第4話 孤児院の風景

 シュレインの街。人口はおよそ10万人。

 マイヒゲル・フォン・ ヴァーミリオン公爵が治めるこの街は、アルデバラン王国でも有数の都市である。

 雑踏には人が引き締めきあい、インフラ基盤も整備されているのか、大通りは綺麗にレンガが敷き詰められていて、土がかぶることもない。

 驚くべきなのは、下水道が完備されていること。

 また大きな川から支流を組んで、都市に流れ込む水は人々の日々の営みを潤している。


 ただ、そんな大きな街だらこそ、当然闇がある。

 安全で治安のよかった日本にだって、あまり近づきたくない場所などはいくらでもあっただろう。

 当然シュレインの街にも、普通に生活する人々は決して近づくことのないだろう、忌避される場所がある。

 ホルン地区のスラム街である。

 なんと驚くべきことに、マルシィさんはここのスラム街を超えた先にある小さな丘の上で孤児院を運営していた。



 いやぁ、街に入るときから、もうハラハラし通しだった。

 旅人と自己紹介はしてはみたものの、俺ってそんなのを通り超しててさ。

 いってみれば、住所不明の無職だ。

 街の入り口の門番さんもマルシィさんといっしょじゃなかったら、街には入れてくれなかったのではないだろうか。

 マルシィさんからが懐から小さな紋様の刻印されたカードを提示してみせると、意外にすんなりと入れたものだったが。


 マルシィさん曰く、冒険者ギルドはでギルドカードを作れるということだったので、この世界での身分証明を手にいれるためにも、明日は向かってみるつもりだ。

 ありがたいことに孤児院まで2人を送り届けたあと、マルシィさんとアイルちゃんに引き止められて。

 今日のところはぜひ泊まってくださいとの言葉に、俺は甘えることにした。

 

 孤児院の2階の片隅、小さな客室まで案内された俺は、あらためて街に入るときに助けられたことにお礼を言い、夕食の誘いについては断りをいれた。

 いろいろあって少し疲れていたからだろうか、あまり食欲もなかった。

 少しひんやりとする部屋でベッドに腰掛けると、いつのまにか俺は寝入ってしまっていた。



 ダダダダダ。ドーン。

 衝撃がきた。

 俺は自分がなにかに押しつぶされる重みで目を覚ました。


「真斗おにーちゃん、起きてーーーー」


 なんだこのアグレッシブな子は。

 誰だ、誰だ。って、アイルちゃん!?

 これには俺もびっくりしたよ。

 こんな子じゃなかったはずだろう?


「朝だよーーーー」


 まるで現代日本のアニメのような風景が自分の身に降りかかっていて、俺はさすがに目を疑ったが。

 まぁ、現実だった。

 狼とか迷子とかいろいろあって、静かなだけだったんだろう。

 本来はとっても元気な子なんだね、アイルちゃん。


 朝食のお誘いということで、昨日からあまり食事をとっていなかったことに気づいた俺は、アイルちゃんに手を引かれるままに食堂に向かうことにした。

 大きな食卓には子どもたちが集まって座っている。みんな、下を向いて黙ったままだ。

 アイルちゃんは俺を空いている席に案内してくれて、そのまま自分は隣の椅子にちょこっと座ると、下を向いて黙りこんだ。


 戸惑う俺をよそに、マルシィさんは全員が席についたことを確認すると、大きく掲げた手の平を上にして、そのままゆっくりと胸に手を当てる。

 明るい声が朗々と響く。


「今日も無事に過ごせることを、光の女神アーシア様に感謝いたします。いただきます! 」

「「「いただきます!!! 」」」


 子どもたちも同様の所作のあとで、大きな声で唱和する。

 俺もちょっと遅れて。


「いただきます」


 いっせいに食事開始だ。

 俺は子どもたちといっしょになって目の前の皿に盛られた茶色い物体をフォークでつついてみる。

 これを食べるのか? 本当に?

