第29話 ゆるゆる
本来ならば、秘中の罠。
「あーれ?」
それが不発に終わった。
罠少女は眠そうだった目をオレの全身へと巡らせる。
オレは自由に動けるし、捕獲もされていない。
それもそのはずだ。
オレは自分を捕獲できるとは到底思えない。
どんなものだろうと瞬時に抜けられるからだ。
捕まえようがない。
動きを止める。
ならば、時間を止めたりしたら可能かもしれないが、捕まえるとなるとまた話が違ってくる。
「おーかしいれすね」
罠少女は頭を捻り、顎に人差し指を当てている。
ずいぶんと可愛らしい仕草で考えるものだ。
「こーまりました」
困ったついでにそのままお帰りいただけないだろうか。
こんな厄介な能力者を相手になどしたくはない。
なんせ発動条件が何かわからないので、うかつなことは一切できない。
どれほど些細なことでも、発動条件に引っかかる可能性がある。
だからこちらからはアクションが起こせない。
「困ったのはこっちだ」
実際この罠少女の能力がわかってから、オレは一歩も動いていない。
発動条件が歩くなどの可能性も考慮しなければならないからだ。
「そーれす? そーれにしては、うーごかないれすね?」
「そりゃな。一瞬で現れた相手だ。油断は一切できない」
『見つめ合う二人。やがて二人の距離は縮まっていき……』
マジで黙っててくれ。ただでさえ
それに、想樹さんのこの余裕はなんなのだろう。
罠を全てわかっているからだろうか?
『全部はわかんないよ』
ならばますますわからない。
どうしてふざけていられるのか……。
『ふざけてる? それはそっちもでしょ? いい加減助けてくれてもいいよね?』
一体何を言っているのかと思い、後ろにいるはずの想樹さんを見やると、彼女はロープで縛られ捕まっていた。
手足となぜか胴を縛られた彼女は地面に横たわり、スカートが捲れ上がって水色のパンツが覗いている。
『えっち……』
しょうがないだろう……。
振り向いたら見えちゃったんだから……。
そう思いながら、オレは一度罠少女に顔を戻してから、
「これ、助けてもいいか?」
と想樹さんを指差した。
「……お願い……助けて……」
『パンツが見られてる! このままだと襲われちゃう! お母さんお父さん。わたしはこれから大人になります! 見ていてください!』
想樹さんの悲痛な声と、全力でふざける心の声とのギャップが凄まじい。
本当に同一人物の声なのかと疑うほどに……。
「うー。ひーとり捕まらなかったら失敗れすから、いーいれすよ」
「ありがとう」
オレはそう言いながら、想樹さんへと近づいて行く。
もちろん下着は極力は見ないようにしながら……。
そして膝を曲げて、オレは手を伸ばした。
『あ……触られました……』
手をな!
声を上げて主張したい衝動に駆られるが、何とか心の中だけで耐える。
しっかりと結ばれているためか、結び目がかなり固い。
それでもほどこうと四苦八苦としているが、中々ほどけず、指が痛くなってきた。
『一個言ってもいい?』
ダメ。
オレは心の声で即答した。
絶対に余計なことを言うに決まっているのだ。
『……さすがに恥ずかしいよ……』
結局勝手に言うのにわざわざ許可を得ようとした意味がわからない。
それにしても、恥ずかしいとはどういうことだろうか……。
『ずっとパンツ晒されてるから……』
「あ! ごめん!」
オレはそう言いながら、捲れ上がったスカートを直す。
想樹さんの顔は真っ赤になっており、かなり恥ずかしかったようだ。
無理もない、男の間近くでパンツが丸出しになっていたのだから……。
これはオレの配慮が足りなかった。
「らーぶらぶれすね?」
腕を後ろで組む罠少女は、口元を緩ませながら上半身を左右に揺らしている。
彼女が何を考えているのか、全く解らない。
仮にも敵を相手にしているのだ、よくあれほどまでにゆるゆるな空気でいられるものだ……。
「ラブラブではないから! というか、固すぎるだろ! ほどける気配がないぞ!」
「えー、わーに言われても、せーきにんは取れませんれす」
「君の能力だろ!」
まぁ、この捕獲のイメージは想樹さんが思い浮かべたものだから、この固さも想樹さんが決めているわけだが……。
「そーうれすね」
罠少女はひょこひょこと小走りでこちらに近づいてくると、オレの前でしゃがみ込む。
オレの目の前に、彼女の顔が……。
間にある空間は十センチほどしかない。
「ち、近くないか!?」
「てーれてるれす? かーわいいとこあるんれすね!」
『えろ天』
オレはたまらず少しだけ後ずさる。
「あー、だーいじょうぶれすよ! かーれしさんには手を出しませんから!」
「……違う……不愉快……」
『屈辱』
オレの心がもうすぐ死ぬかもしれない。
「はーい。つーかっていいれすよ?」
罠少女はとろついた動きで、ズボンのポケットから小さなハサミを取り出した。
なんでハサミを持っているのか謎だが、それよりも……。
「なんでだ? 敵同士なのに……。何を考えてるんだ?」
「えー?」
罠少女は、自分の膝の上に顎を置き、眠そうな上目遣いでオレを凝視する。
なんだかその表情が妙に艶めかしく感じ、胸の鼓動が速くなった。
ドキドキとする心情の中、罠少女の口がゆっくりと開くのを見ていた。
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