星座

 誰もいない薄暗い廊下を進み、庭に出る。




 庭には垣根がなく、下にいても庭が見渡せるので、すぐにクルトがいる場所が分かった。


 クルトは、庭の奥のほうで佇んでいた。星空を見上げているようで、こちらに気付いていない。




 アンジェリカは、ゆっくりと近付いてから、クルトに話しかけた。






「なにをなさっているんですか?」






 クルトは、ゆっくりと視線をアンジェリカに移し、答えた。






「シャンの散歩ついでに、星空を見ていた」






 シャン。まだ会ったことがないが、梟の名前だ。






「そういえば、梟って夜行性でしたね。そのシャンは?」




「今はおやつを探して、飛んでいる」




「ラルを間違えて、食べたりしませんか?」




「それは大丈夫だ。ラルは今、俺の部屋で寝ている。それに、まだチビの頃から、二匹一緒に過ごしているから、シャンはラルを食べない」




「それは安心ですね」






 捕食者と被食者という関係だから、会わせないようにしているかと思ったが、幼馴染みという間柄らしい。




 そういえば、テレビでも、猫と鳥が一緒に昼寝して、鳥が猫にちょっかいを掛けていた。たしか、小さい頃から一緒にいると襲わない、とか言っていたような気がする。






「アンタはどうしてここに?」




「クルトの姿が見えたので、なんとなく来ました」






 そういえば、どうして行こうと思ったのだろうか、と笑顔の裏で思案する。




 別に、クルトに用事があったわけではない。エマ・トリューゼに関して気になることがあるが、それを訊くのは別に明日でもいい。




 ただ、本当になんとなく来た、というのは少しばかり違う気がした。






「眠れなかったのか?」






 眉を寄せ、クルトから問いかけられる。






「まぁ、そうですね。少し、考え事を」




「トリューゼ令嬢のことか?」




「それも気になるには、気になりますが……そんなには、気になっていません」




「そうか……」






 クルトはくるり、と周りを見渡した。






「今から眠れそうか?」




「いいえ」




「なら、そこのベンチに座って、一緒に星座でも見るか?」




「お邪魔ではないのなら、ぜひ」






 ベンチはすぐそこにある。二人でそこに座った。


 お互い黙ったまま、星空を見上げる。




 以前いた世界で、自分がいた場所は、少なくても田舎ではなかった。だが、病院は外れにあって、消灯時間になったら、周りの光はあるが中心地に比べると暗くなる。テレビの中の都会はすごく明るかったので、中心地よりも暗いだろう、という予想だが。




 消灯時間になって、しばらく経っても眠れない時は、夜空を見上げていたものだ。






「やはり、わたしがいた世界とは、星座が違いますね」




「変わっていないほうが、ある意味怖いような気がする」




「それもそうですね」






 星座が同じ場所にあるなら、実はこの世界はパラレルワールド、というオチが待っているかもしれない。完璧な異世界というほうが、アンジェリカにとって心臓に良い。






「あちらの星座について、詳しいか?」




「見るのは好きでしたが、星座についてはあまり。天の川は好きでしたけど。クルトは、どうですか?」




「まあまあ知っている程度、かな」




「では、あの三つ強く輝いている、赤い星はなんていうんですか?」




「ケロストロだ。美しい三つ子の姉妹が神になった姿、と伝えられている」




「こちらでも、星座が神話の元なんですね」






 元いた世界でも、主にギリシャ神話が星座の元だった。コンパス座など、後の天文学者が作った星座もあるらしいが、そこら辺はテレビで観た情報なので、詳しくは知らない。






「ちなみにその下には、ゾラウスの弓矢、という星座がある」




「ああ。言われてみれば、たしかに弓矢に見えるような……」




「この世界の星座は、星座の近くにその星座に関わっているものの星座がある。ゾウラスの弓矢も、ケロストロに関係している。ゾウラスというのは、神話に登場する王子だ。その王子は弓の名手だったが、それ以上に好色家だった。


それでケロストロ家の美女三姉妹全員を側室として迎えようとしたが、ケロストロ三姉妹はこれを拒否して、激高した王子に弓で殺されそうになるが、その前にケロストロ三姉妹は自害。父親は王子から弓矢を奪い、それで王子を殺害した。


三姉妹の気高い心に胸を打たれた最高神が、三姉妹を星の神の一員として迎い入れて、ゾウラスの弓矢は、元々神の持ち物で、二度と人間の手に渡らないように、天に捧げられたという話だ」




「では、ケロストロを囲んでいる小さい青い星は?」




「ケロストロ三姉妹の父親の腕らしい」




「それでまぁまぁ知っている程度なのですか?」




「ケロストロ三姉妹の神話は、覚えやすいからな。だから、ケロストロ三姉妹の星座は覚えているが、俺も全部は覚えきれない」






 なるほど。神話を覚えれば、星座が覚えやすいのか、と周りの星々を見渡す。




 元々星座の知識がないので、どれも同じ星に見える。星座を覚えたら、見え方も違ってくるのだろうか。




 アンジェリカは、星空から視線を外し、クルトに向ける。






「そういえば、トリューゼ令嬢のことなんですが」

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