クルトから見たエマ・トリューゼ
彼女について気になっていたことを訊こうと、口を開く。クルトもこちらを見た。
「どんな方でしょうか?」
「訊いてどうするんだ?」
「対峙した時の、心構えとして」
クルトが眉を寄せる。
「対峙するつもりか?」
「可能性は高いですよ。接近禁止の対象はクルトであって、わたしではないのですから」
だから、直接会う可能性がある。外出する予定はないが、エマ・トリューゼから、会いましょう、と言われるかもしれない。
何かと理由を付けて、会わないようにするのも可能だが、問題を先延ばしにするだけだ。問題は早めに解決したほうがいい、とアンジェリカは思う。
「ですので、クルト自身、彼女のことをどう思っているか、とか、彼女はどのような人物なのか、事前に知っておこうかな、と」
「そうだな……」
クルトは少し考え込んでから、口を開いた。
「猪突猛進……?」
「猪突猛進、ですか」
「妄言吐く人物じゃないし、ぎゃあぎゃあ言う人物でもないが、なんていうか、行動が猪突猛進だな、と」
よく分からないが、とりあえず、喚かない人ではないということだろうか。
喚かないだけいいかもしれない、と思い直すことにした。
「では、クルトは彼女のこと、どう思っているのですか? あ、人物というわけではなくて、感情的な意味で。彼女からのアタックはどう思われているのですか?」
すると、クルトは言い澱んだ。
「その、なんていうか……友人としてはともかく、こう、恋人とか妻にするのは少し……いや、ああいうのが好きな人もいるが、俺には合わないというか」
「つまり、苦手、ということですね」
「まぁ、直球に言うと、そうだな。あ、いや、嫌いじゃないんだけどな」
「表向き婚約者でも、婚約者の前で他の女性をフォローするのは、返って駄目ですよ」
「そ、そういうものなのか?」
「そういうものですよ。次からは気を付けてくださいね」
アンジェリカはくすくすと笑う。
最近気付いたことだが、この人は恋沙汰には慣れていないようだ。
つまり、乙女心と女心をあまり分かっていない。周りには思春期真っ最中の人は、あまりいなかった。友達の兄と、一時的な入院患者くらいしか接したことがなかったのだが、思春期の男の子というのは、こういう感じであろうか、と思う。二十歳に対して思うのは、変だし失礼だから、心の中に仕舞っておく。
自分も九歳の頃から、精神が変わっていないので、あまり上から物を言えないが。
「クルトは、トリューゼ令嬢がこの街に来た理由は、なんだと思いますか?」
「俺の婚約と関係があると思う」
クルトもあの二人と同意見か、とアンジェリカは思った。
「だから、外に行く時は、一人にならないようにしてほしい。危害は加えないと思うが、念のために」
「大丈夫です。呼び出される以外では、外出しない予定ですから」
「それならいいが……」
「ご迷惑をお掛けしますね」
アンジェリカは笑みを刷る。自分がここにいなかったら、余計なことに労力を割けることもなかった。自分に被害を及ばさないよう、こんなに考えている。
そもそも、婚約者にならなければ、こんなことにはならなかっただろう。
だが、クルトは首を横に振った。
「心配はしているが、迷惑だなんて思っていない!」
「そうですか。すいません、ありがとうございます」
笑って言ったが、内心きっと違うだろうな、と思った。
心配しているのは、自分が聖女だからだろう。聖女ではなかったら、心配してくれない。そのほうがしっくり来る。
その時、羽音が聞こえた。
夜空を見上げると、一羽の梟が飛んでいた。真っ黒い梟だ。小柄のように見える。
「もしかして、あの子がシャンですか?」
「ああ。まだ小さいが、まだまだ大きくなるらしい」
「あの子、まだ子供なんですか?」
「もうすぐ一歳だ」
「あら。まだ若いんですね。ちなみにラルは?」
「三歳だ」
「ラルのほうが先輩なんですね」
夜空を飛んでいるシャンを眺める。星の光のおかげで、その姿がはっきり見える。
「元いた世界にいた梟と、大差ないようですね」
クルトの身体が、びくっと動いた。
「梟が、いるのか」
「はい。生で見たのはないのですが。スリスはいませんでした。いたかもしれませんけど、わたしはあまり物を知らないので」
スリスは、リスとよく似ているが、リスとは所々違うところがある。尻尾は千切れないし、あれはバランスをとるために存在しているらしい。リスは耳が小さいが、スリスは音を拾うために耳が大きいという。あと、木の実は食べない。主に花の蜜と葉っぱ、野菜を食べるらしい。生物的には兎に近いのかもしれない。
「その……元いた世界のこと、詳しく聞かせてくれないか?」
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