第10話 騎士の誇り

 俺は街道に出るとさっそくに、野原を右に向かった。

 まずはボルン森林を見てみないことにはいろいろと始まらないしね。

 野原には稀にマーネ草を探して歩いているのかな。

 新米冒険者ふうな男女が、まるでピクニックさながらに、バスケットからお弁当を取り出せ食べている姿が散見される。


 俺はそんな草原の日常風景を眺めるとはなしに眺めながら、しばらく東に歩いて行った。

 やがて、目の前には鬱蒼とひろがる森林の姿が見えてきた。

 間違いない、ボルン森林だろう。

 ここには、ゴブリン、ファンタジー定番の怪物がいるはずで。

 俺は森林の前で立ち止まると、さてどうしたものかと少し考える。

 

 ただ、黙って突っ立っててもしょうがないからね。

 まずはちょっとだけでも森に入ってみようか……。


 俺はそろそろと進んでいく。

 っと。この感覚は。

 薬草を探知していた時に感じた感覚となんとなくだけど似ている。

 俺はスキル大聴力を発動してみる。


「キャ、キャ」

「ギース! 」

「モガアア! 」


 会話なのかな、これは。

 ただ、俺の翻訳スキルでもわからないってことは、少なくとも言葉ではないはずなんだけど、複数匹の生き物の声は確かに聴こえてくる。

 

 俺は音のする方まで、さらに忍び足になると、足元の木の枝を踏んで音を出したりしないよう気をつけながら音の方まで近づいていく。

 そして、木の陰からこっそりのぞいてみると……そこには確かに緑色の体色をした小人たちがいた。

 鑑定!

 

  ゴブリン

  説明

  森の小人。錆びた鉄の剣で切られると、破傷風みたいになっちゃうよ!


 なるほど。確かに鑑定したゴブリンは、赤茶けた鉄のような剣を手に持っている。

 ほかにも数匹のゴブリンが確認できる。

 どのゴブリンもそれぞれ、手に槍や、棍棒なんかを持っていた。


 俺は、さすがにちょっと怖気づいてしまった。

 1人で突っ込んで勝てるのか、これ。

 現代日本では、刃物を持ったやりとりなんて、まるでしたことのない俺だった。


 うーん。今日のところは、とりあえず勇気ある撤退をすべきではないだろうか?

 よし、帰るか!

 そう思って、俺は踵を返すと、そろそろと森の入り口まで戻ろうと足を向ける。


 その時だった。

「ボギャアアアア! 」

 大きなうなり声が森林を揺らした。

 うぉ、バレたか、これ。

 

 空気に緊迫感が漂う。

 俺は立ち止まり、木陰のそばに隠れてひっそりと状況の変化を待つ。


 大丈夫だ、バレているはずがない。

 そうして待つこと数秒。そろそろとゴブリンたちから離れようと思った矢先のことだった。


「いやあああああ。助けてーーーーー」

 それは明確に女性の悲鳴だった。


 まじですかー。

 俺は、戻りかけた足を止める。

 俺は大木から少し顔を出してゴブリンの様子を伺ってみる。


 女性が両足を持ち上げられていて、そのままズルズルとゴブリンに引きずられている様子が遠目に見える。

 そして、そのまま山の中腹に見えている洞窟まで引きずられると洞窟の闇に姿が消していった。


 俺は正直帰りたいんだけど……ここで逃げるわけにもいかないよな……。

 俺は決意を新たに、ゴブリンを再度覗き見る。

 

 洞窟に入ったゴブリンについて行くように、2人のゴブリンがあとを追い洞窟に入っていく。

 見張りだろうか。2匹のゴブリンは洞窟の前をうろついている。


 俺は少し大きめの石を手に取るとスキル怪力を発動し、自分の向かいの洞窟の上に大きく放り投げる。

 石は大木に当たると跳ね返ると、洞窟に入り口に向かう急傾斜を勢いよく転がり落ちていく。

 2匹のゴブリンは音の方が気になるのだろう、洞窟の入り口まで向かうと足を止めて上を見上げようとして。

 まさしくその瞬間に、上から転がり落ちてきた石が1匹のゴブリンの頭部を直撃する。


「グギャアアアアアッ」


 頭部を潰されてそのまま倒れるこむ姿が確認できる。

 よし!

