第11話 おっさんの目にも涙

 門の待合所から冒険者ギルドまでは、そんなにはかからずに着くことができる。

 そんな距離なんだけど、急に降り出した雨が容赦なく俺を叩きつけてくる……通り雨だろうか。

 俺はかなりの急ぎ足で冒険者ギルドまで向かうことになってしまった。


 冒険者ギルドは、ふだんより少し静かな様子だ。

 先ほどの急な雨にやられて、冒険者さんたちはどこかで雨宿りでもしているのかな?

 夕暮れどきはクエストの納品などで本来は賑わっているはずなんだけど、今日はどこが静かで。

 俺は、そんな冒険者ギルドに入ると、早々に納品窓口に向かった。


「すいません。ゴブリン調査の報告と納品にきました」

「お、ゴブリンとは頑張ったなぁ、それで調査の結果はどうだったんだい? 」

「はい、ボルン森林に調査に行ったところ、確かに奥の方に洞窟があって、ゴブリンが8匹いることが確認できました。それと退治を……」


 俺の続くはずの言葉はおっさんの大きな声に遮られる。


「なんだって! やっぱりいたのか、まぁ、あの森林の近くで失踪して捜索中の者が何人かいてなぁ。そうかぁ……」


 失踪の原因はゴブリンの犠牲になったからなのか、それとも、ただどこか遠くで今でも普通に暮らしているだけだからなのか。

 疑問を抱きながらも、このおっさんはいつもの威勢の良さのままに、きっと今でも元気に生きているはずだと、そう心のどこかで信じていたんじゃないだろうか。

 だけど、それも俺のゴブリンを確実に見たと告げたその言葉によって、まさしく、もう消えた人たちはゴブリンにさらわれてその餌食となっている可能性が非常に高いだろうことに嫌でも目を向けさせてしまった。

 

 いつものカラッとしたようなおっさんの顔はなりをひそめ、ふだんより険しくみえて、目元には少し涙が浮かぶと今にも男泣きに泣いてしまいそうに見えてしまう。

 もしかしなくても、行方不明者の冒険者にはおっさんの知り合いの冒険者さんがいたんじゃないかな……。

 俺も今さらながらに失踪した人のことを考える。あの洞窟の中の暗闇に無数に散らばっていた骨と肉の中には……。

 俺はそう考えて、心の中で黙祷を捧げる。どうか安らかに眠ってくれと……。


 そんなおっさんの様子が急に変わった。それはなにかを決意したかのようにもみえて。


「兄ちゃん、報告ありがとうな。ゴブリンについてはこれから討伐隊を組んで退治することになる! 兄ちゃんはFランクだから参加できないけどな。それでも、報告だって立派な任務だからな。誇っていいぞ! 」

 

 そう言ったおっさんの目元からは今はもう確かに大粒の涙が流れていた。

 そう、泣いていた。おっさんが、まさしく男泣きに泣いていたんだ。

 俺は言葉もなくただ黙ることしかできない。

 どうしようもない現実を、おっさんは今までその身で一身に受けながらも必死に耐えてきたのだろう。

 ただ、それも俺の一言が原因で……とうとうおっさんの涙を抑えていた最後の堤防の一欠片をも決壊させてしまうことになった。


 やがて、おっさんは気持ちを切り替えたいのだろう、両の手にグッと力を入れると自分の両頬を思いっきり叩いた。

 

 パシーん


「よっし。これでもう大丈夫だ。兄ちゃんにも無様な姿を晒しちまったな。忘れてくれよ! 」


 おっさんの泣き笑いの表情は、必死に前に進もうとしているようにみえる。


「そうだ、兄ちゃんは報告とあとは納品だったな。薬草類はうちでも必要としてるからな、いつもの籠に頼むわ! 」


 無理にふだんの様子と口調をよそおったように、そう言ったおっさんをいじましく感じる。

 そして、そんなおっさんが少しだけ可愛いらしく見えてしまう俺は、きっとなにか新種の病気にでもかかってしまったのだろうか。

 我ながら少し心配になる。


 俺は納品のためにポシェットに手を入れるとおもむろにゴブリンの右耳を取り出した。


「その、今日の納品はゴブリンの右耳なんですが……」

「おい! こいつはまさか……ボルン森林のゴブリンか!? 」

「はい。その先ほどの調査報告の通りにボルン森林には確かにゴブリンが8匹いました。洞窟に住居を構えていたようで。ただ、そのうちの6匹の右耳しか持ってくることができなかったんですが……」

