屋敷の中へ
足元に気を付けて馬車から降りて、目の前の豪邸を見た。
赤い屋根に白の漆喰の壁。その前には、花のアーチが並べており、それは玄関まで続いていた。アーチだけではなく、アーチの脇にも大きな花壇があり、白と桃色の花がたくさん咲いている。
玄関アプローチではなく、庭園のようだ。
「随分メルヘンな玄関ですね」
「先代の奥方の趣味らしい」
「そうなんですね」
エスコートされながら、アーチを潜る。花の種類は薔薇のようだが、なんだか違うような気がする。品種が違うのかもしれないが、アンジェリカは花に明るくないので、そうとは言い切れない。そもそも、この世界の固有種かもしれない。
「気に入ったか?」
「嫌いではないです」
気に入ったのかは分からないので、素直に言う。クルトは、そうか、と呟く。
玄関扉を開くと、広いエントラスが広がっていた。二股に分かれた階段の真ん中には、巨大な絵画が飾れていた。アンジェリカのイメージでは、ああいう所に飾られている絵画といえば、当代の家族の肖像画なのだが、その絵画は違っていた。
神話か物語のワンシーンのようだが、この世界の神話や物語は知らないので、何が描かれているのか分からなかった。
「絵画が気になるか?」
「いえ」
「知っておいたほうがいい。あれは神話の有名な場面だから」
「知ったほうがいいのですか?」
首を傾げると、クルトが頷く。
「この世界でずっと住むことになるからな」
「それもそうですね……」
納得した風に呟いたが、アンジェリカは実感が湧かなかった。
知識を詰め込めこんでも無駄ではない、と分かっていても、その立場にいるという実感がどうもしっくりとこない。
「わたしが元々いた世界では、国によっては神話が違うのですが、この世界もそうなのですか?」
「いや、神話は世界共通だ。一つしかない」
クルトがやんわりと否定する。
「この絵は最高神が自分の愛し子……つまり聖女を人間界に遣わす場面だ。初代聖女は神の娘だと伝えられている」
絵画の中心にいる女性を見つめる。アンジェリカと同じ、金髪と碧眼の美女が下に描かれている人間の群れに対し、微笑んでいる。
美女の上には雲に横たわり、その様子を見守る立派な白髭を生やした老人がいる。あれが神だろうか。
「ちなみに飾っているのは、先々代の侯爵が聖女信者だったからで、父上は信者でもなく、むしろ興味がない」
「あら。では飾ったままなのは?」
「興味ないから、代える必要がないだけかもしれない。研究しか興味がない人だから」
「研究? なんの研究ですか?」
「魔法機に関する研究だ。魔法機について、教えてもらったか?」
首を横に振る。
「魔法機は、魔法を原動力にした機械のことだ。魔法具……について、教えてもらったりは」
「していません」
「魔法具は魔法使い専用の補助道具だ。基本、魔法使いしか使わない。対して魔法機は、民間人にも扱える道具といったところだ。最近、専門分野として広がったばっかりだから、あまり発展はしていないが……」
「そういった物があったんですね」
機械が全くないと思っていたが、全くないわけではなく、これから増えていくようだ。
「悪い人ではないが、変わった人だ。あの人が変なこと言っても気にしないでほしい」
「では気にしません。今、その人はどこに?」
「地下の研究室にいるはずだ。執事長が引っ張り出しているくれるだろうから、応接間に案内する」
「あらあら……」
力関係が逆転してないだろうか、と思ったが突っ込まなかった。
応接間に案内され、ソファに座らされた。自分の隣には、クルトが座る。ソファが長いので、ある程度距離は空いている。向かいにはもう一つソファがある。どうやらそこに、当主である侯爵が座るらしい。こちらの礼儀作法が分からないので、憶測ではあるが。
(今更だけど、元々の世界の礼儀作法も大して知らないから、なおさら正しいことが分からないわ……)
城にいた頃は、勉強という頭がなかった。とりあえず状況を飲み込むのが先決だったのだ。
(ずっとこの世界にいる、か)
先程クルトに言われた言葉が蘇る。
(そうね……いつ死ぬか分からない体になったのだから、この世界について勉強しないといけないな……まずは文字から、かしら)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます