エマ・トリューゼ④
「つまり、折り合いをつけるために来た、というわけですか」
「話が早いですわね」
「ですが、折り合いをつけるために、なんでわたしを知りたいのか。そこが分かりませんので、ご説明よろしいですか?」
「まず単純に、誰にも心を開かず、他の令嬢に言い寄られても、ぶれることなく相手にしなかった、レステの彫刻のようなクルト様が一目惚れした相手がどんな容姿をしているのか、興味があったこと」
レステの彫刻、とは諺の一つだ。朴念仁とほぼ同じ意味で使われている。
ちなみに、アナが言っていた『火に集まるフナタル』の意味は、一つの事柄、または人物に沢山の物や人々が集まる様子の例えなのだそうだ。フナタルとは夏に出てくる虫で、群れをなし火に集まる性質がある。焚き火を焚いていると、フナタルの群れが焚き火を覆い尽くすほど集まることがあることから、生まれた言葉なのだという。
というか、まず、ということは他にも理由があるのか、とアンジェリカはとりあえず続きの言葉を待った。
「そして、クルト様を慕う身として、貴女が真にクルト様の支えとなれるのかどうか、見極めるためですわ」
「あら。クルト様を支えられるかどうかだなんて……それを決めるのは、クルト様だけですよ」
アンジェリカの言葉にエマ・トリューゼは、神妙な顔をする。
「分かっていますわ。たしかに支えているつもりでも、あちらは支えてもらっていないと思うかもしれません。ましてや、クルト様がどう思っているのか、クルト様しか知りませんわ。だから、あくまでわたくし視点で見極めるのです」
主観的なのか、客観的なのか。
アンジェリカは、最初に言っていた言葉を思い出しながら、尋ねた。
「それで、わたしの容姿を見て、あなたは納得しましたか?」
「納得というより……いえ、こういう見た目なんだろうな、と」
少し言い澱んだ彼女に、アンジェリカは首を傾げる。
言葉の選び方が何だか変だな、と思いつつ無視した。
「では、わたしと話して、どう思いましたか?」
「先程から思っていましたけど、質問が直球すぎませんか?」
「遠回しだと、時間が掛かりますので。それに、この場合は、会話のキャッチボールを円滑にしたほうがよろしいかな、と」
「きゃっ……? 申し訳ございません、きゃっちぼーるとは、どういう意味でしょうか?」
おや、と目を少し見開く。
どうやらこの世界には、『キャッチボール』と変換できるような言葉がないらしい。
「球の投げ合いのことです。ここから遠い国の遊びの一種で、球を投げ合い、親交を深めるらしいですよ」
「変わった遊びですのね。玉を投げ合って、面白いのでしょうか」
「さぁ? わたしはしたことがないので」
病院の中庭で、入院中の息子と父親がしていたのを見たことがあるが、実際にやったことはない。
「それで、わたしと話して、どう思いましたか?」
「裏が読めないですわね。あと……」
「あと?」
「貴女の目、なにも映っていないですわね」
アンジェリカはきょとん、となった。
告げられた言葉を二回ほど、頭の中で反芻した後、口を開く。
「あなたもなかなか、直球ですね」
「そうでしょうか」
エマ・トリューゼが不思議そうにしている。
不思議に思っているのは、こちらの方なのに。
「ですが、少し分かりません。わたし、ちゃんとあなたを見て映しているはずですが」
「そういう意味ではないですわ。わたくしも、なんて表現したらいいか分かりませんけれど」
頬に人差し指を添え、考え込むエマ・トリューゼ。ぴったりとくる言葉を探しているようだ。
お菓子はまだかしら、とのんびりと待っていると、ようやく見つけたのか。エマ・トリューゼが言葉を出した。
「貴女、前を見ていないという感じがしますわ」
アンジェリカは再び首を傾げる。
「どういう意味でしょうか?」
「なんというか、前にいる人物に集中したいのに、子供が裾を掴みながら自分を呼んで、そちらに意識を向いてしまう婦人みたいですわ」
「とても具体的な例えですね」
つまり、後ろ髪を引かれるような、ということだろうか。
そういう意味で、前を向いていない、と言われれば、そうかもしれない。
いつも、アンジェリカは、 が恋しいのだから。
「貴女がそんな感じだと、わたくしも困りますわ」
「と、いうと?」
エマ・トリューゼは周りを見渡す。少し困り気味になって、自分とアンジェリカのお供を見ている。
皆には聞かれたくない内容だろうか。
「トリューゼ嬢。耳を貸しましょうか?」
「お願いしますわ」
アンジェリカは立ち上がろうとしたが、エマ・トリューゼが制した。
「わたくしが行きますわ」
エマ・トリューゼが腰を上げて、アンジェリカの横まで移動する。エマ・トリューゼが屈むのが見えたので、耳を寄せる。
耳元に息がかかる。エマ・トリューゼは、両手でアンジェリカの耳を囲んで、周りに聞こえないように、小さく告げた。
「クルト様には、忘れられないお方がいらっしゃるの」
アンジェリカは目を見開く。
「だから、貴女がその人のことを忘れさせてあげないと、わたくしが困りますの。クルト様には、幸せになってもらいたいですから」
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