 俺は手に力を入れると、残ったもう1匹のゴブリンに向かって剣を構える。

 スキル、疾風!

 文字通りに風のようなスピードでゴブリンの体を鉄の剣が刺しつらぬいた。

 

「グベラアアアアッ」


 ゴブリンは小さくうめき声をあげると倒れ込んだ。

 ただ、勢いが強すぎたんだろう。

 俺はゴブリンを刺しつらぬいたそのままにゴブリンといっしょになってゴロゴロと転がってしまう。

 結構な音が響いた。

 しまった! 気づかれたか?


 洞窟の中にいたはずのゴブリンが1匹、音につられて出てきたようで手に持った棍棒を振り回しながら、俺に向かってめちゃくちゃに走ってくる。

 ……どうしたらいい!?

 俺は気が動転してたのもあるんだろう。

 俺にできたことは、ただむやみやたらに鉄の剣を振り回すことだけだった。

 それは偶然、いや、必然なんだろうな。

 俺が買ったばかりの鉄の剣は、ゴブリンの持っていた棍棒ごとゴブリンの体を真一文字に斬り裂いていた。

 切断されたゴブリンの体からは血がとめどなく噴き出してくる。

 

 まさしく、メイアさんに命を救われた形だ。

 すごくよくできた鉄の剣。納得だ。


 俺は、剣についた血を大きく振り払うと、洞窟の中を覗いてみる。

 洞窟の中は、暗くてなにも見えない。

 ただ、ゴブリンは夜目がきくそうで、こちらの姿は見えてしまうだろう。

 それに、洞窟の中では、おそらくは少しの物音すら命の危機に直結する。

 くそっ。どうにかできないか?

 女性の声は洞窟の奥の深淵に消えて、今はもうわずかにも聴こえてこない。

 

 俺がそう思ったまさしくその瞬間だった。

 暗闇と同化して消えていた洞窟の黒にどんどんと輪郭が生まれてきた。

 え……?

 上と下にでこぼこの地形。

 蹴れば音を立ててしまいそうなそうな小石まで。

 俺の目にははっきりとそれらが浮かんで視えてくる。

 これは、まさか!

 鑑定!


  北条真斗

  説明

  人族の青年。22歳。女の子を助け出すんだ、真斗ファイトなのじゃっ!

  特殊

   願力

    発現

    パッシブスキル

    翻訳、未来視、探し物探知、剣術

    

    アクティブスキル

    鑑定、大聴力、疾風、怪力、生活魔法、火魔法、アイテムボックス化

    靜足、透明化、夜目

 

 スキルが増えてるわ。

 それぞれに鑑定をかけて確認する。


   剣術

   説明

   1人前の剣士の証明。一通りに剣を扱える。


   靜足

   説明

   足音を立てずに移動する。気づかれにくい。

 

   透明化

   説明

   透明になる。たとえ目の目にいても気づかれないだろう。


   夜目

   説明

   夜の暗闇も見通すことができる。


 4つ、どれもすごいスキルなんだけど。

 ただ……これなら助けられる。

 そして、俺の圧倒的な経験不足をも補うことができるだろう。

 ただ、初めて使うスキルだ。

 正直、その効果も自分の中では不明で、自信はなかった。

 俺は腹に力を込める。

 とにかく助ける!

 

 俺はそう気合をいれると、今回手に入れたスキルを発動する。

 スキル、靜足、虚空、剣術、夜目

 あとはそうだな。

 大聴力、怪力だ!


