっくりと体を起こし、右手を上げて伸びをした。その表情に若干のクマは無いがどうしても疲れがとり切れていない眠そうな表情だった。


「ふあぁぁ~‥‥ねみぃ、それにしても、もう朝か‥‥ふあああぁ…昨日の約束した件の企業の関係者やなんやらを絞り、情報を聞き出したり、脅迫とか関わらないと約束をさせたり始末したりしていて寝不足だ‥‥」


確かに颯天が寝不足になってもおかしくはなかった。

全部の処理が終わって颯天が家に着いて風呂やら歯磨きをして寝れたのが、確か夜中の三時だったはず。そして今は早朝の五時だった。


「…ふあぁぁ~、‥‥なんだ、まだ二時間しかたっていないのか…それでも鍛錬は毎日しないと、体が鈍るしな~、特に最近まで鍛錬していなかったからな‥‥でも眠い」


愚痴をこぼしながらも布団という安眠具布団から体を出して、立ち上がる。すると体はすでに起きてきたようで少しづつだが眠気が晴れて頭も動き出す。


颯天が今いるのは自身の自室だった。広さとしては畳十二畳ほどの和室だ。

和室だからか現在ではあまり見られなくなった畳が部屋に敷かれている。そしてその部屋の中で一番目を引くのは部屋に置いてある幾つものゲーム機と部屋の奥の日が当たらない場所に設置された本棚だった。本棚には颯天の好物である漫画本とラノベ小説が綺麗にそしてぎゅうぎゅうに近い状態で並べられている。


そしてこの部屋の主はもちろん颯天だ。颯天はこの近くの市立高校に通う高校生だ。趣味はアニメの鑑賞、ラノベを読むこと、そしてゲームが何よりも大好きなどこにでもいる普通の高校だ。…たまにオタクと思われる時もある。

ただそんな普通な颯天には家族を除くと周りの人間が決して知らない、裏の顔を持っている。

部屋の中で無意識に周囲の気配を探った瞬間、颯天は天井から何か気配を感じとり素早く布団の上から動きやすい畳へと移動した。

颯天が移動した瞬間、天井の一部が開き、そこから颯天の父親であり、颯天の独自の忍術の基礎を、そして体術を含むあらゆる技術を教えた師でもある人物、影無宗龍(かげなしそうりゅう)が天井から現れ、颯天目掛けて蹴りを放ってきた。その蹴りは某仮面の人が見ても惚れ惚れするような姿勢と蹴りだった。


「朝っぱらから結構なことだな!」


愚痴りつつも父親の蹴りを片手で受け止め、そして宗龍の体重と速さとを伴った蹴りと衝撃を上半身と下半身の筋肉を使って受け止めた腕から足へ、足から床の畳へと逃がし完全に受け止める。因みに衝撃を逃す事が容易な畳では良く分からないが、もし床が硬ければ今床は砕け散ってしまっただろう。


「おはよう、颯天。寝起きの不意の私の蹴りを完全に受け止め衝撃を逃がすか。…だが、一体どうして気が付けたのかな?【劫火】」


【劫火】、そう言うと宗龍は詠唱無しで鍵句となる言葉、術名を言うと颯天に向かって火の忍術で30㎝程の作り出した火球を颯天へと撃ち放った。


「寝不足の俺にいきなり【劫火】はキツイんだよっ!」


もちろん火球とは言い切れない、当たればただの火傷では済まない熱量を【劫火】は持っている。この火の忍術の一つ【劫火】を生み出す力。それは生命力の【気】、または心臓から作り出す【魔力】を変換して火を生み出す技術、それが忍術だ。この忍術を発動させる為に必要な燃料は二種類あり、その内の一つ【気】は肉体からの余剰生命力を変換したもので、颯天もそして人ならば必ず持っているモノだ。いわゆる火事場の馬鹿力を発揮できるのは生きようとする意志によって体に起きる事なのだ。


そして心臓で作られる【気】とは違った【魔力】と呼ばれる力。魔力はいわゆる意志が具現化したようなものだ。それ故に感情が高ぶると周囲の空間に干渉してしまい空間が歪んで見えるなどの現象を起こすのだ。故に魔力を無意識に感情の昂ぶりに合わせて解放してしまうと普通ではありえない現象、何も吹いても、当たってもいないのにガラスが割れたり、物が倒れたりすることが起きるのだ。そしてこの【気】【魔力】は共に忍術を発動する為に必要な燃料であった。


