ヴァーランスへ

 グレーウェンベルク家の本屋敷は、ヴァーランスという街にあるという。王城から馬車で十二の鐘が鳴る(おそらく六時間くらいのことだろう)頃に着くらしい。


 アンジェリカは馬車の中から、流れていく景色を眺めていた。


 今のアンジェリカは、金髪ではなく茶髪だ。金髪碧眼は聖女特有の色なので、一目で聖女だということが分かってしまうので、髪の色を染めたのだ。碧眼は珍しくないので、そのままだ。



(わたし、本当に異世界に来てしまったのね……)



 日本とは違うそれは、細かい所に違いがあれど、テレビで見たヨーロッパのような景色と酷似していた。きっと、文明は中世ヨーロッパに近いのだろう。


 初めてこちらに来たあの日、王を含めた人間達を見て、いつの間に外国に来てしまったのかと思い、グレハムにここが異世界で聖女のことを聞いた時は、実感が湧かなかった以上に他人事のように聞いていた。だが、この景色を目にして、初めて異世界にいるのだと実感した。


 城下を抜けて、平原に出た。一応護衛が付き添っているが、馬車の中にはアンジェリカしかいない。話し相手がいないまま、平原から山へと登る。


 緑はあるが、岩肌が所々剥き出しになっている岩山だった。


 馬車が並んで二つ通れるのが、ようやくな道を登っていく。窓から外の景色を見てみると、崖が見えた。遠くには平原が見える。



(谷の上にあるとは聞いたけど、村はともかく、街が谷の上にあるのかしら。もしかして、マチュピチュみたいな所なのかしら)



 外の景色を飽きることなく眺めていると、御者(馬車を運転する人のことらしい)が話しかけてきた。



「姫様! ヴァーランスが見えてきましたよ!」



 前の方を見ると、美しい街が見えた。



「まぁ……」



 谷にへばりついている、と聞いたが、アンジェリカには山にへばりついているように見えた。

 灰色にも白にも見える家は、おそらく石造りなのだろう、色が統一されて、空の色との相性がとても良い。太陽の向きによって、レンガのような色になるのが面白い。城塞があって、街を囲んでいる。

 澄み渡った青い空に、街が溶け込んでいるように見えた。



(まるで、ゴルドみたい……)



 昔、テレビで観た、フランスで最も美しい村、ゴルド。ヴァーランスはゴルドとそっくりだった。

 ゆっくりと瞼に染み込んでいく、初めての外の景色。これが、これから生きていく景色。



(わたしは、その一部に成りきれるかしら)



 馬車は、街の中に入らず、大きな門の前まで進む。門の前に立っていた兵士に通行証みたいなものを渡すと、門の中にある兵士は屯所らしき所に入っていった。


 少しだけ待つと、扉がゆっくりと開かれた。そのまま、広い道を進む。どうやら、馬車専用の道らしい。


 そのまま進んで行くと、馬車が止まった。



「アンジェリカ様。着きましたよ」



 御者に声を掛けられて、扉が開いた。おもむろに扉に近付くと、知った顔が目の前に現れた。

 あの時、アンジェリカを連れ出した青年だ。



「たしか……クルトさん、でしたかしら?」


「クルトでいい」



 素っ気なく返される。そして、手を差し伸べられた。


 もしかして、エスコートをしてくれるのだろうか。差し伸べられた手に、己の手を重ねると、優しく手を引かれた。エスコートされるのは初めてで、少しだけ戸惑うが相手に任せることにした。

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