王とアンジェリカ

 その後、青年が敵味方共々に王の首を見せつけたことで、終戦した。


 アンジェリカはアメリスカ国で身柄を保護されることとなり、一旦アメリスカの城に移されることになった。


 アメリスカの城は、フクバラの城とは違って快適だった。


 衣食住は保証され、ボードゲームなどといった娯楽品もある。侍女も会話をしてくれて、たまに姫や王族の人がアンジェリカに会いに来てくれる。アンジェリカは満足していた。


 そして、高名な魔法使いの魔法と伝承通り、正真正銘の聖女だと認定された。


 金髪と碧眼の組み合わせは、神に愛されている証しなのだという。その組み合わせは聖女一人しか有り得ないらしい。


 ちなみに髪と瞳の色が変わったのは、本来の色に戻っただけだと説明された。自分は間違いなくあちらの世界の人間だというのに、と少しだけ腑に落ちない。


 結局、青年の名前を知らないまま、一ヶ月の月日が流れた。


 その日、アンジェリカはアメリスカ王に呼ばれ、執務室に足を運んだ。

 そして、そこで今後の方針について聞かされた。



「侯爵家へ移動、ですか?」



 王は頷く。



「正確には、侯爵が治める領地にある、本屋敷に移動」


「本屋敷?」



 聞いたことがない単語だ。普通の屋敷とどう違うのだろうか。

 顔に出ていたのだろう。王は説明してくれた。



「侯爵っていうのは、国境の領地を治める貴族か、領地をいくつか持っている貴族のことを言うんだけど、移動する侯爵は後者だね。領地をいくつか持っていると、地区毎に屋敷があって、それの総本山的な屋敷ってこと。領主は主に、そこで生活を送るんだ」


「理解しました」


「ここは安全な所だが、如何せん窮屈なところだ。訊けば君は、六年間も部屋に閉じこめられていたというではないか」


「はい」


「私が推薦する侯爵家の当主は変わり者だが、信頼できる男だ。そこなら安全だし、君もある程度の自由は出来る。正体を隠せば、その分動き回りやすい」



 邪魔者扱いされた、と思ったのだがどうやら違うらしい。出来るだけ自由にしてあげようと、気遣ってはくれているようだ。



「移動するのは構いませんが、その侯爵のお名前を訊いてもよろしいでしょうか?」


「おお、そうだったな。侯爵の名は、ロタール・グレーウェンベルク。クルト・グレーウェンベルクの父親だ」


「クルト、さん?」



 聞いたことがない名前だ。王が目を見開く。



「フクバラ王を討ち取った騎士だ。貴女を助けた青年だよ」


「あの人ですか?」



 あの人、クルトという名前だったのか。好きだった小説の主人公と同じ名前だ。


 容貌を思い出すと、郷愁に駆られる。あちらの世界での無念は一つだけだというのに、その想いが溢れ返りそうだ。


――帰りたくてもしょうがない。多分、あっちにはわたしの居場所なんてないだろうから。



「王様、わたしをある程度自由にしてあげる、とのことですが他に理由があるのでは?」


「なんでそう思うんだ?」


「わたし、聖女らしいので、この世界において重要な立ち位置になると思うんです。手元に置いたほうが、管理しやすいではないかと」


「管理って、物みたいに言わなくてもよいぞ?」


「では、護りやすいと言い換えましょう。それなのに、どうして侯爵家に移させるのですか?」


「うむ。そこら辺も説明させたほうがいいな」



 王が腕を組む。



「我々は、聖女の存在を隠したいと思っている」


「ああ、護りやすく且つ混乱を避けるためですか? ですが、わたしの存在が表に出たほうが、士気が上がるような気がしますけど」


「また戦争が起これば、そうさせてもらおうか」



 王が朗らかに笑う。

 今のところ、戦争の兆しはないようだった。



「貴女はこの世界のことをあまり知らない。ここにいるより、ロタールのところにいたほうがこの世界のことを知ることが出来るだろう」


「その侯爵のこと、とても信頼されているのですね」


「学生時代からの友でね」


「なるほど、お友達でしたか」



 納得した風に頷く。



「わたしが聖女であることを隠すのなら、周りに説明するための設定をお考えになっているのですか?」


「もちろんだとも。まず、君はフクバラに捕らわれていた、この国の先代王の隠し子。クルトに救われ、無事国に帰ることができた。捕らわれた姫を救い、フクバラの王を討ち取った功績を讃え、彼が一目惚れしたということもあり、その姫を婚約者として、姫は侯爵家に住むことに」


「王様、少しお待ちになって」



 アンジェリカは、王の言葉を遮る。王は首を傾げてみせた。



「どうかしたかい?」


「婚約者、というのは?」


「もちろん隠れのみのだ。この国の慣習でね、結婚する前に何ヶ月間か、相手の家に住んでその家の習わしを学ぶんだ」


「なるほど。慣習を利用して、グレーウェンベルク家に住む理由を作ったんですね。一目惚れ、というのも、扱いの困る姫を体よく押し付けられた、と周りから言われないためですか」


「理解が早くて助かるなぁ」



 王はにっこりと笑った。



「何ヶ月間というのは、具体的には?」


「それは各々の家で自由に決めている。普通なら、月単位だね。稀に年単位のところもあるけど」


「つまり、婚約者はあくまでも仮初めで、期間付き、ということでしょうか?」


「ああ。無理矢理結婚とか絶対にしないと誓うよ。ぶっちゃけ、我々としては貴女をこの国に縛り付けておきたいところだけど」


「まあ。堂々しすぎて、逆に清々しいですね」



 口元に手を当てて、くすくすと笑ってみせる。心の中では笑っていないが。



「でも、それじゃ神の加護は受けられないからね。君の意志を無視して、そんなことをやっても無駄だ」


「よくお分かりで。フクバラの王は、気づきもしませんでしたよ」


「ははは。アレは自己中なヤツだったからなぁ。それなのにプライド高くて短慮だったから、貴女も窮屈な思いしただろう」


「えぇ。とーっても」



 アンジェリカの強い肯定を、そうだったろうそうだったろう、と王が笑い飛ばす。

 理由は大体分かった。この王は底が見えないが、信用は出来る。

 アンジェリカは頷いた。



「分かりました。今まで、ありがとうございました」


「ははは。今すぐというわけではないから、お礼はまだ早いぞ」



 大らかに笑うアメリスカ王に、アンジェリカは無言で笑みを返した。

 こうして、アンジェリカは五日後にグレーウェンベルク家へ移動することになった。


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