記憶③

「あの子はまた、生き永えてしまったか」



 祖父からその言葉を聞いたのは、  が高熱を出して峠を越えた深夜のことだった。


 目が覚めると、そこにいるはずの付き添いの祖父と、友達の母がいなかった。なんとなく気になって、重い身体をよいしょ、と動かして深夜の病院の廊下を歩いた先の出来事だった。


 病院のエレベータ前には、各階に談話室が設けられている。


 その日は、誰もいなかった。祖父と友達の母しかいなくて、  は物陰から二人を見ていた。


 深夜だったからだろうか。そこは耳がきぃんと痛くなるほど、静寂に包まれた。だからか、祖父の声がやけに響いて、  の鼓膜を揺さぶる。



「おじさん、ここでそういう話は」



 友達の母が焦った声色で、祖父を止めようとしている。だが、抑えきれなかったのだろう。祖父の言葉は続いた。



「どうして、いつも生き残ってしまうんだろうか……あの二人の願いだろうか。だとしたら、なんて残酷なことか」


「おじさん、あの子に聞かれてしまいますから」


「どうせ、疲れて起きてはこない」



 自分のことを話している。だから、余計に声を掛けるのに躊躇した。



「たしかにあの子には、生きていてほしい。そう思っているんだ、思っているはずなんだ……だが、あの子が峠を越えるたび、落胆している自分がいる」


「おじさん、話は家で聞きますから、どうか」



 友達の母の懇願も虚しく、祖父は言い募った。



「私は、私が怖い……あの子の生を素直に喜べない私が。あの子が死んだら、この苦しみから解放される。失う怖さが無くなることを、望んでいる自分が……あの子の死を、少しでも望んでいる自分が、怖い」



 告白した後、談話室に祖父の嗚咽が響き渡る。


 祖父が自己嫌悪に陥っている。本音をぶちまけて、自分の浅ましい本心を目の当たりにして、戦いている。


 嗚咽混じりに、なんて化け物だ、と自分を責める祖父。


 清廉潔白、という四字熟語が好きな祖父のことだから、尚更のことだろう。


 衝撃が強すぎて、  は悲しみを通り越して、諦観した。

 しばらく立ち尽くした後、嗚咽を漏らし続ける祖父に背を向けた。


 音を立てないように、ゆっくりと、自分の城に戻る。


 何故だろう。夏なのに、とても寒い。

 熱が再熱したせいだろうか。ついでに、目頭がとても熱かった。

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