それは車に例えるとガソリンのようなモノだ。【気】と【魔力】で忍術が扱える。忍術は基本【気】や【魔力】で術を扱うのが普通なのだ。といっても百年前までは【気】だけで発動させていたらしいが、西洋からの情報、技術の提供などもあり魔力を扱えるようになると【気】だけではなく【魔力】でも扱えるように新しく作り出されたのが現在の忍術の元であった。



因みに颯天の使う忍術はある人と一緒に忍術を改造した術であるので、普通の忍術とは違い技も種類も多いがそれは今後説明があるだろう…。


そして【気】または【魔力】で術を発動する時は、まず火の玉を出そうと思えば火の塊を掌に生み出す様にイメージ、イメージを頭の中で硬め、それを元に術を発動させるという感じだ。

そして忍術も魔法と同じくイメージが重要で、術のイメージが良く出来ていると術の威力は向上する。逆にイメージが曖昧で発動すると発動するが威力は極端に落ちてしまう。だから忍術は術者のイメージが大切であるのだった。そして慣れると息をするかのように術を行使する事ができるようになる。颯天や宗龍のように。


そしてイメージを固めるのに忍術でも詠唱をする場合があるがそれは初心者、もしくは上位の術を行使するするのに必要であるが故だった。また一流になると無詠唱で術を発動させるの普通だったりする。そして颯天も無詠唱で術を行使する事は可能だった。


だがそれでもどうしても詠唱をしないといけない術が幾つか颯天にはあった。しかし説明はこれ程にして、とりあえずは目先の問題だ。

颯天は宗龍の足から手をそのまま離さずに投げるようにして部屋の隅に放り投げて、まずは颯天は自分に向かって飛んでくる【劫火】に集中する事にした。幾ら【気】や【魔力】で作られた火といえど、もちろん木などに当たればしっかりと燃え、燃やし尽くすのだ。


そしてもし颯天が避けて床などに当たった場合はその場所は燃える。流石に延焼がしないように特製の畳だが焼け焦げが出来るのは流石に颯天にとっても本当に困るのだ。何せ直すのは颯天自身なのだから。

なので飛んでくる【劫火】に颯天は体を向け、左手に【魔力】を纏わせる。薄く、壊れないように力強い断ち切る刀の刃をイメージする。


その間僅かゼロコンマ一秒程。修練するほどにイメージし、具現化する時間は短くなる。また何度も使っているとイメージの下地が出来るので発動も早いのだ。

そしてイメージが固まると颯天の左手から数ミリの所に透明だが角度を変えれば微かに見える透明に近い【魔力】で作られた刃が現れ、 颯天は飛んでくる【劫火】に魔力の刃【魔劔】(颯天命名)を振り下ろす。


「はああっ!」


【魔劔】は宗龍【劫火】を切り裂いた。【魔劔】で切り裂かれた【劫火】は綺麗に真っ二つに断ち切られるがまだ消え去ったわけではない。ではどうするのか、決まっている忍術で相殺するのだ。


「水遁【蛟】」


二つに断ち切った【劫火】に颯天は即座に水の忍術【蛟】で生み出した小さな水の龍が【劫火】を飲み込み完全に消火した。

颯天は自分が斬った【劫火】を【蛟】が飲み込み、消火をするその間に颯天に投げられ、逃れていた宗龍の姿と気配は颯天の部屋なくなっていた。


「ったく、こっちは寝起きだってのに」


颯天は愚痴りながらも手早く寝巻のシャツとズボンを脱ぎ、動きやすいズボンと服に着替える。そして颯天は体内の魔力ーマナーともいう―を解放し辺り一帯に散布する。これに名は無くあえてつけるならば【魔力感知】。と言ったところだろう。これは特定の相手の魔力の波動、周波数を覚え、自身の魔力をソナーのように打ち出してその波動、周波数を持つ相手を見つけるという術だった。


そしてこれは颯天の索敵術の内の一つだった。そしてこれはもちろん気でも扱う事が出来る。だが当然のように弱点は存在していた。


(寧ろ気の方が楽なんだが、今出来ない事を言ってもしょうがないか)


そして拡散した魔力で宗龍がどこにいるのかを颯天は特定し見つけ出した。

宗龍がいる場所は宗龍と颯天が毎朝鍛錬と言う体裁の、宗龍が颯天に一方的なしごきをする鍛錬場で、外壁があり更に外からは見えないように木で隠れて見えない広い縁側だった。


ここまでくれば、いやそれ以前から分かった人もいるかもしれないが、颯天の裏の顔は影の人間。忍だ。

現代では存在しない、精々それを真似た人だけがいると思われている影の住人である【忍】その一人が颯天だ。

影無宗龍は颯天の父親であり、現在の忍の頂点に立つ頭領だ。因みに宗龍の年齢は三十五だが見た目は四十台に見える。厳ついからだろうか…?


閑話休題


因みに影無は今のところは父親の宗龍と母親と颯天の三人だけだが三人だけでも他の一族とは一線を画す実力を持っている少数の一族だった。それでも昔以上に交流が増えて、認められて他の忍と一緒に仕事をするようにもなった。…話を戻す。


宗龍が忍であるという事を颯天が知ったのは五歳の頃、父である宗龍の口から直に明かされたことで知ったのだった。そしてその時知ったのだが颯天の母も女の忍、クノ一だと知った。それも忍で有名な服部のお姫様であった。

そして両親が忍だと教えられたのは五歳の誕生日で、その翌日からの日々は颯天にとっても地獄トラウマだった。最初は基礎の体作りと全身バランスよく筋肉と体幹、肉体の強化から始まり


余剰生命力を力に変える【気】そして心臓から【魔力】の両方を直接操作、制御し、詠唱なしで術を使えるようにイメージを固め、スムーズに術を発動させる特訓をさせられ、感覚を体に慣れさせて、そして果てに颯天は数日間何も食べずに父である宗龍と戦わされることもあった。


最初の頃は宗龍にボロボロにされて、食べ物を食べてもすぐに吐いていた颯天だが、一年が経ち、二年が経つころには徐々に宗龍の攻めに耐える事が出来だし、三年目には少しづつ反撃も出来だしていた。そしてある時に颯天はある人に出会い、その人は今の颯天独自の忍術の開発を手伝ってくれ、そして颯天は改造した術を生み出したのだった。そしてそれ以降も颯天は鍛錬を続け、少しずつだが


だが颯天は中学一年のある時期を境に颯天は一切鍛錬をやめた。


そして颯天は鍛錬をやめた時から裏の仕事も一切やらなかった。それは颯天のある仕事の際に起きた悲しい事件が原因だった。


だがそれから時間が経ち、中学三年に上がる頃から颯天は再び鍛錬を始め、裏の仕事も少しづつこなし術の更なる習熟を颯天は始めた。

そして現在では毎日鍛錬を始めて、裏の仕事が入ればそれをこなしていた。昔の感覚を取り戻すかのように。

だが約二年もの間鍛錬と仕事を怠っていたブランクは颯天にとってなかなか大きかったがそれでも無詠唱で術を扱えるまでには感覚を取りも出していた、だが空いていた時間、それは今の鍛錬にも如実に表れていた。それは今の鍛錬でもそうだった。


「いい加減くたばれやぁぁ!」


「成長しているとは言え、まだまだ息子には負けてやるつもりはないぞ」


 颯天は【魔力】で自身の肉体を強化する術【金剛体】と体内の電気信号を増幅し、意識を加速させる【雷光】を発動させていた。術によって意図的に颯天が入っているのは周囲の動きが遅く見えるそれは一種のゾーン状態だった。

しかし颯天は限界まで強化していた状態で父親である宗龍に拳を打ち込みむがまるで落ちる葉のようにフラフラと回避する宗龍の動きを見切ろうと動きを観察するが、少しも次の回避の動きを読める事は無かった。寧ろ力の差が改めて実感できるものだった。そして今、宗龍の動きに颯天は思い当たる奥義があった。

それはありとあらゆる森羅万象の流れに身を任せ、全てを回避する奥義その名を「流葉りゅうは」そうであれば颯天が宗龍の動きが読めない事に説明が付く。


そしてもう一つ、宗龍に拳を撃ち込む時、颯天は僅かに【金剛体】が乱れるが、似た様にこちらは単純【魔力】によって肉体を覆い強化している宗龍は撃ち込まれる拳を捌いている間も【魔力】が一切乱れる事はなかった。確かに颯天が今使っている【金剛体】は全身を強化するだけで、一方の宗龍が使っているのは一か所だけを強化する【硬籠こうろう】だった。


そして颯天が宗龍の腹部を殴ようなフェイントを入れながら顔目掛けて殴ろうとした時、魔力が乱れ【金剛体】が僅かに乱れた。そしてその僅かな乱れを見逃さなかった宗龍は致命的な一撃を心臓へと撃ち込んできた。


「はあっ!」


カウンターで宗龍は颯天の体にできた【金剛体】の一瞬のラグに合わせて颯天の胸の心臓目掛けて掌底を撃ち込み、撃ち込まれた颯天は肺の空気を全て吐き出し、颯天の体の【魔力】の作り出す魔力炉がある心臓に重い一撃を受けて、颯天はものすごい勢いで後ろに吹き飛ばされ地面を転がった。


「ぐっ、~~~っ!げはっ!げほっ!」


宗龍に撃ち込まれた拳によって結局颯天は庭の端の生垣近くまで吹き飛ばされた。

そして外からは分からないが、颯天の【魔力】が散り始めていた。それは【魔力】を作り生み出す魔力炉である「心臓」に、コップに例えると水が漏れる程の亀裂が入った影響だった。だが普通に攻撃を受けても決して心臓の魔力炉に亀裂が生じる事は無い。ではなぜ颯天の魔力炉に亀裂が生じたのか、それは宗龍が拳に魔力を纏っており魔力によって炉心が傷つけられたから起きた事だったのだ。


【魔力】を生み出す元の心臓の炉心が傷つけば魔力を生成する事は出来ない。いや生成は出来るが作られる端から漏れていくのでさして変わりはないと言える。ならば【気】で術を発動させればいいのだが、颯天は昔のある出来事以降より余剰生命力を力に変える【気】を扱えないように宗龍に封印が施されているのだった。


そして先ほど颯天は宗龍から胸に拳を受け吹き飛んだ。そして拳を受けて魔力炉に亀裂が入った瞬間に颯天の魔力の供給は止まった。その結果【魔力】で発動させて颯天の纏っていた【金剛体】とゾーンに入れていた【雷光】は強制解除された。

しかし【金剛体】を纏っていなければ、それも心臓の周りを指定強化して先ほどの拳は颯天の心臓は爆散していただろう。そう思わせるほどの重い一撃だった。そしてその証拠に颯天の口からは心臓への攻撃により傷ついた事によって口から血が流れていた。


(チッ‥‥親父め、本気で拳を心臓目掛けてに撃ち込んで来るなんて、【金剛体】で守らないと死んでたぞっ!?)


そう宗龍は颯天の【魔力】の生成を止めるためにあえて心臓を狙ったのは颯天も分かっている。だがいくら何でも実の息子の心臓の魔力炉に魔力を纏った拳で、それも致死性に至る程の威力で攻撃してくるのは予想外だった。殺されないという慢心が颯天の内部にあったのかもしれない。

だが結果は宗龍が颯天の心臓、魔力炉に拳を撃ち込んだお陰で颯天の【魔力】の生成は止まり【金剛体】も、体内の電気信号を増幅し、意識を加速させる【雷光】も強制的に解除されたのだった。


「くっ反動が…」


強制的に術を解除された代償として颯天の体はかなり疲弊していた。それは術を強制的に解除された反動リバウンドのせいだった。

そのせいだろう、颯天は体が先ほどに比べ重く感じ、同時に全身、体の中心に鉛があるかのようなかなりの倦怠感を頭はうまく回っていないと颯天は感じていた。


だが颯天はその倦怠感に耐えながらどうにか態勢を立て直し、立ち上がる。簡単なようでしかしそれじゃ今の颯天には容易ではなかった。まるで鉛の様に思い体をどうにか動かすが、少し動かすだけで額に汗が浮かぶ。

