全知全能の神、一日限りの一般人

卵粥

第1話 女神さまの修学旅行

『神様』

 どんな存在を思い浮かべるかはわからないが、多くの人は「何でもできるすごい存在」位には考えるだろう。

 実際、彼女は何だってできた。だって神だもん。

 しかし、何でもできるからと言って、充実しているかどうかで言えば、そんなことはなかった。

「ぬあぁぁ、暇すぎる……」

 遠く彼方、この世界とは違うどこかに存在する神の世界『天界』にて、一見ただの少女にしか見えないが、女神であるアーシャは、女の子らしさを欠片も見せない声で、寝そべりながら呻いていた。

「あーあ、神様ってもっと何でもできて楽しいものだと思ってたのに……」

 実際、私の生活は、ひどく退屈なものであった。

 朝になれば起きて、お腹が空けばご飯を食べて(あんまり美味しくない)夜になれば寝る。

 そして時々『下界』――つまりは人々が住む世界を観察して、人々の最低限の平穏を守るだけ。娯楽なんてものは無し。

「あれえ?ひょっとして神様ってハズレ職?」

 そもそも、観察したところで代わり映えの無い日常だけで、面白くもないのだ。

 おまけにご飯不味いし。

「大体、何だってできる力があるなら、ご飯くらい自分で用意しても良いじゃない……」私の力、全能の力は自らのために使うことを許されてはいない。

 悪用し、人々を苦しめる存在となることを防ぐために、代々そのような掟が定められていた。

「お父様から、この力を譲り受けたときはラッキー、なんて思ってたけど、これなら前までの生活の方が楽しかったなぁ……」

 以前までの私ならば、下界に降りることすら許され、かなり自由ではあった。

 しかし、力をもった神が軽はずみに下界に降りることなどあってはならないため、その行為も今はできずにいた。

「ああ、もう!ひまひまひまひま、ひまー!」

 どこか別の世界には、ゲームしたり他の女神と交流したり、さらには世界を救うため自ら戦う女神だっているらしいのに、なんで私はこんなに暇なんだー!

「だったら久しぶりに行きますか?下界に」

「キール!何、行っても良いの!?」

 じたばたとしていると、後ろから金髪ショートの美少女、キールが思わぬ台詞を口にした。

 ちなみに彼女は、神の奉仕者といい、それぞれの代の神様に一人付けられる、言わば神の補佐役のようなものである。

 分かりやすく言えば秘書って奴かな?

「はい、と言ってもそのままじゃダメですけどね」

「なになに、何でもするから早く行かせて!」

「……その台詞下界で絶対言わないでくださいね」

「え……、う、うん」

 何だろう、キールが一瞬ものすごく怖かった気が……。

「コホン、それではこちらを飲んでいただきます」

 そう言って彼女は、何か錠剤のようなものを手渡してくる。

「何これ、飲むと子供にでもなるの?」

「子供にはなりませんが、一日だけアーシャ様の力を押さえてくれます」

 そ、そんなものがあったなんて。

「でもお高いんでしょう?」

「何がお高いのかは分かりませんが、希少価値で言えばそんなにないですから安心してください。いっぱいあるんで。」

「ふーん、なるほどねー」

 ……ってあれ?

「ねえ、何でこんなものが天界にいっぱいあるの?ひょっとして……」

「……代々みんなそうらしいです」

 やっぱハズレなんだ!みんな神様なんてやりたくないんだよ!

「と、とにかく、前例もたくさんありますから、飲むうえでの安全性は確保されていますよ?」

「いや、うん、まあ飲むけどね?」

 お父様も飲んでたのかなこれ。

「……まあ良いや、さっさと行こうっと」

 そして私は天界の端、下界へと続く崖際までたどり着いた。

「ああ、ほんとに久しぶりだなぁ。楽しみー。よーし、それじゃあさっさと飲んじゃいますか!」

 ポイっと錠剤を口に含み飲み込む。

 それによって何が変わったかはわからないが、これで下界に行ける。その喜びで頭がいっぱいだった。

 だからなのかな。

「よーしそれじゃキール、行ってくるね!」

「あ、はい。力を失っているので、自由落下しかできませんが、お気をつけて」

「え?」

 キールに言われるまで、その事に気づかなかったのは。

 そして気づいたときにはもうすでにぴょいーん、ジャンプ、カンガルーのように。

「のわあああああああ!それ先に言ってよおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 こうして、パラシュート無しのスカイダイビングから、私の下界観光は始まった。


