第26話  ドラゴン

 いくつもの山を飛び越え、たどり着いたのは岩山だった。

 乾燥していて、草木の存在はほとんど見当たらない。あったとしても日陰に苔が少し生えているくらいだ。

 そんな乾燥地帯であるこの地に、それはいた。


 赤い鱗に覆われた巨躯。

 肉食恐竜を思わせる凶悪な牙。

 オレの知るどの動物よりも鋭利な爪。

 木など簡単に薙ぎ払えそうな強靭な尾。

 山のような背から生えるのは、巨大な羽。


 ドラゴン。


 そんな言葉が連想させられるが、もはやそのものだ。


 ドラゴンは尾を岩に叩きつける。

 岩は簡単に砕け、弾けた。


 牙を天に向け、高らかに咆哮。


 あまりの轟音に思わず耳を押さえた。

 それでも激しく震える鼓膜に痛みを感じる。

 ビリビリと空気が痺れ、それはオレの体へと伝播した。

 吠えるだけで、この威力。


 明らかに凶悪な怪物相手に、想樹そうじゅさんは向き合う。

 と言ってもオレの背中の上にはしっかりと乗ったままだが……。


 グルルっとうねるドラゴンと、グルルっとお腹を鳴らす想樹さん。

 朝ごはん食べたよね?

 それと首をつねるのやめてもらっていいですか?

 めちゃ痛いです。


「……ん……話し……終わった……」


 想樹さんは穏やかな声色で、そう呟く。

 耳元で呟くので、少しくすぐったい。

 なにはともあれ、心は通じ合ったようだ。


「そうか」


「グギャアアアアアアアアアアアアアア」


「めっちゃ襲い掛かって来てるけど?」


 ドラゴンは固そうな地面をえぐりながら、邁進まいしんしてくる。

 土煙が舞い上がり、まさに暴走って感じだ。

 見た感じ、かなり怒り狂っている。


「一体何言ったらああなるんだ……」


「ご飯も……あげるって……言ったのに……だめって……言うから……」


 なるほど、ご飯で釣ろうとしたわけか。

 交渉としては妥当な線をいっている。

 しかし、それでも渋る理由がドラゴンにはあったのだろう。


「だから……子供を……人質に……するって言ったら……怒っちゃった……えへ……」


「怒って当然じゃねぇか!」


 交渉じゃなく脅しだそれは。

 最悪な一手を使いやがった。


「……子供……子供……うるさかった……から……」


 なんだかしょげた声を出す想樹さん。

 しかし今は彼女に構っている暇はない。

 ドラゴンが地を跳ね、こちらを踏みつぶそうと襲い掛かって来たのだから。


 オレはジャンプし、瞬時に移動し、回避する。

 ドラゴンは何かを探すようにキョロキョロと首を回し、やがては背後にいたオレたち気付いた。

 目が合うとすぐにこちらに向かって来ようとするので、オレは再び飛ぶ。


「なんとかならないのか?」


「ん……わかんない……」


 わからない、か。

 ならまだ可能性はあるはずだ。

 まずはこの怒りをなんとか鎮めないと……。


「ん……決めた……」


 オレの肩をギュッと強く掴む想樹さん。

 どうやら何か策が思いついたようだ。


「……恐怖で……従わせる……」


「なぜそうなった……」


「……一番……早い……」


「酷いな!」


「……冗談……だよ?」


 想樹さんはそう言うと、オレの背から下り、ドラゴンに近づいて行く。

 地を揺らして走るドラゴンと、のんびりと歩く想樹さん。

 双方の温度差がかなりある。


 本当に大丈夫だろうかと心配になるほど、ドラゴンの突進スピードは速い。

 口を大きく開け、そのまま想樹さんへと食らいつくかと思いきや、


「ぐるるきゅーーん」


 ドラゴンは地を転がり、甘えた声を出す。

 なんだこれ……。


「……ん……お手……」


 想樹さんが手を出すと、ドラゴンは起き上り、爪が当たらないように慎重に手を置く。

 その光景は、今にも想樹さんが潰されてしまいそうなほどだが、決してそんなことは起こらない。

 完全に懐いているというか、支配されていると言ったほうがいいかもしれない。


 そしてドラゴンは一体だけではない。

 子供のドラゴンが三匹いる。

 子供と言っても、その大きさはかなりもので、馬よりも大きい。

 立派なドラゴンにも見える。親のドラゴンを見ていなければ……。


 子供のドラゴンも増えたが、なんにせよミッションはクリアした。


 これでオレたちの仕事は終わった。

 正直、想樹さんだけでも良かっただろう。

 オレはただの足に過ぎない。


 そう思っていた。


「本番は……ここから……どらごちゃんたち……待っててね……」


 想樹さんは何やら、神妙な顔つきで、遠くを見つめる。

 その視線の先には、森が見えた。

 かなりの距離があるが、あそこに何かがあるのだろうか?

 まぁ、なんにせよ、見えているのならば移動は容易いのだが……。


「向こうの森に行くのか?」


「ん」


 想樹さんは首を縦に振り、オレの手を握る。


「わたしは……知ってるから……」


 想樹さんは何やら意味ありげに、そう呟く。


 その言葉の意味は、オレには理解できた。

 そもそも、そんなことはとっくにわかっていることだ。


 想樹さんはオレの全てを知っている。


 オレの頭の中に、情報が流れ込んだ。

 想樹さんが流したそれは、位置情報。そしてそこには何もいないという情報。

 その意図をオレは瞬時に理解する。


 ジャンプする工程すらすっ飛ばし、移動は一瞬で済んだ。


 切り替わった視界は、深い森の中だった。


 この場所は、先ほどの場所からは見えない。


 だから普段ならば、決して移動しない場所だ。


 しかし、今は状況が違う。


 なんせ想樹さんがいるのだから……。


「……ごめんね……」


 そう呟く想樹さんの声は、罪悪感に満ちていた。

 そんな声を出されたら、怒るわけにはいかない。


「……でも……助けて……あげて……」


 想樹さんはそう言って、オレの手を強く握る。


 オレたちの目の前に、眠っている少女が半透明の壁に閉じ込められていた。

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