第6話 初めての冒険

 ギルドマスターとの1件はあったものの、ギルド内はじょじょにいつもの喧騒につつまれていった。

 どうやら、ふだん通りの雰囲気に戻ったみたいで俺もホッとしたよ。


 クエストボードには本当にいろいろなクエストが貼られている。

 俺の場合はFランクのクエストを請け負う必要があるんだけど。


 Fランクのクエストは、軽く目にする限りでも、街の建屋から下水道の掃除、公道のゴミ拾い、薬草の採取などなどいろいろあって。

 とりあえずは薬草の採取がよさそうかな。


『マーネ草を募集。必要数の上限はなし。』 


 うん、これにしてみよう。

 薬草採取の依頼は、原則、複数人からの納品を受けつけている。

 ただ、中には、最初に納品した冒険者にしか報酬が支払われないとか、納品できる数に限りがあるクエストもあったりするから注意が必要だ。

 そんな場合は、ギルドの窓口で納品した順に優先されるそうだ。


 俺は納品数に上限のない薬草採取をしてみようかと思うんだけど。

 今回採取する薬草は、マーネ草。

 ポーションなんかの原料に使われるそうだ。

 って、偉そうに語っちゃうのは、出発前にギルドの資料室で薬草辞典を調べたからなんだけどね。

 ありがたいことに群生する地域まで記載されていて。

 まぁ、街のすぐ北を走る道。

 通称シュレイン街道の道沿いの野原に普通に生えているんだそうだ。

 

 シュレイン街の出口に向かった俺は昨日と同じ門番さんにギルドカードを提示して、街の外の草原に向かって歩いていく。

 マーネ草、さすがにFランククエストの納品物だけあって、実は街道沿いの野原に普通に生えていたりする。

 だけども、もちろん雑草ではないから、そこらへんにもさもさと生えているわけではない。


 俺は街道沿いから少し離れた野原に生える草を、丹念に一つ一つ見てまわりながら鑑定をかけていく。

 うーん、なかなかないな。……ってあったあった。これだ!


  マーネ草

  説明

  ポーションの原料になる、便利な草。売れるよ! 

 

 ふむふむ。鑑定結果の説明にはもうツッコミは入れないぞ。

 俺は丁寧に根元から土をすくうようにマーネ草を取り出すとポシェットにしまう。


 ただひたすら黙々と。もはやこれは作業といってもいいのではないだろうか。

 そんな作業中に、一風変わった草を見つけたんだけど。


  ガロン草

  説明

  レアな草。石化解除薬の原料になるんだよ!  


 レアって言葉に惹かれた俺は、ためらうことなくポシェットにしまいこむ。

 レアな草の採取ってなんかいいよね。RPGゲームをやっているみたいで。

 そんな草がほかにも生えていないかなって、1回、広範囲に渡って鑑定を使ってみたんだけど。

 結果は、うん。ひどい頭痛がしてダメだったよ。 

 情報量の多さに脳のキャパシティが耐えられないみたいだ。


 だから、俺は歩いて調べて歩いて調べて。

 そんなことを延々と繰り返す。

 意外にこうゆう地味な1人作業が好きなんだろうか。

 油断すると、もう日が暮れてしまいそうな時間になっていた。


 俺は慌ただしくポシェットを確認する。

 今日の収穫はマーネ草が13本。それにレアな草っぽいガロン草が1本。

 結構な本数ではないだろうか?

 俺は野原から街道まで戻ると、慌ただしく街に戻っていく。


 シュレイン街の入口、俺はポシェットからギルドカードを取り出して門番さんに提示する。

 門番さんは、汗だくになって帰ってきた俺を見ると、急に笑顔になった。

 うん? 俺のことを覚えていてくれたのかな?