 *


 耳元でゴォーと轟音が鳴り響く。

「あー、落ちてるねぇ。私すごい落ちてる」

 なんかもう色々と達観して落下なう、って感じかな。

 さっきから力を使って飛ぼうとしても全く反応無し。

 おかしいね、まだ力を持っていなかった時でも、空を飛ぶくらいはできたから安全だったのに。

 一応、前例もある上に、力が使えないだけで、身体能力、体の丈夫さに関しては神様クオリティのままだ。

 見る限り、このくらいの高さであれば死ぬどころか、怪我ひとつしないだろう。

 しないよ、しないけどさぁ……。

「ああ、地面が近いなぁ……」

 ドゴォ!っと地面が軽く揺れるほどの衝撃を与えながらの着地。アーシャは軽く地面にめり込んでいた。

 しかし、その体には擦り傷ひとつ無い。無いのだが――

「痛い!すごく痛いよ!怪我とかはないけど痛いもんは痛いんだよぉ!」

 そう、どれだけ丈夫でも痛覚は人並み。痛いもんは痛いのである。

「うう、最悪のスタートだよぉ……」

 おまけに服はドロドロ。歴代の神様も毎回こんな目に遭っていたのだろうか。

「まあいいや、キールからもらった財布の中身を確認っと」

 一日遊ぶには不自由しない量を詰めといたって言っていたけどどのくらい……。

「え、いや、これは……」

 とりあえず財布をそっ閉じしてから一言。

「これだけあったら一週間遊び倒しても余りますよ、キールさん……」

 ひょっとして私の知らない間に物価が超上がってるとか、なんて思っていたけれど、新しい服を買った時に、そうでもないこともわかり、歴代の神様はどれだけ豪遊して帰ったのだろうと一人ドン引きしていた。


 *


 その日、朝から男は最低な気分だった。

 最近あまり会えずにいた高校からの付き合いの彼女を久しぶりに見かけたかと思えば、全く知らない男と手を繋いで歩いていたところを目撃。

 おまけと言わんばかりに、気がつけば鞄に穴が空いていて財布をボッシュート。

「なんかもう、辛いな……」

 大学生になってから日々の講義、バイトなどに追われ、気がつけば彼女との距離も広がりこんなことに。

「あーあ、しかし暑いなぁ……」

 今は夏真っ盛り、かき氷か何かでも食べたいが金がない。

「あのー、そこのお兄さん?」

「はい?何ですううっ!?」

 後ろから間の抜けたような声がしたため、振り向いてみればそこにはビックリするほど可愛い女の子、て言うかビックリしてる。

 長く、煌めく栗色の髪。透き通るようにきれいな瞳。そして少し幼い感じの残る可愛い顔立ち。

 こ、こんな女の子知り合いにいないんだけど。何、何のようだ?

「あのー、これ落としたよ?」

 そう言って女の子が差し出したのは――俺の財布?

「いやー、探したよー。君走って去っていくから追い付くのが大変で」

 走った?ああ、そういえば最悪の場面を見た時、頭が真っ白になって走り去ったような……。

「しかし、追いかけてまで拾ってくれるなんて……」

 こんないい人が世界に存在するとはな。

「ふふーん、人助けは当然の事だよ、神様舐めないでよね!」

「はぁ?神?」

 マジかよ電波系か?この後宗教勧誘されるのか?やっぱ最悪の日だな今日は。

「え、あ、違う!今の無し、やっぱ無し!聞かなかったことでお願い!」

 ……と思ったけれども、この様子を見る限り宗教系統では無いかな。

 イタい子の可能性は捨てきれんが。

 まあでも――

「本当にあんたみたいな神様がいるなら、是非信仰してみたいもんだけどな」

 本当に最悪だった一日だったが、少しだけ救われた気分になれたのだ。そこまでしてもいいと思うのも当然だろう。

 まあ、神様だったらの話だけどな。

「そ、そう?そう言われると悪い気はしないかな?それなら私、女神アーシャをよろしく!」

 そう言って彼女は走り去っていった。

「アーシャさん、か……。可愛いかったなぁ」

「……そうですねー」

「おわぁ!び、ビックリしたぁ!」

 気がつけば、後ろには不機嫌な様子の彼女がいた。

「な、何だよ。何か用か?」

「用ならあるよ、大ありだよ!勘違いさせたと思って慌てて追いかけて来たのに、他の女の子にデレデレして!」

「いや、そんなことはっ!――勘違い?」

 え、ドユコト?