「ふーむ。ほかにはゴブリンは確認できたのか? 」

「いえ、残念ながら確認できていません。もしかしたら、あれだけ広い森林ですから、ゴブリンがほかにもいるのかもしれませんが……」

「うーむ、なるほどな。まずはさっそくゴブリンの右耳、確認させてもらうぞ」


 おっさんは1つ1つのゴブリンの耳を手に取り確認していったが、その手が1つの大耳を手に取った瞬間、停止した。 


「ふむ……こっちの5つは、まぁいってみればふつうのゴブリンの右耳だ。しかしなぁ、この黒ずんだ大耳は……」


 大耳を細部に至るまで注視するおっさんの視線は厳しい。


「真斗、正直に言ってくれ。この大耳のゴブリンは真斗が倒しのか? それともほかの強い冒険者からのおすそ分けみたいなものか? 」

「その大耳を含めて、ゴブリン8匹すべて俺が倒しました! 」


 嘘ではないからね。


「ふーむ。そうか……疑ってすまなかったな」

「その、この黒ずんだ大耳はな、ゴブリンの中でもちょっと別格でな。真斗はゴブリンが進化するとどうなるか知ってるか? 」

「すみません。勉強不足で、そのお恥ずかしい話まったくわかりません」

「いや、謝ることじゃないんだよ、こいつはふつうは遭遇することがめったにない。そう、ゴブリンマイスターの大耳だからな」

「ゴブリンマイスター? 」

「あぁ、ゴブリンってのはな、たまぁに進化する個体が出てくるんだがな。さらにその中でも選ばれたある一定数の個体だけはな、なんでか知らないがどんどん黒く変色していってな、それにともなって、耳もどんどん大きくなっていく」 

「それでな……真っ黒になったその進化の行き着く先が、ブラックゴブリンキングだ。こいつは、まぁ最低Bランク以上の冒険者で、なおかつ、複数名でパーティを組んで挑まないとまず勝てない相手だ」

「まぁ、真斗の持ってきたのはまだキングにはなっていない、まぁいってみれば成りかけの個体だな」


 ……ゴクリ

 俺は思わず息を飲んだ。


「そうでしたか……」

「そうは言ってもな、キングのなりかけを倒したんだってんならたいしたもんなんだぜ! 自信を持つことだな」


 そう自信を持てと言ってくれるおっさんの笑顔はカラッとしていて妙に心地よい。

 しかし、あの、真っ黒なゴブリン、まさかあれはブラックゴブリンキングだったんだろうか?

 まぁ、今となってはわからない話だ。


「そうだ、兄ちゃん名前はまだ聞いたことがなかったな。なんていうんだい? 」

「あ、自己紹介が遅れまして、申し訳ありません。俺は北条真斗って言います」

「なら、真斗って呼ばせてもらうな。わしのことはハンスと呼んでくれて構わないぞ」

「真斗、そのな? 」

「はい」

「フランの仇をとってくれてありがとう! 」


 急に頭を下げてくるハンスさんに俺は戸惑うことしかできない。


「もしかして、フランさんは……? 」


 つい問いかけてしまった自分の言葉は今さら取り消すことができない。

 その言葉を受けてハンスさんの顔が苦痛に歪む。


「フランはな、ボルン森林で最後に姿が確認されて以来、ずっと姿を消してるんだよ」

「そうだったんですか……」

「あぁ、フランの生きた証にな。フラン・カルマンっていう立派な名前を、真斗も覚えていてくれるとわしは嬉しい」


 どうゆう関係なんだろう?