 今持っているスキルで使えるものはすべて使った。

 俺は、物音1つ立てずに洞窟に向かうと、その暗闇に溶け込んだ。

 およそ前方30メートルくらいだろうか。

 先ほどの女性だろう。洞窟をズルズルと引きずられる音が聴こえてくる。


「……シクシク……グスッ……」


 すべてを諦めてしまっているのだろうか。

 女性はもう叫ぶこともなく、ただうめき声とすすり泣く声のみがわずかに洞窟内を反響するのみだ。


 俺は、スキルの力により暗い洞窟を淀みなく進んでいく。

 洞窟の中ほどは、少し開けていて大部屋のような空間がひろがっていた。

 中ほどには、人骨だろうか。さまざまな動物の骨が散らばっている。

 また、大部屋からはさらに小さな部屋になっているのだろうくぼみがいくつか確認できる。

 

 先ほどの女性はその1つの小部屋になっているのであろうくぼみに、ゴブリン3匹とともに引きずられながら連れていかれた。

 急がないといけないな……。

 

 俺は、俺はゴブリンの人数と、それぞれの位置を確認する。

 全部で8匹。

 うち3匹は、女性と小部屋に入った。

 まずは5匹なんだが。

 

 俺は大部屋の左方に布で貼られていたテントのような覆いのうしろに隠れると、その中で眠っているゴブリンの首元めがけて一気に剣を突き刺した。

 ゴブリンは声も立てることもなく絶命する。

 

 俺はさらに左から回るように静かにゴブリン2匹に近づいていく。

 そのとき、1匹のゴブリンが俺の方を振り向いた。

 俺とゴブリンの視線は明らかに暗闇の中で絡み合い、見つめあう形になる。

 気づかれたか!?

 俺ははやる鼓動を抑えるように剣を握る手にグッと力を込める。

 緊迫する時間が続いて。


 ゴブリンは何事もなかったかのように、俺の目の前を通りすぎていった。

 えぇ?

 そうか、これがスキル透明化か。

 俺はまったくゴブリンに気づかれていなかった。

 

 ただ、そうはいっても初めて使用しているスキルだ。次も同じように気づかれないという保証はないし、その自信もなかった。

 俺はそっとゴブリンのあとを追うと、その首元めがけて横から剣を一閃する。

 あまりに切れ味が鋭すぎるせいだろうか、ゴブリンの首は切られた勢いのままに、地面を大きく転がってけっして小さくはない音を立ててしまう。

 

 残り2匹のゴブリンは、物音めがけていっせいに駆けよってくる。

 もう正面から殺りあうしかないだろうか?

 俺はゴブリンの後方に物音1つ立てずに移動すると、その心臓を1突きに刺しつらぬく。

 

「グエェェェ」


 ゴブリンのうめき声に、今度こそ俺の存在は気づかれてしまったのだろうか。

 手に持った鉈をやたらめったらに振り回しながら、俺の方めがけて突進してくる。

 俺はすんでのところでそれを避けると、剣を大きく上に掲げ上段から一気に振り下ろした。

 

 ザシュッ

 

 ゴブリンは頭から股まで一気に両断される。

 吹き出した血が俺を中心にしてあたりに撒き散らされていく。

 

 よし。あとは女性だ。

 結構な時間が経ってしまっている。

 急がなければ!

 俺は女性が連れ込まれた小部屋となっているくぼみへと進んでいく。

 

 やがて、木でできた柵がさらにある小さな小部屋との間を仕切っていた。

 そして、そこを越えた先に女性が囚われていることが確認できた。

 女性は両の手を1匹の真っ黒なゴブリンに強く押さえ込まれ、洞窟の壁に押し付けられている。


「ウガアアアアア! 」

「ウボオオオオオ! 」


 黒くなりかけの2匹のゴブリンはお互いに威嚇しあっているようだ。

 女性を巡って、まるでその所有権を争っているかのようにもみえる。

 その目は、抑えきれない獣欲に充血していることが、暗闇の中で嫌でも視ることのできてしまう俺にはわかった。

 今にも女性に襲い掛かりそうだと。

 しかも、なお、状況の悪いことには、この3匹のゴブリン、特に中央の真っ黒なゴブリンからは明らかにほかのすべてのゴブリンとは格が違うのだろう。

 俺はそのプレッシャーにまったく身動きをとることができなくなる。


 女性はそんな状況にもかかわらず、まだ諦めてはいないのだろうか?

 それとも最後の誇りからなのだろうか。

 俺には先ほどまですすり泣いていた女性にはもう見えなかった。

 

 それはまるで、大軍を指揮する騎士隊長が大勢の部下に命令を下すかのような、そんな威圧感が女性からは急に発せられている。

 その凛々しい姿のままに、強くゴブリンをひと睨みにするとその空気の変わりようは俺にまで波及して、俺はわずかに後方に足を下げてしまう。

 真っ黒な凶悪そうなゴブリンすらも当たり前のように、その威圧感に押さえ込まれると沈黙した。

 洞窟は本来の静寂を取り戻す。

 朗々とした女性の声が洞窟の中に響きわたった。



「くっ。殺せ! 」


 この異世界はいつだってこうだ。

 それはどんな極限の状態にあっても変わらないみたいで。

 くっころナイトさんだったんだね!

 よく見れば、確かに鉄でできた鎖帷子だろうか? 街でたまに見かけることのあった騎士風の鎧を女性が着ていることが確認できて、そこにはそれらしい紋章も刻まれていた。

 

 ただ、そんなくっころナイトさんの誇り高き魂の波動を目の前で見て、まして俺は実際に感じることになって。

 1つだけ俺の中で覚悟が決まった。

 そう、俺は命に懸けてもこの女性を助けたいと、このとき確かに思ったんだ。

 お願いだ、願う力よ! この瞬間だけでもいい。俺に誰にも負けないだけの力をくれ!!

 

 くっころナイトさんへの俺の強い想いはやがて願いとなって力になった。

 その瞬間、俺の右手の甲は眩いばかりに光り輝く!

 目も眩むばかりのその光は、一瞬、死んだ直後のあの不思議な世界を思い起こさせた。 

 手の甲には象形文字だろうか、不思議な文様が浮かび上がってくる。

 俺は力強く叫んだ。

 

「くっころナイトさんの手を離せええ。ゴブリンどもををを!! 」

 

 俺は鉄の剣を左手に持ち替える。

 紋章の輝く俺の右手がどんどんと熱を帯びて鉄の剣の柄がその熱さに耐えきれずに溶けかかってきているからだ。

 俺の右手に宿った熱は光となり、そして形を成した。

 そう、それは眩しいばかりに輝く光の剣!


 俺は右手の光の剣を上段に構えると、左手の鉄の剣を下段に構える。

 そして一気に3匹のゴブリンに向かって加速すると、両の手の剣をクロスさせる形で一気に一文字に切り裂いた!!


 ゴブリン3匹は一息に両断されると、その勢いはうしろの洞穴までもを深く斬りさいて、その傷跡を深く残す。

 その死体は欠片も残ることなく、わずかに1匹のゴブリンの頭部を残したままに、まるで蒸発するかのように消滅していた。

 女性はそんな俺の手の紋章を見て、そして光の剣に照らされる俺の顔を見ると安心したのだろう。

 静かに前向きに倒れると、一気に俺に体を預けるようにして気を失った。


 怪我をしている。大丈夫だろうか?

 俺は体の状態を知りたいと願いながら、スキル鑑定を使用する。

 鑑定!

 

  クリス・フォン・ノイマン

  説明

  青髪で15歳のくっころナイトさん。誇り高い彼女はその身が汚されることを決して許さない。

  擦り傷だらけだけど、命に別条はないよ。ただ、胸元の傷だけはちょっと痛そうだから運ぶならお姫さま抱っこが良いのじゃ。

  安静第一! こんなときこそポーションなのじゃ。


 なるほど。ここにきて鑑定と俺の思いが一致する。

 この女性はくっころナイトさんで間違いないようだ。

 しかし、ポーションを持っていないんだけども……。

 ただ少なくとも、くっころナイトさんの状態が命に別状のないようで、また、胸元の傷は確かに痛そうではあるのだけれど、俺の腕に身をよこたえるくっころナイトさんは今はスヤスヤと寝息を立てていて苦しんでいるふうにも見えない。