「さっき手を繋いでたのは私の兄ちゃん。目が悪くて、ああやって手を引いてあげないとまともに歩けないレベルなんだよ」

 な、なんというベタな落ち……。

「んでもって、さっき後ろの方でお前が走っていくの見えたから、兄ちゃん安全なところで待たせて慌てて追いかけて来たのに……」

「う……わ、悪かった」

 申し訳なく思い謝る。

 けれど、不思議と幸せな気持ちだった。

 思えば最近は関係がギクシャクとして、あまり会話も続かなかった。

 いつ以来だろうか、こんな風に彼女と話したのは。

「んー?何だよ、ニヤニヤして?」

「いや、幸せだなって」

「はぁ?」

 やっぱり、あの子は神様だったりするのかもしれない。

 あの女の子のおかげで、彼女とこんな風に会話できる日が、また来たのだから。


 *


「うう、暑いなぁ……」

 先ほど、男の子を走って追いかけたため、汗がひどく、今すぐにでも冷房の効いた施設へと飛び込みたい気分であった。

「力さえ、力さえあれば……!」

 気がつけば、厨二感MAXの台詞を吐いていた。

 まあさっき自称神様やっちゃったし、今更か。自称でもないけど。本当にそうなんだけど。

「ん?これは確か……」

 そうだ、これは知ってる。下界で暑い日に食べるやつだ。

 そう、かき氷!

「色んな味があるんだっけー、楽しみだなぁ」

 ウキウキしながら、冷気に包まれた空間へ。しかし、店内は静かで、外の活気さとはほど遠い位置にあった。

 すると、店の奥から一人のおばあちゃんが出てきた。

「おや、お客さんが来るなんて珍しいねえ」

「こんにちはー、ここっておばあちゃん一人でやってるんですか?」

「そうだねえ、最近は人がほとんど来ないから……」

 そんな静寂な空間に、ぐぅー、と間抜けな音がなる。ええ私ですけど何か!(ヤケクソ)

「あらあら、お腹すいてるのかしら」

「い、いえお気になさらず!」

「まあまあ、おうどんくらいしか用意できないけれど、ちょっと待っててね?」

「は、はい……」

 これは……恥ずかしいっ!


 *


 結局、おばあちゃんからざるうどんをご馳走になった私は、本来の目的であったかき氷の種類に悩みながら、おばあちゃんと会話を弾ませていた。

「昔は色んな人がうちのかき氷を食べてくるてたんだけどねぇ……」

 おばあちゃん曰く、最近はこの店は客の入りが悪く、近々閉じる予定らしい。

「うう、こんなに美味しそうなかき氷なのに……」

「そう言ってくれるだけ嬉しいねえ」

 そう言いおばあちゃんは微笑んでいたが、その顔はやはりどこか寂しそうだった。

 何とかしたいけどなぁ……。

 ん、待てよ?

「ねえおばあちゃん、表に少しだけスペースがあったよね、それこそ長椅子ひとつあっても邪魔にならないくらいの」

「え、ええ、あったけれど……」

「よし!それなら私に考えがあるから、おばあちゃんはかき氷作って待ってて!あ、イチゴ味でお願い!」


 *


 相変わらず外は日差しが照りつけているかと思えば、今の時間帯のこの場所は日陰なのか、少し涼しかった。これは好都合!

