第17話  背中

「次はぜってぇ殺す」


 黒闇くろやみは身体が動かなくなってもなお、殺気を放つ。

 それはまるで力に憑りつかれたかのような執念。

 絶対的なまでの強さ主義。

 いったい何が、黒闇をそこまで駆り立てるのかオレには想像もつかない。


 そんなやつと……。


「次とか絶対にやりたくない……」


 湿気を含んだ地面を背に感じながら、オレは本音を吐露する。

 あんな攻撃力の化け物、もう二度と相手にしたくはない。

 なんせ一回でも攻撃が当たれば、こちらの負けが決定する。

 いくらこちらが優勢だろうと、たった一回で全てがひっくり返るのだ。


「ピーナッツたべうー?」


 オレと黒闇の間に、スカートをひらりとはためかせながら地べたに座り込むせい

 一瞬だけ黄色と白のストライプの何かが目に移ったが、オレはスルーした。

 生はにこにことした笑顔で、ピーナッツを両手に摘んでいる。


「ああ」

「ありがとう」


 オレと黒闇が同時に返事すると、


「めしあがれー!」


 生はそう言ってピーナッツをオレたちの口の中へと入れてくれる。

 ピーナッツが舌に触れた瞬間、先ほどまでの疲労が嘘だったかのように消え去った。


 これのすごいところは、噛んだ時ではなく、触れただけで回復するところにある。

 生曰く、栄養が滲み出て身体を回復させるのだとか……。

 相変わらずわけのわからない能力だが、そのおかげで意識のない人間も回復可能となるのだ。

 まさに超能力。


 オレが体を起こすと、黒闇も丁度起き上るところだった。

 目が合うが、黒闇はただただオレを睨む。

 先ほどまでの怪我は全て消え去り、汚れたり破れたりしている制服だけが戦闘があったことを物語っていた。


「正直よぉ。オレはてめぇには負けるとは思ってなかった」


「そうだろうな……」


 黒闇はオレのことを移動しか出来ない雑魚と評価していたのだから、それは当然の思考だろう。

 実際、オレは自分で決めたルールを捻じ曲げないと勝てなかったのだから、負け同然の戦いだった。

 黒闇に対して、オレの能力がかなり有利だったにもかかわらず、これなのだ。


 やはりこのクラスの最強候補はとんでもない。


 しかしその黒闇を、能力の相性の問題で簡単に勝てたりするやつもこのクラスにはいるし、戦略をしっかりと練れば勝てるやつもいるだろう。

 それに、黒闇と対等に戦えるやつだって普通にいるのだ。

 マジで化け物揃いだと思う。


「くろちーつおいもんねー。でもー、せつなちもつおいんだねー」


 つおいってなんだ。強いだろ……。

 舌足らずに話す生は、呑気な表情で頭を左右に揺らしていた。

 話すだけで空気を緩ませる彼女は、シリアスクラッシャーとも呼ばれている。

 まぁ見た目が子供に近いってだけでも十分破壊力はあるのだが……。


「こいついるとよぉ。マジで調子狂うわ」


「えー、おこるー? おこるー? ごめんー」


 生は困り顔で黒闇の周りをくるくると走り回る。やられたほうは鬱陶しいという感情が生まれるのだが、やっている本人は悪気がないのでたちが悪い。

 しかもここで怒るなどと発言すると、生は何日も何日も、何度も何度もしつこく謝りまくってくるのだ。

 本人は本気で悪いと思って本心で謝ってきているだけに、なおのことたちが悪い。


「…………怒ってねぇよ。オレまで元気になるっつってんだよ……」


 そう言う黒闇は、元気どころか明らかに不機嫌丸出しだ。

 しかし生は言われたことをそのまま受け入れる傾向がある。

 だから……。


「おこりんぼのくろちーがげんきなるー? わー、すてきー!」


 生は満面の笑みを浮かべながら、パチパチと拍手する。

 そんな明るい生とは対照的に、黒闇はどよんと暗く肩を落としていた。


 そんな黒闇越しに、想樹そうじゅさんの姿がふと視界に入った。

 一連のやり取りを感じていたのか、口に手を当てて小さく笑っている。


「まぁとにかくよぉ、オレはてめぇに負けた」


 そんな想樹さんに気付かない黒闇は、真剣な表情でオレを見据える。

 その目には、見下すという感情は一切見受けられなかった。


「だからよぉ。今回はてめぇの意見に従ってやる」


 しかし、偉そうなことには変わりなく、それがなんだかおかしくて、オレはつい笑ってしまった。


「何笑ってんだてめぇ! 」


「悪い悪い。じゃあ手伝ってくれ。世界征服」


「はっ、オレ一人でも余裕だけどなぁ」


 黒闇はそう言ってオレに背を向けた歩き出す。

 オレの目に映るその背は、ずいぶんと頼もしく見えた。








  ***********


【もしも生にパンツが見えると指摘していたら……】



「ピーナッツたべうー?」


「黄色と白のパンツ見えたぞ」


 笑顔で表情が固まっている生の顔が、真っ赤に染まっていく。

 そんな生は、持っていたピーナッツを自分の口に入れると、今度は殻付きの落花生を出現させた。


「くえーーーーーーー!」


 生は叫びながらオレたち二人の口に落花生をねじ込み、そして離れていく。


 一定の距離を離れると、生はこちらを振り向いた。


「べー」


 と生が舌を出すと同時。


 口内のピーナッツが爆発し、オレたちは爆ぜた。

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