第16話  刹那天威 VS 黒闇物理

 草原に何度も轟く爆音。

 そのたびに地が小刻みに揺れている。


「死ねやああああああああああああ」


 叫びを上げる黒闇くろやみが、もやを背にまといながら、肉迫してくる。

 そして振り下ろされる黒い鉤爪。


 地響きとともに地面に切れ目がいくつも入った。


「ちっ」


 黒闇の舌打ちを聞きながら、オレは拳を固く握る。

 そしてそれを黒闇の横っ腹へと叩きつけた。


「ぐあっ! だらあああああああああ」


 すぐさま背に纏っていた靄での反撃が来るが、オレはもう既に黒闇の頭上へと移動した後であり、もう既に次の攻撃準備も完了している。

 黒闇の頭を見下ろしながら、かかとを顔へとぶち込んだ。


「づあっ」


 仰け反る黒闇の腹部へ、今度は組んだ両手を思い切り振り下ろした。

 黒闇は地面に叩きつけられ、声を出しながらその場で身体を跳ねさせる。


 しかし、それでも闘志にみなぎっている目はオレを見据えていた。


 瞬時にオレはその場から離脱し、遥か上空から黒闇を見下ろす。


「くそったれがあああああああああああああああ」


 こちらまではっきりと聞こえる怒声。

 それはまるで空気を麻痺させる効果でもあるかのように、ビリビリとした覇気を伴っている。

 しかしこれは能力ではなく、ただの気迫で起きた現象。


 それほどまでに、黒闇は怒り狂っていた。


 それもそのはずだろう。

 なんせ向こうの攻撃はかする気配すらも見せず、一方的にやられているだけなのだ。

 フラストレーションも溜まりに溜まることだろう。


「ま、それはこっちも同じだけどな」


 主に自分の攻撃力のなさにイラつきが増しているのだが、原因はそれだけではない。黒闇の打たれ強さもかなりのものだ。

 顔を思い切り蹴ったにもかかわらず、ああも元気に吠えられると、さすがにうんざりしてくる。


 黒闇はオレの姿を見つけるなり、靄に抱えられながらこちらへと直進する。


 まさに真っ向勝負。


 靄が何本もの棘となって空を突き刺す。


「ほんとうに、真っ直ぐなやつだ」


 空にはびこる黒い物体を見ながら、オレは足を思い切り突きのばす。

 それは黒闇の頬にめり込んだ。

 黒闇が歯を食いしばると、棘の靄が一斉にオレへと降り注ぐ。


「よっと」


 オレは地面に足をつけ、空を見上げた。

 靄は揺らめきを見せていて、黒闇はキョロキョロと周囲に視線を向けていた。

 そしてついにはオレの姿を見つけると、


「ちょろちょろちょろちょろしてんじゃねぇよ! ゴラァァアアアア!」


 大量の靄とともに地面に降り立った。

 ついでとばかりに靄が飛んでくるが、それは簡単に回避する。

 しかしそれでもオレはまだ地面にほど近い場所を維持した。

 やはり空中での攻撃は、地面の支えがない分弱くなってしまう。

 腰の入った攻撃でなければ……。


 黒闇の大袈裟に振られる動作に反応するかのように、靄が猛威を振るう。


「くそが!」


 何度も、


「くそがっ!」 


 何度も、


「くそがぁああ!」


 何度も、猛攻は続く。


「くそがああああああああああああああ」


 黒闇の叫びに呼応するかのように、黒い靄の凶暴性は勢いを増していく。


 暴れ回る、この世のなによりも強い力。


 これぞまさに暴力。


 しかし、それがいくら最強の暴力だろうとも、オレにかすりもしない。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 黒闇は肩で息をしながら、オレを冷静な目を向ける。

