記憶①

「君は生まれてこないほうが、良かったかもしれない」



 友達の父親が、そう漏らしたのは、両親の命日のことだった。


 その日は、朝から雪が降っていたのは覚えている。灰色の空から、大きくて重い雪片が絶え間なく降りしきる、そんな日だった。


   は、友達の父親を見やる。友達の父親は、眉間に皺を寄せている。その目の奥には、深い悲しみが沈んでいるように感じた。


 友達の父親は、父の友人だったらしい。  は、父親を知らないため、正直悲しみが浮かばないが、友達の父親はそうではない。


 友達の父親は、まるで自分自身に語りかけるような口調で、言い募った。



「生まれてこなかったら、こんなに苦しむことも、辛い思いもしなずにすんだのに」



 両拳を握り締め、やるせない思いを発散させている彼を、  は静かに見つめる。


 この人は普段無口で、理性的な人だ。感情も面に出さない。そんな人が感情を面に出しているうえ、饒舌になっている。  は、珍しいものを見たような気持ちで、彼の言葉に耳を傾ける。



「分かってはいるんだ……あいつも君の生存を望んでいる。どんな身体であれ、君を生かそうと、命を張るに違いない。だが……今の君を見ると、そう思ってしまう」



 懺悔に近いような告白だな、と思った。実際に懺悔なのだろう。父親と自分に対しての。

 きっと、純粋に友の娘の生を喜ばない自分への、嫌悪感がいっぱいなのだ。



「君もあの時、あいつらと一緒に、出掛けていれば良かった」



 友達の父親は、さらに紡ぐ。



「君は、生まれてこないほうが、良かったんだ」



 その声は震えていて、眦から一筋の涙が流れた。


 すまない、と繰り返す彼をぼんやりと眺める。


 どうして、謝るのだろう。


   は、疑問でいっぱいになった。



(わたしは、あなたの言葉に納得しているのに)



 むしろ、腑に落ちて少しすっきりした気分なのに。

 それは、達観からくる受容だった。  は、彼の言葉を受け入れていた。


 けど、それを口にしなかった。


 言葉に、出来なかったのだ。

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