 そんな疑問から、ついふとハンスさんに鑑定をかけてしまった自分が恨めしい。


 ハンス・カルマン

 説明

 人族の男。54歳。男手1つで娘を育てた立派な男だ。もうわかっておるのじゃろ?


 鑑定さんに言われるまでもなかった。

 氏名が一緒だ。ハンスさんの娘さんだったんだ……。


 そのあと、ハンスさんは俺に精算金額として、計9銀貨を会計用のトレイに置いてくれた。

 ハンスさんはよっぽど辛いはずなのに、しっかりと納品業務をいつもと変わらない様子でこなしている。

 なのに、俺は……。


 パシーン

 

 俺はハンスさんがしていたように両の手で自分の頰を思いっきりひっぱたいた。

 痛い、痛すぎてヒリヒリしてくる。

 だけど……うん、気合が戻ったな!

 

 ハンスさんの頰はさっき自分で思いっきり叩いたせいだろうか、妙に赤らんでいる。

 きっと、ハンスから見た俺の頰もおんなじようなものなんだろうな。

 ハンスさんも俺が頰を張るそんな姿を見て、自分と同じ気持ちだと察してくれたのだろうか。

 少しだけほのかに笑いあった俺とハンスさんの間に漂う空間は、一種独特なもので妙に微笑ましくもあり、ただそれは間違っても俺とおっさんの間に漂っていい雰囲気ではないのではないか、とも確かに思わせる。

 

 人のいない冒険者ギルドは遠く雨の音が聴こえるのみで、ふだんはギルドを賑わしている冒険者さんの声もあまり聞こえてこない。

 そんな静かなギルド内の少し離れた場所からは、ただただ受付嬢さんの視線が俺とハンスさんを見守っている。



「それでな。真斗はこれで今日からEランクに昇格だな! 」

「えっ。もう昇格ですか? 」

「あぁ、真斗はガロン草の納品をずいぶんとしてくれていたろう。あれでずいぶんポイントを稼いでてな」


 おっさんはそこまで一息に言うと、感心したのか、大きく息をはいた。


「それで、今日のゴブリンマイスターだ。当然の結果だな」


 なるほど。

 確かに、クリスさんのことがなければ、俺はおそらくゴブリンを討伐しようとは思わなかった。ましてその上位個体であるゴブリンマイスターだ。

 正直、怖かったしね。

 

 しかし、仮にも騎士のクリスさんがなんでゴブリンに連れ去られていたんだろうか? ふと感じていたそんな疑問に答えは示された。

 うん、ブラックゴブリンキングだったんじゃないだろうか、あの個体。


 まぁそれにしても、そんな個体も含めて8匹も退治したんだ。

 うん、少しは自分を認めてあげても良いのではないかな?


「受付窓口にこのランクアップ証明書を持っていってな、ギルドカードといっしょに受付嬢に渡してくれ。そこでランクアップ手続きだな」


 手渡された証明書は確かに俺がEランクにランクアップすることが明記されていて、証明書はハンスと記載されていることが確認できる。


「なるほど。わかりました。今日もありがとうございました」

「いつも、いいもんを真斗は納品してくれるからな、こっちこそありがとうだよ! 」

「はは」


 なんとなくハンスさんと笑いあった俺はそのままハンスさんに見送られて納品窓口を出ようとして。


 バシッ


 急に肩を叩かれた。

 

「次は、Dランクが目標だな。頑張れよ! 」 

「はい! 」

 


 いつもより歩く足取りは少しだけ力強く、俺はその勢いのまま、すぐそこにいる受付嬢さんの前に向かった。


「すいません! 」

「はい。冒険者ランクアップ申請ですね。それではお手数ですが、ギルドカードとランクアップ証明書を提出してください」


 俺はすいませんとしか言っていないはずなのに、なんでランクアップ申請だとわかった?