 

 安心した俺は、とりあえず今日の成果であるゴブリンの右耳を切り取っておくことにする。

 切り取った右耳は計6つだ。

 しかしどうにも、くっころナイトさんの近くで切り取った消滅せずに残った黒くなりかけのゴブリンの頭部の右耳の1つだけは、かなりサイズが大きいようにも見える。

 とりあえずポシェットにしまった俺は。洞窟内にほかの生存者がいないかどうかを確認するため、あたりを調べることにした。

 ずいぶん年季の入っているなにかの動物の骨だろうか、中にはひどく食い散らかされたのであろう食いかけの肉も確認できる。

 もうなんの生き物だったかもわからないような残骸が無数にあって、あたり一面に無造作に散らばっている。


 スキル大聴力にはなんの反応もないようで、あたりは洞窟本来の静けさを取り戻している。

 たまにコウモリだろうか、ほかにも小動物と思われる生き物の微かな鳴き声が聴こえるのみだ。

 

 俺は生存者がほかにはいないことを確認すると、気を失ったままのくっころナイトさんを鑑定の助言にしたがいお姫さま抱っこすることにした。

 両の手に抱えたくっころナイトさんが、洞窟のでこぼこに体をぶつけないよう気を配りながら森に戻った俺は、足早に街へ出るための街道まで歩いていく。

 

 やがて遠目にも街道の先に位置するシュレイン街の門が見えてきた。

 俺はいつものように門番さんにギルドカードを提示したんだけど、俺がお姫さま抱っこしているくっころナイトさんを見て、かなり慌てさせてしまっている。


「新人騎士のクリスさんじゃないか! どうしたんだ? 怪我してるんじゃないのか? 」

「あ、はい」

「どうしたんだ? 」


 あの優しかった門番さんの俺を見る目が、ふだんより厳しい。


「森に倒れていて。それで街でポーションを使おうと」

「そうか。あとはまかせてもらって良いぞ。クリス様は、公爵殿下にお仕えしている騎士様だからな。俺から連絡を入れとくぞ」


 門番さんは部下だろうか、大きな声で呼びつけると、テキパキとした指示を下す。


「ちょっとな、騎士本部までひとっ走り言って来てくれ! 」


 門番になったばかりなのだろう、10代半ばの若者が騎士本部までだろう、駆け出していった。

 ただ、なんでだろうか、ちょっと睨まれたんだけど……。


「お兄ちゃんはすまないが、あそこの待合所のベッドまで、クリス様を運んでもらっていいか? 」

「はい、わかりました」


 門番さんが待合所のドアを開けると、確かに古めかしい木製のベッドが部屋の隅に置いてあった。

 俺はクリスさんを、そっとベッドに寝かせて少し様子をみる。

 クリスさんはスースーと寝入っている。

 うん。これなら大丈夫そうだね。

 

 門番さんはそんな俺に、後ろ頭をかきながらひどく申し訳なさそうな口調で言った。


「お兄ちゃん、悪いんだけどな、これから騎士本部の騎士様がくるんだわ。事情を説明してもらうぞ」

「はい。わかりました」


 俺は了承の意を伝えると、門番さんから勧められるままに椅子に腰をおろす。

 まぁ、そうだよなぁ。

 現代日本だって、トラブルが発生すれば、その場に居合わせる人には、なんらかのの義務が発生することだってあるだろう。

 ましてや、ここは明確に貴族や騎士がいるだろう身分社会だ。

 そしてくっころナイトさんはこの異世界の騎士様なんだ。


 外は騒々しく、人の行き交う音で満ち溢れている。

 ただ、俺と門番さんと、そしてクッコロナイトさんの間にはただただわずかにくっころナイトさんのスースーとした寝息が聞こえるのみだ。

 不思議とこんな静かな時間も悪くないもんだな。

 そう思っていると……。

 

 ガチャガチャと重鎧だろうか、鉄の擦れる音とともに、精悍そうな青髪の男がやって来た。

 年のころは25歳くらいだろうか。

 金属でできた鎧の重さをまるで気にすることもなく、くっころナイトさんのところまで駆けよってくる。


「クリスーーーーーー」


 金属騎士男は、クリスさんを抱きしめた。


「よかった。本当に無事で……」


 感極まったのか、金属騎士男は泣きそうだ。

 

「誰だ、誰がやった! クリスを連れてきた男はどいつだあああ! 」


 金属騎士男は、門番さんを睨みつける。

 門番さんは大きく首を横に振ってあとずさる。


「お、俺じゃねぇ! 」


 門番さんは、俺の方をくわっと横目で見てくる。

 あの優しはどこにいった、門番さん!


