ちょっとおバカな鑑定さんといっしょに歩く異世界道中記〜願いを力に変えて〜

@ougidono_hikaru

第1話 プロローグ

 俺は失意の中、よたよたと階段を降りている。

 昨日降った雪。東京では珍しく凍結した路上は滑りやすく危なかった。


 突然だが、俺の心も只今絶賛、坂道を転がりながら落下中だ。

 就活失敗! 

 2次募集に賭けた俺の就活。今日が最後のチャンスだったんだが。


 社会に出てからだってそうなのかもしれないけれど。

 自分の選択した行動や振る舞いによってさまざまな結果が生じていて、それがたとえ自分にとってひどく嫌なものだったとしても、そのすべての責任は、つまるところ自分で負っていくしかないものだ。

 そこには言い訳の通じる余地なんてまるでなくて、ただ結果だけを粛々と受け止めるほかない。

 だから、今日の俺の行動とその結果も、結局は自業自得というしかなく、仕方がなかったものとして割り切っていくしかないものなのだろう。

 ただ、少なくとも、今の俺にはそんな簡単に割り切れるものでもなかったし、ましてや、逆境こそ成長するチャンスだ、なんてよく聞く言葉みたいに前向きな心境には、今はとてもなれるものでもなく。


 自転車を漕ぎながらも、俺は自省に夢中でまったく気づいていなかった。

 目の前には赤く点灯する信号と、そして交差点の中央まで自転車を走らせてしまっている俺。

 大型トラックはもうすぐそこまで来ている。

 たとえ気づいたとしてもどうにもならなかっただろう。

 俺は大きく跳ね飛ばされ、意識を一瞬で喪失していた。


 目を開くと、俺は光の中にいた。

 全体にうっすらと桃色で、そこかしこに光る輝きも決して自己主張することはなくただうっすらと漂っている。

 そんな空間に、俺はふわふわと浮いていた。

 俺の意識はその不思議な空間に引きずられて、なにもかもどうでもよくなりそうだった。

 ただ、ふと、両親の顔が思い浮かんで。

 そうして、俺は今朝からのことを少しずつ思い出して行く。その最後の瞬間もだ。

 けたたましく鳴るクラクションの音。

 痛みは一瞬で、俺は……。

 そうだ……俺は死んだはずなんだ……。 

 それも最悪な気分の中でだ。


 俺は就活に失敗した。

 最終面接のため、神田駅を降りて少し歩くと、すぐに見えてくる大きなビル。

 俺が、ビルの場所を確認したのは面接開始の3時間前だった。

 早すぎるかもしれないけれど、万が一にも遅れたくはなかったし、なによりも場所を確認しておくことで安心したかった。

 ビルの大きさを肌で感じながら、プレッシャーに負けないよう大きく深呼吸する。

 俺はそのまま近くにあった喫茶店に入りコーヒーを注文した。


 持ち込んだ面接マニュアルと自作のQ&A回答集を読みながら、のんびりと時間をつぶす。

 やっぱり早くに来て良かった。

 店内は、早朝だからだろうか、意外に静かで。

 もう古典といってもいいJazzミュージックだろうか。

 店内は落ち着いたピアノの音色で満たされている。

 前の席の、一見してサラリーマンとわかる格好をした男は、開いていた新聞を閉じると、大きく伸びをして店を出た。

 男にとっては、日常の習慣なのだろう。

 店内から見えるガラス戸越しに、男が面接場所となる大きなビルに入っていく姿が見えた。

 男にとっては、あまりにも慣れているサラリーマンとしての日常なのだろう。

 ビルに入るその姿は、少しも緊張しているようには見えなかった。

 

 ただ、俺にとってはビルの大きさも、そこに入っていく男の姿も、ある種の憧れを感じさせるもので、ただただ圧倒されてしまう。

 俺は腕時計を見る。

 就活のために買った銀の時計。

 面接開始まで、およそ30分弱というところだ。

 そろそろ店を出ようか。

 そう考え、レジで精算をして店を出ようとドアノブに手をかけた。


 突然だった。

 ドアを開けるのと同時に、入れ違いに来店した女性は、俺に倒れこむように体をもたせかけると、そのまま崩れ落ちる。

 女性は意識があるのかないのか。

 蒼白な顔色で、もう喋る気力もないようだ。

 俺は慌てて女性の側に屈み込むと声をかける。

「大丈夫ですか? 今、救急車をお呼びしますから、頑張ってください」

 

 女性のうわ言のような、かすれた声が聞こえてくる。

 ただ、痛みに耐えているのだろう。その声は言葉にはなっていなかった。

「……ありが……っつ……」

 