そう、【魔力】の不足による術の強制解除によって生じる反動リバウンドそれは強烈な脱力と倦怠感だった。


そもそも【魔力】は心臓の魔力炉から生成される、根幹は精神からの余剰エネルギーで、どちらも人間に必要なモノだ。そして【魔力】は精神からの余剰な力、それを使う忍術も魔術も然り、そして颯天が感じている脱力と倦怠感は精神からの供給が途切れた魔力の消費も相まってにもよるものだった。


(くっ‥‥この感覚は…やっぱ何度感じても…慣れねえな)


内心そんな風に倦怠感と脱力を感じている颯天を宗龍は額に浮かんでもいない汗をぬぐいながら颯天に言う出なく、独り言のように誰に聞かせるでもなく口を開いた。それはまるで成長する子供を見守る親鳥のように笑いながら(実際父親だが)


「ふぅ、前に比べると大分ブランクが無くなって体の動きに無駄がなくなってきたな。それにそのお前たちが編み出した忍術も無駄な消費が抑えられていた。魔力の配分の無駄もミスによる暴走もない。なおかつ術での全身へ強化もムラが少なくなってきていたが、これはまだ無駄が残っているな。術の発動までの時間も術の使用の際の【魔力】の燃費もかなりよくなっている。もしが扱えていたら俺も本気でやらなけりゃやばかっただろうな。それに…筋肉もちゃんと体に馴染み無駄がない。付いている筋肉も捏ね解されて、すぐに動ける程の弾力を持っていい感じだ。さて、じゃあ次は‥」


そう言うと宗龍はどこから取り出した剣を、颯天に向かって投げて寄こしてきた。飛んできたそれを颯天は脱力感に堪えながら片手を上げて掴み、抜いてそれを見る。

それは鞘に収まった一本の刀だった。颯天は刀から目を離して顔を上げて宗龍を見ると、宗龍は既に刀を抜いて立っていた。


「次は…今のお前の剣の腕を見てやろう。お前も全力の、我流の二刀流で来い。ただし殺す気で来いよ?」


そうでなければお前を斬ると宗龍の眼は告げていた。そして颯天は知っている宗龍がその眼をした時はマジでやばいという事を。


「ああ…そうさせてもらおう」


まだ心臓の魔力炉の修復が完全でなく魔力が漏れ出ているが後は自然に回復できるまで修復した颯天は脱力が少し薄れて、まともに体を動かせるようになった颯天は立ち上がり、鞘から刀を抜く。刀は白い波が打っていてとても綺麗だった。そして良く見ると上物と言える程の業物の刀だった。


颯天は知らないがその刀は宗龍が懇意にしている刀匠が打った刀で売れば一本数十万から数百万ほどの名刀だったりする。しかしそれは今二人には関係がない。


「さて、じゃあ次は剣で死合いをしようか‥‥、颯天」


そう言うと宗龍から先ほどの体を覆っていた以上の濃密な魔力を含んだ、殺気のプレッシャーが颯天に放たれる。それを受けて颯天は剣を構える対抗するかのようにまだ万全ではなく漏れ出る魔力を放出しプレシャーをは放ちながら宗龍と相対する。



構えは我流で右手の刀の切っ先を下に向け、切っ先は地面に接するほどに、左手に持っている鞘の先を宗龍に向けて構える。今の颯天の構えは我流であるが二刀流だ。普段は刀一本の一刀流だ。だが今回は防御を捨て攻撃に特化する為に二刀流にしたのだった。まあ、本気の時の颯天は基本二刀流だ。

(因みに両手で振れるようになるのにやり初めて半年程で振れるようになったのだったが、実戦で使えるレベルになったのはほんの僅か半年ほど前だった。)


颯天は体に力が入りすぎないように適度に体の力を抜いた状態で構え、宗龍に魔力のプレシャーを放ちながら宗龍と相対する。一方の宗龍は魔力によるプレシャーを放ちながら颯天と同じく、いやそれ以上に洗練された自然体で颯天のプレシャーを受け流している。


「では」


「いざ尋常に」


「「勝負!!」」


【魔力】を十全に使えない颯天は単純な身体能力となけなしの漏れっぱなしの魔力で腕と脚を体を強化し、宗龍は魔力と鍛えた肉体の力でその場から一瞬で移動し互いに足音一つ立てず、ただ互いの刃と刃が混じわった。


