第28話  罠

 オレは能力に制限を掛けている。


 基本的に自分と自分が触れているものしか入れ替えない。

 そして入れ替える対象は空気のみ。これに至っては黒闇との対戦では守れなかったが、砂と入れ替える際は砂の中に自分がいるときだけにしていた。

 だからクラスメイトはチェンジに気づいてないだろう。

 そして最後に、最も大事なルールが、視界の中にある空気としか入れ替えない。


 しかし眠れる少女を助けるにあたって、オレは自分で設けたルールを捻じ曲げた。

 理由としてはいくつか挙げられるが、主な理由は危険な可能性があるということだ。


 もしオレがあの透明な箱の中に入って、少女を抱えて出ようしたとして。

 あの透明の箱に入った瞬間、何かが起きないとは言い切れないのだ。

 記憶が消えている可能性だってありうる。現に少女の記憶は無くなっているのだから……。


 それゆえに中に入るという選択肢はない。


 だからオレは中に眠っている少女と、オレの横の空気を入れ替えた。

 オレの能力は別に触れているとか関係なく発動できる。

 そのことを想樹そうじゅさんは知っている。だからオレに同行を強制したのだ。


 眠れる彼女を助けるために。


 オレならば反射する壁など関係なく、中身を入れ替えて少女を助け出せる。


 ただ、そう簡単には終わらないらしい。


「ちょーっと。なーんで出しちゃってるれすか? てーか、どうやって出したんれすか?」


 寝癖なのかわからないが、ぼっさぼさの髪の毛で現れたのは、眠そうな顔をした少女だった。

 見る限り、オレたちよりも少し年下といったところか。中学生くらいが妥当だろう。

 そして服装はもこもこのパジャマのような恰好。

 しかしそれは、まるで日本で見るようなパジャマ……。


 魔法を使うような人たちの格好ではない。

 全員が全員マントを着ているわけでもないだろうが、そうじゃないとしても、この少女の格好はあまりにも……オレたちにとって現代的すぎる。


 そして一番の問題は。

 こいつの感情が、ということだ。


「お前……どうやってきた?」


「どーやってでれか!? ひーみつれす」


 まぁ馬鹿正直に話すわけがない。

 しかし、こっちには想樹さんがいるのだ。

 話さなくても、駄々漏れになる。


『この人能力者だ。能力はトラップ。設定した条件に反応して、罠を発動させる。今回は発動条件が眠っている少女。発動対象が自分。発動内容が瞬時に現れる。そんな罠。そしてやばいのは、自分で好きなように罠を作れること』


 おいおい、なんだその能力は。

 反則級じゃないか。


 発動条件が目が合うこと、発動対象は目が合った相手、発動内容が心臓を止める。


 こんな罠だったら、目があった瞬間こっちが死ぬことになる。

 まさか、ここまで可能だと言うのか。


『可能』


 これは本格的にやばい。

 想樹さんがいなかったら完全にゲームオーバーになっていた可能性もある。


 オレの嫌な予感が的中してしまった。

 しかも超強力な能力者という最悪な形で……。


『でも罠を設定するとき、声を出して設定しないといけない』


 なるほど、制限はあるわけか。

 それならば新しい罠は作りにくいだろう。

 なんせ罠を作ったところで相手にその詳細を伝えている。かかるわけがない。

 裏方や、入念に準備して初めてその効力を発揮するタイプ。


 それなのに、なぜこうやって相対しているのか……。

 自ら設定して現れているのだから、何か考えがありそうだ……。


「なーに黙ってるんれすか?」


「どうやっていきなり出たのか考えててな。瞬間移動の魔法でも使えるのかなと」


『それはあなたがみんなの前で偽ってる能力だよ』


 こっちが自然になるように必死に考えて返答してるんだから、邪魔しないでくれませんか?

 それに思うんだけど、心の声だと饒舌だよね。


『昨日の夜のお散歩デートは楽しかった? 次はいつするの?』


 本当に邪魔しないでください。

 ついでに心も攻撃しないで。


「なーるほど。まーほう。そーう考えるんれすか!? わたしたちの世界の制服なのにれす!?」


 さすがに一般人を装うには無理があるか。

 そもそもこんな深い森に二人でこれている時点で、ごまかすのは不可能だ。魔獣も沢山生息しているだろうし、ドラゴンだって割と近くにいる……。


「まぁ、一応聞いてみただけだ。お前も超能力者だな?」


「いーえすれす。そーれで、どうやってその子を出したんれす?」


 とろんとさせた眠たげの目を、更に細めながら彼女は微笑む。

 こんな状況でなかったら、この少女の可愛さに見惚れていたかもしれない。


『この状況でもけっこう見惚れてるよね? すっごく可愛いと思ってるよね? こういうのがタイプなの?』


 あの、今、大事な、場面、なので、黙ってて。

 普段の想樹さんみたいな思考になってしまったが、オレは本気で邪魔だと思っている。

 この感情は彼女に余すことなく伝わっているだろう。


 とにかく、今は想樹さんよりも、罠少女のほうを対処しないといけない。


「どうやって出したかなんて、そりゃ秘密だよ」


「でーすよね。じゃーあ質問を変えますれ?」


『え……こんな方法……防ぎようがない……』


 かなり深刻そうな心の声が伝わってくる。


「じーぶんを捕まえるなら、どーうするれす?」


 罠少女の問。

 それは一見ただの質問に聞こえる。

 だが、これはかなり高度な罠だった。


 なぜわかるかというと、想樹さんから罠の内容が送られてきているからだ。


 発動条件:自分の捕獲方法を思い浮かべること

 発動対象:捕獲法を質問をした相手

 発動内容:発動条件で思い浮かべたことを実行


 自分の能力は自分が一番良く知っている。

 だから、深く考えなくても、質問されただけで捕獲方法なんか思い浮かんでしまう。

 そしてそれを実行されるのだ。


 まさに必中の捕獲。


 しかもそれを能力で防ごうとしたら、能力が露見するときた。


 どうあがいても、防ぎようがない。

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