聖女、考える

 あれから、考えている。




 アンジェリカは青い空を仰ぎながら、ぼぅっとしていた。




 アンジェリカがいる場所は、裏庭のさらに裏庭という場所だった。裏庭の林を抜けたその先には、原っぱが広がっている。屋敷には高い塀が囲ってあり、この原っぱもその中にある。屋敷から離れているが、ここも一応屋敷の中なのだ。




 それなので、ベンチがある。アンジェリカは一人で考え事をするため、普段誰も来ないここに来て、ベンチに座って、ずっと考えていた。






『貴女、前を見ていないという感じがしますわ』






 脳裏に再生したのは、エマの言葉。




 いや、その後の『クルトの忘れられない人発言』も気になるが、それよりも、その言葉が頭の中でぐるぐると回る。




 たしかに、アンジェリカは  だった頃が恋しい。ここの人は良くしてくれているし、あちらにいた頃の立ち位置は正直言って微妙だったけれど、やはり死ぬのならあちらが良い。




 この世界だと、自分が望んだ死に方が出来ない。生き方が選べないのなら、死に方くらい自由にしてほしい。それが今でも変わらない、アンジェリカが一番強く願っていることだ。






(こちらだと、わたしは聖女。わたしに選択肢を与える的なことは言っていたけれど、どこまで本気か分からない)






 もし、神の祝福が聖女の意思と関係あるのなら、そうなるよう仕組めばいい話だ。聖女にバレず、緻密に計算的に出会いやイベントをこなし、この国に忠誠を誓っている者に聖女が惚れるようにする。要は本人にバレなければいいのだ。






(そう考えているから、クルトたちの好意の裏を疑ってしまう……これでは駄目ね)






 少なくても、クルトは嘘をつけないタイプのようだから、信用できる。だが、他の誰かに言われているかもしれない。






(わたしって、こんなに疑い深かったかしら)






 あちらにいた頃は、疑うことが必要なかった。病院という狭い世界に一生いることが分かっていたし、そもそも自分を守るために疑うものだ。あの頃、自分を守る必要性もなかった。






(まぁ、これがエマ様に、前を向いていないって言われた原因なのだろうけれど)






 いつもあちらにいた頃と、今を比べてしまう。もう戻れないのに、ここにいるしかないのに。どうしても、思い出してしまう。






(文字を勉強して、教養を身につけて、前を向いた気でいたのかしら、わたし)






 前なんて向いていない。いつも、後ろばかり見ている。あの子のことばかり、思い出している。






(それを、初対面の人に見破られるなんて……わたし、仮面の被り方には自信があったのに)






 それとも、エマの人を見る目がずば抜けているのか。もしかしたら、野生の勘なのかもしれない。


 気を付けなければいけない。あまり、自分の内側を見られるのは好きではない。






(前を向いていない、か)






 最初の議題に戻る。






(前を向かないといけないのは、頭の中では分かっている。けど、前を向くって、どうすればいいのかしら)






 今まで、前を向く必要もなければ、無駄なことだと思っていた。あちらにいた頃も、こちらに来たばかりの頃も。


 だから、どうやったら前を向けるのか、その方法が分からない。






(物語のキャラたちは、どんな感じで前を向いていたかしら)






 思い出そうとしていると、後ろから、カサカサ、という不自然な物音がした。




 後ろは林になっていて、物音はそこからした。アナやクルトたちはあちらのちゃんとした道を使うはずなので、ベルベットの可能性が高い。




 自分を呼びにきたのか、とおもむろに振り返ってみる。姿は見えない。林には木の他に、アンジェリカの腰の辺りまで、草が茂っている。物音の大きさからして、ベルベットの背丈なら、姿が見えるはずなのだが。




 不思議に思っていると、カサカサ、と葉が動くのが見えた。ラルでもなさそうだ。


 不自然なものは、アンジェリカが座っているベンチの後ろまで来た。


 そして。






「ぷは!」






 見知った少年が茂みの中から現れた。






「あら」




「げっ」






 自分を見た瞬間、少年……アルファは眉を顰めた。

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