「お前かっ!! 」


 今度こそ金属騎士男は、俺を睨みつけてくる。

 空気が凍る。これは殺気か?

 こいつ、まじで俺を殺る気だ。


「いや、待ってくれっ! 俺は助けたんだって! 」

 

 騎士男は問答無用とばかりに剣を抜くと斬りかかってくる。

 スキル剣術の効果だろう。

 俺はその鋭い一撃をすんでのところで受け止める。

 

「むぅ。往生際が悪いぞ! 」


 騎士はうしろに一歩下がると、剣を上段に構える。

 そして、一瞬で踏み込んでくると、剣を一気に振り下ろした。

 だから、これ死ぬって……そう思う間もなく、俺は上段からのその一撃で真っ二つに引き裂かれた。

 


 いや、まだだ。

 まだ俺は切り裂かれてはいなかった。

 

 俺は一瞬前に俺を襲った未来視による擬似的な痛みを振り払うと、目の前の男の剣に集中する。

 男は、うしろに一歩下がると、剣を上段に構える。

 このあとだっ!

 俺は問答無用で剣を、頭上に真横にかざす。


 その瞬間、とてつもない衝撃が俺の剣に叩きつけられると剣を折らんばかりの激しい音が鳴り響く!


 危なかった。

 間違いなく、俺を両断するはずだった一撃が防がれる。

 金属騎士男にとっては、必殺の剣だったんだろう。

 その顔を驚愕に歪めると、静止した。


 俺はその一瞬の隙を見逃さない。

 騎士男の腹を思い切り蹴り飛ばした。

 騎士男のプレート鎧はガツンと重たい音を立てると、体ごとそのまま壁に叩きつけられる。

 スキル怪力だ。

 ただ、騎士男の闘志はいささかも衰えていない。

 

「おのれえええ! この痴漢野郎が! もう許さん! 」

 

 男からさらなる闘気が溢れ出す。

 ゆらゆらと立ち上がると、騎士男は今度は剣を中断に構える。


「ギリアム様、おやめください。クリス様が起きてしまいますよ。今、アーシア教会の回復師もお呼びしております! 」

 みるにみかねてだろう。

 門番さんは必死に金属騎士男に冷静になるよう呼びかける。


「ぐぬぬぬ! 」

 騎士男は悔しそうにうめき声をあげると、剣を鞘にしまった。

 

「クリスは大丈夫なんだろうな? 」

「はい。彼が助けてくれたのではないでしょうか。今現在も容態は安定しております」


 門番さんの言葉に、騎士男は少し冷静になったんだろうか、1つうなずいた。


「ふむぅ」

「おい、男! クリスはどうしたんだ? なんでお前が連れてきた? おい、答えろ! 」

 

 イラッ

 俺はさすがに一瞬、頭に血がのぼった。

 本当になんだろうか、この態度は。


「俺は男でも、お前でもありませんよ。北条真斗って言います」

「それと、先ほどから聞いているとなんなんですかね。俺は、森に倒れていたクリスさんを助けてお連れしただけなんですがね」


 俺は一息にそう言うと金属騎士男から視線を外さない。


「助けただと。だが真斗とやら。聞いた話によるとだ。お前はクリスをお姫さま抱っこしてきたと、そうゆう証言が門番の若者から上がってるんだがな? 」


 見ると門番の若者がこちらを見てにやけている。

 お前のせいか?