それから数分後、剣戟・拳打を含んだ戦いを終え、宗龍は地面に二本足で立っていたが一方の颯天は無残に地面に寝っ転がっていた。


「はぁ、はぁ、はぁ、・・・くそッ」


颯天は荒い息を吐き、服には土がついている。しかし宗龍は朝のちょうどいい運動になったとばかりの表情でいい感じに汗を拭っている所だった。見てわかるが、結果は颯天の惨敗だ。 如何に魔力不足だとしても戦いにそれは関係がないのだった。


「はははっ、それにしてもすごいな颯天。戦いの最中、俺の剣術を模倣マネして剣を振った時、音が一切聞こえなかった。一体いつの間に俺の剣技を盗んだんだ?あの激しい剣戟の中でお前の成長は本当に驚いたぞ。まあ模倣したと言っても俺のに比べても赤子も同然の完成度だったがな。それとお前のスタミナは俺の想像以上だったぞ。もう少しいや、まあお前がを使えていれば勝負は分からなかったかもしれないがな?」


(痛つつ、冗談も休み休み言え、毎日鍛えてまだに強靭なスタミナと体力を持っているくせに。しかし、今回も親父を本気にさせる事できずじまいか…くそっ、完全に俺の負けだ‥…親父の背中はまだまだ遠いな・・)


颯天は内心そう独白しながら、改めて父親で自分の忍の頭領である人物のすごさを改めて感じることが出来た事がうれしくも思っていた。颯天も男の子だ。強い人がいたら挑みたくなってしまうのだった。

なんせ宗龍は裏の世界の人間に、そして世界中の忍や暗殺者達の中ではでは知らぬ者がいないほどの有名人だ。


現役時代では(今も現役だが)一瞬の隙にターゲットを殺す【一死一殺】そして、古式、現代のあらゆる忍術を習得し、そしてそれを組み合わせた自身独自のオリジナルの忍術を作り出した【改革者】など様々な二つ名を持っている。因みに颯天が協力して独自にアレンジなどを加えて忍術と魔術を融合、改造した今の術を作る時に宗龍のアドバイスをもらって颯天がようやく完成させたものだ。


お陰で颯天の戦い方の幅は大幅に広がったが、それでも父親である宗龍に颯天は勝てていないのが現実だった。まあ宗龍の強さの秘密はそれ以外にもあり、それは颯天にも受け継がれているが、颯天はまだその力を知らない。


(やっぱり、遠い。だがそれだけに挑むかいもある。それに‥‥強くなればあの時の思いを、力が足りないことを嘆くこともなくなるかもしれないしな‥‥)


そんなことを思いながら、ようやく息が整った颯天は体を起こそうとした時、家の縁側から若い女の声がした。ふふふ、笑う縁側に立つ黒の和服を着た美人は颯天の父、宗龍の妻にして颯天の母である雪音ゆきねだった。


「あらあら、二人とも朝から元気ですね」


名前の通り処女雪のような真っ白な肌。健康的なピンクの唇。目鼻は整っており、身長は165㎝と颯天より僅かに低いが美女の良い所を集めたかのような体をしていた。その雪音は顔に手を当てながら微笑みながら颯天と宗龍の朝の稽古を見ていたようだった。


雪音は夫である宗龍より一つ年下、今年で三十八になるのだが、その見た目は年齢を言わなければ二十代もしくは十代後半と間違われるほどに若く、美人だった。そして颯天の顔や肌等はどちらかと言えば母である雪音に似ているらしい。実際に颯天の肌も白い。そしてそれを言ったのは颯天の裏の仕事仲間だったりする。

雪音はようやく体を起こし、服に土を付けた颯天と一方で涼し気に立っている夫である宗龍を見てあらあらと笑みを浮かべる。


「ふふふ、朝から元気なのもよろしいですけど、宗龍さん、颯天は今日これから学校なんですよ、分かってますか?」


 笑顔で注意してくる妻に宗龍はは先ほどまでの模擬戦でも見せたことがない超が付くほどの無駄のない動きで、雪音の元に着くとその場で途端にいちゃつき始めた。


「分かっているさ、だから颯天に重くない、軽い程度の怪我しかさせてないだろ?だから大丈夫だよ。それにしても雪音、お前相変わらずいい女だな。」


(いや、まさに殺されかける程の傷を負わされましたけど?)


