発覚②
領主の執務室に、重苦しい空気が垂れ込んでいる。クルト、ロタール、ヘルツは向かい合った状態で佇んでいた。
「アンジェリカ様が誘拐された、というのは本当かい?」
珍しく地下室から自主的に出てきたロタールが、真剣な目つきでクルトを見据える。
クルトは悔しげに、頷いた。
「はい。犯人は、アルファが使っていた抜け道を使い、敷地内に侵入したようです。アルファを人質として使い、連れ去った模様です」
抜け道である塀の穴は、明日埋めるはず予定だった。昨日のうちに埋めておけばよかった、と後悔しても遅い。
「ここ数日、怪しい男達が街を彷徨いていたみたいなので、今のところ怪しいのは、この男達かと」
「なるほど。その男達を調べないとね。あとクルト、拳を強く握りすぎだよ。今はまだ騎士なんだから、手は大事にしないとね」
クルトは我に返った。無意識の内に、拳を強く握り締めていて、爪が手のひらに食い込んでいた。
手の力を緩めると、ロタールは満足げに頷いた。
「そうそう。焦らないようにね」
「……善処します」
クルトは俯いた。
「話を進めましょう」
ヘルツが挙手する。
「私、クルト様に頼まれて、怪しい空き家があるかどうか調べてきて参りました」
「結果は?」
「一軒ありました。元修道院だった建物です」
「ああ、エバン畑に近いところの」
ロタールは思い出す。
あの修道院は十年ほど前、罪人の娘を塔の頂上に監禁していたことが発覚し、取り潰しになったのだ。その他にも、苛めで自殺があったりと色々と問題があったため、街の人はあまり近付こうとしない。
「はい。見知らない男が辺りを窺いながら入っていくのを見た、というエバン畑の農夫の目撃情報がありまして。それから」
ヘルツは目を細め、小さな声で告げる。
「その男達と、トリューゼ嬢の護衛をしていた男が密会していたのを、目撃した方がいらっしゃいました」
ロタールとクルトの目が、鋭くなる。
「つまり、トリューゼ嬢も関係している、ということかい?」
「断定はできませんが、無関係、というわけではないでしょう」
「だが、トリューゼ嬢の性格上、犯罪に手を出すとは思えない」
エマは真っ直ぐな気性だ。犯罪を嫌っている。本人は、執拗にクルトを追いかけていたが、それは真っ直ぐな気性のせいのでもあるが、本人はそれほど自覚していなかったのだ。
「そうだね。もしかしたら、本人が無自覚のまま犯罪に手を出している可能性もなきしもあらず、だけど」
「さすがに誘拐は分かりやすい犯罪だと、思うのですが。その護衛に関して、他に情報は?」
「トリューゼ嬢の婚約者が遣わした者だと」
「ああ。そういえば、婚約したんだっけ。どこの若造とだっけ?」
「セリウス・ジュータ伯爵家の長男ですよ」
「ああ。そうだった、そうだった。それで、その長男君って、なにか噂があるっけ?」
「社交場に然程興味が無い方々が多いので、あまり情報が入ってきてきませんねぇ」
ヘルツは笑みを刷る。口元は笑っているが、目が笑っていない。二人はヘルツから目を逸らした。
「とりあえず、そこを調べてみようか。クルトもそれでいいかい?」
「はい」
「警備兵も連れて行こう。大勢は目立つから、数人だけね。ベルベットもいけるかな?」
「いけるでしょう」
「よし、それじゃ僕は非力だから、ここで待っているよ」
「賢明ですな」
ヘルツがほっほっほと笑う。
「では、行って参ります」
「うん、いってらっしゃい」
クルトが一礼して、執務室から出て行く。続いてヘルツもその後に続こうとすると、ロタールに引き留められた。
「あ、ヘルツ。ちょっといい?」
「はい、なんでしょう」
足を止めて、ロタールに振り返る。ロタールは、にっこりと笑った。
「クルトのこと、よろしく頼むよ。彼女のことを助けないとって思い詰めて、無茶しそうだし」
「分かっていますよ」
「さすが。じゃ、よろしくね」
恭しく一礼して、ヘルツも執務室から出て行った。その背中を見送り、ロタールの机に軽く座る。
「面倒なことになったものだ」
溜め息をついて、机の後ろにある窓に振り返る。降るのは夜頃になりそうだな、思いながら口は他のことを呟く。
「これで二人の距離が縮まればいいんだけどねぇ」
今日までの二人を思い返す。少しずつ距離を縮めているようだが、いかんせん、クルトが初すぎて、決定的な出来事が起きない。
「確信したっていうのに、なんでさっさと教えないんだか」
呆れ混じりの声色だったが、慈愛も込められている声色を出しながら肩をすくめる。
「迷子同士、とっとと再会すればいいさ。僕はのんびりと、ここで待っていようかな」
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