第27話  てんい

 眠っているのは、雪のような少女だった。


 肌が異様に白い。

 もはや白いを通り越して青白いと言った方が正しいだろう。

 血の気が全くないような、そんな肌をしている。


 髪の色も抜け落ちていて、金髪というよりか、ほとんど白だ。

 来ている服までも白く、どこからどこまでが服なのか、良く見ないと区別がつかない。


 そんな少女は胸部を上下させていて、ちゃんと息をしていることが伺える。

 透明な箱のおかげで、こうして外からでも確認することができた。


 しかしこの透明の箱。宙に浮いている。

 魔法でもかかっているのだろうか?

 それにしては、このオレの首にかけている翻訳ネックレスみたく、文字のようなものが流れていたりなどとしていない。

 魔法的なものの全部に、文字のようなものが書かれているとは限らないが……。


 なんにせよ、今はそこは問題ではない。

 どうしてこんな森の中で閉じ込められているのか。

 それが一番の疑問だ。


 正直なところ、厄介なことになる予感しかしない。

 それに、おそらくこの少女の件で想樹そうじゅさんがわざわざオレを指名していたのだから、何かがあると推測できる。

 だが……。


「これなら普通に黒闇くろやみとかでも助けられるんじゃ?」


 見た目的にガラスのような感じ。

 強度がありそうには到底見えないし、そもそもいくら強度があろうと黒闇ならば簡単に壊せるはずだ。


「……無理……これ……反射……」


「は?」


 つい、口が大きく開いてしまった。

 ただでさえ宙に浮いているのに、反射までするとは。

 しかも黒闇の能力ですら反射してしまうのなら、物理的な物は全て反射するだろう。


 いくらなんでも、こんなものありえない。

 魔法的な作用なのだとしてもだ、この世界の魔法は、はっきり言って強力とは言い難い。

 異なる世界から人を強制的に呼べるとしても、時間も労力もかなりかかると言っていた。


 つまり強力な魔法を行使するには、それなりの準備や人材が必要ということ。


 そして黒闇の能力すら通用しないのならば、この反射する透明の壁はかなり強力な魔法に位置するはずだ。


 そんな魔法を継続させるのに、人一人もいない。なんてことがありえるのだろうか。


「嫌な予感しか、しないな」


「……ん……」


 想樹さんはオレに同意するように頷くが、知ってるのではないのだろうか?

 なんせこの壁が反射するということまで把握しているのだ。

 この子を閉じ込めた人物だってわかっている可能性のほうが高い。


「……知らない……」


 しかし、オレの思考への返答は意外なものだった。

 まさか想樹さんが知らないとは……。

 だがそれはおかしなことだ。

 絶対に閉じ込めた人物を知っていないとおかしい。


 この少女の心の声を、感情を聞いてここに来ているのだから……。


 つまり、この少女が見た記憶を共有するだけで、犯人がわかる。


 想樹さんならば、絶対にわかるはずなのだ……。


「……記憶が……消されてる……」


 またしてもオレの考察に、返答があった。


 忘れさせる。ではなく、消されている。


 思い出せないように記憶を封印しているのならば、想樹さんは見つけることができる。


 しかしそれができないとなると、完全消去以外にない。


「ますます厄介な空気が増したな……」


 誰もいないのに浮遊を持続。

 これはまだ魔力を補充などすれば、できそうではある。


 しかし反射する壁と記憶の消去。

 これは次元が違う。


 まだ来たばかりとはいえ、この世界の基準で考えるのならば、この二点のどちらとも、かなり強力な魔法になるだろう。


 これが、魔法であったのなら……。


「なんにせよ、やるしかないな……」


「……ん……ありがと……」


 想樹さんはオレの目を見ながら、そう呟く。

 彼女が礼を言う必要はないと思うが……。


「万が一のために、頼む」


「……ん……」


 想樹さんが頷くと同時、オレの頭の中に情報が流れ込む。


 想樹さんの感情の位置。

 眠る白い少女の感情の位置。

 この森に棲む生物の感情の位置。


 それを全てオレの脳へと送信され続ける。

 あまりの情報の多さに、オレは頭痛が始まった。


 想樹さんはこれに加え、に感情の内容まで受信しているのだから、並大抵の苦しみではないだろう。

 オレが想樹さんの立場ならば、きっと精神が崩壊している。


 想樹さんは本当に強い。


「……はやく……」


 どうやら余計なことを考えてしまったようだ。

 急かすのは想樹さんが恥ずかしいからという理由ではなく、純粋にオレを心配してのことだろう。

 なんせ頭痛がどんどん強くなっているのだから……。

 位置情報を共有するだけでも、脳にかなりの負担がかかるらしい。


「じゃあ、やるぞ」


 そう言って、オレは白い少女を見る。


 一瞬にして、オレの隣に少女が現れ、オレは倒れないように支えた。


 最盛期さいせいきは、いや、クラスのほとんどがオレの能力を勘違いしている。

 オレの能力を知っているのは、おそらく想樹さんだけだろう。

 オレは普段、自分の能力に制限をかけている。

 フルで能力を使わないように……。


 オレの能力は、『転移テレポート』ではなく『転位チェンジ』だ。


 空間の位置と位置を入れ替える能力。


 これがオレの能力だ。

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