 明確にそれは芋虫だった。

 黙って芋虫を見つめる。箸がすすまない。 

 マルシィさんはそんな俺のことが気になるのか、こちらをちょっと心配そうに見ている。


 うん、迷っているときじゃーない。

 俺は日本人だし。本能で周りに合わせてしまう習性がありがたいことに染みついている。


 これは食べないといかんでしょ。


 俺は一息にフォークで芋虫を突き刺すと、目をつぶって一気に口に放り込んだ。

 似た形状のなにか、なにかだ。

 そうだ、エビだ、これはエビだ。


 ――モグモグモニョモミョ

「…………」

 クリームコロッケみたいな味で意外に美味しかったな。

 ごちそうさまでした。



 あらためてマルシィさんに聞いてみたところ、アルデバラン王国ではアーシア教が国教とされているということで。

 アーシア教は簡単にいうと人族を中心とした教えで、原初の起源に女神アーシア様が世界を創世し、人族を生み出したんだとか。

 一方で生み出されずに闇に堕ちたものが汚れとなって生まれる。それが人族以外の種族ってことになってる。


 この孤児院がスラム街に建っていて無事でいられるのもこのことが原因の1つだろうか。

 要はアーシア教の元で設立された孤児院だから手を出したらダメだってことだ。

 確かに、意識してみれば一目瞭然で、マルシィさんの着ている服装の前後には太陽のような印が印字されていた。


 補足すると、これと対をなすのがロンド教。

 途中まではアーシア教といっしょなんだけど……。

 異なるのは女神アーシア様が光の元で生み出しのは人族のみならず、この世のすべての種族もだよってことで。

 まぁ、この場合、汚れってのは存在しなくなるんだけどね。

 そこらへんを徘徊する野獣も女神の生み出したものってことになるので、すべての生き物は等しく平等だ。

 ちなみに、ロンド教を象徴するのは弓矢の印。


 アルデバラン王国では、アーシア教が国教ではあるんだけど、そこらへんが比較的寛容で。

 このシュレインの街にはロンド教の教会もあるんだそうだ。



 子どもたちがあっちにバタバタ、こっちにバタバタと慌ただしい。

 お水はー、だとか。火をつけてー、とかね。

 俺はそんな孤児院の生活を眺めながら、冒険者ギルドに向かう準備をすすめる。

 俺が、今朝のお礼も兼ねてそのことをマルシィさんに告げると、いっしょに行くとのこと。

 なんでも、昨日のモモトの森、本来は公爵が管轄する安全な森のはずで、マルシィさんは子どもたちといっしょによく野草やキノコの採取をしにいくんだそうだ。

 なんだけど、狼が出たってことで、冒険者ギルドに報告しにいく。

 俺は準備が終わったことをマルシィさんに告げると、マルシィさんも一通り朝の仕事が片づいたそうで、いっしょに向かうことになった。


 外はどこまでも晴れ渡っている。

 太陽の眩しさに手をかざしながら周りを見渡した俺は、井戸から水を汲んでいたアイルちゃんと目があった。

 アイルちゃんはすぐに察してしまったんだろう。


 ガラガラ、ゴトン。


 井戸の取っ手から手を離すと、一目散に俺に向かって飛びついてくる。


「行っちゃうの!? 」


 アイルちゃんは必死に俺を見上げてくる。

 黄金色の瞳も涙で曇ったのか、心なし精彩を欠いていて、まるで雲に覆い隠された太陽のようだ。


「戻ってくるよね!? 」


 俺がマルシィさんに問いかけるような視線を向けると小さくうなずいてくれて。

 俺は黙ってアイルーちゃんの頭に手を置くとゆっくり撫でる。


「大丈夫。戻ってくるよ」


 俺はそう言って微笑むと、アイルちゃんも青空のもとで輝く太陽のような笑顔を返してくれた。


 ほんと、いい子だね。

 俺はマルシィさんに少し頭を下げてお礼をすると、孤児院をあとにしたのだった。

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