颯天は内心で突っ込んだが言ったとしても聞こえないふりをされるので、それより宗龍の言葉を聞いた雪音は白い肌を僅かに朱色に変える。よく見ると顔も僅かに赤くなっていた。そして死を覚悟したのにそれでも手加減していたと言われた颯天は内心で傷ついていた。しかし熱々の両親はそんな息子の事は眼中にないようで互いに距離が近づいて行く。


「もう、あなたったら、まだ日が高いですよ…それに颯天がいるのに甘えるのは・・・・それは夜の時に・・・」


いちゃいちゃと互いに密着度を深めて徐々に近づいていく。主に口と口が。


「今は…朝だ‥‥‥だから…朝っぱらからいちゃつくんなよ‥」


あと少しで日が差す中、両親がキスをする場面を阻止する為に精神的に疲れながらも慣れていた颯天が大声で突っ込むと二人はしれっと距離を取った。そして先ほどまでいちゃいちゃの雰囲気は颯天のツッコミと一緒に消え去り二人のの表情は元に戻っていた。


「はぁ、まったく。(いい加減息子の俺の前でいちゃつくのをいい加減にやめろよ。それにまだ朝だぞ?頼むから俺がいない所でやってくれ。それだったら構わないから)」


 そんな颯天の内心の小言を見透かしたわけではないだろうが雪音は笑みを浮かべながら、ご飯だと告げて準備の為に中に入っていき、宗龍は汗を流すと言って風呂へと向かった。


 そして颯天はそのまま縁側で自然治癒に任せていた【魔力】を生成する心臓の魔力炉の修復をして行き、試しに魔力を流して違和感がないかを確認し、宗龍が風呂から上がると颯天もシャワーを浴び、そして制服に袖を通す。制服を着てリビングへと行くと既に雪音と宗龍はテーブルについていた。颯天も自分のいつもの席に着いた。


「よし、じゃあ頂こうか。いただきます。」


「「いただきます」」


宗龍が音頭を取り、颯天も朝食を食べ始めた。因みに朝食のメニューは白米にさんまの塩焼き、みそ汁に漬物と納豆と一般的な和の朝食だった。もちろん美味かった。


朝ご飯を食べた後、颯天は自室で自分の体に術を掛けていた。それは触った感触と肌の筋肉と傷を眼を隠す為の幻術だった。因みに別に颯天は【魔力】だけでしか忍術が扱えないわけではない。【気】によっても忍術を扱う事も出来るのだ。だが今は【気】の元の生命力を気に変換できないように封印が施されているので今は魔力でしか術を扱えないのだった。


そもそも、なぜそんなことをするのか、それは颯天の体が高校に上がるまで普通にスポーツをしていた人以上に体が絞られており、全身には鍛えられた筋肉がついていて、周りの人に体の筋肉なんかがばれないようにする為とまあ、要するに面倒な事に巻き込まれないようにと(巻きまれても解決することもできるが)颯天がしているだけだった。


触れた相手の視覚と触覚を誤魔化す幻術を体に掛けると、そこには痩せ型の普通のどこにでもいそうな学生になった。(見た目は)

そして颯天は玄関で靴を履き、家を出ようとした時、後ろに気配を感じ後ろを見ると、音もなく母の雪音が立っていた。まあ足音を消すのは忍びや影の仕事をする者にとっては当たり前のスキルだが母、雪音の【無足】は本当に感知するのが難しいのだった。因みに【無足】は【抜き足】と同じく奥義に当たる技だ。しかし今颯天は母親に釘付けだった。


いや、正確に言えば颯天の興味は母の持っている、布に隠れて見えない何かだった。


「どうしたの、母さん。それに持ってるそれは何?」


すると雪音は被せていた布を除け、颯天に差し出す。そこには、家の中にある刀の中で最高峰の二本の刀があった。そしてその二本の刀を颯天は良く知っていた。なぜなら仕事で使った事もあったからだ。


「こ、これは?」


颯天は驚いていた。差し出された二振りの刀はこの家に五本ある最高峰の刀のうちの二本だったからだ。二振りの刀の内の一本は頑丈でありながらも軽く、そして何より、断ち切る事に特化した雷すら斬れると云われた名刀、銘を『雷切』

この刀の名の由来は、そのままだが雷すら切り裂けると言われる刀が鞘に収まっていた。

そしてもう一振りは光を反射するような真っ白な白漆が塗られ、刀身は逆に光を吸い込む様な真っ黒な黒い刀身を持つ刀。銘を『黒鴉こくう』これは颯天専用の刀で刀身には特殊な刻印が刻まれ、鞘にも術式が刻み組み込まれている颯天専用と言ってもいい刀だった。

これは宗龍が仲間に頼み颯天専用の為にと作ってもらった一つしかない超大業物の一振りだ。今は刀身と逆の白一色の艶のある鞘に収まっている。そしてこの黒い刀身を持つ『黒鴉』


名前が大仰だが『黒鴉』の元となる材料も普通ではない。材質は地球上で一番固い金属であるタングステンとベリリウムの合金だ。そしてそれを刀の型に入れて、長い三年という時間を掛けて颯天専用の術式が刻印された『黒鴉』


刀身は黒いのは粘りを持たせる為に入れた炭素が原因らしい。宗龍も驚いたそうだ。刀身が黒い刀をあまり見た事がなかったからだった。そしてこれは宗龍が教えてくれたが、作った工房の日本最高の鍛冶師嘆くように言ったそうだ。曰く、


「これは、どう頑張ってもすぐには完成できない。刀の形と切れ味もだが、まずは刻印を剣に出来るか、出来なかった場合の方法も考えないといけないから三年ほど待ってくれ」


と言わしめるほどの物だったと宗龍が一度だけ颯天に渡すとき言っていたのを思い出した。


「ど、どうして、これを?」


その二振りは仕事の中でも取り分け高難度の時だけしか使用が許されていない刀だった。とりわけ『黒鴉』はよっぽどの任務以外では使用すら禁止されていたのだから。それ故に颯天は尋ねたが雪音も首を横に振るだけだった。


「よくわからないわ。でも女のいえ、親としての勘なのかしらね、あなたには絶対これが必要な気がするの。宗龍さんも何かよく分からないけど必要な気がすると言って、蔵の中からこれを取り出して来て、そこに通りかかった私に渡す時、「颯天に持たせろ。必要になるかもしれん。」って言って私に渡してきたから。」


颯天はマジマジと二振りの刀に目を向ける。一本は最高の切れ味を持ち、もう一本はこの世界最硬の刀で、丈夫さ、切れ味は申し分なく、そして親父が颯天の為に作ってくれた、そして特殊な術が施され、颯天だけしか使う事が出来ない白い鞘に納まっている最高の黒い刀を見て、母から差し出された二振りの刀を空間に作用する特殊な術で見た目以上に物を入れることが出来る鞄の中に入れた。


鞄の中には颯天の仕事服の食料などをも入っていた。ついでに言うと、そして颯天の仕事服のポーチにも鞄と同じ空間に作用する忍術で中の容量を数百倍にしたもので、重さを感じない、中の時間が止まっていて食材が腐らない、また任意の物の時間を流す事も出来ると言った、とても優れたものだ。

チートともいう。


そしてこれの良いところは絶対に壊れない「不壊」を付与し、所有者、または許可した者だけが取り出したりする事が出来るという逸品だ。取り出す時には記録された魔力を流す事で出し入れが可能になる。別にこれは【気】でも可能だ。【気】でもその人固有の波長があるので真似をして取り出す事も出来ない。

二振りの刀を鞄にしまい、颯天は鞄を持ち、空いた片方の手は手ぶらだ。そして靴を履くと母に出発する挨拶をする為に母を見た。


「じゃあ、行ってきます」


「行ってらっしゃい」


颯天は母に挨拶をすると背に受け玄関を出ると、学校へと向かって歩き出した。


しかし颯天は気が付かなかった。その後ろでは母が何処か不安な表情をしていた事に颯天は気づかなかった。

そしてこの時の颯天は今日も平和に一日が終わると思っていた。

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