「よーし、それじゃあ……よっと」

 そして私は店内にあった長椅子を、入り口を塞がないようにしながら、店の前に設置。

「これでよしと!」

 そう、私がやりたいことはズバリ店頭CMである。

 私が外でかき氷を食べることで、それを見た人が食べたくなるかも、という作戦だ。

 正直、そう簡単にうまくいくとは思っていない。

 けれど、話を聞いて、うどんもご馳走になったのだから、私に出来ることならしたい。

「いやーしかし、純粋に楽しみだなぁ、かき氷」

 削った氷の上にシロップをかけただけというシンプルなものながら、何がそこまで人を引き付けるのか。とても興味深い。

「はいお待たせ、かき氷だよ」

 そしてちょうどいいタイミングでおばあちゃんがかき氷をもって出てきた。

 冷気を放つその食べ物は、日陰とはいえまだ暑い今の状況において、輝かんばかりの宝に見えた。

 というか、実際氷が光を反射して輝いていた。

「ふおお、これが、かき氷!」

「どうぞ、ゆっくり食べるんだよ」

 そして、私にかき氷を渡すと、おばあちゃんは店の中へと戻っていた。

 さてと、それでは――

「いただきます!」

 口に放り込むと、シャクリとした食感、そして全身へと行き渡るひんやり冷たい感覚。そして何よりこの甘いシロップ。

「ふああぁぁ……美味しい……」

 さすが下界、これは確かに暑い季節において最強の食べ物だね!

 そして私はかき氷をただ黙々と食べ続けた。

 そう、それこそ宣伝なんてものを忘れて食べ続けた。

 そして気がついた時には――

「え、あれ?何でこんなに回りに人が?」

 お店は大繁盛していた。


 *


「こんな忙しい日、いつぶりかしら……」

 先ほどからまさに目が回るような忙しさに追われている。

 けれどそこには疲労だけではなく、確かな満足もあった。

「これもあの子のお陰だねえ……」

 脳裏に先ほどの女の子の笑顔が浮かぶ。

 確かに私も、あの子がただ無邪気にかき氷食べ進める姿は、とても惹かれるものがあった。

「それにしても、気がついたらいなくなってるなんてねえ……」

 気がつけば、返却台に少女が食べたものであろう器と、千円札、そして置き手紙が残されていた。

『お仕事頑張ってください。うどんとかき氷ごちそうさまでした、また来ます。アーシャ』

「……また来たときのために、お釣りはずっと取っておかないとね」


 *


 夜の帳に包まれながらも、溢れる光源、活気づく町並み、ここは時間なんてものにあまり影響されないのかもしれない。

 そんな事を考えながら、私は内心めちゃくちゃ焦っていた。

(そういえば帰り方わかんない……!)

 来るときにちゃんと確認しとけばよかった!

 まあ今さら悔やんだところで仕方ない。それに、薬の効果は一日だけらしいし、効果が切れたら力使って帰ればいっか。

「しかし、やっぱり下界のご飯美味しいなぁ……」

 私は適当に入ったラーメン屋というところでラーメンと唐揚げなるものを食べていた。

 天界も見習ってこんな感じのご飯用意できないだろうか。

 天界の料理は、味がしないものばかりで、正直食えたものではない。

「はぁ、美味しいなぁ……」

 そんな晩御飯に舌鼓を打ちながら、今日やって来たことを振り返っていた。

 今日、私は本来一日すべてを自分のために使い、例えその姿が神のものとしてはあり得ないくらい酷いものだったとしても、そうやって過ごすつもりだった。

 けれど、実際は朝には財布を落とした少年を追いかけ、昼にはお店の宣伝。細かいことすべて含めていけば相当の人を助けてきた一日だった。

 それらは別に自分に何か利益があるわけじゃない。

 けれど不思議と、今日人々を助けて回った一日は一番充実した日だったと、胸を張って言える、そう思えた。

「他の神様は、どうだったんだろう……」

 やはりこれだけのお金があったのだ、きっと遊びに遊んだのだろう。

 そりゃそうだ、この仕事ストレス凄い溜まるからね。

 でも私は、今日の下界旅行でこの仕事も少しは良いものかなー、なんて思ってみたり。

 人を観察するのも悪くはないのかもしれない、って。

「よし、ごちそうさまでした」

 気がつけばご飯を食べ終わり、体に不思議な力が満ちてきた感覚がある。おそらく薬の効果が切れてきたのだろう。

 力が戻ってみると、やはり先ほどまでの焦りなんて露程も残っていなかった。

「一日にはちょっと早いけど、まあいいか」

 早く私のいるべき場所に帰らないとね。

 だって私は――人々を守る神様なんだから。

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全知全能の神、一日限りの一般人 卵粥 @tomotojoice

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