 そりゃ、お姫さま抱っこはしたよ。

 くっころナイトさんをお姫さま抱っことかさ、それは正直いえば人生で一度くらいはしてみたかったってのもあるけどさ。

 でも、それだけじゃなくってさ、ふつうに背中に背負ってしまうと胸元の傷にさわるだろうという配慮があって、それは鑑定さんの意見とも一致していることだ。

 

「それはクリス様が胸元に大きな怪我をおっておられたからです。それともまさか、そんなクリス様を背中に背負ってこいとでも? 」


「…………」


 金属騎士男は黙り込む。

 そして、ベットに寝かされたクリスさんの胸元の鎖帷子が大きくなにかの衝撃で削れていることに気がついてくれたのだろう。


「むぅ。どうやら本当にクリスを危地から救ってくれたようだな。すまなかった」


 金属騎士男は俺に向かって膝をつくと両手をついて土下座した。

 頭は地面にピタッとついて離れない。

 そう、まさしくそれは完璧な土下座だった。

 これ日本の文化なんじゃ。なんで騎士が土下座?

 過去に転生日本人でもきていたのか。

 それとも、カムシンとかゆう東方にある国の文化の影響なんだろうか。

 いつもの優しい門番さんも驚愕していて、一方でにやけていたほうの門番の若者は驚愕から腰を抜かしてへたり込んでしまっている。


「ギリアム様、おやめください。私がこう申し上げるのも失礼とは存じますが、騎士隊長様が頭を下げたとあっては示しがつきませんよ! 」

「良いのだ。この者はどうやらクリスを助けてくれたようだ。お姫さま抱っこについても、真斗殿なりの理由があったようだしな。その上で街まで連れてきてくれたのだろう」

「すまなかったな、真斗殿。頭に血が昇っていたようだ。どうか、この謝罪を受け取ってもらえるとありがたいのだが……」

「本当に自分が情けない。真斗殿は仕方なくお姫さま抱っこをしていただけというのに……」

「え? 」

「んん……? 」


 ギリアムさんの顔は土下座をしているためにまったく見ることができない。

 だけど、空気がじょじょに凍っていくのはわかる。

 ここはやはり話を合わせた方が無難だろう。


「もちろんです! 本当に胸元の傷から守るためのいわゆる緊急避難的なお姫さま抱っこだったんです! 」

 大丈夫かな……?


 まぁ、いずれにしても、俺にはこれ以上の苦情を言う気はまったくなかった。

 なぜなら、それはもう見事な土下座だったこともあるし、それに急に襲いかかってきたのも、俺がクリスさんをお姫さま抱っこしていたからだし。

 うん。完璧なシスコンってやつだな。

 俺には現代日本の知識があるからこそ、そんな気持ちにもある程度の共感ができてしまう。

 日本では現実でもアニメでも、ましてや紙媒体にもシスコンが溢れんばかりにいっぱいいた。

 みんな妹が大好きだったんだろうな……。俺はそんな日本でのことが今さらながらに少しだけ思い出されると懐かしくなってきて、ちょっとだけホロリときてしまう。

 そうさ、それなら俺だってちょっと斬りかかられたことくらい許してみせるさ。


 俺の唯一の心の友だった雄一君、こと通称ゆうちゃんも、その妹さんのかなちゃんを俺がお姫さま抱っこなんてしようものなら、ためらうことなく俺を刺し殺しにきただろうしね。

 だからだろうか、なんかいろいろと吹っ切ることができたんだ。


「騎士様、どうか頭をお上げください」

 

 そう言った俺の言葉に嘘はなく、それはすぐに騎士男にも伝わって、ギリアムさんは立ち上がってくれた。


「私のことは、どうかギリアムと呼んでほしい。この街で騎士隊長をしている」


 そう言ってマントをバサッと翻したギリアムさんの姿は颯爽としていて、男の俺から見ても格好よくうつる。


「ではギリアム様と……」

「いや! 様はいらん。せめてギリアムさんと親愛の情を込めて呼んでもらえないだろうか? 」

「……それでは、お言葉に甘えさせていただいて、ギリアムさんとお呼びさせていただきますね。どうぞよろしくお願いします」

 