 そんな俺の内心の問いかけをよそに、かけられた言葉はひどく親切なものだった。


「おう。おかえり、にーちゃん。ずいぶんと汗まみれだなぁ。よかったら水浴びでもしてから街に戻りなよ! 」


 門番さんは俺に待合所の井戸まで駆け足で案内すると俺に桶を手渡して、また出入り口の門の方まで急ぎ足で戻っていく。

 本当にいい人なんだけど、ここまで親切にされるほどのことって俺なんかしたのかな。

 門の待合所って公爵の元で運営されているのではないのだろうか。


 そんなことを考えながらも井戸から水を汲み取って、上からバシャリと水をかぶる。

 うん、気持ちいい。

 ほどよく体を動かしたあとの汗を水で流すことが、ここまで気持ちいいなんてな。


 現代日本でスポーツをしていた友だちがよく夏場の水浴びを好んでいたものだったんだけど、まさかここまでのものだったとは。

 俺は、初めてその気持ちを少し理解できた気がするよ。


 俺は門番さんにお礼を言って、まだ濡れたままのYシャツを着込むと、ギルドに手早く向かった。

 着くまでには乾くだろう。


 ギルドに着くと、いよいよ日も暮れてしまいそうで。

 俺はドアをくぐるとまっすぐに受付窓口まで向かった。


「すいません、マーネ草の納品受付なんですけど」


 ギルドの受付嬢さんは受付から向かいの右のほうを指し示す。


「お手数ですが、納品物はあちらの納品窓口に置いてもらっていいですかー」


 そうだった。孤児院にも日が暮れるまでには着きたい気持ちが先走って、慌ててしまっている自分を少しみっともなく感じる。

 受付嬢さんの指摘を受けて、俺は小走りに納品窓口に向かった。

 そこでは、いかついおじさんが俺を出迎えてくれた。


「薬草かい。こっちのバスケットに入れてくんな」


 おっさんに言われるままに、窓口に配置されているバスケットにマーネ草を置いていく。

 1本、2本、3本と順々に取り出して行く。計13本だ。

 それに1本のガロン草。

 うん、これで全部だな。

 

 あれ?おっさんの様子がちょっと変だった。


「マーネ草が13本か、すごいな! 」


 え? そうなんだろうか。

 頑張って汗水垂らして採取した甲斐があったかな。

 そうして当惑する俺を見て、おっさんが言った。


「普通は2本、3本ってところだな。

 それとこれは……ガロン草か! 」


 おっさんはガロン草を見てさらに驚いた。

 珍しい草なんだろうか。


「ガロン草はどうする? 正直、今足りてなくてな。今ならよそで売った方が高くなるんだけどな。正直ギルドとしては買取させてもらえると助かるんだが? 」


 おっさんはそんなことを、あけすけに言う。

 うーん。まぁ、俺必要ないしな、それに正直、よそのお店を探すのも手間ではないだろうか。

 ギルドとの今後も良好な関係でいきたいものだし。

 それに、つまるところは鑑定のおかげで手に入れたもので。いってみれば、チートで手に入れた草なんだよね。

 いわゆるあぶく銭ならぬ、あぶく薬草だろう。


「どうぞ。ギルドでの引き取りでお願いします」

「そうか、助かるぞ。ありがとう」


 おっさんにお礼を言われた。

 ガロン草採取のクエストは、入手の難度から原則Dランクのクエストってことになっているそうで。

 ただ、クエストについては、現物で納品された場合には、クリア扱いってことになるらしい。

 そのあたりの仕組みは臨機応変ってことになるんだろうか。


 しかしおっさんを驚かしたこの成果は、不思議でいかにもおかしなことだった。

 なんだろう、またスキルだろうか。そう思った俺は自分に鑑定をかけてみる。

 うん、能力が増えている。

 新しいスキルはこれだ。

 

  探し物探知

  説明

  欲するものを探知する。直感で場所とかわかっちゃう?


 なんで文末が? なんだろうか。それにとかって。

 ……まぁそれは置いといて。

 なるほどね。願力ってなんでもありかよ!