 先ほどまでの黒闇ならば、視線だけでも人を殺せてしまうかのような目をしていたが、今は非情に穏やかな表情をしていた。


「ちょっとはスッキリしたかよ?」


 いいガス抜きになって、このまま戦いが終わればいいのだが……。


「ああ、おかげ様でな。てめぇをぶち殺すアイデアが浮かんだわ」


 不敵な笑みを浮かべる黒闇。


 どうやら本当の戦いはこれからになりそうだ。

 冷静になられると、簡単には勝たせてもらえそうにない。

 正直、怒り任せに暴れているうちに倒しておきたかったが、こちらの攻撃力が足りなかった。


「いくぞ、クソ野郎!」


 靄がオレに向かって飛んでくるが、オレは瞬時にそれを避ける。

 今までなら回避と同時に攻撃を行っていたが、今回は黒闇に攻撃を仕掛けず、離れて観察した。


 黒闇の周囲には、靄が無尽蔵に暴れまわっている。


 やはり、もう簡単にはいかない。

 考えたらすぐにわかる。

 オレは消えたと同時にどこかに現れるのだから、消えたと同時に自分の周囲を攻撃すればいいだけだ。

 そうすることにより、オレの攻撃を封じることができる。またはオレに攻撃できるのだ。


「やっぱりこねぇか! それならそれでいいけどよぉ!」


 黒闇の周囲で暴れまわっていた靄が薄く広がり、草原に突き刺さった。

 そして勢いよく振り上げられる。


 砂かけ。


 そう言えば可愛らしく聞こえるが、規模がやばい。

 小さな湖なら埋まりそうなほどの大量の土。そしてその中には石ならまだしも、大きな岩まで含まれていた。

 それらがあっけなく舞い上がり、周囲を飲み込もうと迫る。


「凶悪すぎるだろ……」


 迫りくる土石流を見上げ、思わずつぶやく。


 しかし、これはチャンスでもある。


 オレはそう判断するなり、即行動に起こした。

 一番大きな岩に移動すると、その岩に手を触れ、


「んあ?」


 黒闇の頭上へと岩とともに移動した。


 大量の靄は、オレの遥か後方。

 振り上げられた靄は、上空に存在している。


 つまり黒闇は完全に靄から孤立している状態。


 ならば後は自由落下する岩で黒闇を潰すだけ。


「失敗したぜ……。誘い込むつもりがよぉ」


 だが、岩は空中で止まっている。


「ま、潰れるならそれでよかったし、違うならさ……」


 オレは黒闇の目の前へと出現し、足を地面にしっかりと踏みしめながら、拳を思い切り握り締める。


「ぶん殴るだけだ!」


 力の入った拳を、黒闇の顔へとぶち込んだ。


 吹き飛ぶ黒闇の頭上には、人と同じような大きさの手があり、それが岩を掴んでいた。

 指が岩に簡単にめり込み、岩が落ちないように支えている。


 この理不尽なまでの力の差を目の前で見せつけられると、本当に嫌になる。


 オレはその場ですぐに飛びあがり、移動した。


 草原が掘り返されて剥き出しになっている地面に、岩が叩きつけられる。


 黒闇は、フラフラと立ち上がり、


「移動できるもんならしてみろやぁ! クソ雑魚があああああああああ!」


 血反吐を吐き散らしながら、大声で吠える。

 靄が土という土を舞い上がらせ、空気という空気を土へと染めていく。


 もはや草原の原型など跡形もなくなり、一気に侵食する土。


 その飛来する土は、オレをも包み込んだ。


 今のままでは黒闇には絶対に勝てない。


 こうなったら覚悟を決めるしかない。


 オレは、自分の決めた一つのルールを破る。


「っ!? てめぇ、障害物があったら移動できねぇんじゃなかったのかよ!?」


 土の中に現れたオレを見て、黒闇は目を見開いた。


「誰がそんなこと言ったんだ?」


 そんな黒闇の腹部に、容赦なく拳を突き刺した。

 黒闇は苦痛に顔を歪めるが、オレの攻撃は止まらない。


 もう、止めない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 殴り、蹴り、肘打ち、膝蹴り。


 生身から繰り出される、ありとあらゆる打撃を、ありとあらゆる角度から幾度どなく浴びせかける。


 一秒間に約十回もの攻撃の嵐。


 ほとんどオレ姿を認識できないだろう。


 それほどまでに刹那の猛攻。


 それをオレが疲れて動けなくなるまで、繰り出し続けた。


 舞い上がっていた土が全て地面に落ちると同時に、オレと黒闇は地面へと倒れ込んだ。


「がはっ……」


 黒闇は咳き込みながら、血をまき散らす。


「まだ……気絶もしねぇのかよ……」


 どれだけタフな男なんだ……。


「……ぐぞっ……うごげねぇ……うごがぜねぇ……」


「こんだけボコってまだ動いてたら、さすがに引くわ」


「……っ……ちくしょうが……」


 黒闇の目からは涙が溢れ出ていた。


 オレと黒闇の勝負は、オレの勝ちで終わりを告げたのだった。

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