第5話 冒険者ギルドから
シュレインの街の冒険者ギルド。さすがに人口10万を要する街のギルドだけあって、建物は貫禄すら感じさせるたたずまいだ。
これ面接だったら入るのにすごくドキドキしそうな建物だよ、ホント。
俺はマルシィさんといっしょに扉をくぐると、そこにはもう別世界がひろがっていた。
日本ではついぞ感じることのなかったある種の滲み出る迫力みたいなものが、このギルドにいる人たちからは自然と発せられていて。
それは冒険者という職業が、いわば命がけのものであることを、自然と証明していた。
俺が、初めて体験するピリピリとした緊迫感のある空間。
ただ、異世界の住人であるマルシィさんにとっては、そんな雰囲気も日常の一コマなのだろうか。
今朝と特に変わらないふうで、俺に声をかけた。
「真斗さん、私はギルドの用事を片づけて参ります。アイル共々、本日はお待ちしておりますね」
そう言って、軽く会釈をするマルシィさん。
「いえ、俺こそ、昨日は宿泊させてもらって正直助かりました。お恥ずかしい話、一文無しだったもので」
俺はマルシィさんに旅人とは伝えていたけれど、この世界に来たばかりの異世界人であることはもちろん秘密にしている。
まさか旅をしていると自己紹介をした俺が、お金をいっさい所持していないとは思っていなかったのだろう。
ちょっと驚いたふうで。
「そうですか。お聞きしてよいのかわかりませんが、真斗さんはもしかすると、カムシンのご出身なんですか? 」
なんだろう、カムシンって。
「どうしてそのように思いましたか? 」
褒められたものでもないけれど、質問に質問で返してみる。
ここは、逃げの一手だろう。
「そうですね。カムシンの方は黒い髪と黒い瞳をしておられて。独立独歩を旨としているのか、旅をするときには金銭はいっさい保有せず、その日の食事は托鉢か、狩りをして糧を得ると伺ったことがあります」
狩りはまぁわかるとして、托鉢? カムシンは日本か? だがそれにしても逞しすぎないだろうか。
まぁ、とにかくここは話を合わせるべきだろう。
「そこまで見抜かれてしまうとは。まさしく先日、カムシンから出てきたばかりなんですよ」
正確には日本からだが、先日この世界に来たばかりなのだから、半分は本当の話だ。
だからだろう、俺の発する言葉は、我が言葉ながらやけに堂々として響く。
説得力抜群だろう。
「やはりそうでしたか! 」
マルシィさんは、カムシン出身と当てることができて本当にうれしそうだ。
「はは」
半分は本当の話のはずなんだけど、少し乾いた笑いが出てしまう。
カムシンとか托鉢とか、暇をみて少しは調べた方がよさそうだ。
「真斗さんが旅に出られたおかげで私たちは今、生きていられるんですから。失礼な言い方かもしれませんが、真斗さんが旅に出られたことには本当に感謝しているんですよ」
マルシィさんにそう言ってもらえると、素直に異世界に来たことをうれしく思えるから不思議だ。
俺は初めて異世界に来ざるを得なかった現実を、少しだけ肯定できる気がした。
「そうですね、そう言っていただけると、素直に旅に出てよかったと思えますよ」
なんとなくほんわかとした雰囲気がマルシィさんと俺の間にひろがる。
「そうだ真斗さん、冒険者登録はいっしょにしましょ! 」
返事を返す間もなく、俺は手を引かれてギルドの受付窓口に向かう。
といっても、すぐそこなんだけどね。
「ようこそ、シュレイン冒険者ギルドへ! 」
冒険者ギルドの受付嬢だろう、ハキハキした口調と、笑顔が印象的な女性だ。
「冒険者登録をしたいのですが? 」
俺はさっそく要件を切り出して、すぐに頓挫することになった。
「はい。登録料は銀貨3枚になります」
「登録料ですか……? 」
考えてみれば当たり前の話だった。
しかし、これはジレンマだ。
お金を稼ぐためには身分証明が必要で、身分証明を手に入れるためには、お金が必要になって。
正直困った。
「真斗さん、登録料は私に出させてくださいませんか? 」
マルシィさんは、計ったかのように登録料を出してくれると言う。
もしかしなくても、それでいっしょに登録しに行きましょうと言ってくれたのではないだろうか。
「え? さすがにそうゆう訳には……」
その言葉に一瞬甘えたくなるものの、あくまでもそれは孤児院の運営に関するお金じゃないのか?