「それにしてもお兄ちゃん、採取の仕方がずいぶんと丁寧だなぁ。これなら、マーネ草は1本5大銅貨、ガロン草は1本3銀貨で引き取れるな。それでいいかい? 」

「はい。お願いします」

「あいよ」


 おっさんはそう言って精算すると、俺の前の会計用のトレイに無造作に9銀貨と5大銅貨を置いた。

 おぉ、これって結構な収入なんじゃないんだろうか。

 日本円に直すと9万円を超える収入だ。

 これ。1日の収入としてはたいしたものだろう。


 ちなみにこのことは、後日、ギルドの資料室でいろいろと調べたりしてみた結果わかったことなんだけど。

 異世界でのお金の価値は、日本円に直すと大体こんな感じだろうかと思う。


  1白金貨  = 1000万円

  1大金貨  =  100万円

   1金貨  =   10万円

   1銀貨  =    1万円

   1大銅貨 =  1000円

   1銅貨  =   100円

   1石貨  =    10円


 俺はトレイに置かれたお金をポシェットにしまいこむと、おっさんにお礼を言ってギルドをあとにする。

 あたりは急に暗くなってきて。路地を早歩きしながら、スラム街に向かう裏路地へと進んだんだが。

 しっかし、これ大丈夫なのかね。

 大通りと違って、裏路地までくると、あたりの雰囲気は一気に怪しくなった。

 さすがに、命の危険を感じる。


 道路脇に座り込んだ薄汚れたチュニックを着た男性、シミのついたワンピースを着込んだ女性。

 2人は今にも俺に絡んできそうな感じに見える。

 事実、スッと立ち上がると、少しずつ俺に近づいてくる。

 ただ、結果として、その心配は杞憂に終わることになった。

 孤児院まで走り出そうとした俺を、まさしくその瞬間に、男の声が止めたからだ。


「ご安心を。なにも問題はございません」


 俺が慌ててうしろを振り向くと、そこには初老の男が立っていた。

 その眼光は年季の入った殺人者の瞳とでもいえばいいのか。

 おそらくは常人には想像のできない人生を歩いてきたものだけが放つことのできる異質なものの匂いが感じ取れた。

 男が手を挙げると、スラム街独特の危険さがスッと立ち消えていく。

 ふと見直してみる。俺の目の前で恐怖を感じさせた男性と女性。

 それはただの薄汚れた服を着こんだ男性と女性にすぎなくて、そしてただそれだけだった。

 少し前まで、ここはまるで命のやり取りするかのような、そんな物騒な雰囲気を感じたはずなんだけどな。

 すべてが、まるで嘘のようで。


 薄汚い裏路地を進むと、ちょっとした登り坂になっていて、坂の上に建つ孤児院の光がうっすらと見えてくる。

 気がつくと、うしろにいた初老の男は、いつのまにか消えていた。

 俺は孤児院まで続く坂道を一気に駆け上ると、急いでドアを開けた。


 その瞬間だった。なにかが俺の腹部を直撃する。

 孤児院への道すがらに感じた恐怖も相まって、俺はとっさに自分の腹部を確認する。

 しまった殺やれたか!


 俺は自分にぶつかってきたなにかを確認する。

 2つの黄金色の瞳が俺をとらえて離さない。

 うん、ガン見されてる。

 そして元気よくアイルちゃんは言った。


「おかえり! おにーちゃん! 」


 俺もなんだか緊張がほぐれてきて、笑顔になる。

 だけどね……ちょっと痛かったんだよ、アイルちゃん!

 きっと、ずっと俺が帰ってくるのを待っていてくれたんだろうね。


「ただいま! アイルちゃん! 」


 俺がアイルちゃんの頭を撫でながら大広間の食堂を見渡すと、子どもたちはみんな席に着いて下を向いている。

 あ、これ今朝の食事前のお祈りかな?


 アイルちゃんに空いている席まで案内されて椅子に座ると、アイルちゃんも隣に席にちょこんと腰掛けて下を向いた。

 マルシィさんはそんな俺たち2人を見て席についたことを確認すると、大きく掲げた手の平を上にして、そのままゆっくりと胸に手を当てる。

 明るい声が今朝と同様、朗々と響いた。


「今日も無事に過ごせたことを、光の女神アーシア様に感謝いたします。いただきます! 」

「「「いただきます!!! 」」」


 子どもたちも同様の所作のあとで、大きな声で唱和する。


 みんなでいっせいに芋虫をつっつく。

 俺ももう慣れたもので。

 ためらうことなく芋虫をフォークでつっついて口に運ぶ。

 うん、美味しいね。なんでも慣れだよな!


 子どもたちは自分で食器を片づけている。

 マルシィさんの教育が行き届いているからだろう、子どもたちは率先して食器類を片づけていく。

 よくある子どもたちの諍いも見当たらない。

 あっという間に大広間はきれいになって。俺も手伝おうと思ってたんだけどな。

 正直あんま役に立たんかった。


 俺は昨日に引き続いて客室に泊まらせてもらえたんだけど。

 でもさすがに連日連夜ってわけにもいかないだろうし。

 明日からは泊まるところを探さないとな。


 そんなことを考えながら過ごした孤児院の夜。

 少し開いた窓からは、フクロウだろうか。ホーホーと鳴き声が聴こえてくる。

 そんな夜の静けさにつつまれて異世界での2日目を迎えた俺は、深い眠りについたのだった。

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