第32話  結果報告

 魔族の少女が連れ去られてから、一時間ほど経過した。

 想樹そうじゅさんの意識も戻り、今は既に拠点であるトロン村へと戻ってきている。もちろん今回のミッションの課題であるドラゴンも、親子ともども引き連れて。


 そしてあったことの顛末を大海原おおうなばらに話していた。

 オレが魔族を救えなかったところで、大海原から蹴りを放たれているのだが、勘弁してほしい。なんせ既に想樹さんからも頭をぼこすか殴られたあとなのだから……。


 それにオレだって助けられなくて悔しい思いをしているのだ。

 いくら防ぎようのない逃走と拉致だとしても、やはりそれを目の当たりにすると、心にくるものがある。


 どうにかして取り戻したいが、想樹さんでも位置は把握できていないかった。気絶さえしなければ特定できただろうが、そうだとしても、あの置土産おきみやげ和菜わなの能力を無効化する術がないと意味がない。


 きっとあれは何度でも罠を設置し直して、魔族の少女を連れ去ることができるだろう。

 敵にしたくない能力ナンバーワンといっても過言ではないかもしれない。

 まぁ、敵なわけだが……。


「それでのこのこ帰ってきたんですの?」


 大海原は肉体への攻撃だけでは飽き足らず、精神への攻撃を試みてくる。

 もうなんども言い訳を繰り返しているが、それでは許してもらえ無さそうだ。

 だからなんとしてでも他の言い訳をと考えていたのだが、大海原の携帯電話が鳴り響いた。


「もしもしですの」


 大海原はオレを細めで見つつ、会話をしていく。

 大海原の声と、漏れ出すぼそぼその声から判断するに、どうやら魔獣討伐組らしい。


「おつかれさまですの」


 そんな労う声で、電話は締めくくられた。


「無事に魔獣を殲滅できたらしいですの」


 これっぽっちの心配もしていないトーンで、淡々と言う大海原。

 魔獣ごときに負けるような人材は、このクラスにはほとんどいないだろう。

 もしかしたら一人もいないかもしれない。

 いや、どうだろうか。真面目に戦わないやつもいるし、わからない。



 それからも軍隊撃退組からも連絡があり、無事に追い返すことに成功したとの報告があった。

 もちろん死者はゼロ。

 そもそも、るうがいる時点で追い返すのは手を振るだけで可能なのだから、怪我すらもさせていないかもしれない。


 よく考えたら、手を振るだけって大概だな。


 強力な能力者が多いこのクラスだが、ここからは少し時間が必要になるだろう、なんせ移動の時間もあるのだ。

 そうそう早く終わったりなんかしない。


 そう思うのも束の間、大海原のスマホが鳴り響く。


「もしもしですの」


『おい! 雑魚ども潰し終わったぞ!』


 物騒な声が漏れた。

 その声だけで主がわかる。黒闇くろやみだ。

 一番近くの街だったはずだが、それにしても早すぎる。

 さすが武力と闘争心だけの男だ。


 しかもさっき追い払った軍隊が来た街でもあるから、逃げ帰ってまた絶望を味わうことになるのだ。

 可哀想に……。


 それにしても、大海原が話しながら頭を抱えている。

 黒闇は何をやらかしたのだろうか。ろくでもないことなのは間違いなさそうだ。


「頭痛が……」


 通話を切った大海原は、深いため息を吐いた。

 かなり苦労をしているようすで、禿げないか心配だ。


「何があったんだ?」


 聞いてもいいのか判断はつかなかったが、このままだと気になって仕方がない。


「ああ、街をまるまる一つ、ぶっ潰しただけですの。人は死んでないからセーフですの。ははは……はぁ……」


 全然セーフな感じがしない。

 街をまるまるということは、家も店も何もかも全部文字通りぶっ潰したのだろう。

 黒闇ならばやりかねない。いや、むしろ喜々としてやるだろう。

 笑顔で、楽しそうに、笑いながら、街を潰していく。


 実際はどのような光景だったのかはわからないが、オレのイメージとしてこんな感じだ。


 なんにせよ、街が滅んだのには変わりない。

 征服する気があるのかと問いたい。

 それともまた最盛期さいせいきに戻させる気なのだろうか?

 目が剥がれないことを祈るばかりである。


 そしてまた、スマホが鳴る。

 どうやら次々とクリアされているらしい。


「もしもしですの。音々さんそちらはどうですの?」


 どうやら音々さんからの電話らしい。


「そんな……嘘ですわよね……」


 通話しながら、その場にへたり込む大海原。

 スマホからは、相崎の吠える声が漏れ聞こえるが、通話相手である音々さんの声は小さすぎて聞こえてこない。


「さななこさんが……?」


 顔がどんどん青ざめていき、声が震えている。

 目からは涙が溢れ、零れた。


「わたくしのせいですの……」


 大海原はスマホを落し、震えるの体を自ら抱きかかえ、罪悪感に押しつぶされそうな、そんな、悲痛な表情をしていた。

 スマホの画面を見てみると、既に電話は切れていた。


「おい! しっかりしろ! 何があったんだよ!?」


 大海原の肩を掴み、揺さぶる。

 大海原は焦点のあっていない目を、オレに向けた。


「さななこさんが……さななこさんが……」


 オレの胸を掴み、顔を歪める。


「誘拐されましたの……」

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