 俺とギリアムさんに間にひろがっていた溝は急速に埋まっていった。

 身分に差はあれど、男同士の友情のいいところってのはこうゆうところなんだろうな。

 まぁ、お互いに真剣で斬りあった仲だしね。お互いに認める部分ができているってことでもあるんだろう。

 

「真斗殿、引き止めてしまって悪かったな。クリスを助けてくれたことについては、後日正式にお礼に伺いたい」

「真斗どのは、ふだんはどちらに泊まっておられるのかな? 」

「宿屋『緑葉亭』に宿をとっております」

「そうか。今回は本当にありがとう」


 ギリアム様は、再度俺に頭を下げるとクリスさんの様子を見にいった。

 クリスさんを助けたことの経緯も無事に伝えることができて、そろそろ帰ってもよさそうだけど。

 だけど、俺もクリスさんの状態が安定するまではいっしょにいたいんだよね。

 俺は待合室の椅子に座ると、手配されてくるだろう回復師さんを待つことにした。


 少しすると、待合所のドアをバタンと開いて、回復師さんがやってきた。


「回復師様、こちらです」


 門番さんは回復師さんを呼んでベッドに案内する。

 クリスさんはスースーと寝付いているはいるが、時折胸もとを抑える仕草をすることがあってちょっと心配だ。


「すいません。クリスを頼みます」

「はい。お任せください」


 回復師さんはクリスさんに両の手からを重ねると、ほんのりとした緑色の光が溢れ出した。

 

「ヒール! 」


 クリスさんの体の傷はスッとふさがっていく。

 すごい、さすが剣と魔法のファンタジー世界だ!


「もう大丈夫ですよ」


 回復師さんがそう言うと安心したのだろう。

 ギリアムさんの強張っていた体からスッと力が抜けて安心したのだろう脱力している様子が伺える。

 俺もクリスさんの傷が塞がったのを見て安心する。

 うん、良かったよ。

 さて、これからさっそく冒険者ギルドに納品に向かおうかな。


「傷ふさがったようで、なによりでした。それでは、俺はこれで失礼しますね」

 

 そのときだった。


「う、ううぅ」


 クリスさんが目を覚ましたようだった。


「クリス! クリス! 大丈夫か!? 」

「お兄様……すいません。この度はお手数をおかけしました」

「大丈夫そうだな。一体どうしたんだ? なにがあった? 」

「ゴ……ゴ……ゴブ……」

「ゴブ? 」


 クリスさんはゴブリンの恐怖を思い出してしまったんだろう。

 体は少し震えているように見えるが、手にグッと力を入れると顔が引き締まる。

 これはあれだ、あの洞窟でかいまみた威風堂々としたクリスさんだ。


「森で急にめまいがしたと思ったら気を失ってしまって。すみません、きっと今朝の食事を抜いてしまったせいでしょう」

 

 うん。クリスさんごまかしてる。

 それはそうだよな。

 騎士の立場でゴブリンにさらわれたなんて冗談でも言えないだろうし。

 だけど、堂々としたその発言に誰も疑うことをしない。

 本当に良かった。


「こちらの、真斗さんがな、お前を助けてくれたんだ。クリスからも礼を言わないとな」


 クリスさんは俺を見て固まった。


「真斗さん。あ……ありがとうございます。気を失っているところを助けれてくれたそうで……」


 ニッコリと微笑んでこちらを見てくる。

 うん、怖いな。


「いえいえ。お気になさらず! 」


 ゴブリンのことは隠して起きたいんだろう。

 大丈夫、俺だってそんなことを言う気はないさ。


「体調不良じゃ、仕方ないですよ! 」


 クリスさんは心持ち顔が引きつっているように見えるけど。

 だけど、笑顔だよね。

 騎士の誇りは守られた。これで大丈夫だろうか。


「それでは、皆さん失礼しますね」


 俺がそう言って、軽く会釈しながら待合所を出ていくと、僅かに小さく声が聴こえてくる。


「くっ……」


 くっ?

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