あとで返せばいいだけの話かもしれないけれど、すぐにはうなずけないよな。
「私もアイルも真斗さんのおかげで命を救われたんですから。今回は、どうぞ遠慮なさらずにお受け取りいただけませんか? 」
そうして差し出された3枚の銀貨。
俺の中では、まだまだためらいもあるんだけど。
だけど、今かたくなに断りを入れるのも、マルシィさんを困惑させるだけな気がして。
だから、ありがたく好意を受け取ることにした。
「……ありがとうございます。マルシィさん」
「どういたしまして! 」
そう言って笑ったマルシィさんの笑顔は、まるでひまわりみたいに明るくて、手にした3枚の銀貨はマルシィさんの微かな体温を残していて暖かった。
「すみません、お待たせしました。これで登録をお願いします」
心なしか窓口で銀貨を受け取る受付嬢さんの俺を見る視線が生温かい。
まぁ、気のせいだろう。
「はい。銀貨3枚確かにいただきました」
「それでは、手をお出しください」
手? なんだろう、俺は少し疑問に思いながらも手を差し出す。
お姉さんはそんな俺の手を掴むと、おもむろに俺の手の平に針を突き刺した。
――ブスッ
手から血がたれているんですが、これは。
まぁ、不思議と痛みはなく、俺の手から針が抜けると緑色にポッと輝いて、手の傷はふさがったんだけど。
とはいってもいきなり刺されるとは思わないだろう、普通。
お姉さんはさっと針を抜くと、まっさらなカードの上に、うっすらと俺の血をたらす。
カードの表面に血が染みこむと、ほんのりと光って、文字が浮きだしてきた。
「はい、完了です! 新しいギルドカードになります。
それと、このあとにギルドの規則と仕組みについてご説明しますので、少々お待ちくださいね」
「はい」
手渡されたギルドカードには、俺の名前や種族、それにFランクの文字などが異世界の文字で印字されている。
文字の意味を自然と理解出来てしまうのは翻訳スキルのおかげだろうか。
それにしても、さすが異世界というべきか。
ペーパーレスでカード作成とか、ある意味現代日本の技術よりすごいんじゃないだろうか。
「これで今日から冒険者ですね。おめでとうございます。真斗さん! 」
「はい。マルシィさんのおかげです。本当に助かりました」
「ふふ。お互いさまですよ」
真新しいギルドカードには、傷1つない。
異世界での自分を証明してくれるただ1枚のカード。
ランクはまだFにすぎないけれど、新たな一歩をすすめることができた気がして、気持ちは自然と弾んでくる。
「それでは、私はこれからモモトの森の狼のこともありますので、失礼させていただきますね」
「はい。本当にありがとうございました」
マルシィさんは、すぐ隣の窓口で、狼の件を伝えるみたいで、意識せずとも会話が聞こえてきた。
「すみません。モモトの森の件でギルドに調査の依頼をお願いしたいのですが」
「はい。あの……。モモトの森は公爵家が特に管轄する地域になりますので、原則出入りが禁止されているはずなのですが……」
「そうですね……ではこれを」
マルシィさんは、胸元から柄に太陽と弓矢が重なるような図柄だろうか? 見事な造形の紋章が刻まれた短刀を取り出してお姉さんに見せた。
「えええ? すぐに確認して参ります。誠に申し訳ございませんが、少々お待ちいただいても……」
一瞬後、受付のお姉さんは慌てたように奥の階段をかけ上がっていく。
少しして、2階から髭を伸ばした渋いおっさんが顔を出した。
右目が何者かに斬られているのか、古傷となっていて隻眼がひどく印象的だ。
野生的な雰囲気で筋肉モリモリのおっさん。
俺はそんなおっさんを一目見て、もう鑑定せずにはいられなかった。
何者だ! おっさん!
鑑定!
マグナス・グルーガー
説明
人族のギルドマスター、52歳の筋肉。髭と筋肉で渋さを醸し出すナイスミドルだ。いい筋肉だね!
えっと、すごい大物がヒットした。とにかく筋肉ってことらしいが……。
マルシィさんはそんな俺の動揺に気づくこともなく、当たり前のようにギルドマスターのいる2階に上がっていった。
おいおい、何者だ、マルシィさん!
