第4話  シンパシー

 似ている言語すら思い浮かばないような言葉を喚き散らす集団。

 何やら怒っているようだが、その理由はきっと横たわる龍だろう。なんせその龍を見て涙を流す者もいるので、間違いないと思う。


 それにしても先ほど上空から見えた長方形の台と思わしき物だが、それは絨毯だった。それもただの絨毯ではなく、空中に浮いている。物がたくさん載っているのにもろともしていないようだ。

 魔法の絨毯とでも言えばいいのか。


 その現実を見えても、こちらサイドに驚きはない。それもそのはず、こちらには色々と出来る超能力者だらけなのだから……。


 ともかく相手がどんな集団にしろ、まずはコミュニケーションを取らないと話にならない。


 オレが考えたと同時、想樹そうじゅさんが一歩前に出る。


「話して……みるね……」


 小さく発せられる声。

 話すと想樹さんは言うが、言葉はもちろん通じやしない。


 しかし、想樹さんならば、言葉のわからない彼らと心を通わせることができる。


 能力、シンパシー。


 それは相手の心を読めるだけでなく、送ることもできる。

 もちろん心を通じ、声を発せずに会話もできるが、その能力の本質は感情の共有だ。


 想樹さんが彼らに、『わたしたちは危険ではないですよ』と言葉ではなく、感情で伝えることができる。それは人間だけでなく、動物相手でもそうだ。だからさきほどの龍とも感情を共有したのだ。


 その結果、あの龍は意思の疎通が取れない相手だった。

 しかし今回の相手は人間。間違いなく話が、心が通じる相手のはずだ。


 それなのに、返ってきた反応は明らかに敵意だった。

 想樹さんでなくてもわかる。険しい表情で、武器を構えるさまを見れば、嫌でもわかってしまう。


 そして多数の光の輪が空中に浮かぶ。

 それは、オレたちの教室に広がった、魔方陣のようなものと形状が似ている。一つ一つは確かに違うし、サイズだって小さい。

 だが、それはきっと魔方陣であっていて、それが今まさに、発光している。


 これから何が起きるかなんてわかりやしない。

 ただ、良くないということだけはわかる。


 いち早く、行動したのはオレと黒闇くろやみ

 オレがその場で飛ぶのと、黒闇が靄を噴出させたのが同時だった。


 オレは想樹さんの元へ出現すると、そのまま想樹さんを抱きかかえ、再び地面から飛ぶ。


 次にオレの視界に映る光景は、放たれたであろう多数の炎の塊や氷の矢などなど、様々な異常的現象。そして、それら全部をファンタジーの軍団ともろとも、黒いもやが薙ぎ払う姿だった。


「容赦ねぇな……」


 思わずそんな声が漏れてしまうほど、圧倒的。

 本当に想樹さんのこととなると、黒闇は……。

 そんなことを考えた瞬間、


「いってぇ」


 オレの右頬に小さな拳が突き刺さる。


「……おろして……」


 頬を淡いピンク色に染めながら、想樹さんはキッと睨む。

 余計なことを考えてすみませんでしたと、心の中で思いながら、想樹さんを降ろす。


「ん」


 想樹さんは制服のスカートをパンパンとはたき、形を整えていた。



 そんな想樹さんはいいとして、轟音を鳴らし、地をえぐりながら攻撃を仕掛ける黒闇。

 大量の土と大量の人が軽々と吹き飛んだ。

 悲鳴を上げ、わが先にと逃げ惑う人々。

 戦場は大混乱している。それも一方的に。


 こちらサイドと言えば、RPGはいつものようにゲームしているし、さななこさんはるうと一緒に何やらお喋りをしている。

 今の状況で、この呑気さはすごいと思う。


 しかし一方で黒闇の戦闘をしっかり見て応援するやつもいるし、ファンタジーの軍団を憐れむやつだっている。

 本当に多種多様な反応。

 そんな中、オレの隣に立つ想樹さんが、オレの袖を掴んだ。


「捕まえて……」


 オレを袖を持つ手とは逆のほうの手で指差す。その先をたどると、マントのフードが捲れ、あどけない少女の顔をした女性が逃げているのが目に入る。

 オレたちと同じような年頃の女の子だ。

 その女の子の顔は恐怖で青ざめており、今にでも泣き出しそうになっている。


 そんな子を捕まえろと言うのか。

 想樹さんの言うことだから、何か意図があるのだろう。気は進まないがやるしかない。


「わかった」


 想樹さんがオレの袖から手を放すと同時に飛び、着地する。

 突然現れたオレの姿を見て、目を見開く少女の顔。その首根っこにオレは右腕を当て、


「はいごめんね」


 あっさりと捕まえる。


 少女は何かを喚きながら、オレの腕を必死に振りほどこうともがく。

 あまり抵抗されても面倒なので、オレは早々にその少女を抱えたまま、飛ぶ。


「ただいま」

「……ぐっ、じょぶ……」


 親指を立てる想樹さんを見みながら、オレは掴んでいた腕を放す。

 突然敵地のど真ん中に連れて来られたその少女は、ますます顔を青くしていき、その場にへたり込んだ。目からは涙がつーっと流れている。


 心中で絶望をひしひしと感じていることだろう。


 そんな少女など目にもくれず、逃げていく軍隊。助けようとする者は一人もいない。

 少女は置き去りにされ、軍隊はそのまま見えなくなった。


「だいじょうぶ……だよ……」


 そんな少女に、優しいまなざしを向ける想樹さん。きっと心も送信していることだろう。

 少女はその伝わってくる気持ちを受け入れていいのかわからず、おろおろと視線を迷わせている。


「だいじょうぶ……」


 想樹さんは震える少女の手を優しく掴み、微笑む。


「あなたの気持ち……知ってるから……だから……次は口で……お話ししよう?」

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