 俺は受付嬢さんに言われるままにギルドカードとランクアップ証明書の2つを提出用のトレイに置いた。


「少々お待ちくださいね」


 受付嬢さんは、俺のギルドカードとランクアップ証明書を手に取り少し確認すると、そのまま奥の部屋の扉を開けると中に入って行った。

 少しすると受付嬢さんは足早に俺の元まで戻って来て、新しいピカピカのギルドカードを手渡してくれた。

  

 どれどれ。

 ギルドカードを見てみると、うん、カードに記載されていたFの文字がEになってるね。

 これは素直にうれしかった。

 自分の頑張った結果が素直に反映されているからだろうか、新しいギルドカードを手に持ったままほんの少しだけど立ち止まって、そのままついつい眺めてしまう。

 よし、次はDランクだな!


 

 まぁ、そうはいってもそろそろ疲れもたまっていて、俺はひとまずは宿屋『緑葉亭』に帰ることにした。

 冒険者ギルドのすぐ外はもう雨が止んでいて、太陽を遮っていた雲はもう彼方に見えている。

 そんな空から差し込んだ太陽の光は、どこか、涙にも負けずふだん通りの様子に振舞っているハンスさんを思わせて、その輝きも力強い。


 道中、俺はマリーナさんの薬草店に目を向けてみる。

 残念ながら『マリーさんの魔法薬草店』の表戸にはまだ、休業中のプレートがかかったままだった。

 石化の解除、うまくいっているといいんだけどな。 

 そう思いながら、俺はそのまま宿屋『緑葉亭』に扉をくぐった。


 緑葉亭は夕刻からもう本当に忙しそうで。

 そこここのテーブルは冒険者ふうの男女でごった返している。

 俺はひとまず、おかみさんに今日も1泊することを告げる。


「あぁ、ソニアから聞いてるよ! 晩飯は食べるのかい? 」

「はい。ぜひ! 大盛りでお願いします! 」

「あいよ! 」


 正直、もうお腹ペコペコだよ。

 食欲をそそる匂いが、お店いっぱいにひろがっている。

 中には、もうエールを飲んでいるおっさんたちもいて、すでに赤ら顔だ。


 そんな店内を見渡していると、ソニアちゃんが大盛りのお皿に入れた肉野菜炒めをよたよたと、一見こぼしてしまいそうな様子で運んで来る姿が見えた。

 倒れそうで倒れないソニアちゃん。

 さすがベテランだね!


 俺はテーブルに並べられた野菜炒めをフォークでつついて食べていく。

 硬いパンを、スープに浸して食べてみると、鳥からとったダシなんだろうか。

 口内を満たす異世界ならではの味のハーモニーが、今日の疲れを癒してくれる。


 俺は食事の評論家ではないけれど。

 率直に言っておいしかったな。

 一気に空になった大皿には、もうかけらの野菜も肉も見当たらない。

 完食しました。


「ごちそうさまでした! 」


 そう言って席を立つと、ソニアちゃんは俺をを見てすぐに声を張り上げてくれる。


「お兄ちゃん。いつもの部屋だよー」

「わかったよ。ソニアちゃん! 」

 

 階段を上がると、昨日の部屋に入る。

 よく清掃されている。

 掛け直したばかりなんだろうシーツにはピシッとしていて、あまりシワも見当たらなかった。


 俺はベッドに腰をかけると、今日のことを思い返す。

 異世界は次から次へと本当に忙しい。


 この異世界も、結局は地球にいたころと同じように光があって闇がある。

 だけど、お日様の元に照らされる空は同じようにいつだって青く晴れ渡っている。

 俺は、スッと意識を失って、そのまま眠りについていく。



「フンゴアアアアア。グゴオアンウゴアア」

「フンゴウガフゴ。アリシア……フンゴア……フンゴツ……フランちゃーん……ぐへへへえ」


 なにか忘れてはいけない大切な言葉がシゲさんのいびきに中に混じって聴こえてくる気がした。

 ただ、充分に疲れていたおかげだろうか。ありがたいことにこの日の俺はもう目が醒めることもなく、夜はふけていった。

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ちょっとおバカな鑑定さんといっしょに歩く異世界道中記〜願いを力に変えて〜 @ougidono_hikaru

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