第2話 不思議な世界

 俺は、あらためて現状について少しだけ考えて、だけどなんにもわからなかった。

 なんだろうここ、どこだろうここは。


 とにかく薄い桃色と、時折、流れる星のように明滅する光。

 それは七色の虹の煌めきだった。光はそこここで趣を変えて。

 もしも宝石が思い思いに輝き出したのなら、見える世界はこんな感じになるんだろうか。


 唐突に声が聞こえてくる。

「ありがとうございました」


 透明な風鈴の音が遠くから響いてくるようなそんな声。


「あなたのおかげであの世界は救われました。代償としてあなたは死んでしまいました」

「どういうことでしょうか? 」


 柔らかな風に揺らされた水面に描き出す波紋のように、空間に満ちている宝石は一瞬パッと輝いて、目も眩むような光を放った。


「あなたが助けた女性から、やがて一人の子どもが生まれます。その子はやがて世界の観測者の存在を知覚し、世界樹に至る。その子を救ったあなたは、いわば世界樹に至る鍵であるともいえるでしょう」


 言葉は静かに鳴り響いた。

 話はまったくみえてこない。

 ただ、俺の当惑を置き去りにして、さらに言葉は紡がれる。


「あなたには2つの道があります。

 1つは、この場所に溶け込むこと。ここにはなにもありません。あなたはこの世界の光となり、意識は全となって無限に漂います。

 1つは、異世界に転移すること。あなたはそこでもう1つの生に身を置くことになるでしょう。今世で叶えられないことも叶えられるでしょう。

 あなたは願力を授かります。それはあなたの力となり、やがて翼となって、異世界でのあなたの支えとなっていくでしょう」


 要約すると神の声? のいわんとすることはこうだ。

 俺には2つの選択肢があって、1つはこの世界に悩みもなく、なんかふらふらと漂うこと?

 人生を生き切った人には良い選択肢なのか?

 だけど、俺はまだ全然生きてはいない。

 とすると、もう1つの選択肢。

 異世界転移か。

 うん、それしかないなら、行ってみるしかないじゃないか。

 ただ両親に会えなかったこと、両親を残していくことだけが俺の後悔でもあって。

 だから、俺は強く問いかける。


「日本にはもう帰れないのか? 帰れるなら俺は帰りたい……」


 胸がいっぱいになって俺はもうなにも喋ることができなくなりそうになって。

 強く握りすぎたせいか爪が手のひらに食い込んで、流れた血の痛みで俺は一瞬自分を取り戻す。


「せめて一言でもいい。両親に謝らせてくれないか! 」


 久遠に響くかと思われる声は、少しずつ遠く離れていっているのだろうか、今はもうはるか彼方から微かに聴こえるのみだ。


「帰ることは、もはや死ぬことよりも難しいでしょう。因果は定まりあなたの選択は有限の縛りとなって今のあなたを紡いでいる。ただ、もしも、世界樹の理により、その身をもって……」


 声はやがてその残響すらも聴こえなくなり、今はもう静かに空間を彷徨うのみだ。

 このまま消えてしまいそうになって。

 すべてはもう戻らないかもしれない。

 ただそれでも、俺は今を生きたかった。

 まだまだ全然俺はなんにもやれてはいないんだから。


 俺は一息おいて大きく宣言する様に叫んだ。


「異世界に! 俺は異世界でもう1度生きたい!! 」


 急に瞬いた静かな光は遠くで輝くとあっという間に俺を近づいてきて、そして俺をつつみ込んだ。

 その光は眩くて、目も開けていられない。

 すべてが真っ白に輝いて、俺は再度意識を失った。

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