まぁ、そんな俺の驚きをよそに、さっそく受付のお姉さんからギルドの説明を受けることになって。
仕組み自体はそんなに複雑なものでもなかった。
冒険者ギルドのメンバーにはランクがあって、原則、Fランクからスタートする。
冒険者ランクは、ギルドが発行するクエストボードの依頼を完了するたびにポイントが加算されていって、各ランクごとに規定されたポイントを満たした段階で昇格する。
Fランクから順にE、D、C、B、Aとランクは上がっていって、最高ランクはSってことになるんだけど、これは本当にもう数名しかいないものらしい。
当然、俺もFランクからのスタートになる。
ほかにも、ギルド内には、各種の書物を閲覧することのできる資料室のほか、地下には冒険者たちが腕を磨く訓練場もあるらしく、冒険者であれば自由に利用できるという話だった。
お姉さんからの説明は、新しく得る知識だからだろうか、意外に新鮮でおもしろく時が過ぎるのはあっという間だった。
しばらくして、マルシィさんがギルドマスターといっしょに階段から降りてくる姿が見えた。
声をかけようか少し悩んだんだけど、マルシィさんもそんな俺に気づいたようで、タタタと駆け寄ってくる。
「あら。まさか私をお待ちしていただいていたんですか? 」
いや、そんなつもりではなかったんですが……。
「もちろんですよ、マルシィさん! 」
口をついて出た言葉は俺の内心とは真逆だった。
「なんて冗談ですよっ。ふふ」
なんて茶目っ気のあるジョークをいう人だろうか。
「ははは。そんなふうに言われると本気にしちゃいますよ? 」
だから、俺も冗談めかしてそう言ったんだけど。
マルシィさんはサッと顔を赤らめてしまう。
ちょっとした沈黙が続いて。
いつのまにか、俺とマルシィさんの間にはほんわかした空気につつまれていて……なんだろうこの妙に心臓が高鳴ってしまいそうな感覚……。
まぁ、そんなせっかくのいい雰囲気も唐突なおっさんの野太い声の響きで引き裂かれたわけだが。
「お嬢様、ちょっといい雰囲気のところをすいませんね。坊主、お嬢様と孤児院の子どもな。助けてくれてありがとう。感謝している! 」
なんということだろうか、ギルドマスターはそう言っていきなり俺に向かって頭を下げた。
騒々しかったギルド内の喧騒は一瞬で止んで。
あれ、俺って今、ギルドの冒険者たちから注目されてないか?
四方八方からの視線を感じるんだけど……。
ギルドマスターから直接声をかけられて、しかも感謝される新人の若者。
それが俺なわけで。まぁ注目されてしまうよね。
俺はこっそり鑑定をかけていたから、ギルドマスターだってことを知っているわけで。
だからこそ、まさかいきなり声をかけられるとは思わなかったよ!
ギルドマスターのおっさんは、俺に自己紹介をすると同時に右手を差し出す。
「ここのギルドマスターをさせてもらってる。マグナス・グルーガーだ。よろしくな! 」
「北条真斗と申します。よろしくお願いします! 」
この世界にも握手って文化があるんだね。
俺も右手を差し出して、マグナスさんの手を握り返す。
……って、手の力、強すぎないか。
それはもうとてつもない握力で俺の右手は、まるで岩に埋めこまれたかのように微動だにしない。
俺は思わずスキルの怪力を発動してしまう。
マグナスさんはピクリと眉をあげると、あらためてしげしげと俺を見つめてくる。
そして、ニカッと大きく笑うと手を離した。
「ふむ。たいしたもんだな。期待しているぞ、頑張れ! 」
そう言って、マグナスさんは、地下訓練場への階段を降りていく。
どうも負けずに手を握り返してきた新人の俺に興味をもってくれたみたいだけど。
でも、俺の力はあくまでもスキルに由来するもので。
マグナスさんの鍛え上げれた大木のような腕と筋肉、あの力は極限まで日常的に鍛え上げないと不可能なものだろう。
本当にすごいよな。
だけど、これからは俺だって負けていられないはずだ、冒険者になったんだからさ!
「……斗さん! 真斗さん!! 」
「あ、はい! 」
「よかった、気がついてくれて。もう男の人は力比べとかそうゆうのが本当に好きなんですね。声をかけても気づいてくれないんですから」
マルシィさんは少し拗ねたふうにそんなことを言う。
「真斗さん。私はこれで失礼しますね。それと、繰り返しになっちゃいますけど、今日はぜひ孤児院に泊まりにいらしてくださいね。アイルも待ってますからね! 」
うーん。アイルちゃんのこともあって孤児院にお邪魔する予定だったんだけど、マルシィさん自身も俺が来るのを待っていてくれてたりするのかな?
「えぇ、日が暮れる前までには必ず戻ります。ありがとうございます。マルシィさん! 」
冒険者ギルドの扉から出ていくマルシィさんを見送って、俺はそのままギルドボードのクエストを確認しにいく。
明日からは、宿屋も探さないとならないし、お金がなければ野宿をするしかない。
さすがに、マルシィさんの好意に甘えすぎるのも良くないだろう。
気合を入れてクエストボードを見た先には、山のようにたくさんのクエストが貼られていて、それはまるで俺に手に取られるのを待っているかのようだった。
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