第31話  逃走

「あー残念れす」


 眉をハの字にしながら、明らかにしょぼくれる置土産おきみやげ和菜わな

 だがその感情はオレには理解ができない。


「交渉決裂だって!? そっちが仕掛けてきたじゃないか!」


「えー、わーのせいじゃないれすよー。そーのお姉さんが攻撃してきたれすから、たーだの正当防衛れす」


 肩を落とす彼女。

 確かにこいつの能力は受動的であり、自ら罠を発動するにはそれなりのアクションが必要だ。

 今回は何もしていない。


 ただ、頭の中で考えるという条件ならば、なんのアクションも必要とせず発動できるので、完全に白というわけでもない。


「なーら証拠を見せたらいいれす?」


 そう言って、置土産和菜は息を深く吸い込んだ。


「発動条件、意識が無くなる攻撃を受けたとき。発動対象、わー。発動内容、攻撃を無効化する。発動条件、意識が無くなる攻撃を受けたとき。発動対象、攻撃をしてきた者。発動内容、気絶させる」


 おいおい。二重の罠までできるのかよ。

 ますます厄介な能力だ。


 しかし、この罠ならば想樹そうじゅさんが前触れもなく倒れたのにも納得する。

 そして問題はそれだけでなく……。


「罠かけ直しやがったな……」


「ばーれました? しょーがないれす。まーもりは大事なんれすから」


 しかしまた厄介な罠をかけてくれたのものだ。

 気を失うような攻撃は、いや、正確には違う。意識が無くなる攻撃。それは気絶だけではない。即死するような攻撃をも防ぐ可能性がある。


 バカそうな見た目と話し方のわりに、しっかりと考えられた防御方法だ。

 意外と頭がいいのかもしれない。

 ならば他にも自分の身を守る罠を張っている可能性はある。


 やはりうかつな行動はできない。


「でーは、そーの子を返してもらうれすね! なんでもキャッチ」


 置土産和菜はそう言ってとろんとした目を細め、手のひらを向け、その手がどこかへと消えた。

 肘から先が無くなっている。

 まるで異空間に手を突っ込んでいるようだ。


 そして、置土産和菜がその空間から手を引き抜くと、魔族と呼ばれていた少女が引っ張り出された。


「じゃー、ばーいばい」


 笑顔で手を振る置土産和菜。


 もううかつな行動などと言っている場合ではなくなってしまった。

 一瞬にして捕まった魔族の少女は、想樹さんが助けようとしたのだ。それをみすみす逃すようなことをしてしまっては、合わせる顔がない。


「ほーぬわ!?」


 オレは瞬時に置土産和菜の隣に移動し、勢いよく掴んで、魔族の少女から引き離す。

 手が離れたのを確認すると、オレは置土産和菜とともに視線の先にあるの空気と入れ替える。


「うーわ! すーごい能力れすねー。かーち組? こーれ瞬間移動れすか?」


 すごい能力はお前のほうだと言ってやりたい気持ちが沸き上がる。

 基本的に何でもできる能力だなんて、最盛期さいせいきのノートならばオールSと評価されている可能性すらある。

 オレたちのクラスの中にいたとしても、トップクラスの能力。


 そんなやつに、すごいなどと言われてもただの嫌味にしか聞こえない。


 オレはそんな感情を芽生えさせながら、置土産和菜を逃がさないように地面へと押し付ける。

 女の子に対して行う行為ではないが、そんなこと言っている余裕はない。


「にゃふ! ひーとつ聞いてもいいれすか?」


 彼女は地面に頬を付けたまま、視線だけをこちらに向ける。

 オレがいいとも悪いとも返答をする前に、彼女は続きを口から吐き出し始めた。


「そーの能力、わーのおうちまでこれるんれすか?」


 地面に抑えられているというのに、笑顔でそんなことを言っている。

 これはまだまだ余裕がある証拠だ。

 こちらには全くないと言うのに……。


 なんせ今のオレの行動は賭けそのものだった。

 触れられただけで発動する罠が仕掛けられている可能性すらあり得るのだ。

 言い出したらきりがないほど、危険な要素で溢れている。


「こーたえないってことは、でーきないってことでいいれすか?」


「答えたくないだけの可能性だってあるだろ?」


「わーはよくわかんないれすけど、つーいて来られたらそれはそれでいいれすよ? 楽しそうれすから、ふふ」


 そう言って、彼女は小さな声で笑う。

 本当に嬉しそうに……。

 この状況で……。


「さーみしいれすけど、おー別れれす。でーもこれるなら来ていいれすからね? ばーいばい! せーんぱい! ホームバック」


 彼女がそう口にした瞬間、姿が消え去った。

 オレが抑えていた手も、まるで踏み外したかのような動きでつんのめる。


「やっぱり、逃げられるか……」


 自分が瞬時に移動する罠くらい張っているだろう。

 危険な状態に陥ってもいつでも回避できるように……。

 罠だなんて能力な上に用意周到なやつとは、相性抜群で厄介なことこの上ない。


 位置さえわかれば、追いかけられないことも無いが、それを知る術はオレにはない。

 想樹さんならばわかったかもしれないが、今は気絶しているから、彼女の逃げた先を読むことはできない。

 気絶する前に読んでいる可能性もあるが、それは限りなく低いだろう。


「なんにせよ、想樹さんを起こさ……は!?」


 オレが視線を戻すと、そこには横たわる二人の少女の姿。

 そこまでは正常だ。

 しかし問題は、魔族の少女を掴む手があること。


 その手は肘から先がなく、腕の部分だけしか存在していない。そして肘の部分の空中には何やら波紋が広がっている。

 まるで、異空間から手が突っ込まれているようだ。


 そして、魔族の少女はあっけなく、その空間へと引きずり込まれていった。

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