 俺は、スマートフォンを取り出して急いで救急車を手配する。そして時間を確認した。

 最終面接の開始まで、少し余裕がある。

 間に合うはずだが、一瞬でも目の前の女性のことよりも面接のことを考えてしまった自分。

 そのことに気がついて、俺は少し自己嫌悪にかられる。

 ただ、時間と女性と。女性の体と俺の人生とを、両天秤にかけて悩んでしまった俺を誰にも責めることはできないはずだ。

 ここで落ちたら、就職留年か、派遣かアルバイトか。

 このご時世、うちの両親にも決して余裕があるわけではなかった。

 最悪、卒業したあと、アルバイトなどをしながら就職活動をするしかないだろう。


 10分も経っていないだろう。

 遠くに聴こえていたサイレンの音は、今はもうすぐ近くで鳴り響いている。

 救急車はあっという間に喫茶店の前まで来ると、緊急停止をした。


 救急隊員の手により、女性は手早く担架に乗せられる。

 あたりは急に騒々しくなる。

 俺は女性の横たわる担架のすぐ横で、救急車に運ばれる様子を見て、女性はもう大丈夫だろうかと思い、少し安心する。

 ただ、面接の方は……。俺は再度時計を見る。

 今ならまだ、10分前には受付できるだろうか。

 すぐにも面接に向かおうとした。そのつもりだった。

 そう、苦しむ女性がすがるように、俺の手を掴むまでは。

「……たす……。……っつ」


 女性にとっては、おそらくは誰の手でもよかっただろう。

 ただ、苦しみから伸ばした手が掴んだのは俺の手で、面接予定のビルに向かうつもりだった俺の足は、そこから一歩も前に進むことはなかった。

 女性の横でただただ立ち止まる俺を見て、救急隊員は俺を家族かなにかと勘違いしたのだろう。

 俺は、そのままいっしょくたに車内に押し込まれると、女性と俺を乗せた救急車は、病院に向かい急スピードで走り出す。

 車内の窓から少し見える外の風景は、かすかに面接予定の大きなビルを映していて、そうしてどんどんと離れていった。

 俺は、女性に同伴することになった。


 病院に着くまでには、それから30分と少しかかった。

 女性は担架で病院内に運び込まれると、そのまま、緊急手術を受けることになった。


 俺は事務室に案内をされると、白衣を着た医師だろう病院の関係者から、女性との関係を尋ねられた。

 俺は、たまたま女性が倒れた場所に居合わせたこと、そして、今日、会社の面接を予定しているため、至急遅刻することを連絡しなければならないことを伝えた。

 すぐに、俺の格好から就活生だと察してくれたのだろう。

 1階のロビーに休息コーナーがあること、そして、そこでは電話の使用が許可されていることを教えてくれた。

 俺は、マナー違反だとは知りつつも、かなりの急ぎ足で休息コーナーに向かうと、スマートフォンを取り出し面接予定の会社まで電話をした。

 

 ワンコールもかからずに、女性が電話に出ると、会社名と部署名を名乗った。 

「お忙しいところ、誠に申し訳ございません。私は、北条真斗と申します。

 本日、御社の人事部にて最終面接を受ける予定にございましたが、急な病気のため倒れた女性を救護するため、時間に間に合わない次第でございました」

「誠に失礼とは存じますが、今から面接をお受けさせていただくことは、可能かどうかご確認をいただいても宜しいでしょうか? 」


 心臓がばくばくと鳴っている。

 女性は少しお待ちください。と言ったあと、確認に向かったのだろう。

 スマートフォンからは、温かみのあるクラシックの音楽が静かに流れて、急に途絶えると、女性の事務的な口調に切り替わった。


「この度は、弊社への応募誠にありがとうございます。確認して参りました結果、残念ながら今回のご採用は見合わせていただくことになりました。ご希望に沿うことができず申し訳ありません。ご理解いただけれは幸いと存じます。ご応募いただいたことに深く感謝いたします」


 受付の女性の声色は、本来は聞き心地の良いものなのだろう。

 ただ、その事務的な口調と相まって、俺にはひどく機械的でそして無情なものに響いた。

 

「その、本当に人助けのために遅れてしまったんです! 

 どうにかなりませんか? 」

 俺は感情的になってしまって、怒鳴るように受付の女性に声をかけてしまう。


「ご希望に沿うことができず申し訳ありません。またのご応募をお待ちしておりますので、ご理解いただければ幸いに存じます」


 先ほどと変わらない応対が続いて。

 そして、女性の本音が続いた。


「……私個人としては、正直、女性を救護していたという理由なら、どうにかしてあげたいという思いはありますよ。ただ、それならどうしてせめて一報だけでも、事前に連絡をなされなかったんですか? ……すいません。言いすぎました」

 

 無機質だと思われていた女性は、本当は全然そんなことはなかったんだろう。

 遅刻の連絡で、思わず感情的になってしまった俺に、本気で応えてくれた。

「いえ。こちらこそ失礼しました」

 

 そこからの俺の行動はすべてが、淡々としていた。

 とにかくなにも考えられなかった。


 病院独特の雰囲気の中、薬の匂いと白衣を着た医者、看護師に囲まれて。

 俺は、女性が急性腹膜炎で命の危険があったこと、そして無事命を取り留めたことを告げられた。

 ……そうか良かった……。


 医師は女性から確認を取ったのだろう。

 少しして、慌ただしく病院の階段を駆け上がってきた男性は、女性の旦那さんだった。

 旦那さんからは土下座せんばかりのお礼を言われ、後日、あらためてお礼に伺いたいとの申し出を受けたが、俺はそのすべてに遠慮して、神田町の面接場所に向かうことにした。


 すでに終わった最終面接。

 俺は、大きな大きなビルの7階あたりをぼんやりと見上げた。


 もしも、面接を受けていたなら、内定まで漕ぎ着いて、誰もが羨む会社で誰にも誇れる人生なんてものを歩けたんだろうか? 

 ビルの入り口からは、今朝喫茶店で新聞を広げていた男性が出てくると、神田駅に向かって歩いて、人混みに消えていった。

 結局、あの人とも縁がなかったな……。


 それからの俺はただずっと、今日のことを考えていた。

 俺の中では、すべては過去のことになってしまったかのようで、失意の中、俺は帰宅の途についた。

 もちろん女性を助けたことを後悔はしていない。

 誰にだって非難されるいわれはないだろう。

 だけど、父親と母親には、一度頭を下げなければならない。

 笑顔で送り出してくれた両親。

 このことだけが、俺の頭をいっぱいにして、いつのまにか意識はそのことだけにとらわれていて……。

 

 そして、俺は大型トラックに跳ね飛ばされた。

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